メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【小説】 KUROGO 第章 倉貌

    第章 倉貌

     僕は戻る堎所を倱ったようだ。自分の家が分からなくなっおいる。ファむンダヌを通しお芋える景色は、僕の知らない景色ばかりだ。僕はよく知っおいる道を芋倱っおしたったようだ。地䞋鉄に乗り蟌んでも駅の名前が分からない。駅の名前を聞いおも䜍眮が分からない。地䞋鉄の通路に掲瀺されおいる広告版に映る女性が誰だったのか思い出せない。確か有名なモデルだったような気がするが、少しも思い出すこずができない。ファむンダヌ越しに芋える景色が、芋知らぬ景色に感じ出した時から、予感めいたものがあった。ここたで深刻な状態に陥るずは予想しおいなかった。黒衣を脱ぎ捚おおしたえば、すぐに僕の知っおいる䞖界ぞ戻れるはずなのに、僕はそのこずを攟棄しようずしおいる。もしかしたら、もう手遅れで、黒衣を脱ぎ捚おおも元の䞖界ぞは戻れないのかもしれない。そんな䞍安たで湧き出した。マナミはどこぞ行っおしたったのだろう。しばらく䌚っおいないような気がする。芋知らぬ女になっおしたったマナミは、僕のこずなどお構いなしに、どこかぞ消え去っおしたったのだろうか。高をくくりすぎおいたのかもしれない。こんなこずは䞀過性で、黒衣から離れれば、すぐに元に戻るず考えおいた。ずころが、黒衣には䞭毒性ずいうか、䟝存症を誘発しやすい性質があるのだろう、僕は黒衣の衣装から離れるこずができないでいた。僕は自宅からも拒絶されおしたったのか。被写䜓のもずぞ向かうしかないのか。いや、被写䜓のもずたでたどり着くこずができるか自信がなくなっおいる。黒衣ずしおのよりどころすら芋倱おうずしおいる。僕はいったいなぜ黒衣になろうずしたのだ。撮圱のため、それずも  。

     僕が黒衣ずしおの撮圱にのめり蟌むのず同じように、䟝頌人もたた、被写䜓の映像にのめり蟌むようになっおいった。そこに映し出されおいる被写䜓は、䟝頌人が望んでいた姿に、少しず぀ではあるが倉貌しおいったのだろう。今たで芋せたこずのない被写䜓の姿に、䟝頌人がのめり蟌んでいく様子が、哀れな動物のように思い起こされる。あのモグラのような颚貌の萜ち窪んだ県が芋開かれ、口を開けたたたの状態で固唟をのんでいる姿は、哀れなほど醜悪だ。あれこそ圌の自然な姿なのだろう。あの姿を撮圱しお圌に芋せたずしたら、どんな反応を瀺すのだろう。自分の醜悪な姿を芋せ぀けられ、今たでの撮圱が、その醜悪さを導き出す源ずなっおいるこずに気が付くのだろうか。そこたで考えお意味もないこずに蟟易した。䟝頌されおも、そんな映像は撮りたくはない。ばかばかしいこずを考えおしたったものだ。醜悪さもたた、倉な劄想を掻き立おる原因になるずいうこずだ。䟝頌人のこずを考えるのはこの蟺で止めおおこう。

     䟝頌人がいくらのめり蟌もうずも、被写䜓ず実際に䌚っおしたえば、被写䜓はい぀ものぎこちない衚情を䟝頌人の前に披露するだけだ。䟝頌人の望む姿は、映像を通しおしか埗られるこずはない。その葛藀が䟝頌人をさらに映像の䞖界ぞず匕き寄せおしたう。客芳的に話しおいるようだが、同じこずが自分にも蚀える。ファむンダヌを倖しおしたえば、被写䜓は、田舎っぜい女孊生の姿ぞず戻っおしたう。僕が望んでいる姿もたた、ファむンダヌの䞭にしか存圚しない。だから僕もファむンダヌの䞭の䞖界にのめり蟌んでいったのだろう。

     被写䜓の撮圱を終えおから垰宅する時も、僕は撮圱噚具を身に着けたたたになっおいた。垰宅途䞭の光景たでファむンダヌ越しに眺めお垰る。肉県で芋るのずは異なり、芖界を限定された状態の颚景は、今たで気にもしおいなかった街路暹ずか、亀通暙識、看板などが匷調され、新鮮な気持ちにさせる。建物の䞀角だけを切り取った颚景だけでも、県を釘付けにするような力匷さを感じさせる。人は芖力を持っおいるからずいっお、ほずんどの物を芋おいないこずに改めお気づかされる。  マンホヌルの蓋のロゎが、䞀枚䞀枚異なっおいお、シリヌズになっおいるずか、看板の文字が、小さな暡様を耇数寄せ集めお構成されおいるずか、などなど  。

     数日もた぀ず、今たで気にもしおいなかった街䞊みが、芋知らぬ街角に倉化しおいく。歩道に怍えられおいる街路暹が、パステルで描いた絵のように感じる。商店街が氎圩絵の具で描いた絵のように感じる。建物ず建物の間の狭い路地が気にかかる。こんな路地があったずは気が付かなかった。時々立ち寄っおいた叀臭い商店が、小粋なレトロ調ショップに倉貌しおいる。薄汚れた看板たでが、芞術䜜品のように䞻匵を始める。䞍思議な感芚に僕は囚われおいったのだろう。今たで芋知っおいた堎所が、芋知らぬ堎所ぞず倉貌しおいる。色耪せた街が、圩を携えるようになった。街は日に日に倉化しおいく。それは、街が倉化しおいるのか、僕が倉化しおいるのか区別が぀かない。それでも、僕はその倉化に気を取られ、惹かれ、のめり蟌んでいった。ファむンダヌ越しに芋える䞖界の虜になっおいった。い぀たでも、街を歩き回っおいたいず思わせる。僕は時間を忘れお歩き続けた。いったい䜕時間ぐらい歩き回ったのだろう。䜕ずか自宅に蟿り着き、郚屋に入るなり眠り蟌んでしたう。食事を摂ったかどうかも定かではない。そんな生掻が続いおいた。

     僕は、ずうずう、撮圱技術専門孊校からの垰宅時たで、ファむンダヌを装着しお垰宅するようになった。芋知らぬ街がたた増えおいく。子䟛のころに、垰宅前に寄り道をしお垰るような感芚だろうか。新しい道を開拓し、芋知らぬ通りを少しず぀制芇しおいくような感芚だろうか。僕は毎日、異なる道を通っお垰宅しおいるような気がしおいた。実際は同じ道を通っおいるだけなのかもしれない。景色が違っお芋えるため、異なる道を通っおいるような感芚になるのだろうか。すれ違う人々も芋知らぬ人間ばかりだ。挚拶をされたような気がするが、気のせいだろう。ファむンダヌを装着しおいる人間を芋お、知り合いだず気が付くものだろうか。僕は黒衣を着おいるのだから、僕の存圚は無芖されおいるはずだ。

     そのうち、僕は自宅ぞすら戻らなくなっおいた。たぶん、そうなのだろう。垰宅した蚘憶がない。黒衣の衣装から着替えたかどうかも分からない。黒衣生掻が長匕くようになっおから、黒衣の衣装を、着替えずしお远加で賌入しおいた。同じものを着おいれば、圓然汚れるし痛みもする。替えが必芁なのは圓然のこずだ。結局䜕着買ったのか芚えがないが、ずりあえず、毎日倉えるこずができるぐらいは甚意したはずだ。しかし僕はどこで着替えをしおいるのだろう。蚘憶が曖昧で確信がない。圓然、着替えは自宅ぞ保管しおいるし、掗濯ぞも出しおいたはずだ。そうなるず着替えは自宅で行っおいるはずだが、自信がない。僕の蚘憶はどうなっおしたったのだろう。黒衣を脱いだ時の蚘憶を倱っおいるのだろうか。黒衣が本来の自分で、黒衣を着おいない僕は、無の存圚にでもなったかのようだ。黒衣を脱いだ時の、僕が属する䞖界が、消え去っおいるのだろうか。なんだか䞍安な気持ちが起こる。しかし、黒衣のたたでいる間は、そんな䞍安も、珟れおは消えおいく陜炎のようだ。はたしお、黒衣の僕は、自宅ぞ戻っおいるのか  。

     ファむンダヌ越しの生掻を続けるこずで、僕は以前䜏んでいた䞖界の蚘憶を、少しず぀倱っおいるような気がする。珟に、僕は自分の家に戻れなくなっおしたった。たるで痎呆症ではないかず䞍安を持぀。道が分からなくなっおしたった。䜏所は芚えおいるが、その䜏所ぞたどり着くための道を思い出せなくなっおいる。ファむンダヌ越しでは、䜏所もたた、芋知らぬ蚘号に倉化しおいる。ファむンダヌの䞖界では、䜏所䜓系など意味がない。僕に刀るのは、被写䜓たちが䜏んでいる郚屋だけだ。そこは僕の仕事堎であり実隓宀だ。しかし、そこからいったん倖ぞ出おしたえば、僕には居堎所が存圚しない。郚屋ぞ垰れないずいうこずは、郚屋が僕のいるべき堎所ではなくなっおいるずいうこずなのだろう。どうやら僕はファむンダヌの䞭の䞖界に支配暩を奪われおしたったようだ。

     自宅ぞ垰れなくなっおから、数か月が過ぎおいる。僕の郚屋は今どうなっおいるのだろう。換気も掃陀もしおいない。誰もいない状態でも、ほこりが積もっおいくものなのだろうか 商売道具のカメラやレンズも、手入れをしない状態で攟眮しおある。黒衣に必芁な道具は身に着けおいるが、通垞の撮圱に䜿甚する道具は、郚屋に残したたただ。ただしばらくは、カビが生えるこずはないだろうが、少し心配だ。やっぱり䜿い慣れた道具には愛着があるし、手入れもたた楜しみの䞀぀だったのだから、攟眮された状態の道具を思うず、少し気が匕ける。い぀のたにか、自宅ぞ垰る道を芋倱っおいる。僕の自宅は、黒衣の䞖界ずは分離されおしたったかのようだ。か぀おの日垞生掻が、じょじょに黒衣の䞖界から離れ、消えおいく  。

    『掗濯物が溜たっおいるじゃないの。出かける前に掗っおしたうから、今着おいるものも脱いで  』マナミは僕が家事に手が回らない時には、頌たなくおも家事の補助をしおくれた。悪いず思いながらも、それに甘えおいた。『食噚を掗っおいる間に、掃陀機をかけおよ。自分の郚屋なんだから  』マナミの指図に埓いながら掃陀を始める。うっずうしいず思うこずもあったが、今思えば、それも懐かしい想い出だ。結婚ずいう蚀葉を口に出しおはいなかったが、そうなるこずは、自然な流れのように感じおいたず思う。『私は、自分の郚屋も片付けなくちゃならないんだから、自分のこずは、自分でできるようにしおよ  』ご尀もな蚀葉。でも、僕はマナミが、この関係を楜しんでいるず勝手に考えおいた。僕は買い物の途䞭で、マナミが奜きなリンドヌルを十個ほど買う。『私を倪らせる぀もりなの。ダむ゚ットしおいるっおいうのに  』わざずふくれっ面を芋せるが、リンドヌルが入った袋を受け取る。倧䞈倫さ。食べた分のカロリヌはすぐに消費するのだから。そしお、マナミは僕の奜きな埌姿を芋せながら、買い物を続ける  。

     黒衣ずしおの生掻にのめり蟌んだ結果ずしお、僕はファむンダヌの䞭の䞖界に䜏んでいる。そこは僕がよく知っおいた䞖界ずは異なる䞖界だ。芋知らぬものばかりに囲たれおいる。そう、僕はファむンダヌを倖すこずを止めおしたった。僕は、よく知っおいる䞖界に䌌お非なる䞖界に移䜏しようずしおいる。䜏所倉曎手続きはどうすればいいのだろう。ビザの発行も必芁かもしれない。しかし、どこぞ行っお手続きをすればいいのだろうか。新しい䞖界ぞの移䜏蚱可蚌ずいうものが必芁になるのだろうか。初めおやっおきた䞖界の秩序ずいうものを、僕はただ知らない。誰か助蚀をしおくれる人はいないのだろうか。声をかけようにも、芋知らぬ人たちは、僕を無芖したたた生掻を継続しおいるのだ。僕は、どうやっお、この䞖界の䜏人ず接觊すればいいのだろう。僕ず繋がりがあるのは、䟝頌人から䞎えられた被写䜓ず、被写䜓ずしおの女子孊生、そしお被写䜓ずしおのマナミだけなのだ。しかし圌女たちもたた、黒衣姿の僕に察しおは、接点を持たないのだ。黒衣を脱げばいいのかもしれないが、そんなこずをした途端、䞖間は僕を異端者ずしお攻撃しおくるに違いない。ファむンダヌを付けた䞍審者ずしお、僕は街䞭の譊戒の的になっおしたうだろう。それは、僕の本意ではないし、掻動の範囲を狭めるこずになっおしたう。こうなるかもしれないずいう予感は、マナミに指摘された時から気が付いおいたのだ。

    『い぀たで、そんな恰奜しおいる぀もりなの その恰奜をしおいる時の方が、長くなっおいるんじゃないの そのうち、どちらが本来の自分なのか分からなくなるかもね  』
    『そんなこずはないだろうさ。撮圱技術孊校では通垞の栌奜で仕事をしおいる蚳だし。家に垰っおたでこんな恰奜はしないさ。今は、君が県の前にいるからファむンダヌで芗いおいるだけさ。寝るずきには倖すし、䞀人でいる時たで、こんな恰奜はしないよ』
    『あら、そのうち、寝るずきたで、その恰奜のたたになるんじゃないの。なんだか、埌戻りできなくなりそうな顔をしおいるわよ』
    『そりゃあ、深刻な状態だ。君のせいかもしれないな』
    『あら、私のせいにする気なの。私は、あなたの趣味に付き合っおいるだけだわ』

     マナミはそう蚀っお笑っおいた。しかしファむンダヌ越しに芋えるマナミの顔が、芋知らぬ女に倉貌しおいく。僕がよく知っおいお、そしお、よく知らない女が県の前にいる。僕は知らない女を知ろうず手を䌞ばす。よく知っおいるはずの女の身䜓が、なぜだか初めお觊れる女の身䜓のような気がしおきた。僕は、この感芚を望んでいたのだろうか。そのずき、黒衣の姿から逃れられなくなるかもしれないずいう、挠然ずした感芚は持っおいた。しかし、それが珟実になろうずは思いもよらなかった。そしお、その結果、芋慣れおいた䞖界を芋倱っおしたうずたでは想像もできなかった。

     僕の実隓は続いおいた。それは実隓だったのか、実隓ずいう名の本番行為なのか、それを区別するこずすら意味のないものになっおいた。僕は女子孊生ず、黒衣ずしおの撮圱を続けおいた。そしお、同時に、マナミずの撮圱も続けおいた。本来の自分を芋倱うかもしれないずいう指摘を珟実のものに感じながら、それでも匕き返すこずができないでいた。被写䜓ずの撮圱も継続しおいる。こちらは䟝頌人があるこずから、他の二人ずは立堎が異なっおいるはずだったが、どうやら割り切っお撮圱するこずができなくなっおいた。黒衣ずいう圹割が、僕の䞭で、本来の自分自身ずの区別ができないようになっおきた。やがお、芋知らぬ女が、䞉人のなかの誰なのか区別できなくなっおいく。実際に存圚しおいたのは、いったい誰だったのか。䞉人の女は珟実に存圚しおいたのかさえも、分からなくなっおいった。

    次章ぞ続く
    第章 黒衣の増殖

     
     
     
    普通の初老のおじさんです。ヘッダヌ画像は2024幎に撮圱したアムステルダム囜立矎術通の資料宀。本が奜きなので本棚に資料が詰たった写真にしたした。カメラを觊るこずが奜きです。長線小説を趣味で曞いおいたす。ペヌロッパ旅行が奜きです。プロフィヌル画像は数幎前に息を匕き取ったマルチヌズ。

    あなたぞのおすすめ