
東京に戻る理由が見つからない
目が覚めて天気がいいとソワソワしてしまう。
眩しい空。山盛りの洗濯物。
信州の朝の空気に勝てるものなんて何もない。
洗濯物はカラッと日に当てたいけど。
今日もあとで部屋干しかな。
一階に降りると、コーヒーの匂いがして、娘の視線を感じる。すんなり家を出るには、「ママはこれから買い物に行きます」の体しかない。
キッチンにかけてあるパーカーを雑に羽織って、空のカゴを2つ出す。お茶を入れた水筒とツバ広の帽子はエコバッグに隠したけど、3時間は戻って来ないの、たぶんバレてる。
夫の「牛乳もよろしく」が言い終わらないタイミングで玄関のドアを閉めると、ふーっと肩の力が抜けた。水筒とスマホだけを運転席に置いて、あとは後ろに放り込む。庭の雑草がちょっと気になったけど、そのままアクセルを踏んだ。
県道を進んで行くと、北アルプスの山々が見えてくる。ここに12年住んでいるけど、この景色は絵なんじゃないかと思う。ぽろっと剥がれてきてもぜんぜん不思議じゃない。
この辺りまで来るといつも、運転席の両側と天井の窓を全開にする。車の速度の分だけキリッとした風が入ってきて、頭の中のごちゃごちゃも家族のことも、どうでもよくなる。

必ず立ち寄るのが野菜や果物の直売所。
いまだに観光客気分で、カゴをいっぱいにしてしまう。ここのおばちゃんの「好きなの全部乗せました」みたいなおにぎりも目当て。このおばちゃん、絶対にあったかい。このおにぎりみたいに、間違いなくでっかい。

そのまま車を走らせて、TSURUYAへ向かう。
このスーパーで、子どもお菓子や肉や魚を買い足して、遠回りしながら家へ帰る。

買い物で使った金額により、寄り道のコーヒーがスタバになったりセブンになったり。すでにどっちの店でも顔を覚えられている。むかしだったら、会釈を返すぐらいだったけれど、いまは立ち話もしてしまう。歳をとったからなのか、それとも、信州の人がそうさせるのか。
田舎暮らしに憧れていたわけではない。
東京が良いとか悪いとか、考えたことすらなかった。でも、あっさり離れられたのは、もともと、“東京の女”じゃなかったのかもしれない。