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2分以内に投稿しないと死ぬSNS 1.危機との遭遇

    あらすじ

     一流出版社、ロゼッタ出版に勤める記者の小林ハルナは他部署の新人がSNSで情報を流出した件での謝罪行脚に駆り出された。
     ロゼッタ出版だけでなく、各地で同様の情報流出が多発。深刻な社会問題となっていた。
     その背景にあるのは『2分以内に投稿しないと死ぬSNS』と言われているREAL×TIME。このSNSは投稿しないと本当に死ぬのか。真相を探るためにハルナは取材を開始した。
     その中で遭遇する、不思議な力を持った少年少女たち。果たして死を招くSNSは本当なのか。

    本編

    「警部、こちらです!」
     アメリカのカルフォルニア州、その北部はシリコンバレーと呼ばれている。現在のインターネットインフラを支えるGoogleやアドビなどの国際的大企業が集まる土地であり、授業で少し耳にした人も多いのではないだろうか。
     深夜でも繁華街ほどとは言わないが、残業している人がいたり街頭が光っていて多少なり明るいはずの街。しかし、今日は死んだように眠っている。
    「外部の影響を嫌って、変電所をここにおっ立てたのがアダになるとはな」
     今夜の光は変電所に集中していた。車の白と赤のライトが漆黒の街に煌々と色を付ける。
    「なんだ? 犯人はここでバーベキューでもしたのか?」
    「肉は自分ですがね。知能は牛以下です」
     警部は軽口を言いながら現場に足を踏み入れる。変電所内部は肉の焼けた匂いがして、煙が漂っている。
    「状況は?」
    「遺体の身元は判明しています。被害者はキャスリン・ハーグ。この変電所で事務員をしている女性で、今年大学を出たばかりだそうです」
     日本と異なりアメリカは土地が広大、それがいいことばかりではない。警察の到着は当然遅れる。警部がここに来るまでに、すでに様々な情報が警察に集まっていた。警部は部下からの報告を受ける。
    「SNSでセルフィーを撮影中、高圧電流の流れるユニットに接触して感電、死亡したと思われます」
    「この電流じゃスマホもローストだろ? よくわかったな」
    「SNSのフォロワーから通報がありましたので」
     情報を共有するも、やはり暗闇では限界がある。既に呼び出されたエンジニアによって問題のユニットは配線を外され、それ以外で変電所を再稼働する手はずが整っていた。
    「このユニット以外が再起動します。エリア内は高圧電流が流れていますので、職員の指示に従ってください」
    「もちろんだ。バーべーキューは食べるか作るもんだ、なるもんじゃない」
     変電所が再稼働し、街は灯りを取り戻す。それと同時に『バーベキュー』の正体も明らかになる。部下はその様子に思わず口を覆った。
     黒く焦げているが、金色の糸らしき物体や色のある布地から、辛うじて人の存在を認知できる。これは人間の所業じゃない。警部はそう感じた。
    「……Belial(悪魔め)」

       @

     いっけなーい! 地獄地獄!
     私、小林ハルナ! ビチビチのうんち!

     ……と、花の二十代後半が考えるべきでないことが頭を巡る状態で小林ハルナは上司の運転する車に乗っていた。小林ハルナ、国立大を卒業して大きな出版社に入社した、こってこてのオフィスレディだ。
     Are you ready? できてるよ。やっぱダメです!
     自分の走馬灯がそんな感じで、石焼ビビンバかの如くぐちゃぐちゃになるレベルで彼女は追い詰められていた。
    (あー、終わったら焼肉……焼肉だ……)
     彼女に視点を委ねていてはいつまでも説明が出来ない。起きた事象だけを機械的に説明する他ない。

     今は4月の終わり。もう少し頑張ればゴールデンウィークという時期だ。そんな浮かれ気分に冷水がぶっかけられた。
     今年入社した新人がとあるSNSで、社内の機密情報がうつり込んだ写真を投稿してしまったのだ。新人の属する社会部は早々に雲隠れ。ハルナ達のような小さいオカルト雑誌の編集部までもが謝罪行脚に行かねばならない状況となった。
    「まぁ元々杉沢先輩をパシってた変な部署でしたけど……」
     ロゼッタ出版は日本有数の出版社で、ハルナ達のいる月刊アガルタのような端っこの部署は風通しもよくて人間関係も良好な職場だ。しかし最も大規模で社の中心となっている社会部だけは異様な空気だと彼女も感じていた。
    「ふぁーっ! モルスア!」
    「先輩頭大丈夫ですか!?」
     車を運転している男性社員が突如発狂した。昔流行ったペットロボみたいな声を出している。それでもハンドルは離さないので本当にちゃんとしている。
    「はい! アグモンのモノマネします! アグモン進化ー! グレイモン……!」
     ハルナも乗って、大きくなると声が低くなるモンスターのモノマネをするなどしてやり過ごす。やり過ごすとは?
     車内は常に常軌を逸しているが、当然である。自分に責任のない理由での謝罪行脚なのだから。

     車は山道を往く。謝る相手は日本各地にいる。大規模な出版社の大規模な部署でのやらかし。流出が写真一枚分とは信じがたい以上、少しでも社会部と接点のある相手には謝りにいくしかない。
    「気を付けてくださいね。なんか道が荒れています」
     先日の嵐で山道は濡れ、枝が散乱している。ハルナのオカルト雑誌記者としての嗅覚が異常を訴える。
    「変だ……」
     車道の妨げになる倒木は切られ、車が通れるようになっていた。……のだが、切られた倒木の断面に違和感があった。まるで今切ったかのように断面は濡れもせずぴかぴか。道路にはおがくずが散らばっている。
    「この先は大病院なので、救急車が通れるように誰か作業しているんだと思います。徐行で」
    「『REAL×TIME』で機密情報流出の出版社が、交通事故までしたらえらいことだ」
     ハルナは倒木の撤去作業が行われていると読んで男性に注意を呼び掛ける。
     しばらく車が走ると、やはりと言うべきか作業中だった。といっても二人が倒木の近くにいるだけ。チェーンソーの音が聞こえ、倒木は何等分かに切断される。チェーンソーを使っていた小柄な人影が木から去ると、もう片方が木を片づけて道が開く。
    「お疲れさまです。ありがとうございます」
     通過する際にハルナは作業していた二人に声をかける。
    「どもども! 倒木はもうないですけど道が濡れてて枝も散らばって滑りやすいのでお気をつけを!」
    作業をしていた二人は十代後半と思われる少女と、小学校低学年ほどの少年だった。
    (あれ? こんな子供がチェーンソーを?)
     チェーンソーという危険な工具を使えるとは思えない年代の子供しか、この場にはいなかった。おまけに肝心のチェーンソーがどこにもない。
    (疲れてるのかな……)
     まるでチェーンソーがどこからともなく出てきて、使い終わったら消えているような感覚に陥る。普段なら怪奇現象だと飛びつく場面だが、今日だけはそんな余裕がない。

       @

    「本当に申し訳ありません!」
    「いえ、わざわざご足労いただきありがとうございます」
     ハルナと男性社員は山道の先にある大病院、石永総合病院。そこの院長室で頭を下げていた。ドクターヘリも出入りするような病院の院長にしては若い男性が丁寧に対応する。地位の割に腰も低く穏やかだ。
    「社会部には然るべき対応を取りますが、あなた方を責めるつもりはありません。それにうちの娘が月刊アガルタの読者でしてね」
    「ありがとうございます……!」
     やわらかい物腰に圧を感じつつ、ハルナは頭を下げる。怒りはやらかした上に雲隠れした社会部に向いているのは分かるものの、やらかしの重さがのしかかる。自分のやらかしではないが。
     頭を下げていると院長室をノックする音が聞こえる。なんだかノック音もお上品に聞こえる。
    「どうぞ」
    「失礼いたします」
     扉を開けて入ってきたのは、先ほど倒木の撤去作業をしていた少女だ。あの時の溌剌とした印象から一変、深窓の令嬢といった空気を纏っている。泥汚れのついた作業服を着こんでいても、それが似合わないくらいの高貴さが漂う。いや、位が高くとも泥にまみれ汗を流すことをいとわないからこその高貴さというべきか。
    「お父様、倒木の撤去終わりました。車の通行は可能です」
    「おお、ありがとう。こだまくんも労ってやってくれ」
    「はい。では」
     彼女は院長の娘だったようだ。彼女が退出しようとしたところ、院長は止める。
    「おお、少し待ってくれ。彼らは月刊アガルタの編集部の方だ」
     話を聞くと彼女は目を輝かせる。興奮はしていても礼儀は崩さず、ハルナ達に食らいつく。
    「本当ですか!?」
    「ああ。どうも社内のごたごたに巻き込まれて大変なようだ」
     院長はハルナたちに事情の説明をしていいかな、と聞く。
    「ええ、おそらく報道されると思いますし……もうSNSで燃えてるかも」
     ロゼッタ出版が事態を把握したのもSNSでの炎上がきっかけ。そのため、今更隠すこともないと彼女は判断した。
    「ありがとう。ヒメ、実はかくかくしかじかで……」
    「お父様、かくかくしかじかでは分かりません」
     場を柔らかくするやり取りを院長とその娘、ヒメは内容を共有する。
    「なるほど……」
     院長の娘、ヒメは話を聞くと礼儀正しい様子から敏腕記者のような真剣な目つきに変わる。
    「まぁ、ともかくだ……わざわざありがとうございます。こちらとしてもあなた方を責める気はありません。うちの娘のように、雑誌を楽しみにしている人もいますから。また面白い記事を書いてください」
     院長は話を打ち切り、ハルナ達を早々に解放する。この場においてはさっさと要件を済まさせるのがベストだろう。

       @

    「はああああああ……」
     ハルナはため息を吐く。石永院長は優しく対応してくれたが、そういう場所ばかりではない。ロゼッタ出版の社会部はかつて高い拡散力を持っていた。その拡散力を盾に無茶な取材をしていた過去もあり、八つ当たりじみた対応をされることもあった。
    「すごいつかれた」
     他人のやらかしで謝るのは結構しんどい。病院のロビーでハルナは休憩していた。大きい病院だけあって入口とその方面の壁は大きいガラスで覆われている。自動ドアからはぽつぽつと患者が出入りしている。
     自動ドアの先は駐車場になっている。山の上にある病院なのもあって、車やバスで来る人は多い。
    「あー、疲れた……車がこっち来てる気がする……」
     その駐車場から車が入口へ向かってくる様子が見えた。最初は疲れているせいかと思ったが人々の悲鳴も、タイヤの唸り声も聞こえる。
    「あ」
     それでこれが現実だと判断したハルナは遅れて避難を開始する。車はガラスを突き破り、ハルナの方へ向かってくる。
    「あっ!」
     しかし避難の途中、彼女は自分の後方にお爺さんがいるのに気づいた。ハルナは咄嗟に身体が動き、お爺さんを助けにいく。だが車の速度はガラスを突き破ってもなお緩まない。
     振り返って視認するまでもない。音が変わることなく近づいているからだ。
    (あ……これ死んだ……)
     車の方を振り返った視界が真っ赤に染まった。自分の血ではない。赤い巨大な物体が眼前に現れたのだ。
    「え?」
     ずどん、とありきたりな重たい音を立てて現れた物体。車がそれにあたると金属がひしゃげるような音がしてタイヤが空転する。
     車は大きくバックし、そのまま反転して逃走を図る。周囲にぶつかって車は凹んでいくが、既に殆どの人が避難したため幸い人を轢くことはなかった。
    「……」
     たまたま近くにいたのだろう少年がぽけーっとその様子を見ていた。ハルナやお爺さんのすぐ近くにいたのは、パステルブルーのパーカーを着た少年。その右腕には蔦のようなものが繋がっている。
    「にげた!」
     少年がしばらくして車の逃走に反応する。車は黒のアルファード。高級な車であることくらいしかハルナは知らない。少年は赤い物体の影から車に向かって飛び出す。
    「え? ちょっと……」
     何をする気か、とハルナも赤い物体の影から出る。それと同時にチェーンソーの唸る音が聞こえた。
    「な、なに?」
     少年は緑色に発光し、車に向かって猛然と走っていく。全力での逃亡を決め込んだアルファードの立ち上がりは速く、すでに人間の脚では追いつけない速度になっていた……はずだった。
    「唸れ……スクリームフラッシュ!」
     少年はなんと車に追いつき、トランクのドアにチェーンソーを突き立てた。チェーンソーはその仰々しい見た目に反して木材の切断以外にはまるで使えない、れっきとした工具。このように鉄とガラスで混成されたトランクのドアに軽々と突き刺さるはずがない。
     運転手と思われる女性が甲高い悲鳴を上げながら車から飛び出す。手にはスマホ、靴は高いヒールと運転するのに向いていない要素の塊だ。
    「捕まえろ!」
    「確保ー!」
     男性警備員が出ると問題があると判断したのか、その場にいた女性の事務員や看護婦が彼らからさすまたなどを受け取り、運転手の確保に走る。
    「ヤーッ!」
    「ちいかわかな」
     しかし気合に反して不慣れかつ実践経験の無さが災いして手間取る。仕事の土俵が違うとどうしてもこうなる。おまけに運転手の女性も抵抗が激しい。
     逃がすわけにはいかないのでさすがに男性の警備員が再度出て来るが、それを見て運転手は大げさなくらいに叫ぶ。
    「痴漢! 触らないで!」
    「いやあんたが悪いんでしょ」
     お爺さんが家族に連れられて退避したのを見届け、ハルナは冷静に突っ込む。
    「うっふ~ん今だけ女よ~♡」
     警備員は気転を聞かせて対処する。屈強な男たちがくねくねと今だけ女アピをしながら迫る光景は別種の恐怖だ。運転手は再度、車から飛び降りた時のような甲高い悲鳴を上げる。たしかに怖いだろうがお前が悪い、諦メロンとハルナは思った。
    「さて……」
     ハルナは大捕り物から目を離し、少年の方を探す。彼の腕からチェーンソーが生えていたように見えたが、見間違いだったのだろうか。
    「これは……トマト?」
     運動会で転がす大玉のように巨大な赤い物体を彼女が改めて確認すると、なんとそれはトマトだった。蔦のようなもの上部に続いており、そこにはヘタらしきものも見える。
    「ひえっ!」
     ぐるりとトマト(?)の正面へ向かうとハルナは肝が冷えた。なんとこのトマト、牙が生えているのだ。近くにはボンネットが転がっており、牙の間隔と一致する穴も開いている。この牙は飾りではない。
    「……、ふぅ」
     肝心のチェーンソーを使った少年は周囲を見渡し、無事なベンチを見つけて座る。

    「しょうがないじゃない! 通知来たらすぐ投稿しないと死ぬの!」
     取り押さえられた運転手の女性はそう言って騒いでいた。通知が来たらすぐに投稿しないといけない、そのルールにハルナは心当たりがあった。
    「それって……REAL×TIME?」
     今回、彼女が謝罪行脚する羽目となったSNS。それがこの事故にも関係していたのだ。

    次回


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