
「妻ターン」と「ハンター教育」――転出超過ワーストの広島県で私が見ている"もうひとつの景色"
2026年2月3日、総務省から2025年の人口移動報告が公表されました。広島県の国内移動に限った転出超過は9,921人。5年連続で全国最多です。転出者は53,237人、転入者は43,316人。前年より7.4%減り、3年ぶりに1万人を下回りましたが、2位以下を大きく引き離しての全国最多という状況は変わっていません。
そして、私が住む福山市。2024年の数字では、転出超過2,935人で全国ワースト2位でした。1位の東京都新宿区(2,985人)とはわずか50人差。しかも新宿区は外国人の転出が大半なのに対し、福山市は日本人・外国人ともに転出超過という、より構造的な課題を抱えているように見えます。
広島県の転出超過のうち、8割以上を10代から30代の若い世代が占めています。20代だけで6割を超えるというデータもあります。大学進学、新卒就職、そして20代後半から40代のUIターンという3つのタイミングで、人が県外に出ていく波が生まれていることが、広島県の調査分析でも明らかになっています。
ただ、少しだけ補足しておきたいことがあります。この「5年連続全国最多」という数字は、国内の人口移動だけを見たもので、国外からの転入は含まれていません。広島県によると、国外からの転入約8,700人を含めると、実際の転出超過は1,851人程度になるとのことです。統計のどこを切り取るかによって見える景色はかなり変わるということは、知っておいてもいいことだと思います。
とはいえ、若い世代が県外に出ていっている現実があること自体は間違いありません。ニュースやデータだけを見ていると、どうしても暗い気持ちになりがちですし、「このままで大丈夫なのだろうか」と不安になる方も多いのではないかと思います。
でも、私の周りを見ていると、数字だけでは見えない"もうひとつの景色"が確かに広がっていると感じています。
私の周りで起きている「妻ターン」という現象
最近、私の身の回りでものすごく多いなと感じているのが、「妻ターン」と呼ばれるパターンです。一旦福山を離れて都会などで暮らし、そこでパートナーと出会って結婚し、そのパートナーを連れて福山に帰ってくるというものです。いわば"凱旋帰郷"のようなかたちで、子育てを地元でスタートさせるケースが本当に多いと感じています。
冗談まじりに「ハンター」なんて表現をしてしまいましたが(笑)、これは実はとても理にかなった選択なのではないかと私は考えています。なぜなら、女性が自分の親の近くで子育てができるということは、いざという時に頼りやすく、子育てしながら仕事も続けやすい環境が自然と整うからです。これは感覚的な話ではなく、非常に実利的で合理的な判断だと思うのです。
広島県の調査データが裏付けていること
この「妻ターン」という現象は、実は広島県が行った調査データとも見事につながっていると感じています。
調査の中にある「配偶者の出身地別に見たUターン意向」のデータを見ると、配偶者が広島県出身の場合は「戻る予定がある」が20.4%、「戻りたい」が36.7%と、他のどの区分よりも圧倒的に高い数字が出ています。逆に、配偶者が三大都市圏出身だと「戻りたくないし戻る予定もない」が44.7%まで跳ね上がります。
つまり、「どこに住むか」という選択において、「誰と一緒にいるか」が決定的な要素になっているのではないかと私は感じています。住む場所は仕事や収入だけで決まるのではなく、パートナーの出身地や家族のつながりが大きく影響しているのだと思います。
「出さない」「戻す」だけじゃない第三の選択肢
これまでの人口流出対策というのは、「出さない」か「戻す」かの二択で語られることが多かったように思います。でも私が提案したいのは、「出て、つながりを作って、連れて帰る」という第三の選択肢です。
子どもたちに対して、「地元を出ていくこと」をネガティブに捉えるのではなく、「一旦外に出て、誰かとつながりを作って、いつか地元に連れて帰るという選択肢もあるんだよ」ということを早いうちから自然に伝えておくことが大切なのではないかと感じています。
進学や就職で一旦外に出たとしても、「いつか自分も地元にパートナーを連れて帰る側になるかもしれない」と自然に思える人が増えていけば、地方の未来は少しずつ変わっていくのではないかと思うのです。
これを私は半分冗談、半分本気で「ハンター教育」と呼んでいます(笑)。
調査データが示す「タイミング」の重要性
この「早いうちから知っておかせる」という点について、調査のクラスター分析からも興味深いことが見えてくると思っています。
Uターンを阻む最大の壁はライフステージの進行で、結婚の段階では25.5%だった障壁が、マイホーム購入になると58.2%まで一気に上がっていきます。つまり、時間が経てば経つほど「戻りたくても戻れない」状態になっていくということです。
だからこそ、子どもたちが若いうちに「地元に帰るという選択肢」を自分の人生の引き出しに入れておくことが大事なのではないかと考えています。マイホームを買ってしまった後では遅い。結婚する前、できれば進学や就職を考える段階で、「出たら帰れない」ではなく「出ても帰れる、しかも誰かと一緒に」というイメージを持ってもらうことが、タイミングとして理にかなっていると私は思っています。
我が家の実例――私自身が「妻ターン」の当事者です
実はこの話、他人事ではありません。私自身がまさに「妻ターン」の当事者なのです。
広島県福山市で生まれ育ち、大学進学を機に横浜へ。そのまま東証一部上場のマンションデベロッパーに就職し、24歳で関東出身のパートナーと結婚して横浜で暮らしていました。このまま関東で生きていくのだろうと、自分でもなんとなく思っていたと思います。
ところが24歳の時、福山に帰ることを決めました。家業を継ぐという理由もありましたが、それだけではありませんでした。パートナーが「これから結婚して仕事をしていくなら、君の親の近くの方がいいと思う」と言ってくれたのです。関東出身のパートナーにとっては、自分の地元を離れるという大きな決断だったはずです。パートナー自身が転勤族の家庭で育ち、関東を転々としてきた経験があったからこそ、「何かをつないでいける場所」として私の実家のある福山を選んでくれたのだと思います。そのことには今も深く感謝しています。
一旦は人口が1人減ったわけですが、関東からパートナーを連れて帰り、さらに2人の娘が生まれて、結果的に3人増えたことになります。数字だけ見ると転出超過ワーストという暗い話になりがちですが、一つひとつの家族の物語で見ると、実はこういう「プラスの連鎖」が確かに起きていると感じています。フクヤマカイギで稲田さんが語っておられたような「家族で東京から福山へ」というリアルなストーリーとも重なる話だと思いますし、こうした小さな連鎖がいくつも重なっていくことで、地方のミライはちょっとずつ変わっていくのではないかと感じています。
帰ってきて実感した「妻ターン」のリアルなメリット
「妻ターン」が増えている背景には、単なる郷愁やノスタルジーではない、非常に合理的な理由があると思っています。これは私自身が身をもって経験してきたことです。
帰ってきた当初、私たちにはお金がありませんでした。自営業を始めたばかりで経営基盤もなく、祖母の家の2階の和室に居候させてもらうところからのスタートでした。祖母から資金援助をしてもらったわけではありません。でも、お金がないから夕飯を実家に食べに行かせてもらったり、お米や野菜を分けてもらったり。お金という形ではなくても、家族が近くにいるからこそ受けられる支えが、あの時期の私たちの生活を確実に支えてくれていたと感じています。
子どもが生まれてからは、そのありがたさがさらに大きくなりました。私は出産して退院した翌日から仕事に出ていましたが、それができたのは母や祖母が子どもを見てくれたからです。仕事が忙しくて幼稚園のお迎えに行けない時、子どもを病院に連れていけない時、母や祖母にお願いすることが何度もありました。両親や祖母が近くにいてくれるということは、私自身のキャリア形成にとって、計り知れないほどのプラスになったと思っています。
子育ての「精神的なゆとり」という見えない財産
広島県の調査のクラスター分析で出てきた居住地選択の重視項目に、「精神的なゆとり」や「子育てに適している」という要素があります。このデータを見た時、まさに自分のことだと感じました。
初めての子育ては、わからないことばかりでした。他のお母さんと比べてしまって不安になることもたくさんありました。でも、母や祖母が近くにいてくれたことで、「うちはうちのやり方でいい」と自然に思えたのだと思います。子育てに悩みすぎることなく、自分らしく子どもと向き合える環境だったことは、精神的な安定にものすごく大きくつながっていたと、今振り返って感じています。
そしてこれは「仕事ができる」という実利的なメリットだけの話ではないと思っています。長女はもう21歳になりましたが、幼い頃に祖母や曾祖母と密に関わった時間は、娘の中に確かに生きていると感じます。折り紙やおままごとなど、昔ながらの遊びを丁寧にしてもらったことで、細かい作業への集中力や、手を動かして何かを作る力が自然と養われたように思いますし、何より他人に対する思いやりや感謝の気持ちは、多世代の中で育ててもらったからこそ身についたものではないかと感じています。学力が特別に優れているということではありませんが、両親や祖父母に内孫として大切に育ててもらったことで、幅広い視野やさまざまな人と自然に関われる人間力がついたと思っています。
「つなぐ」ということの豊かさ
47歳になった今、改めて気づいたことがあります。それは、自分が通っていた幼稚園や学校、遊んだ公園、習い事の先生に、自分の子どもも見てもらえるということが、どれほど豊かなことだったかということです。
「あなたのお母さんもここに通っていたのよ」と言ってもらえる環境。先生方が親子二代にわたって成長を見守ってくださるという安心感。これは都会では得られにくい、地方ならではの「つながりの連鎖」だと思います。若い時には気づけなかったけれど、子どもが大きくなった今だからこそ、その価値の大きさをしみじみと実感しています。
もちろん、これはパートナーの実家の近くでも実現できたかもしれません。でも、パートナーが転勤族の家庭で関東を転々としてきた方だったからこそ、「何かをつないでいける場所」として私の実家を選んでくれました。場所や人や記憶がつながっていくということ。それ自体が、地方で子育てをすることの見えない財産なのではないかと私は感じています。
「なんとなく地元がいいから」という漠然とした話ではなく、子育て支援のインフラとして実家が機能し、多世代のつながりが子どもの人間力を育て、地域の中で「つなぐ」ことの豊かさを実感できる。これが「妻ターン」の合理性の本質だと私は思っています。
移住支援の新しい切り口として
もう一つ、私が「あったらいいのにな」と思っているのが、「結婚して他県からパートナーを連れて帰ってきて住民票を移したら補助が出る」という仕組みです。
今の移住支援制度は、個人単位の発想が多いように感じています。でも、「妻ターン」のように「家族として増えて帰ってくる」というケースに対して支援を行うことは、費用対効果の面でもかなり高いのではないかと思います。1人の移住者への支援と、家族3人4人がまとめて転入してくることへの支援では、地域にとっての意味がまったく違うはずです。
もちろん、これが唯一の正解だとは思いませんし、制度設計にはさまざまな課題があることも理解しています。ただ、移住補助金の新しい切り口として、「家族ユニットで帰ってくる」という視点は検討してみる価値があるのではないかと感じています。
数字と実感の間にある"希望"
転出超過の数字を見ると、どうしても悲観的な気持ちになりがちです。でも私は、数字の裏側で確実に起きている小さなプラスの連鎖にこそ、地方の未来を変えていく力があると感じています。
「出て行ったら終わり」ではなく、「出て行って、つながりを作って、誰かを連れて帰ってくる」。そんな選択肢があることを、子どもたちが小さいうちから自然に知っていたら、地方の人口問題に対する向き合い方も変わってくるのではないでしょうか。
もちろん、すべての人がこのパターンに当てはまるわけではありませんし、地元に残ることも、外で新しい人生を築くことも、どれもその人にとっての正解だと思います。ただ、「地元に帰る」という選択肢の中に「一人ではなく、大切な人と一緒に帰る」という可能性を加えておくことは、とても豊かなことだと私は感じています。
「ハンター教育」なんてちょっとふざけた名前ですが(笑)、地方のミライはこういう小さな連鎖の積み重ねで、ちょっとずつ、でも確かに変わっていくものだと私は信じています。
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角田千鶴
一般社団法人ミライゴト代表理事/株式会社山陽管理代表取締役社長 「福山市を次世代から選ばれる街にする」をミッションに、若者の可能性を広げる活動を展開中。自身も横浜からのUターン経験者。
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