大切なものが、誰かに届く瞬間|初めての文学フリマ
ついに、初めての文学フリマに参加してきた。しかも出店者(のお手伝い)として!
9月13日(日)、インテックス大阪で開催された「文学フリマ大阪14」。ワクワクドキドキして会場に足を踏み入れたが、想像以上に大きくて、熱量があって、愛のあるイベントだった。忘れないうちに、感じたこと、考えたことを綴っておきたい。
「作品をつくる」ということを考えると、私はどうしても自分自身に矢印が向いてしまう。
noteに最初に投稿した記事にも書いたように、創作は自己表現の手段だと思っているからだ。
ただ今回、ありがたいことに売り手と買い手の両方を体験して最も印象深かったのは、作者と読み手がコミュニケーションを取れることの尊さだ。
自己表現として生まれた作品も、世に出せば自分ひとりだけのものではなくなる。その向こう側には、それを見つけ、受け取ってくれる誰かがいる。
文学フリマは、その「誰か」と出会える場所だった。
お手伝いさせてもらったのは、「夜明けの光書店」さんのブース。
「のみものにっき」という作品を、作者であり友人の神谷さんと一緒に頒布した。

▼夜明けの光書店さんのnoteはこちら
https://note.com/yoakebookcafe
ここで少し作品紹介。
「のみものにっき」は、その名のとおり、のみものにまつわるエッセイ集。
のみものが大好きだという神谷さんが、その日飲んだものと、そのときに考えたことを綴った、22日分の日記を読むことができる。
作品の中心にあるのは、のみものへの愛。
毎日の水分摂取、なんとなく手近にあるものを飲んでしまうことも多いが、その日そのときの気持ちや状況に合わせて選ぶと、こんなにも生活に寄り添ってくれる。
喉を潤すウーロン茶。仕事の合間のコーヒー。絶不調を癒すフラペチーノ。
無数の選択肢があるからこそ、惰性ではなくこだわりを持って選び取っていくことで、楽しみながら自分をコンディショニングできるツールになってくれる。
読み進めるほど、そんなのみものの魅力とポテンシャルを再発見できる作品だ。
ブースに来てくださった方に、神谷さんは毎回「好きなのみものはなんですか?」と聞いていた。
すごいなと思ったのは、必ず話が盛り上がること、そして聞かれた人全員がとても楽しそうな表情を見せてくれたことだ。
そもそも神谷さんがびっくりするくらい話上手なのだが、理由はきっとそれだけではない。
ブースに立ち寄ってくれた人は、タイトルや表紙、「のみもの」というテーマなど、なにかしら惹かれるものがあって足を止めてくれている。
そして、見本誌を手に取りながら作者と実際に話す。
「コーヒーが好きなんです」
「お酒が好きですね!」
「水ばかり飲んでます」
作者の愛が詰め込まれた作品を介して、お客さんも自分にとっての「好き」を共有してくれる。
そして、そんな会話のあとに「これ買います!」と購入してくれる。
作者は何が好きで、何を大切にしていて、どんなことを考えながらこれをつくったのか。
作者本人と直接言葉を交わしてそれを知ると、なんだかうれしくなり、作品との出会いがギュンと愛おしくなるのだ。
書店やオンライン販売とは違う、即売会だからこそできる貴重な体験だ。
文フリ開始直後から、「のみものにっき」は実に順調に、たくさんの方に手に取っていただけた。
一冊一冊が、それまで会ったことも話したこともない人たちのもとへ、どんどん旅立っていく。
すごいすごい!と言いながら見届けていき、なんと会の終了を待たずに、この日のすべての在庫がなくなった。
完売!
自分の作品ではないのに、じんわりと込み上げてくるものがあった。この日、ブースに来てくださった方たちが持って帰ったのは、ただの「本」ではないんだ。
作品と出会った瞬間のときめきや、作り手と言葉を交わした時間。誰かの想いが、自分の生活に彩りや癒しを添えてくれるという予感。
あぁ、こんな素敵なイベント、なぜもっと早く知ることができなかったんだろう?
会場に足を踏み入れたときのワクワクした気持ちのまま、帰路についた。
私にとっての創作は、やはり自己表現だ。
心の内側、頭の奥底をひたすら掻き分け、見つめ、形にする。ひたすら自分の中に潜っていくこの行為がとても好きだ。
でも今回、文学フリマに参加して、それを誰かに見てもらう意義を初めて実感した。
自分のなかだけにとどめていたものが作品になり、誰かが見つけて、受け取ってくれる。その人の生活の一部になる。
それってやはり奇跡のようなことだ。
早く私も、大切なものが誰かに届く瞬間を見届けたい。その瞬間、それを手に取ってくれた人と、どんなコミュニケーションができるだろう。
会場で悩みに悩んで購入した本たちを眺めながら、そんなことを考える。
