
私はこうしてAIと創る - 曖昧なイメージが“かたち”になるまで
「なんとなく浮かぶイメージを、AIと一緒に“かたち”にしていく」
そんな創作のプロセスが、私には合っていました。
言葉をプロンプトに変え、AIとの対話を通じて、曖昧だった輪郭が少しずつ明確になる。
この記事では、私がChatGPTとGeminiを使って、note記事のアイキャッチを“創る”過程を綴っています。
はじめに:AIと創るということ
私は絵が描けません。
……いえ、まったく描けないわけではないですよ。人に見せたいレベルのものが描けず、時間がかかり過ぎるということです。
だからこそ、文章を書くことや、イメージを思い描くことに力を注いでいます。
そんな私が、生成AIを使ってnote記事のアイキャッチを作るようになったのは、ごく自然な流れでした。
Canvaやテンプレートも便利だけれど、「今書いたこの文章に合う一枚を、自分の感覚で選びたい」と思うようになったのです。
でも、AIと一緒に画像を“創る”というのは、単なる自動化ではありません。
プロンプトという言葉の指示を通じて私は曖昧なイメージを探り、ChatGPTとの会話で思考を整え、Geminiの生成結果を見て初めて、自分が求めていた絵の世界観に気づくこともあります。
この記事では、私が生成AIとのやりとりを通じて、どのように思考を深め、イメージを具体化しているのかを、ひとつの創作の記録として綴ってみようと思います。
AIは、私にとって“ただの道具”ではありません。
異なる能力を持つもうひとりの自分として、迷いながら共に創ってくれる、対話相手でもあるのです。
1. プロンプトを書く、それは曖昧な思考の翻訳
画像を生成するには、まずプロンプトを書く必要があります。
私にとってそれは、ぼんやりと浮かぶイメージを、AIに通じる“言葉”に変換する作業です。
なんとなく思い描く絵の輪郭。それを言葉で表現しようとします。
構成、色、グラデーション、光。それらをどう表現するかに私は頭を悩ませます。
「薄暗い空」「何かが始まりそうな静けさ」「光の粒子」――
そんな曖昧なイメージをAIに伝えるには、言葉があまりにも足りません。
だから私は、試しながら、組み替えながら、言葉を思い描いたイメージへと少しずつ近づけていきます。
このプロセスは、ただ命令を入力するのとは違います。
プロンプトを書くことで、自分が“どんな絵を求めているか”を明確化していく――そんな作業でもあるのです。
2. ChatGPTとの壁打ち:思考が言葉になる瞬間
曖昧なイメージをひとりで言葉にしようとしても、どうしても限界があります。
そこで私は、ChatGPTにデザイン案を出してもらいます。
文字だけの提案です。色や構図、モチーフなどを含む“言葉による絵”。
提案された文字によるデザインを、頭の中で視覚化します。
その返答の中に「私がうまく言葉にできなかった何か」が含まれていることが、よくあります。
ChatGPTの案を読むうちに、私の中にあった曖昧な像がクリアになります。どうすれば文章化できるのかの、ヒントを得られます。
ChatGPTは、私の考えを削り出す壁のような存在です。
私が投げた言葉に対して返ってくるアイデアが、再び私の思考を刺激してくれる。
それを見て「そうか、私はこういう雰囲気を求めていたのか」と気づく。
キャッチボールのような連想の中で、私は自分の考えとイメージをはっきりしたものへと削り出します。
この往復の中で、私は“自分の思考を言葉にする力”を養っているのかもしれません。
3. Geminiとの往復:画像が思考を刺激する
ChatGPTの提案をもとに、私はGeminiに画像生成を依頼します。
プロンプトはできる限り具体的に、構図や色、人物の有無、アスペクト比まで書きます。
けれど、出てきた画像を見て、私はよく「これは違う」と感じます。
その判断の多くは、“世界観”や“構図”といった、全体的な印象から来るものです。
思い通りにならない。
でもその画像を見て初めて、「私は何を望んでいたのか」「何に違和感を覚えたのか」が明らかになる。
目の前に「絵」が提示されたことで、私のイメージはより具体化されます。
そうしてまたプロンプトを修正し、再生成を試みる。
それでもしっくりこなければ、ChatGPTに別案を出してもらい、視点を変える。
このプロセスは、単なる調整ではなく、私の中にある“まだ輪郭の定まらないイメージ”を少しずつ研磨する作業です。
Geminiが提示する画像が、私の無意識に近い感覚を引き出してくれる――そんな瞬間もあります。
4. 限界と偶然性、そして“折り合い”
もちろん、毎回うまくいくわけではありません。
プロンプトを工夫しても、思い通りの絵が出てくるとは限らない。
言葉にできる範囲には限界があるし、AIが解釈できる表現にも制約がある。
それでも私は試行を続けます。時には、構成を大幅に変えることもあります。
なぜなら、ときどき、まったく予想していなかった“探していた”画像が生成されるからです。
完璧ではないかもしれない。けれど、今の文章に合っている――そんな出会いが、偶然訪れるのです。
それはプロンプトの調整ではなく、AIの確率的な“揺らぎ”による偶然の出会い。それを期待しているのです。
私は、「これでいこう」と決めます。
それは妥協ではなく、“今の自分とAIが出せる最良の答え”に対する納得です。
限界と偶然性の中で、自分の感性とAIの生成物が交差する場所。
そこに私は創作の面白さを感じます。
結び:AIはもう一人の私

AIと画像を作る作業を重ねていくうちに、私はある感覚を持つようになりました。
AIはただのツールではない。
私が書いた言葉に反応し、私以上に私の曖昧な思考を整理し、ときには私の想定を超える提案を返してくれる。
私はAIに命令しているだけではありません。
AIの応答から連想を広げ、気づきを得て、また次の言葉を編んでいく。
そのプロセスは、まるで“身体の外にいる別の自分”と対話しているようです。
私はこれからも、AIと共に曖昧な輪郭を探り、言葉と画像のあいだを行ったり来たりしながら、創作を続けていくでしょう。
AIと一緒に創るというのは、きっと、自分の奥にあるイメージをともに掘り起こしていく作業なのだと思います。
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