
#11幸せはお金で買えない?
このセリフ、よく聞く、というか
私の場合は某広告で最近改めて聞いた。
でも、これってちょっと不思議な感じの言葉。
幸せはお金で買えるよね、と言われると
それは違和感があるけれども、
幸せはお金で買えないよ、と言われてもちょっと引っかかる。
引っかからない?
私の聞いた某広告では、
ざっくり言うと、美味しいものを食べた時の幸福感から
美味しいものを買う = 幸せを買う、のような風に
描かれていた。
この広告の言ってることはよくわかる。すっげェよくわかる。
美味いものを食うと幸せになれるからなァ。
だがッ!美味いものを買う = 幸せを買うってどういうことだああ!?
まあ、ギ〇ッチョみたいにここまでキレる必要は無いし
別にその某広告元に喧嘩を売るつもりも無いんですけど。
まあここまでで言いたかったことは、
幸せはお金で買えないっていうのは
納得できるようでできない、できないようでできそう、
微妙な気分になるよねってこと。
これ、だいぶ議論ができると思うんだけど、
とりあえずの私の考えとして、
そもそも幸せを商品化するのって違和感ない?
別にコンビニとかスーパーとかで
幸せがドンッって売ってるわけじゃないし、
結局のところ、
お金を出して何かを買う→ソレから幸福を得る、
そんな感じで、お金と幸福の間には常に間があると思う。
で、この議論で買えない派閥の人が良く出すと思うのは、
自分で得た経験とか、幸せを得るための努力とか、人との出会いとか、
そういうものあるじゃんっていうもの。
そこから得る幸せってあるよね。それは分かる。
でも結局のところ、幸せの定義って結構曖昧で。
そもそも人それぞれの幸せがあるわけだし、
万人に共通する、なにを幸せとするかというのを決めないと、
この議論には結局結論は出ないと思う。
それをあえて今回にあてはめ、
美味しいものを買う→それを食べる→幸せな気分というプロセスを
今回の幸せの定義としてみると、
幸せになるにはどうすればいいか
→美味しいものを食べよう。
美味しいものを食べるにはどうすればいいか。
→美味しいものを作ろう/買おう。
美味しいものを買うにはどうすればいいか。
→働いてお金を稼ごう。
働いてお金を稼ぐ、というのは一種の努力ですよね。
だから、結局私が言いたいのは、
お金で幸せを買う、のではなくて、
お金は幸せを得るための行動と結果的な幸せの間に挟まる
プロセスの1つに過ぎないのではないか、ということ。
なので、お金で幸せを買える/買えないという議論は
そもそも元の考え方が間違ってるので不毛なのでは。
どうでしょうね、
私はまだ若いというか社会人ですらないので、
歳行って広い社会に出たら変わるんでしょうか。
ちょっといろんな人の意見聞いてみたいかも。