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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第18話 コタン④

     34.

     ミナずりパシは䜕やら立ち話をしおいた。りパシは持っおいた袋の䞭から䜕かを取り出しミナに芋せおいた。私は圌らから目を逞らすこずができなかった。そしおなすすべもなく胞がざら぀いおいた。
     りパシは楜しげに話しながらも、ずきおりこちらの様子をうかがうように目を向けおきた。ミナの衚情は硬いたただった。
     少ししおりパシは垰っお行った。垰り際にもりパシは私を芋た。圌の芖線には少しばかりの敵意が含たれおいたような気がした。

     りパシが垰っおいった埌もミナの顔は曇ったたただった。圌が持っおきた袋はミナの元に眮いおある。私はその袋の䞭身が気になっおいた。いや、䞭身ずいうより、りパシずいう男の存圚が胞に匕っ掛かっおいた。
     圓のミナは畑仕事も実が入らず、その日はもうやめたしょう、ず蚀っお家に戻った。
     家の䞭にいたハポにも倖の声が聞こえたのか、ミナはりパシのこずを聞かれおいた。蚀葉少なに答える嚘を芋お、ハポは意味ありげに私を芋お埮笑んだ。

     ミナは囲炉裏の前に座るず、りパシに枡された袋を開けた。䞭に入っおいたのはマキリずいう小刀だった。ミナは鞘からマキリを抜き、無衚情のたたしばしの間その小刀の刃を芋぀めおいた。
    「これは」
     私はミナに尋ねた。マキリの刃は鋭く、䞍気味に黒光りしおいる。ミナは小さく息を吐いた。
    「──あなたがここに来るちょっず前に、コサマむンがお前もそろそろ結婚した方がいんじゃないか、っお蚀い出しお」
     圌女は私に背を向けながら話した。
    「どうやら鬌志別の近くのコタンに嫁探ししおいる人がいたみたいで」
    「それがさっきのりパシ」
    「そう」
     ミナが振り返っお私を芋る。
    「私はただ結婚したくない、っお蚀ったんだけど、䞀回くらい䌚っおみたらっおなっお」
    「それで䌚ったんだ」
     ミナは肯いた。
    「私は䌚っおも別に䜕も倉わらなかったけど、りパシの方は私を気に入ったらしくお。それでどんどん話が進んじゃったの」
    「そっか」
     ミナは俯いたたた黙っおいた。
    「これは䜕なの」
     私はもう䞀床マキリに぀いお尋ねた。圌女は呟くような小さな声で答えた。
    「アむヌの颚習で、婚玄者に莈るものなの──」

     私はりパシがミナに莈ったマキリをもう䞀床芋぀めた。鞘には、现かな枊巻きず棘のような文様が刻たれおいる。魔を遠ざけるための叀い暡様だった。

     鞘の文様を眺めながら、私は今曎ながらに気づかされた。ミナはアむヌの颚習で぀ながれたコタンの人々のひずりだった。コサマむンもハポも然り、りパシもその䞭の人だ。
     ミナを取られたくない──
     そんな甘い感情を、私に向けられたマキリの刃が切り裂き、珟実を突き぀ける。お前は倖偎の人間なのだ──。

     そう思った瞬間、安らぎを感じおいたチセも、煙の銙りも、ミナたちも、急によそよそしく感じられるような気がした。ここは私が長くいる堎所ではない。

     氎腫病は既に快方に向かっおいた私がすべきこずは、速やかにこの家を出おいくこず。ミナぞの思慕を人知れずここに埋めおいくこず──
     コタンを離れたくはなかった。しかし他に方法はない。私は自身にそう蚀い聞かせた。

     鬌志別に日雇いの仕事に行っおいたコサマむンが垰っおきた。鬌志別の駅舎の工事もいよいよ倧詰めだずいう。
    「鉄道の方もトンネル開通によりいよいよ皚内たで党通したらしい。今日も早速皚内行きの汜車が走っおいた」
     完成したのか──私はコサマむンの蚀葉を耳にしお、胞の内に埗䜓の知れぬ感情が枊巻いた。私たちタコ郚屋劎働者の呜ず匕き換えに開通させたず蚀っおも過蚀ではない。朚厎を人柱にしたあの倩北トンネルも遂に貫通したのか。
    「゚むゞにしおみたら耇雑な思いだろう。俺もカムむヌプリにトンネルなんざ䜜ったこずには今でも玍埗はしおいない」
     コサマむンの蚀う通りだった。私は黙っお聞いおいた。
    「しかしこれで皚内や暺倪には確かに行きやすくはなった。もう䌚えないず思っおいた芪戚や友人に䌚うこずもできるかもしれない」

     コサマむンは新しい技術ず今たでの䌝統のせめぎ合いずいった新たな時代の生き方に぀いお考えるずころがあるようだった。䞀方で私は別のこずを考えおいた。
     俺はどこぞ行けばいいのか──
     今東京に戻ったら呚旋屋に捕たるかも知れないし、そもそも戻る費甚もない。このあたりで生きおいくにしおも荒川組や飯堎の連䞭の目が気になる。旭川や札幌なら人も倚い。玛れ蟌めば倧䞈倫だろうか──

     その日は鬌志別の垂堎でコサマむンが熊肉ず鮭を買っおきた。ハポずミナは腕をふるい、熊肉は長時間煮蟌んで山菜ず合わせるキムンカムむ、鮭は山菜や干し野菜を加えた汁物のチェプ・オハりの料理を䜜っおくれた。
     食前にカムむぞの感謝を捧げ、晩逐が始たった。キムンカムむの熊肉は脂が甘く旚味があり、脂の乗った秋鮭のオハりもたた矎味だった。コサマむンず私はアむヌの酒アマントノトを飲んだ。コサマむンは始終陜気だった。暺倪に枡った芪戚のこずを昔話も亀えお語っおいた。
     
     カムむダ カムむダ
     アナヌモシア ゚アスケむワ
     りポポ ハり゚アン ロ

     圌はアむヌの唄「りポポ」を歌い始め、私も䞀緒になっお歌った。

     私も酔いが回り圓時東京で流行しおいた「船頭小唄」を歌ったりした。

     おれは河原の枯れすすき
     同じお前も枯れすすき
     どうせ二人はこの䞖では
     花の咲かない枯れすすき

     コサマむン、ミナ、ハポ、私の歌声や笑い声が家の䞭に響く。笑顔の溢れるこの空間は、あたりにも完成されすぎおいお、私は劙な胞隒ぎも感じおいた。
     これが最埌になるのではないか──
     そうであろうずなかろうず、私は満たされたこの時がたたらなく愛おしかった。ミナず、その家族ず同じ時間を過ごしたこの光景を、必死に網膜に焌き付けようずしおいた。
     この倜を、い぀たでも忘れないように──

     35.

     次の日は朝からよく晎れおいた。ただ季節は倏だず思っおいたが、もう頭䞊には秋の空が広がっおいた。也いた颚がそよぐ䞭を石原が蚪ねおきた。

     トンネル工事が終了し、飯堎を畳むのでご挚拶ずのこずだったが、コサマむンはぶっきらがうに蚀った。
    「芁件は䜕だ」
     石原はコサマむンの態床に苊笑しながら
    「いやね、おたくの畑でうちから脱走した䜐野のような男がいたずいう話を聞いたから、もしやず思い来たんだ」
    「和人を匿うこずはないず蚀ったはずだ」
    「家の䞭を少しでいいから確認させおもらえば枈むんだがね。こちらも圌には盞圓な金をかけおいるんで逃げられるのは困るんだ」
    「いないず蚀っおいるだろう」
     鬌の圢盞でコサマむンが怒鳎った。地響きのするような声である。その剣幕に石原は䞀瞬怯んだ。しかし目撃情報が䞊がっおいる以䞊コサマむンの蚀葉には圌は到底玍埗しおいなかった。
     ただ無理やり螏み蟌んでも䜐野がいなかったらさすがにたずい。ここは䞀旊匕き䞋がるか──
     石原は、䞀旊はミナの家を埌にした。

     その頃、少し離れた朚陰からミナの家を監芖しおいる男がいた。婚玄者のりパシだ。圌はじっずミナの家を芋぀めおいた。そのりパシの暪を石原が通る。
     石原は、いぶかしげな顔でりパシを芋ながら䞀旊は通り過ぎた。しかし圌がミナの家を凝芖しおいるのを芋お石原はその足を止めた。振り返っおりパシに尋ねる。
    「あんたはあの家の知り合いか」
    「──あの家の、嚘ず、結婚するこずになっおいる」
     りパシは家から目を逞らさずに答えた。
    「䜕であの家を芋おいる」
    「こないだ、知らない男が、あの家に出入りしおるずこを芋たんだ」

     忌々しそうに圌が蚀う。その蚀葉に石原の目が光った。盞手を譊戒させないように平然を装いながら曎に聞く。
    「どんな男だった」
     りパシは煩わしそうに石原を芋る。
    「和人のように芋えたが──よくわからな──」
     石原はりパシが蚀い終わる前に走り出しおいた。

     戞が勢いよく開いた。石原が怒りの圢盞で家の䞭に抌し入っおきた。私は咄嗟に蓑の陰に隠れた。
    「䜐野いるこずはわかっおるんだ」
     コサマむンは石原の前に立ちはだかった。
    「戞を勝手に開けるな」
    「黙れうちのタコを匿っずいお䜕を蚀う」
    「いないず蚀っおいるだろう」
     コサマむンの気迫に抌され、石原はゞリゞリず埌ずさった。さすがの石原も䞀人では分が悪いず刀断した。
    「隠し通せるず思うな。必ず匕きずり出しおやる」
     石原は無念さを滲たせ、家を出おいった。

     コサマむンは囲炉裏の前に座っお腕を組み、厳しい衚情をしおいた。石原は早晩配䞋を連れお私を連れ戻しに来るだろう。私は時が満ちたのを感じた。

    「コサマむン、今たで䞖話になった」
     私は立ち䞊がった。
    「䜕を蚀う」
     コサマむンは驚きを隠せぬたた私を芋た。
    「これ以䞊迷惑はかけられない。石原がたた戻っお来る前に、俺はここを出る」
     ミナも私の突然の蚀葉に呆然ずしおいる。
    「みんなのおかげでここたで回埩できた」
     最埌たで残っおいた倊怠感や脱力などの症状は消えおいた。
    「ハポ、ミナ。本圓にありがずう」
     ミナは手を握りしめおいる。今にも泣きそうな顔だ。
    「どこぞ行くっお蚀うんだ」
     コサマむンは目を䞞くしながら尋ねる。
    「この近くは石原をはじめ荒川組や飯堎の連䞭がうろ぀いおお危ない。かずいっお東京たでは遠い。ずりあえず旭川か札幌に脱出しお人混みに朜り蟌もうず思う」
     ミナが俯きながら倧きく息を吞った。
    「どうやっお行くんだ」
    「それは──」
     私は蚀葉に詰たった。具䜓的な方法はただ考えおなかった。しばし沈黙が続いた。

     その沈黙を砎ったのはミナだった。
    「──私も行く」
     思い詰めた様子のミナが、いきなり発した蚀葉だった。コサマむンもハポも私も䞀斉に圌女を芋た。前を向いたミナの瞳には、決然ずした芚悟が滲んでいた。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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