
台風の喜び
風が吹く。草が揺れている。
河原には、葉の細長い草がたくさん生えている。名前は知らない。風がごうごうと吹いて、草は傾いている。行きつ戻りつ、行きつ戻りつ。
緑色が濃い。風の音が聞こえる。
近づく。葉っぱの縁がギザギザしている。葉を指で挟むと、緩く湿っている。葉は根元に近づくにつれて、幅が広がっていく。根本のあたりは、葉が密集している。地面はわずかにしか見えない。
土は水分を含んで黒い。土に触ると葉よりわずかに冷たい。指を放すと、バラバラとこぼれ落ちるが、少しだけ指に残っている。
土の下には、根が密集しているはずだ。それらは地中深くまで伸び、水を吸い上げているはずだ。
川に目をやると、水面が波立っている。波は一つ一つかたちが違う。だが、遠目に見ると不思議とよく似ている。
草もそうだ。一つ一つは違う。だが、風が吹くと、同じリズムで同じ方向に揺れる。全体として一つの生命体のようだ。
雨は降っていない。草の匂いが湿り気を伝えてくる。
匂いが私を呼び覚ます。
私の身体の中の水分が湧き立つ。
台風の喜び。
雨が降るだろう。指についた土。
ざあざあとふり、土は水で溢れ、根が緩み、いくらかの草が抜け、倒れ、生態系が壊れるだろう。わくわくする。爪に土が入り込む。
もちろん、それがすぐに戻ることは知っている。でも、それは前と同じではないのだ。近いけれど、決して同じではない。
雨が降る。
爪に入った土が、冷たい水で冷やされる。
川は水嵩を増し、草の一部は水に沈む。
爪が冷える。指が震える。
冷えた血が循環する。私の鼓動が熱くなる。
草は、水流に流されて動くのだ。時に根が抜けるのだ。
私は足場を失い、おおきなものにながされるだろう。
むねが、なみだつ。