メインコンテンツへスキップ
見出し画像

言葉にしない、はずだった。 #6 過去と今

    「おはよー、スズネ」
    「…おはよ……」

    翌朝はオープンから出勤だった。日が昇り切ってからやってきたフェデが不思議そうな顔をする。

    「珍しいね、寝不足?」
    「…ん」

    結局あの後、なかなか寝付けなかった。濃いめのエスプレッソと、目に冷たいタオルを当てて、何とか目を醒まそうとする。フェデは老舗のミントタブレットを差し出して言った。

    「マサチカのこと?」

    あまりにも的確で、驚く。

    「……何で知ってるの…?」

    フェデは呆れた様に言った。

    「キアラがマサチカ、マサチカうるさいからさ」

    進展あった?と興味本位に聞いてくる。

    「……フェデには関係ない」

    冷たく答えると、ふーん、と意地悪そうな声を出した。

    「でも、キアラもマッテオも会ったんでしょ?」
    「…会ったっていうか、見たってだけよ」

    へえ、と言いながら、言葉をつぐ。

    「背の高いイケおじだって聞いたよー」

    甘えるような声。いつもこうやって、フェデは人の懐に入り込む。

    「僕も会ってみたいなー」

    上目遣いで私を覗き込む。年下男子らしい、憎めない仕草だった。

    「…聞くだけ、聞いてみる」
    「ありがと、スズネっ」

    ため息混じりに言うと、子どもみたいに喜んで、キュッと私の手を握る。いつも通りのその温度に、いつもと違う胸の痛みがあったのは、何故だかわからなかった。

    ***

    「初めまして!フェデリーコです。スズネと一緒にバールの経営をしてます」
    「初めまして、マサチカです。スズネさんの旧友です」

    諒知さんに話をしたら、まさかの二つ返事でOKで。急遽、翌日、三人でディナーをすることになった。

    「急にすみません。スズネからずっと聞いてて、スタッフ達もみんな会ったって言うから僕もお会いしたくなっちゃって」
    「いえいえ、光栄です」

    フェデの人懐っこい笑顔に、諒知さんが大人の微笑みで返している。

    「マサチカさんは、何のお仕事をされているんですか?」
    「私は教員をしていまして」
    「そうなんですね、すごいなー僕なんて、高卒だから」

    表面上ではニコニコと会話をしているけれど、水面下にある感情を考えると、私は何も話すことができず、ただ、薄っすらと笑顔を浮かべて、淡々と食事を口に運んでいた。

    フェデが選んだお店は、カジュアルなコース料理を提供するところだった。慣れないテーブルマナーに諒知さんは戸惑いながら食事をしている。個室にしたのは彼への配慮だろうけど、意地が悪いな、と思った。清廉さと不器用さが混じり合ったカトラリーの音が響く。

    フェデと諒知さんはお互いの仕事の話とか、それぞれの国の生活だとか、そんな話をしていた。時々、フェデが私に話を振って来たけど、うん、とか、そうね、とか、適当な返事で返すのが精一杯だった。

    食事が中盤に差し掛かった頃、耐え難くなって、席を立った。

    「…少し、失礼するわ」
    「大丈夫かい?」

    フェデが立ち上がり、エスコートする。あまりに自然で、気付いたら手を取っていた。無意識に諒知さんに視線を向けた。見ないようにしている彼の仕草に胸が苦しくなる。

    「…平気。ありがとう…」
    「気を付けてね」

    いつも通りの気遣いなのに、とても居心地が悪かった。

    ***

    「マサチカさんは、スズネのこと、昔から知ってるんですよね?」

    彼女が席を外すと、わかりやすくトーンを変えて、フェデリーコさんは言った。

    「今、僕、彼女のこと口説いてるんですけど、何か効果的な方法、ありませんかね?」

    何ともわかりやすい挑発に、呆気に取られて笑ってしまう。

    「…私も丁度、想いを伝えている最中なので、そんな方法があったら是非知りたいですね」

    嫌味の応酬は、予備校時代で慣れていた。教師同士のいざこざも、面倒な保護者の対応も、今となっては良い経験だ。

    「…散々相手にしてこなかった癖に?」

    この人はどこまで知っているんだろうか。

    「今更じゃないですか?」

    的確に、私の痛いところを突いてくる。

    「…そうですね」

    だとしてもーーー。

    「でも、やっと気付けたので」

    カチャン、とナイフとフォークをお皿に並べて置く。テーブルマナーなんて習ってこなかったから、動画で見た付け焼き刃だ。

    「気付けたら、また選び直せる」

    真っ直ぐに異国の色をした眼を見据えた。

    「って、子どもに言ってるので」

    余裕のふりをして、笑ってみせる。

    「……相手の気持ちまで、選び直せるとは限らないのでは?」
    「その通りです」

    手元に運ばれて来た新しい料理に手をつける。とにかく食べて、この場を乗り切らなければ。

    「だけど、諦める理由にはならないですよね」
    「…確かにね」

    カトラリーが食器を行き来する音だけが響く。緊張感のある空気の中、早く帰ってこないかと、彼女を待った。

    「…それでも、その間、彼女の側にいたのは僕だよ」

    太い杭で、打ち付けられたような衝撃。
    視線を上げる。明るい茶色の瞳は、獲物を狙う肉食獣のように煌めいていた。
    しばらくの間、呼吸をすることさえ忘れた。

    不意に、フェデリーコさんが笑う。

    「なんてね。そんなに構えないでよ、とって食うわけじゃないし」

    軽い口調で言う。それだけで場の空気が柔らかくなる。空気を、思うままに操れる人なんだ。

    「スズネの想い人に会ってみたかってだけなんだよ、ほんとに」

    どこまでが本気で、どこまでが冗談だかわからない。

    「せっかく美味しい料理なんだし、楽しく味わおう」

    そう言って彼は、また当たり障りのない会話に戻っていった。さっきまでとは違う、柔らかな空気で。いつの間にかペースアップして、わからなくなっていた味が戻ってくる。

    私より遥かに若いのに、踏んできた場数が違うんだろう。彼女の隣に立つのは、こういう人なんだ。

    ***

    席に戻ると、フェデと諒知さんが和やかに話していた。

    「あ、スズネ、おかえりー」

    フェデの言葉に、諒知さんも私に気付いて微笑む。

    「デザート、何にする?」
    「何があるの?」
    「ティラミスかジェラートかプリン」

    んー、と少し悩むと、じゃあ全部頼んじゃおっか、と笑った。ウェイターを呼ぶ。手慣れた仕草が、ぎこちなくテーブルに座る諒知さんと、住んでいる世界の差を見せつけているようだった。

    ***

    「いや〜、楽しかったね!」
    「本当にご馳走になって良かったんですか?」

    イタリアの店先で、日本の会社員同士みたいな会話をしている二人を、可笑しな気持ちで眺める。

    「急遽誘ったし、イタリアにウェルカムの気持ちとしてと受け取ってよ」
    「…では、お言葉に甘えて」

    そう言って、諒知さんは深々と頭を下げた。

    「車呼んだけど、マサチカさんは乗ってく?」

    当たり前のように諒知さんにだけ聞いた。一瞬、虚を突かれたような顔をした後に、彼は苦笑いで答えた。

    「私は酔い覚ましに歩いて帰ります」
    「ベーネ」

    そう言って、フェデは私の手を取った。

    「君はこっち。もう遅いし、家まで送るよ」

    スマホを片手に道路へと歩を進める。呼んだ車だろうか、丁度、私たちの元に向かってくる車両があった。

    「楽しい時間をありがとう、マサチカ」

    そう言って、フェデは諒知さんにハグをした。ぎこちなく応える彼に、ふっと笑みを残してから、私の腰をやさしく抱いて車へ促した。

    車の中から、諒知さんを伺う。彼は私たちに手を振っていた。スモークガラスで表情は見えなかった。

    ***

    「ごめんね、ちょっと強引だった」

    夜の車内。横顔を街の灯りに照らされながら、フェデは言った。

    「でも、なんか、僕にはわからない二人だけの温度を感じて、ちょっと妬いちゃった」

    目を合わせて、ふっと笑う。

    「……フェデは、私のどこが好きなの…?」

    少し考えるようにしてから、彼は口を開いた。

    「まっすぐなところ」

    ふわっと笑って、私を見る。

    「努力家、仲間を大切にする」

    指を折って数えながら言う。

    「周りの評判や一般論で判断しない。その人、その物をちゃんと自分の眼で見てる」

    私のことを語る彼の顔は、とても穏やかだった。

    「僕だけだったら、キアラみたいな子、採用してない」

    ふうっと息を吐いて、背もたれに身体を預ける。

    「でも君は、彼女のその奥を、ちゃんと見てた」

    遠くを見る瞳が、ライトを反射する。

    「キアラは僕が思う以上に向上心があって、やりきる子だった。今や誰よりも店全体を見渡せる必要不可欠なスタッフだ」

    まだ若い彼女は、危なっかしいところもあるけれど、年々たくましく成長してくれている。

    「……それは、履歴書にずっとチアリーディングで頑張ってきたって書いてあったからで…」
    「僕も同じの見てたけどね」

    ふふっと笑って、視線を私に戻した。

    「大抵の人は、上っ面ばかりで、中身まで見ようとしないんだよ」

    自分から聞いておいて、勿体無いほどの賛辞に恥ずかしくなって顔を伏せた。

    「…僕も君のそういうところに、救われたんだ」
    「え?」

    再び顔を上げると、やわらかく微笑むフェデがいた。

    「だから、僕はスズネが好き」

    共同経営っていったって、表に出るのはいつもフェデで。他の経営者に揉まれて、業界の裏もたくさん見てきてるはずなのに。
    こんな風に私には、いつもまっすぐ言葉を届けてくれる。だから、安心して、彼の隣に立ち続けられたんだ。

    車が私の家の前に着いた。

    「楽しかった、ありがとう」
    「…こちらこそ、ご馳走様」

    車の外で、スマートに手を差し伸べる。

    「おやすみ。また明日ね」

    頬を寄せて、やさしい声で言った。
    フェデと私の毎日は、当たり前に明日と繋がっている。

    「……うん。また、明日」


    つづく

    次の話 ▶︎ #7 決断
    前の話 ◀︎ #5 離れていく温度

     
     

    高崎

     
     
    恋愛の中にある、言葉にしきれない感情を書いています。 すれ違いや距離、不安や迷い。 それでも誰かを想ってしまう、その気持ちを大切に。 『言葉にしない、はずだった。』を中心に更新中です。

    あなたへのおすすめ