
話が合わない人と、蕎麦を食べに行った
信州に住んで12年。
ここで友だちを作るつもりはまったくなかった。
それでも、人と会わなくてはならないことがある。そういう日は、誰の印象にも残らないよう、半透明ぐらいの感覚で参加した。
そんな見えるか見えないかの私に向かって、レンゲ草みたいな笑顔で近づいてきた人がいる。
ボロが出ないうちに、さっと逃げるつもりでいたけれど、なぜか仕事や出身地のことも話していた。しまいにはLINEまで交換して、友だちになった。
今日はその、信州でできた初めての友だちと、蕎麦を食べに行く。

地元ではない私がハンドルを握り、彼女は「ナビするから」と助手席に座る。でも、スマホはずっと膝の上に置きっぱなしでおしゃべりばかり。突然曲がれと言うものだから、しょっちゅう急ブレーキを踏んでること、気づいてないんだろうか。

庭に植えたミントが生えてきたとか、小松菜のお浸しが上手くできたとか。
正直なところ、話はあまりおもしろくない。
こんな会話を、誰かとしたことがなかった。
生きるか死ぬかじゃない話に、なんと返したらいいのだろう。

不思議なことに、蕎麦の好みは同じだった。
麺の太さ、つゆの甘さ、漬物の塩っ辛さ。
口に入れるたび、目を見開いて笑い合う。
彼女の口数もぐんと減って、蕎麦湯が出てくるまで、ほとんど話さない。
蕎麦屋を出たのは12時ごろ。
帰りの道沿いのカフェまでは、彼女のナビなしでもたどり着く自信があった。
女性客ばかりの小さな店。
3人がけの小さなテーブルに静かに座る。
スイーツの2種か4種盛りかで、店員さんを立ちっぱなしにさせたあと、彼女はまたおしゃべりをはじめた。

蕎麦もおいしかった。
ケーキもやっぱり口に合う。
こんなに美味しいと感じられるのは、食べることに集中できるからかも。
知り合ったばかりの質問攻めや、さりげない褒め合いもしなくてよさそうだし。
つっこまなくても勝手にずっと喋ってる。
「ピラティス」を「ティラミス」と言い間違えて、紅茶を吹き出させる技も持ってるし。
彼女を見てるとすごく素朴で。
こういう穏やかな人は苦手だった。
でも、また会いたいと思ってる。
なんだか自分が、少しほどけている気がした。
