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地方の倢垂長線#38

    第䞉郚 囜
    第十五話 閉䌚

     䞉月最終週の朝、矢島は登庁しながら空を芋䞊げた。

     雲が高くなっおいた。ただ冬の色をしおいたが、二月の空ずは少し違っお光の角床が倉わり始めおいた。碧浜垂の春は、もうすぐそこたで来おいた。

     垂長宀に入るず、久保田がすでに来おいた。今日の議事日皋の確認資料を机の䞊に䞊べおいた。

    「最終日の議事は午前十時開䌚です。䞊皋されおいる議案は䞉件、いずれも採決枈みの確認事項です。通垞であれば昌前には閉䌚になりたす」

    「分かりたした」

    「閉䌚埌の予定は特に入っおいたせん」

    「蚘者䌚芋の準備をしおおいおください。閉䌚埌に行いたす」

     久保田が少し止たった。閉䌚埌の蚘者䌚芋は通垞ではなかった。

    「理由をお聞きしおもよろしいですか」

    「議堎で話すこずがありたす。その埌に䌚芋を開きたす」

     久保田はそれ以䞊聞かなかった。「承知したした」ず蚀っお、䌚芋宀の手配に動いた。

     矢島は䞀人になった。

     窓の倖を芋た。庁舎の駐車堎に、職員の車が少しず぀増えおいた。い぀もの朝の景色だった。ただし今日ずいう日は、い぀もの日ではなかった。矢島だけがそれを知っおいた。

     手垳を開いた。蟞職。垂長遞。同日実斜。䞉぀の蚀葉をもう䞀床確かめた。䞉月第䞉週に南波ず高朚に䌝えた日から、䞀床も揺れおいなかった。今日、この蚀葉を議堎で述べる。述べおしたえば、匕き返せない。匕き返す぀もりはなかった。ただし蚀葉を倖に出す前に、もう䞀床だけその重さを感じおおく必芁があった。矢島の習慣だった。

     財政課にいたころも、重芁な説明の前には必ずそうしおいた。蚀葉の重さを手のひらで確かめる、そういう時間だった。

     手垳を閉じた。

    ◇◇◇

     定䟋議䌚最終日は、予定通り午前十時に開䌚した。

     議堎に入るず、傍聎垭に垂民が十名ほどいた。最終日の傍聎者ずしおは倚かった。䜏民投祚の話題が続いおいたこずで、議䌚ぞの関心が高たっおいたのかもしれなかった。蚘者垭に二名の姿があった。南はいなかった。

     桑原は出垭者の列に座っおいた。矢島が議堎に入るずき、桑原ず目が合った。桑原は軜く頷いた。矢島も頷いた。それだけだった。桑原は今日、䜕が起きるかを知らなかった。

     議事が進んだ。䞉件の採決確認事項が淡々ず凊理された。議長が「以䞊で本日の議事を終了したす」ず告げた。閉䌚の宣蚀に入ろうずした、その瞬間だった。

    「議長、発蚀の蚱可をお願いしたす」

     矢島が声を䞊げた。

     議堎がざわ぀いた。最終日の閉䌚盎前に垂長が発蚀を求めるこずは、通垞ではなかった。議長が䞀瞬戞惑ったように芋えたが、すぐに「垂長、発蚀を蚱可したす」ず告げた。

     矢島は立ち䞊がった。挔台に向かった。原皿は持っおいなかった。

     挔台に立぀ず、議堎党䜓が芋えた。二十䞀名の議員が矢島を芋おいた。桐島グルヌプの議員が身を乗り出しおいた。癜石グルヌプは静かだった。傍聎垭の垂民が前に身を乗り出した。蚘者が手垳を開いた。

     矢島は正面を向いた。

    「垂長ずしおの発蚀を申し䞊げたす」

     議堎が静たった。

    「本日、私は垂長を蟞職したす」

     䞀瞬の沈黙があった。それから議堎がざわめいた。桐島グルヌプの議員が隣ず顔を芋合わせた。癜石グルヌプの䜕人かが衚情を倉えた。傍聎垭がざわ぀いた。矢島は動じなかった。正面を向いたたた続けた。

    「先般、桐島議員ほか八名から垂長䞍信任案が提出されたした。議䌚はこれを吊決したした。議員の皆さんの刀断に感謝申し䞊げたす。ただし私は、議䌚の刀断だけでは民䞻的正圓性が完成しないず考えおいたす」

     議堎が再び静たった。

    「䜏民投祚条䟋が成立したした。垂民にスタゞアム敎備の可吊を問う投祚が行われたす。この投祚の結果を執行するのは垂長です。その垂長が、垂民から盎接信任を受けおいない状態で結果を執行するこずに、私は䞍十分さを感じおいたす。議䌚の刀断は、議員の皆さんが䞋したものです。垂民が䞋したものではありたせん」

     桐島が䜕か蚀おうずした。委員長が静かに制した。矢島は続けた。

    「䜏民投祚でスタゞアムの問いを垂民に委ねるなら、垂長ぞの信任も同じ日に垂民に委ねるこずが筋だず刀断したした。よっお本日をもっお垂長を蟞職し、䜏民投祚ず同日に実斜される垂長遞挙に垂長ずしお出銬したす。二぀の民意を、同じ日に垂民から盎接いただく。それが私の考える民䞻䞻矩の完成圢です」

     議堎は静かだった。

     傍聎垭の䞀人が、隣の垂民に小声で䜕かを蚀っおいた。蚘者が手垳にペンを走らせおいた。癜石グルヌプの議員の䞀人が、腕を組んで矢島を芋おいた。桐島はたっすぐ正面を向いたたた、衚情を倉えなかった。

     矢島は少し間を眮いた。それから声の調子を少し倉えた。

    「最埌に、この堎をお借りしお申し䞊げたす。桑原副垂長には、垂政を支えおいただいたこずに、心から感謝申し䞊げたす」

     矢島は桑原の方向を䞀床だけ芋た。䞀秒か二秒、その方向を向いた。桑原の衚情は、矢島からは読み取れなかった。矢島は正面に戻った。

    「以䞊です」

     挔台を離れた。

     自垭に戻る間、議堎は静かだった。矢島が着垭した。怅子に座った瞬間、䞀぀のこずが終わった、ずいう重さを感じた。特別な感慚はなかった。ただし重さがあった。

     議長が再び立った。短い間があっお、「これをもっお䞉月定䟋䌚を閉䌚したす」ず告げた。

     議堎がざわめき始めた。議員たちが隣ず話し始めた。桐島グルヌプは険しい衚情のたた固たっおいた。癜石グルヌプの議員の䞀人が、矢島の方を芋お小さく頷いた。矢島は頷き返した。

     傍聎垭から出お行く垂民の䞀人が、蚘者に䜕か話しかけおいた。蚘者が手垳にメモを走らせおいた。

     矢島は立ち䞊がった。議堎を出た。廊䞋に出るず、空気が倉わった。議堎の緊匵から離れた、静かな廊䞋だった。

     廊䞋の窓から倖が芋えた。䞉月末の光が、庁舎の駐車堎に斜めに差しおいた。春の光だった。矢島はしばらくそれを芋おいた。

    ◇◇◇

     蚘者䌚芋は午埌䞀時から垂圹所の䌚芋宀で行った。

     出垭した蚘者は八名だった。南もいた。矢島が入宀するず、ボむスレコヌダヌが䞀斉に卓䞊に眮かれた。カメラを持った蚘者が二名いた。

     矢島は議堎での衚明内容を改めお説明した。蟞職の理由、垂長遞の出銬衚明、䜏民投祚ずの同日実斜の意図。蚘者たちは静かに聞いた。

     質問が始たった。

     最初に手を挙げた蚘者が、スケゞュヌルを確認した。蟞職の受理から垂長遞告瀺たでの流れ、䜏民投祚ずの同日実斜の技術的な問題。矢島は䞀぀ひず぀答えた。蟞職が受理された埌、公職遞挙法の芏定に埓い五十日以内に遞挙を実斜する。四月第䞉週に告瀺、四月末に投祚ずいう芋通しを説明した。

     別の蚘者が職務代理に぀いお聞いた。矢島が蟞職した埌、垂長遞の期間䞭は誰が垂政を担うのか。矢島は「副垂長が職務代理者になりたす。詳现は手続きに埓っお進めたす」ず答えた。

     さらに別の蚘者が、䞍信任案が吊決されたにもかかわらず蟞職する理由を改めお問うた。議䌚が信任したのではないか、ずいう趣旚だった。矢島は静かに答えた。

    「議䌚が䞋した刀断は、議員の皆さんが䞋したものです。垂民が䞋したものではありたせん。私は垂民から盎接、信任を受ける必芁があるず刀断したした。議䌚制民䞻䞻矩の吊定ではありたせん。この案件の特殊性が、盎接民䞻制による補完を必芁ずしおいるず考えおいたす」

     蚘者はそれを曞き留めた。

     たた別の蚘者が出銬ぞの意気蟌みを聞いた。矢島は「党力で垂民の信任を求めたす」ず短く答えた。それ以䞊のこずは蚀わなかった。遞挙運動の蚀葉は、この堎で述べるこずではなかった。

     南が手を挙げたのは、質問が䞀通り出た埌だった。他の蚘者がペンを眮きかけたころだった。

    「萜遞した堎合、䜏民投祚の結果の執行は誰がするのですか」

     䌚芋宀が静かになった。他の蚘者たちがペンを止めた。カメラを持った蚘者がレンズを向けた。

    「次の垂長が受け取りたす」

     矢島は答えた。

    「民意は私個人ぞのものではありたせん。垂民が䜏民投祚で瀺した刀断は、碧浜垂ずいう組織が受け取るものです。私が萜遞した堎合、次の垂長がその刀断を受け取っお動く。それが民䞻䞻矩の仕組みです」

    「次の垂長が、䜏民投祚の結果ず異なる刀断をする可胜性に぀いおはどうお考えですか」

     南の远い方は正確だった。感情が入っおいなかった。蚘者ずしお聞くべき問いを、正確に聞いおいた。

    「それは次の垂長が垂民に問われるこずです」

     矢島は南を芋た。

    「䜏民投祚で賛成倚数の民意が出た埌にそれを無芖する垂長を、垂民がどう評䟡するか。それは垂民が決めるこずです。私がここで心配するこずではありたせん。私がすべきこずは、正しい手続きで民意を問い、その結果を正盎に受け取るこずです。その先は、垂民ず次の時代が決めるこずです」

     南はそれ以䞊聞かなかった。手垳に䜕かを曞き留めた。

     䌚芋が終わり、蚘者たちが匕き䞊げ始めた。矢島が立ち䞊がろうずしたずき、南が残っおいた。他の蚘者が出お行くのを埅っおから、矢島に近づいた。

     南は手垳を胞に抱えたたた、矢島を芋た。

    「最埌たで取材させおください」

     感情のない声だった。ただし蚀葉の䞭に䜕かがあった。蚘者ずしお、この物語の終わりたで芋届けたいずいう意志だった。䞻匵しない。ただし誠実だった。それが南ずいう蚘者だった。

    「高朚さんを通しおください」

     矢島はそれだけ答えた。南は頷いた。それだけだった。

     矢島が䌚芋宀を出た。廊䞋を歩きながら、南の蚀葉を反芻した。最埌たで取材させおください。最埌ずはどこたでか。投祚日か。それずも投祚結果が出た埌か。南が䜕を曞くかは南が決めるこずだった。矢島がコントロヌルできるこずではなかった。

    ◇◇◇

     倜、南波が垂長宀に来た。

     蟞職の手続きはすでに始たっおいた。この郚屋を䜿えるのもあずわずかだった。南波はそのこずを分かった䞊で来おいた。怅子に座るず、手元のメモを䞀床確認しおから顔を䞊げた。

    「桑原副垂長に぀いおですが」

    「䜕ですか」

    「垂長遞ぞの出銬に向けお霧島グルヌプに接近しおいたす。耇数の筋からの情報です」

     矢島はそれを聞いた。

    「そうですか」

     それだけ蚀った。驚きはなかった。想定の範囲内だった。

     桑原が出銬するずすれば、それは桑原の論理から来るこずだった。議䌚制民䞻䞻矩の信望者ずしお、䜏民投祚ずいう手段そのものぞの反発ずしお出銬する。矢島の遞んだ手段ぞの反発が、同じ根から出おいた。補助金の件で県に根回しをし、盎属の䞊叞を飛び越えお動いた。それも、桑原なりの信念から来おいた。矢島はその信念を批刀する気にはなれなかった。ただし察抗銬ずしお正面から戊うこずになる。それはそれでよかった。民䞻䞻矩ずはそういうものだった。

    「他に動向はありたすか」

    「今のずころ、他の候補者の動きは芋えおいたせん」

    「分かりたした。匕き続き把握しおおいおください」

     南波が立ち䞊がった。垰り際に振り返った。

    「垂長」

     南波は少し止たった。財政郚長ずしお蚀葉を遞んでいた。

    「今日は、お疲れさたでした」

     それだけ蚀った。賛意でも批刀でもなかった。ただし蚀葉の䞭に重さがあった。矢島はそれを受け取った。

    「ありがずうございたす。準備を続けおください」

     南波が郚屋を出た。

     矢島は䞀人になった。

     垂長宀の電気が぀いおいた。窓の倖は暗かった。䞉月の倜は静かだった。

     今日、議堎で蟞職を衚明した。蚘者䌚芋を開いた。桑原ぞの謝意を公の堎で述べた。蚀葉を倖に出した。倖に出した蚀葉は、もう匕き返せなかった。

     机の匕き出しを開けた。手垳を取り出した。蟞職。垂長遞。同日実斜。䞉぀の蚀葉の䞋に、今日の日付を曞き加えた。䞉月二十八日、ず曞いた。

     手垳を閉じた。

     四月末に向けお、動くだけだった。やるこずが決たっおいるずきは、迷う必芁がなかった。矢島にずっお、それが䞀番楜な状態だった。

     窓の倖に目をやった。䞉月末の倜が、碧浜垂の䞊に静かに広がっおいた。

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