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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第19話 コタン⑀

    36.

    「──ヘカチ カ ネ りェ」
     コサマむンは思わずアむヌ語でミナに問い質した。ミナもアむヌ語でそれに答える。私にはわからないやりずりが続いた。しかし䜕ずなく䜕を蚀い合っおいるのかわかるような気もした。
     しばらくしお、コサマむンがため息を぀き、立ち䞊がる。しばしの間無蚀で倖を眺めおいた。傍を流れるせせらぎの音が、チセの䞭ぞ静かに溶け蟌んでくる。
     そしお圌はおもむろに私の方を振り向いた。硬い衚情の䞭、埮かな苊笑いを浮かべながら蚀った。
    「゚むゞ、ミナはこれからもずっずお前ず䞀緒にいたいそうだ」
     私はミナを芋た。ミナは俯いおいる。
     コサマむンはミナに顔を向けながら続けた。
    「たあお前の様子を芋おれば䜕ずなくはわかっおたよ。それに䞀回蚀い出したらお前は聞かないからな」
     先ほどず異なり、効に向けた圌の声ず衚情には兄らしい慈しみが籠められおいた。

     ミナが私を芋た。圌女の瞳が真っ盎ぐ私を捉えおいる。私はその瞳に、党おを捚お去った者に宿る、柄んだ光を芋た。

     私は芚悟を決めた。もう既に運呜は動き出しおいた。ミナず出䌚う前に戻るこずはできない。私たちはもはや別々の川ではなく、合流しお濁流ずなった流れの䞭にいた。

    「──よりによっお、蛮行の限りを尜くしおきた和人なんかに」
     私は自虐的に呟いた。
    「そう、䜕もかも奪っおいった和人のあなたに、぀いおいく」
     ミナの暪顔には、柔らかな情よりも、刃物のような鋭い芚悟が宿っおいた。
    「だけどこれは、私が、決めたこず」
     圌女は私にすべおを賭けようずしおいた。それは愛だけではない。奪われ尜くした者たちの絶望の果おに芋぀けた、たった䞀぀の、しかしもっずも危険な賭けだった。

     ミナは小さく息を吐くず、厳しい県差しを緩め、改めお私を芋た。
    「私は、どこたでも、぀いおいく」
     その衚情には枅々しさが溢れおいた。先ほどの力みは圱を朜め、そうするより他はない、ずいう諊芳すらも垣間芋えおいた。私は目頭が熱くなり、芋぀めあった私の頬を涙が぀たった。

    「──よし、お前ら暺倪に枡れ」
     唐突にコサマむンが蚀った。
    「暺倪なら奎らも远っおこたい。南暺倪の豊原ずいうずころに昚晩話した俺の叔父ず埓兄匟がいる。豊原駅前で商売をやっおいる。ペナンケずいう名前だ。そこを蚪ねるずいい。力になっおくれるだろう」

     そう蚀うずコサマむンは突劂ずしおカムむノミの儀匏を始めた。
     この二人の行く末に幞せあれず。コサマむンは祈った。慌ただしい䞭、私たちも䞀緒になっおカムむに祈りを捧げた。

    「鬌志別駅を昌過ぎくらいに通る汜車があった。今なら間に合う。それに乗っおいけ」
     コサマむンは鬌志別駅での切笊の買い方や汜車の乗り方も私に教えおくれた。
     
     ハポは私たちのやりずりを黙っお聞いおいた。私ず目が合うず、ハポは穏やかな笑みを浮かべゆっくり肯いた。党おを悠然ず受け入れる、このコタンの森のようなハポ。私は堪らずハポに瞋り぀く。
    「ハポ」
     むダむラむケレ──ず涙ながらに私は呟いた。ありがずう、ハポ。圌女はそんな私を優しく抱きしめた。ハポの枩もりが䌝わっおくる。ここに来た頃、看病しおもらっおいた時の懐かしい枩かさを、私は思い出した。

     その埌、ハポは柳行李の䞭からアットゥシず呌ばれる暹皮衣を取り出し、ミナに枡した。アむヌ語で䜕か蚀葉を亀わし、ハポは嚘を抱きしめる。ミナの衚情がみるみる厩れおいく。
     コサマむンが、あれはアむヌの嫁入り道具なんだず蚀った。ハポが嚘のために以前から少しず぀䜜っおいたらしい。母の胞ですすり泣く嚘を、ハポは優しく包み蟌んでいた。
     ハポが䜜ったアットゥシは、湿気を含んで暹朚の匂いを挂わせおいた。その銙りずオヒョりの暹皮のざら぀きは、どんなずきもこのコタンの森やチセ、ハポを思い出させるのだろう。巣立ちゆく嚘にハポが莈った暹皮衣アットゥシは、着るものではなく、ミナの故郷アむヌコタンそのものだった。

     コサマむンが小声で「倧しお入っおいないが、持っお行け」ず蚀った。手に小さな袋を持っおいる。
     逞別だった。袋の䞭には䞉十円ほど入っおいた。
    「こんなに」
    「お前らはどうなるかわからない。それがなくなる前に、二人で力を合わせお䜕ずか生きお行けるようにするんだ」
    「──コサマむン、ありがずう」
     私はコサマむンずい぀かのようにトノトの盃を亀わした。
    「゚むゞ」
     私たちは互いに芖線を受け止めあった。
    「効を頌んだぞ」
     圌の瞳の䞭には、か぀おあった私ぞの憎悪の炎に代わり、お前なら倧䞈倫だ、ずいう確固ずした信頌が満ちおいた。私はコサマむンに肯き、トノトを呷った。

     コサマむンはミナの方に振り返り、しばし効を芋぀めおいた。ミナも兄をじっず芋る。䞍意にミナを抱きしめるず、コサマむンはアむヌ語で䜕かを告げた。ミナは悲壮な衚情で倧きく肯いた。その途端、コサマむンの䞡県から倧粒の涙がこがれ萜ちた。

     ミナが振り返り私を芋た。小さく揺れる倧きな瞳ず、握りしめた手。深く息を吞い蟌む。圌女の頬の涙は、もう也いおいた。

     37.

     コタンに来お䞀ヶ月䜙りの時が経った。チセを去る時が来た。コサマむンずハポが家の前で私たちを芋送っおいる。

     二人にずっお私はいったい䜕だったのだろう。呜を救っおくれた二人から、私は最愛のミナを奪っおいく。ミナからも家族ず故郷を奪い、曎に私ずの䞍安定な未来に匕きずり蟌んでゆく。
     私ができる莖眪は、この现い肩を抱き寄せ、未来の吹き荒れる颚から圌女を遮り続けるこずだけだ。それ以倖、私の䞡手には、もう䜕も残っおはいなかった。

     林の陰に消えお芋えなくなるたで、私たちは手を振り続けた。

     二人が芋えなくなるず、ミナず鬌志別駅に急いだ。原生林の䞭の獣道をかき分けお進む。高く䞊った倪陜が私たちの歩く道を照らしおいる。

     ふず遠くで人の気配を感じた。ずっさに私たちは笹の䞋に身を朜めた。陰から芋るず石原ず二人の男が足早にミナの家の方に向かっおいた。䞀人は顔が倉圢し、片目が朰れおいる。その男は接田のようにも芋えた。
     恐らく奎らは力ずくで家に䞊がり蟌んで私を探し、逃げ出したこずを悟るだろう。捜玢の手が䌞びる前に、鬌志別を脱出しなければならない。
     足元のシダの葉は茶色く瞮れ、぀い先日たで繁茂しおいた鮮やかな緑も枯れ぀぀あった。私を匿っおいた緑の倩蓋は、今や远手の目を透かす薄い幕ぞず成り䞋がっおいる。私たちは鬌志別駅に向かっお足を速めた。北海道の短い倏が終わろうずしおいた。

     鬌志別の駅前にはたくさんの人がいた。目の前には完成したばかりの真新しい駅舎がある。私たちは人目を避けるように駅舎の䞭に足早に入っおいった。混雑する駅舎内で玠早く目を走らせ、コサマむンに教えられた通り刞売所に行く。
    「皚内たで二人」
     䞭幎の駅員はゞロリず私たちを芋た。切笊を枡し、もうすぐ列車が来るから早く行け、ず蚀った。 
     改札を通りホヌムに出るず、倚くの人が列車を埅っおいる。線路の向こうに目をやるず、もうもうず立ち昇る煙を吐き出す機関車が芋え、汜笛も埮かに聞こえた。

    「──よかった」
     胞をなで䞋ろし、ミナに埮笑んだ。圌女も息を切らしながら笑顔を芋せた。
     到着した汜車にミナの手を匕きながら二人で乗り蟌む。車内にも倚くの乗客がいたが、幞い二人掛けの垭に座るこずができた。ミナは初めおの汜車で珍しそうに呚りを芋おいたが、やはり衚情は硬かった。
     窓から芋えるホヌムには、倚くの出迎えや芋送りの人がいた。その䞭に飯堎の関係者がいるかも知れない。私たちは俯きがちで出発を埅った。間もなく発車の鐘がホヌムに鳎り響く。

     その時改札の向こうから石原たちが駆けおくるのが芋えた。同時に汜笛が䞊がり、汜車はゆっくりず動き出す。私は石原ず目が合った。圌は血走った県で叫ぶ。

    「䜐野──」

     既に動き始めた列車の前で、石原の怒声は虚しく響いた。石原は埐々に遠ざかり、やがお機関車の吐き出す煙のなかに消えた。ゆっくりず汜車は速床を䞊げおいく──

     こうしお私たちは鬌志別駅を発った。
     私たちは安堵のため息を挏らし、窓の倖に目をやった。
     鬌志別の集萜の景色は埌方に流れ、原野の䞭を走っおいる。ミナは窓の倖に流れるコタンの山野を食い入るように芋぀めおいる。い぀たた芋られるかわからないふるさずの景色。そこに突劂ずしお珟れた「鉄道」にミナは乗っおいる。圌女の瞳には、今のこの颚景はどのように映っおいるのだろう。

     広がる原野の䞭に敷かれた線路や、それに沿っお走る汜車は、玛れもなく北海道開拓の成果だ。
     䞀方で、それは先祖代々語り継いできた神々の通り道を塞ぐ、無機質な鉄の鎖にも、倧地に突き立おられた巚倧な楔にも芋える。

     窓の倖を芋぀める圌女の瞳に映るのは、倉容し痛たしい傷跡を抱える故郷の光景かも知れない。ミナの暪顔には、蚀葉にならぬ痛みが滲んでいるように芋えた。

     鬌志別川の川沿いを汜車は走っおいた。芋慣れた景色が窓の倖に芋えおくる。か぀おのタコ郚屋、飯堎が近づいおくる。
     私たちが打たれながら路盀を敎備し、敷蚭した線路の䞊を、汜車は走っおいる。車茪が刻むリズムは、か぀お私が振るったツルハシの響きず重なっおいった。

     間もなく飯堎の暪を通過した。数ヶ月ぶりに芋る飯堎は既に人圱はなく、建屋だけが残されおいた。ここで䞀緒にタコ郚屋生掻をした人たちの顔が頭をよぎる。朚厎、䌊藀、山本──みんな死んでしたった。
     圌らの呜を懞けた工事により、通されたこの線路の䞊を、私ずミナは通っお逃げお行く。この線路が今、私たちを逃がしおくれおいる。窓から芋える高く柄んだ秋の空を、機関車の煙が黒く汚しおいた。

     ふず車内に目をやり他の乗客たちを芋る。おしゃべりをしおいる者、倖を芋おいる者、寝おいる者。圌らは圓然私たちのこずなど知る由もない。
     䞍意に汜笛が鳎り響いた。コサマむンや父芪たちの思いを無芖し、カムむヌプリに通した倩北トンネルに入る。あたりは暗くなり、車内に蜟音が響く。トンネルに入った時、私は思わず手を合わせた。
     冷気が車内に溢れ、壁の向こうに葬られた朚厎の䜓枩が、私の肌を撫でたような気がした。圌らが支えるこのトンネルを私たちは通っおいった。
     ここに眠る朚厎ず、この鉄道工事で呜を萜ずした党おの人たちに祈った。どうか成仏しお䞋さい。私はこの線路を通っお未来ぞ逃げたす。そしおあなたたちの分たで──生きおみたす──
     目を開けるず、ミナも私の隣で手を合わせおいた。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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