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Photo bysabiki_ao96

【連載小説|ミステリー】第一章:ベガの沈黙と文学部生による密室講義 第三話/ほうき星の図書室



    601号室での検証を一通り終えた流星と紫月親子は、隣の602号室――流星の自室へと足を伸ばした。

    昨夜のトラウマがあるので流星は密かに心配していたが、今日のベガは玄関でちょこんと座り、いつも通り出迎えてくれた。ほっと胸を撫でおろし、膝をついてお礼代わりに顎の下を優しくかいてやる。

    「おっ、相変わらず威厳があるな、ベガ」

    ベガを見た浩一郎が、目元を緩めて覗き込む。
    当然だと言わんばかりに、ベガは「ナオ」と誇らしく鳴いてみせた。

    「いつも通りじゃねえか。昨日ホントにビビってたのか?」

    靴を脱ぎながら、優也は眉を顰めて顔を近づけてみる。ベガが嫌がる風もなく、すり、と温かい鼻先を寄せてきたので、優也は満更でもなさそうに表情を緩めた。

    「本当ですよ。ロフトの隅で縮こまって、僕の呼びかけにも気付かないほどだったんです。……まるで、目に見えない亡霊でも見たかのような怯えようでした」
    「おいおい、変なこと言うなよ。事故物件じゃあるまいし……」

    優也があからさまに嫌そうな声を上げ、どかっとリビングの床に座り込んだ。実はオカルトの類がからきしダメな優也は、そういった言葉を聞くことすら避けたいのだ。

    「ちなみにだが……ベガが怯えていた隅っこっていうのは、あっちのことだな?」

    浩一郎がロフトを見上げ、601号室に隣接している壁を指差す。流星は小さく頷いた。

    「そうです。普段はベガも特に気にしていない場所ですね。……念のため、確認してみますか?」
    「そうだな。お前に関してはアリバイも完璧だが、鑑識の真似事ついでに見ておこう」

    浩一郎が促すと、ベガがひょいひょいと軽やかな足取りで梯子を上っていった。流星がその後に続き、浩一郎の指示で優也も渋々ロフトへ上がる。ベガはロフトに降り立ったものの、やはり昨夜の恐怖が完全に払拭できていないらしく、壁の隅には決して近づこうとしなかった。

    「相変わらず本ばっかだな、ここ。まあ、被害者のあの足の踏み場もない部屋よりは、遥かに整頓されてるけどよ」
    「被害者の部屋も本が溢れていましたね。あちらのロフトはどんな様子でしたか?」
    「凄かったぞ。本棚には適当に文庫本が突っ込まれてるし、リビングと同じように平積みの塔がそこかしこにあった」
    「あったのは本だけですか? 凶器は万年筆のようでしたが、そういった文房具やインクの類はありましたか?」
    「それなんだが……」

    下のリビングから浩一郎が声を挟む。流星はロフトの手すりから顔を覗かせた。

    「田崎が万年筆を愛用していたという情報は、今のところ入っていない。現場からも、他の万年筆やインクは見つからなかった」
    「となると、凶器は犯人が元々所持していたものと考えるのが自然ですね」

    流星がきっぱりと言い切ると、優也は不思議そうに首を捻った。

    「それで確定なのか? 犯人が殺人のためにわざわざ用意した新品、って可能性もあるだろ」
    「いえ、あの万年筆の軸には使い込まれた独特の擦れや傷がありました。指紋を拭き取った痕跡はありましたが、決して新品ではありません。犯人自身の愛用品か、あるいは誰かから奪ったものでしょう」
    「ふむ、一理あるな。細かい仕様は鑑識に精査させよう」

    浩一郎が警察手帳にメモを走らせる。自身の思いつきをやんわりと却下された優也は不服そうだったが、流星の論理には筋が通っているため反論はしない。ふん、と鼻息を吐くと、心を落ち着かせるようにベガの頭を撫で回した。ふんわりとした豊かな毛並みに、指先から癒やしが注入されていくのを感じる。

    優也の手から解放されたベガは、ひらりと壁の本棚へと飛び乗った。著者名順に整然と並べられた背表紙の上を、まるでキャットウォークのように優雅に歩いていく。活発な性格でもあるため、こうしてキャットタワー代わりに本棚を渡り歩くのが日課なのだ。

    「流星、このマンションの防音性能はどんな感じだ? お前の主観でいいから聞かせてくれ」
    「他の学生向けマンションに比べると、防音性は高いと思います。オーナーさんも管理人さんも読書家らしく、『静かに本を読める環境』をコンセプトに設計されたと聞いていますから」
    「じゃあ、相当な大声や破壊音でもない限り、壁越しには聞こえないはずか……。ならベガは、一体何を聞いたんだ?」
    「やっぱ被害者の悲鳴とかじゃねえのか? もしくは、壁際で二人が揉み合ってた時の音とか……」

    優也が難しそうな顔で唸っていると、本棚の一番高い場所に辿り着いたベガが、じっと天井を見上げながら「ナオ」とひときわ大きな声を上げた。

    その様子を見た流星は、ベガの視線を追って自室の天井を見つめる。
    一見すると清潔な白壁だが、一点だけ、彼の直感に引っかかる場所があった。

    「……優也さん。あそこを確認してもらうことはできますか」
    「あ? どこだ?」
    「天井にある、あの格子状の蓋です。おそらく点検口か天井裏に繋がっていると思うんですが……住人の僕が開けるより、警察官である優也さんが確認された方がいいかと」
    「見てどうすんだよ……まあ、確認くらいはしてやるけどよ」

    優也は流星が指さした点検口の真下へ移動すると、胸ポケットのボールペンを隙間に差し込んだ。軽くフックを引っ張ると、小さな金属音と共にあっさりと蓋が開いた。

    背伸びをして内部を覗き込むと、そこは流星の予想通り、薄暗い天井裏の空間だった。細いダクト状の構造になっており、排気管や配管が奥へと伸びている。光が届かないため、優也はスマホのライトを点灯させて内部を照らし出した。

    「どんな様子ですか」
    「まあ、よくあるマンションの天井裏だな。流星の部屋とはいえ、流言通りさすがにここは掃除できてねえらしくて、埃がごっそり積もってる」

    優也は念のためにスマホで天井裏の写真を数枚撮影し、蓋を元通り閉めた。スーツに付いた埃をはたいで払いながら、ロフトの流星にスマホ画面を見せてやる。

    「……これ、どちらの方向を撮影したものですか?」
    「えーっと、部屋の奥側……つまり、あっち向きだな。……ん? 待てよ、こっちって……」

    流星の確認に、優也もハッと息を飲み、目の前の壁へと視線を向けた。その先にあるのは――事件現場である601号室だ。

    流星はスマホの画面をピンチアウトし、画像を慎重に拡大した。
    優也の言葉通り、天井裏の床面には長年の埃が白く積もっていた。しかし、その白い埃の海の中に……一本の、不自然に埃が削ぎ落とされた綺麗な『筋ライン』が、601号室の方向へと一直線に伸びていたのだ。

    「……優也さん、伯父さん。もう一度、事件現場を詳しく調べ直した方がいいかもしれません」
    「ロフトはともかく、玄関もか? 玄関は鍵がしっかり施錠されてたんだぞ」
    「はい。特に『玄関ドアの内鍵サムターンの状態』と『ロフトの天袋』がどうなっているのか……そこを細かく鑑識する必要があります」

    流星はゆっくりと立ち上がり、改めて天井の点検口を見上げた。
    まるでそこに、姿なき犯人が残していった透明な糸が見えているかのように、その瞳には澄んだ確信が満ちていた。


    第四話へ続く


     
     
     
    AIのGeminiと会話しながら、ミステリー・ホラーの物語を執筆しています。 最近はショートショートやAIイラストも有り。 上記の2ジャンルと猫をこよなく愛する。 ※Amazonアソシエイト参加中です。

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