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ワンオペママの休職ストーリー#1めまいは適応障害のサインだった。会社でうずくまった日

    はじめまして。適応障害で休職し、1年以上かけて回復したざわざわママです。

    当時の私は、新卒から10年以上、広告代理店で営業として働くワーママでした。夫の単身赴任が続き、ワンオペ育児をしながら時短勤務をしていましたが、実際には毎日のように持ち帰り残業をしていました。

    人手不足のため、新たなクライアントを担当することになり、規模の大きなコンペや経験のない業界への新規営業も任されるようになりました。

    小さな会社だったため営業が担う業務も多く、時間のかかる提案資料を作り、クライアントには即レス。とにかく「期待に応えたい」という気持ちで走り続けていました。

    今思えば、その時点でかなり無理をしていたのですが、当時の私は「やる気に満ちている」と思い込んでいたんです。

    それから2か月ほど経ち、状況はさらに悪化しました。

    やりたい提案や営業活動に時間を割けないほど日々の業務が増え、特に月末処理はやってもやっても終わらない。

    保育園に子どもを迎えに行き、夕飯を温めて出したあと、毎晩のようにパソコンを開いて持ち帰り残業をしていました。

    (私は一応、時短勤務だったのですが……。)

    若い世代や独身の社員から辞めていき、気づけば部内で私は最年少。

    お願いできる人もおらず、

    「みんな忙しいんだから私がやらなきゃ」

    そう思って仕事を抱え込み続けていました。

    めまいと吐き気で会社の階段にうずくまった日

    そして、夏のある日の仕事の合間。

    なぜだか無性に会社の床に寝そべりたくなる衝動に駆られました。

    休憩スペースもなかったため、私は階段の踊り場にうずくまっていました。

    近くのカフェで休めばいいと思いますよね。

    でも、その時の私は、そこまで歩くことすらできなかったんです。

    家でも異変は続いていました。

    熱があるわけでもないのに、気を失いそうになる。

    朝、起き上がれる自信がない。

    夫は単身赴任で不在でした。

    「もし私が倒れて起きられなかったら、子どもたちはどうなるんだろう。」

    そう考えると怖くなり、夫と妹に

    「朝、私が起きられているか確認してほしい」

    と連絡をしました。

    今思えば、適応障害の前兆だった

    今ならわかります。

    当時のめまいや吐き気、強い疲労感は、ストレスによる自律神経の不調だったのだと思います。
    他にも前兆として出ていた症状は…

    ・何か月も治らない咳喘息(風邪が治ってもまたすぐかかる)
    ・めまいや気持ち悪さ(横になりたい)
    ・以前より判断力が鈍る(特に複雑な案件が処理できない)
    ・寝ても疲れが取れず、月曜から疲れている。
    ・やたら悲観的な考え方になり、出社前の電車で涙が出る。

    しかし当時の私は、「過労かな」と思うことしかできませんでした。

    適応障害という言葉も、自律神経の乱れという知識もなかったからです。

    会社では上司に相談し、申し訳ないと思いながら一部の業務を引き上げてもらいました。

    人事にも営業の補充をお願いしましたが、状況は変わりませんでした。

    こうして私は、気づかないうちに休職寸前まで追い込まれていったのです。

    次回は、実家に逃げ込むように帰省し、「もしかしてうつ病なのでは」と初めて考えた頃の話です。

    続きはこちら👇

    ✅ #1 会社でうずくまった日(今ここ)
    □#2 母に頼った日「うつ病かも」と気づいた帰省
    □#3  はじめてのメンタルクリニック―私が心療内科を選んだ理由
    □#4 休職して1か月――『休む』がわからず予定を詰め込む私
    □#5 休職して2か月|幸せの余韻のあとの産業医・エージェント・人事への不信感
    □#6 休職延長で落ち込んだ私が、動き出した3つのこと


     
     
    ワンオペ育児と仕事の両立で適応障害になり、広告代理店10年のキャリアを手放しました。 35歳、現在はフリーランスで「心と体が倒れない働き方」に挑戦中✨ 回復の途中でやってよかったことなど、一人働き方改革を誰かのお役に立てるよう書いています✏️🗒️ 最新情報はスレッズへ🆕

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