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「納得解」とはなにか〜「最適解」を出しても、なぜかスッキリしない人へ

    今の私のテーマは、「最適解より納得解」。

    いろいろ考えて、無難に最適なルートを選べば間違いない。

    そのはずなのに、なんかスッキリしない。

    そんな経験はありませんか?

    それはきっと、その時の自分にとって、最善ではないからだと思うんです。

    なぜ私が、「納得解」といいう言葉を使うようになったのか、

    今日はその原点についてお話ししたいと思います。


    遡ると、高校受験にたどり着きます。

    偏差値が高いなら、それに見合った学校を目指す。

    それは、多くの人にとって納得できる選択なのだと思います。

    ただ、私が欲しかったものは少し違いました。

    たしかに偏差値の高い学校に行けば、大学への進学率は上がるのかもしれません。

    けれど私が本当に欲しかったのは、「楽しい3年間」だったのです。

    結局、自分の偏差値より10ほど下の高校を選びました。

    見学に行って、楽しそうだなと思ったから。

    しかし先生も母も「なんで?」という反応でした。

    でも私からすれば、「なんで、みんな偏差値だけで決めるの?」というのが、本当の疑問でした。

    父だけでしたね、何も言わなかったのは。

    思えば、あの時から、私の「納得解」が始まったのだと思います。

    大学や就職といった大きな決断はもちろん、日々の小さな決断も、「世間の尺度」ではなく「自分がどうしたいか」を基準に考えるようになりました。

    そうして選び続けてきた結果、気づいたことがあります。

    「納得解」を選ぶと、失敗しても、後悔しないのです。

    やるだけのことはやった、と思えるから。

    「これでいい」ではなく、「これがいい」と思える答え。

    そういう答えは、たとえ結果がどうであれ、失敗にならないのだと思います。

    誤解してほしくないのは、
    最適解を否定したいわけではないということ。

    時には、最適解が適している時もありましょう。

    ただ私は、自分にとって最善だと思える道を選びたいというだけです。


    「納得解」は、特別なスキルではありません。

    転職でも。
    結婚でも。
    副業でも。
    子育てでも。

    毎日の小さな選択でも。

    世間の正しさを参考にしながら、

    最後は「私はどうしたい?」と問い直すこと。

    それが、私の思う「納得解」です。


    🔶最適解:世間の尺度にあった「普通」の道をいく
    🔵納得解:自分が本当に欲しいものを基準に選ぶこと

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    「これでいい」ではなく、「これがいい」。
    そんな答えを、私は「納得解」と呼んでいます。
    あなたにとっての「これがいい」と思える答えは、何ですか?


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    50代からの「さびない生き方」を、「読む×考える×書く」でさぐる|最適解より納得解|正解がない時代の自分の言葉で考え、自分なりの答えを見つけるためのヒントを発信|人生はもっと楽しくできる。国家公務員→アロマ講師→リストラ→文筆業10年| Amazonアソシエイト参加中

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