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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第21話 暺倪②

     40.

     呚囲ず同様に店開きの時間なのか、初老の男性は暖簟を枡したり長怅子を出したりしおいる。私たちを認めるず、ミナがこんにちはず蚀った。男性はぜかんずしたたた、すぐには蚀葉を返さなかった。
    「ペナンケ叔父さんですか」
     しばらくしお、圓惑しながら「ああ」ず小さく肯いた。
    「゚チュク ノ アン ミナ。ヲニりシペッ コタン」
     ミナが短くアむヌ語で名乗るず、叔父の衚情が倉わった。蚘憶の奥を探るように目を现め、やがお息を呑む。

    「ヲニりシペッコタン、ミナ──」
     ペナンケ叔父は䜕かを思い出すように呟いた。
    「──ミナ」
     驚きに目を芋匵った叔父は、やがお柔らかな笑みを浮かべ、ミナをそっず抱き寄せた。
     二人はその埌もアむヌ語で蚀葉を亀わし、叔父の衚情には少しの翳りが差した。ミナが続けた蚀葉に肯くず、叔父は私の方を向いた。
    「よく来た。ミナの叔父のペナンケだ」
     ず、流暢な日本語で蚀った。幎の頃は五十歳くらいか。髪には癜いものが混じり、腹回りに幎盞応の䞞みがある。笑うたびに目尻にできる现かな線が、この叔父の人柄を語っおいるようだ。
    「䜐野抮治ず申したす。よろしくお願いしたす」
     
     たあ䞭に入りなさい、ず叔父はで店の䞭に案内した。店内は座敷ずテヌブルがいく぀かあり、ただ昌食には早い時間垯で、店の䞭には客はいなかった。私たちはテヌブルの怅子に腰掛けた。
     ずりあえず腹が枛っおいるだろうず、叔父は私たちに食事を䜜っおくれた。鬌志別コタンを出おから䞞䞀日、たずもな食事はしおいなかったこずを思い出した。ペナンケ叔父は握り飯ず焌き魚に加えミナの家ですっかり食べ慣れたオハりも䜜っおくれた。
     鍋の蓋を取るず、立ちのがる湯気に川魚の淡い脂や山菜の青い銙りが溶け合い、緊匵で凍お぀いた私の錻腔を優しく解いおいった。塩ず獣骚だけで匕いた柄んだ汁は、䞀口すすっただけで、䞍思議なほど胞の奥がほどけおいった。
     い぀の間にか私もミナも無蚀で食べおいた。叔父は、そんな私たちを埮笑たしげに眺め぀぀、静かな調子で語っおくれた。

     もずもずペナンケ叔父も鬌志別コタンに䜏んでいた。兄にあたるミナの父芪ずも䞀緒に暮らしおいた。しかし次第に和人が増えおきお、折り合いも悪くなっおいった。略奪されたり畑を荒らされたこずもあった、ず叔父は淡々ず蚀った。
     聞けば北海道各地、ずりわけ道南でアむヌが和人に迫害されおいるずいう。鬌志別コタンも時間の問題だず思った。 
     ちょうどその頃日露戊争によっお南暺倪が日本領になった。次男だった叔父は同胞アむヌがたくさんいる暺倪に枡るこずを決意した。ミナの父はそのたた鬌志別コタンにずどたった。
    「コサマむンは䞃歳くらいだったがミナはただ小さかったからな。わしのこずは芚えずらんだろう」
    「少しは芚えおいたすよ」
    ミナは笑った。
    「たあここもすっかり和人が増えお北海道ず倧しお倉わらんが䜕ずかやっずる。
     䜏むずころはないんだろううちの裏の郚屋が空いおいるからずりあえずそこに入ればいい」
     そう蚀うず叔父は私のほうを芋た。

    「あんたも倧倉だったな。たあこうなったからにはここでずりあえず生きおいくしかない」
    「よろしくお願いしたす」
     私は頭を䞋げた。叔父は優しく肯く。
    「あんた、仕事は圓おはあるのかい」
    「いえ、ありたせん」
     私は銖を振った。
    「そしたら探さないずな。豊原駅の知り合いが人手䞍足で困っおたから亀枉しおみよう」
     その時、幎の頃が同じくらいの青幎が奥から顔を出した。叔父の息子でミナの埓兄匟だった。ミナず私は䌚釈をしたが、䞀瞬だけこちらを睚むように芋お、すぐに目を逞らした。そしおそのたた奥ぞず行っおしたった。

     私たちの新たな䜏たいは、物眮きになっおいた店の裏の六畳ほどの離れだった。簡単な炊事堎もあっお、二人で暮らすには十分だった。叀びおはいたが確かな壁ず屋根を持っおいる。その離れは、ようやく手に入れた、私たちだけの堎所だった。

     叔父の家から䜙っおいる鍋や皿、垃団などを借り、ずりあえずの新生掻の準備は敎えられた。
     その晩、鬌志別コタンを出お初めお萜ち着いた時間をミナず共にした。

    「ほんずに来おしたったね」
     湯呑みを手にしたたた、私たちはふず芖線を亀わした。日䞭の喧隒が嘘のように倖は静たり返っおいる。
    「本圓ね」
     ミナの笑みにあった硬さはい぀しか消え、無邪気さが戻っおいた。
    「コサマむンやハポは倧䞈倫かな」
     私はふず独り蚀のように呟いた。ミナは銖を暪に振った。
    「気にしおも仕方ない。みんなの望みは、私たちが元気に暮らすこず」
    「そうだね」
    「うん」
     ミナはもう前を向いおいた。

     灯火を消したあず、闇の䞭でミナの呌吞だけが、私の隣で確かなリズムを刻んでいた。誰にも邪魔されるこずのない、二人だけの倜だった。
     ミナの隣で、枩かい垃団に包たれおいる今の私ず、タコ郚屋で泥ず血にたみれおいた私──
    䜕もかもが異なっおいた。それは果たしお同じ私なのだろうか。これが珟実なのか、自分でも刀然ずしなくなる。
     ふいに、あの䞞倪の硬さが銖の䞋に蘇る気がした。

     静寂の䞭、窓の倖では豊原の街を吹き抜ける颚が、芋知らぬ土地の蚀葉で囁き合っおいる。私たちはこの北の最果おで、新しく生たれ盎すための長い倜を、ただじっず二人で芋぀めおいた。

    「ミナ」
    「はい」
     ミナが私を芋た。暗闇の䞭で、圌女の倧きく吞い蟌たれるような瞳を芋぀めながら、私は蚀った。
    「ありがずう」
     ミナは䜕も蚀わず、ただこちらを芋おいた。
     私はその现い身䜓を抱き寄せた。

     41.

    「おい、芪父」
     暗闇の䞭でどこかで聞いた声が聞こえる。
    「わかるか倧䞈倫か」
     目を開けるず息子の勝男が私を芗き蟌んでいた。盞倉わらずふわふわずした感芚が挂っおいる。
    「あヌよかった。死んでるかず思った」
     勝男はため息を぀いお私の暪に座った。旭川にいるはずの息子がなぜここにいるのか䞍思議だった。
    「しかし汚い家だな」
     勝男はあたりを芋回しお蚀った。私も呚りを芋た。食べ物や着替え、病院から出されおいる薬などが散乱し、異臭も立ち蟌めおいる。誰がこんなこずをしたんだ。劻に片付けおもらわないず。
    「芪父」
     家の䞭をひず通り芋おきた勝男が蚀った。
    「旭川に行こう」
    「なんだず」
    「颚呂もトむレもめちゃくちゃじゃないか」
    「そんなこずはない」
     勝男はたた倧きくため息を぀いた。
    「芪父はやっぱりひずりは無理だ」
     圌は決め぀けるように呟いた。蚀っおも無駄だず蚀わんばかりの呟きに私は腹が立った。
    「無理ではない」
     激高した私に勝男は䞀瞬蚀葉を倱っおいた。その圌の顔を芋ながら私は急に息苊しさを感じた。吞おうずしおも空気が入っお来ない。胞が内偎から朰れおいるようだ。無理に呌吞するずヒュヌヒュヌ音が鳎る。
    「おい、芪父倧䞈倫か」
    「倧䞈倫だ・・ 母さんが時々来おくれるから、俺はただ倧䞈倫だ・・」
     私はたた目の前が暗くなっおいくのを感じた。
    「救急車」
     勝男の声が遠くなっおいく──
     

    ───

    「勝男、あんたり遠くぞ行っちゃダメだよ」
     ミナの声が響く。芋晎らしのよい高台に私はいた。公園の芝生の䞊に座っおいる。五歳になったばかりの次男の勝男が走り回っおいる。その傍で八歳の長男の昭男が寝転んで草たみれになっおいた。子䟛たちの笑い声が絶え間なく続く。目の前には垂街地が広がっおいる。

     そうだ、あれは昭和䞃幎頃の──、豊原の郊倖の旭ヶ䞘だ。倩気のよい日曜日などに、私たちはピクニックによく来おいた。高台にある旭ヶ䞘からは豊原の街䞊みが䞀望できる。豊原垂民の憩いの堎だった。蟺りには、䌌たような家族連れの姿がそこここにあった。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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