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現地へ行く人だけが情報過多から抜け出せる理由

僕は20代中盤あたりから放浪癖のような傾向が身についている節がある。あまり自分の家にじっとしていられないのだ。

それは、良い言い方をすれば「好奇心の塊」とでも言える。行ったことがないエリアのことを考えると、行かずにはいられない気持ちになってしまうのだ。

だけど、ここ最近「ミッション・クリープ」という軍事用語を知った。これはビジネスにも応用される言葉で「目的の肥大」を意味する。

当初の目的を達成すべく、様々な施策を続けてあらゆることに手を出しているうちに、目的そのものが増えて肥大化してしまい、本来の目的がわからなくなって収拾がつかなくなるのだ。

例えば、ずっと読みたかった本を1冊読んだところ、その読書で得た知識によって他に読みたい本が複数出てきてしまい、収拾がつかないレベルで積読ばかり増えていくことがある。積読も典型的なミッションクリープと言える。

若い頃の僕はまさに旅行に関して「ミッション・クリープ」に陥っていた。だけど大人になると、世界は広くてキリがないので、冒頭で語った好奇心が満たされることは基本的にあり得ないことに気付く。

だから、自分の人生の長さと生活の密度、時間とお金など、様々な要素を総合的に考えて取捨選択をしなければいけないと思った。

ここで大人しく旅を控えめにしそうなものだが、やはり実際に現地に行った経験というのは、できる限りしておいた方がいいという結論に至っている。収拾がつかなくなる衝動は適切に管理しつつ、要所要所を抑えておくのが賢い旅好きの作法なのかもしれない。

僕は若い頃にインドに行ったことがなく、インドの噂を聞いたりネット上で記事を読んだりするたびに「本当にそんなに人生観が変わるのか」「本当にそんなにびっくりすることだらけなのか」とずっと気になっていた。だから、この気持ちを整理させる意味も込めて実際に行ったのだ。しかも年内に2回も。

実際に行った経験から、インドの社会の光景や空気感、食事、宗教、それら全体を全身で感じることができた。ダージリンの紅茶からコルカタのカレー、デリーの詐欺師たちとアゴラの至宝であるタージマハル、バラナシのガンジス川まで。行ったからこそ具体的なイメージも持てる。

ネットの噂や人の話を聞くだけでは「本当はどうなんだろう?」と脳内で好奇心が肥大化(ミッション・クリープ)するばかりだったが、現地の空気や風景を全身で浴びたことで「自分なりの確定した答え」が腹に落ちた。

この前、Xでバラナシを紹介するポストを複数見つけたが、それらも全て当時の経験を経て読むことができた。余計な好奇心を想起されずに読むことができたのである。これが実際に行った事による効果と言えるかもしれない。

人生と時間には限りがある。世界中のすべてを知ることは不可能だ。だからこそ「要所を実際に訪れて、自分なりの実感を獲得しておくこと」が大切になる。今でもインドの全土を周り切ってみたい衝動に駆られることはあるが、ここは適度な諦めを持つ様に気を付けたい。

「実際に行った」という事実を作ることは、無限に広がる好奇心に心地よい「諦め」をつけ、溢れる情報に振り回されないための、賢い旅の作法(ヘッジ)なのだと思う。

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