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泣きたくても泣けない心理と素直さ

    自分は泣くことがあまりない。「映画をみてめちゃくちゃ泣いた」「泣いてスッキリした」ということはない。泣けないこと、それって悪いことか?

    厨二を引きずった20代から、たまに調べては共感する理由と反証が蓄積して、今は悪いとは思っていない。

    うまく泣かない、泣けない人に向けて、個人として思う理由を書き出してみたい。

    ↓はイヴクラインの絵画

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    〜は泣かない

    小さい頃から「男の子は泣かない」と聞いてきたような記憶がある。テレビドラマで諭される男の子の像が浮かぶ。誰の言葉なのか、具体的に覚えてるわけでもないけど、感受性を抑えているのか、プライドだかなんだか、無意識にこらえていることがあるのかな。長男・長女にも同じことが言えそうな気がする。「〜だから泣かない」そういう刷り込みはないか。

    人前で泣くのはみっともない

    人前で泣くのはみっともない。という空気が強いように思う。(他国に長期間住んだわけでもないが。)泣くことは負け。歯を食いしばって耐えろ。耐え忍びなさい。的な。某タレントが被災者にかけた言葉を思い出した。

    泣くのは卑怯?

    誰かが誰かを泣かせてしまえば、その人の言い分が正しい。教室で「〜ちゃんを泣かせたら謝って」みたいな。正直「卑怯」と思ったこともあるが、悲しい気持ちにさせるのはいけない。ただ、小さな頃の同級生どうしのケンカで、双方の言い分が分かるものの、急に一方が悪いような空気になったことをなんとなく覚えている。

    自律神経が機能していない

    自律神経がうまく作用していたら、泣きたいとき泣ける、らしい。自己判断できないけど。

    こんなことを時折みてきた自分としては、無理に泣く必要も、泣かない必要もないと思っている。ただ心と身体の反応するままにあればいい。

    素直に

    なんとなく、「泣く」という言葉の前に「(素直に)」と形容したくなる人もいるように思う。ただ、泣かないことは「素直じゃない」のか?いや、泣く・泣かない・泣けないも人それぞれ。生い立ちから備わってきた、人の感情が素直に発露する程度の違いだけじゃないんだろうか。

    だから「(素直に)泣かない」「(素直に)泣けない」という人がいてもいいと思うのだけど、どうでしょう?

     
     
    抽象と具象を往来しながらデザインしてきました。感じたこととその反証を、雑なコラムやエッセイとして書き留めてます。主成分は表現と認知心理/メンタルヘルスケア/要求工学/IA/言葉/UI/プロダクトマネジメントなど、何かに触れたなら嬉しいです。

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