
水と占領 ー パレスチナ
生物が生きるために最低限必要なものを3つ挙げるとすれば、「空気」「水」「食料」であろう。
空気は、基本的に地球上に暮らすすべての生命に等しく与えられている。
しかし、その次に大切な「水」については事情が大きく異なる。日本のように水に恵まれた国では実感しにくいが、水がなければ人は生きていけない。そして人類の歴史を振り返れば、水資源をめぐる争いは家庭や村落のレベルから国家間の戦争に至るまで幾度となく繰り返されてきた。
今回はその「水」に焦点を当て、パレスチナ・西岸地区の現状を考えてみたい。
屋根のタンクと給水車
パレスチナの多くの地域では、各家庭が屋根に大きなタンクを設置し(西岸地区の92%の家庭がタンクを使用)、水が出るタイミングで貯めておく。タンクが尽きると給水車を頼るしかないが、その料金は水道料金より高額で、特に貧しい世帯には大きな負担となる。
私の住むヘブロンでも同様で、断水が続き民間の給水車を手配せざるを得ない状況を何度も経験しているが、給水車による水の価格は、水道水のおよそ6倍にものぼる。

さらに、主な活動地であるエリアC(広大な砂漠が広がり、イスラエル軍のコントロール下に置かれているエリア:パレスチナの朝ー軍検問所のある生活|Salaam_Shalom)では、もともと給水インフラが脆弱で、水道につながった水源を持たないコミュニティが100以上存在する。彼らは雨水や給水車に頼るしかなく、日常生活に必要とされる最低基準を大きく下回る量で暮らしている。
その一方で、近隣のイスラエル入植地では芝生や家庭用プールが維持できるほど安定した水が供給されている。西岸地区に住むパレスチナ人と入植者の間で、数倍もの水消費量の格差があることは、国際機関の報告でも繰り返し指摘されている。

水の格差
パレスチナ人が平均的に利用できる水は1日あたり85L以下で、これは世界保健機関(WHO)が定める最低基準(100L/日)を下回る。さらに一部のエリアでは、1日20L以下で暮らす人も多い。これは人道支援機関が難民キャンプ等で命をつなぐための最低目標(15L/日)に迫る数字だ。
その一方で、近隣に住むイスラエル人の消費量は1日あたり約300L。日本の平均的な水使用量とほぼ同じである。
水資源をめぐる歴史的経緯
この地域には、ヨルダン川の地表水、西岸地区にまたがる山岳帯水層(地下水)、ガザ地区からイスラエル沿岸にかけて広がる沿岸帯水層(地下水)という、3つの主要な水資源が存在する。いずれも乾燥地域にとっては生命線である。
ヨルダン川西岸地区からアクセス可能なのは、ヨルダン川の地表水と山岳帯水層の2つであった。しかし1967年の第三次中東戦争以降、西岸地区はイスラエルの軍事占領下に置かれた。占領開始直後、イスラエルはパレスチナ人によるヨルダン川の利用を禁じ、さらに軍事命令(Military Order 158)によって新たな水源施設の建設を禁止し、すべてを許可制とした。結果として、井戸を新しく掘ることやポンプを設置することも事実上できなくなった。唯一残された地下水の利用も、極めて制限された状況に追い込まれていったのである。

オスロ合意と固定化された構造
西岸地区に次々と作られ国際法上違法とされるイスラエルの入植地では新たな水インフラが次々と整備され、入植者たちの生活水準の向上につながっている。この非対称性は、のちの和平交渉でも解消されないまま残っていく。
1990年代のオスロ合意はパレスチナ自治の枠組みを定めた合意であるが、水に関しては暫定的取り決めにとどまり、西岸地区の水資源の約85%は引き続きイスラエルが管理することとなった。パレスチナ人が井戸を新設する場合もイスラエルの承認が必要であり、その承認率は極めて低い。結果として、オスロ合意はパレスチナにとって水の権利を獲得する機会ではなく、現状を固定化する契機となってしまった。
パレスチナ自治政府は、許可されたわずか15%の水源の水を西岸地区のパレスチナ人へ配分しようと試みているが、エリアをまたいだ水の輸送は禁止されているなど制限が多い。このため、西岸地区全体で必要とされる生活用水の60%以上をイスラエルの国営水道会社Mekorotから購入するといういびつな構造である。
Mekorotへの依存度はエリアによって異なり、私の住むヘブロンでは、実に90%の生活用水がMekorotからの供給である。イスラエルはいつでも人間の生命線である水を止めることができる構造になっている。実際、ここ数ヶ月は65%以上の供給がカットされ、私自身繰り返し断水を経験しているのもそのためである。
パレスチナ人同僚の中には、住むエリアによって週に数回トラック給水を手配しなければならない者も少なくなく、それがいかに時間的・経済的・精神的負担となっているかを日常的に実感している。
破壊される給水施設
近年、イスラエル入植者によって、パレスチナ人が利用するわずかな給水施設が意図的に破壊されたり、ホースが切断されたりする事例が相次いでいる。その結果、パレスチナ人コミュニティの水へのアクセスは一層深刻化している。
私自身も、武装した入植者が給水施設に侵入しようとする場面に遭遇したことがある。こうした事態に対応するため常に情報を収集し、被害が発生すると影響を受けたコミュニティへの支援を模索する。しかし、給水施設を修理するための機材や新しいタンクを運ぶ際には、イスラエル軍のチェックポイントで移動を制限されたり機材を没収されるため、現場に辿り着けないことが少なくない。
命をつなぐため、真に支援が必要な場面では、リスクを取って制限をかいくぐる方法を取らざるを得ない場合もあるが、ここで詳細は割愛する。破壊された給水施設を目にすると、それが単なる嫌がらせではなく、パレスチナ人コミュニティをこの土地から追い出すことを目的とした、意図的な行為であることを痛感せざるを得ない。




他の重要インフラ
西岸地区の水以外の重要なインフラも、基本的にイスラエルのコントロール下にある。例えば、電力は99%がイスラエルからの供給に依存しており、供給量が需要に満たないことも少なくない。そのため、予告なく停電が発生し、再開の見通しが立たない場合もある。
国際人道法の観点では、占領地に暮らす住民の生活を守る責任は占領権力にあるとされている(ジュネーブ第四条)。しかし現実には、イスラエルによる水資源をはじめとする重要インフラの管理方法がパレスチナ人の生活を守っているとは言い難い状況である。
構造的不平等の鏡
国連機関やNGO等も、給水や衛生環境の改善に取り組んできた。しかし、軍事的な規制により、多くの活動は制限され、根本的な解決には至っていない。パレスチナにおける水の問題は、単なる技術や資金の不足ではなく、政治や占領政策と深く結びついている。
イスラエル・パレスチナの対立を考えるうえで、水という視点は、占領の構造的不平等と、それが日常生活に及ぼす影響を最も鮮明に映し出す鏡の一つである。水の配分のあり方は、この地域の平和と未来を考えるうえで、避けて通れない重要な課題である。
