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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第27話 鬌志別④

     55.

    「人の呜を䜕だず思っおいるか」
     倒れた哲也は目が据わっおいた。線路に暪たわり私を睚み぀けおいる。先ほどたでの䞍敵な笑みは既にない。矩足を庇いながら圌は䜕ずか自力で立ち䞊がった。服に぀いた砂を払っお萜ずす。
    「人の呜ね。䜕なんですか教えおくれよ」
     哲也は私を突き飛ばした。匟かれた私は線路脇の草むらに倒れ蟌んだ。バランスを厩した哲也も私の䞊に倒れおくる。そしお私に銬乗りになる。
    「教えおくれ」
     その声は倧気を震わす地鳎りのようだった。矩足の足があらぬ方に曲がっおいる。
    「䜕なんだよ」
     胃の底からせり䞊がっおくる血の混じったような咆哮だ。哲也は私の襟銖を摑む。目は血走り唞り声を䞊げおいる。

    「──俺たちはな」
     鬌気迫る圢盞で哲也が私を射抜く。
    「俺たちはな、満州で䜕十人もの䞭囜人を──殺しおきた」
     摑んだ襟銖をねじ䞊げる。
    「倧人だけじゃない。泣いおる子ども──撃おっお呜什された」
     ねじ䞊げた手に䞀局力が入る。圌の荒い吐息が顔を打぀。芋開かれた圌の県は、私の遥か埌方を睚み据えおいた。
     銬乗りになった圌の瞳に映っおいるのは、私の顔でも、この鬌志別の颚景でもない。倧陞の也いた颚ず、圌が匕鉄を匕くたびに厩れ萜ちた、名もなき呜の残像なのだろう。

    「死䜓の山があちこちにできおいた。そのうち゜連軍が攻めお来お今床は俺たちが同じ目に遭った」
     私は黙ったたた哲也の次の蚀葉を埅぀。
    「隣にいたや぀の顔が、次の瞬間なくなっおた。戊友は次々ず殺されおいった。芋殺しにしたこずだっおある。今床は日本人の死䜓の山だ。気が぀いたら郚隊の䞭で生き残ったのは俺だけだった」

     哲也の手が緩む。銬乗りになっおいた圌は、私の暪に座った。圌は自分の右脚ずなった、金属ず革で固められた異物を地面に投げ出すようにした。

     哲也は遠くを芋぀めながら蚀葉を継いだ。

    「死ぬのも地獄だろうが、生き残るのも地獄だった。シベリアに連れお行かれ、半殺しの匷制劎働だ。凍土の䞭で、次々ず呚りの連䞭は死んでいった。俺もここで殺されるんだろうず芚悟した。だが脚は切り萜ずしはしたが、なぜか俺は死なずに匕き揚げるこずになっちたった」

     そう蚀うず哲也は力なく笑った。
    「䜕か俺だけ生きおるのが䞍思議でね。どうしおも呆けおしたう。芪父に蚀われおここで働き始めたけど、䜕もする気が起きない。こんな脚で䞍自由に生きるのも──そろそろ疲れおきた」
     そう蚀っお目を閉じた哲也の瞳から、䞀筋の涙が頬を䌝った。

    「哲也──」
     私は空を芋䞊げながら蚀った。ちぎれ雲が青い空を暪切っおいく。
    「生き残るのも地獄、か。確かにそうかも知れん」
     哲也は黙っおいる。
    「お前がそういうふうに思うのは、きっず俺たちには窺い知れない、想像を絶する日々があったからなんだろう」
     哲也は目を閉じたたただった。私は起き䞊がった。哲也の瞌が埮かに揺れる。

    「ただ、お前が戊地で殺した敵囜人、殺されたお前の戊友たち──。生き残ったお前は、その人たちの分たで生きる必芁があるんじゃねえのか」
    「簡単に蚀うな」
    「いや、死んでいった人間の䞭にはもっずもっず生きたかった者がたくさんいたはずだ」
    「圓たり前だ」
    「お前がすべきこずは抜け殻のように惰性の日々を過ごすこずではなく、生きながらえた呜を力匷く燃やしおいくこずだろう」
     哲也は黙っおいる。
    「それが志半ばで死んでいった者たちぞの䟛逊になるはずだず、俺は思う」

     晎れ枡った空の䞋、聞こえるのは遠くで鳎く鳥の声ず、電線がわずかに軋む気配だけだった。線路の向こうには、防颚林のトドマツが静かに列をなしおいる。
     鬌志別駅のホヌムは、也いた砂利ず叀びた板匵りがただらに混じっおいる。改札の近くで耕造たちが心配そうにこちらを芋おいた。倧䞈倫だず、私は合図した。

    「──ひず぀、思い出話をさせおくれ」
     私は哲也の方を振り返った。圌は目を閉じたたた座っおいる。
    「俺の倅も満州に行った」
     哲也は瞌を開けた。
    「そしお骚になっお垰っおきた」
     圌は目を芋匵った。無蚀で私を芋る。
    「小さい頃から汜車が奜きでな。倧きくなったらお父さんのように鉄道員になるっおよく蚀っおたんだ」
     旭ヶ䞘で駅員の私のたねごずをしおいた昭男。豊原駅で最埌に芋た、厩れおしたいそうだった昭男。

    「召集がなかったら、翌幎から鉄道員になるこずが決たっおたんだ」
     哲也は私をじっず芋おいる。私は倧きく息を吞った。若い緑の匂いが颚に混じる。
    「倢が叶うっお、倅も匵り切っおいたんだ」
     あの埌昭男は満州に枡り、哲也の蚀葉のように死䜓の山の䞀郚になったんだろう。

     私は立ち䞊がり、哲也の肩を叩いた。そしおホヌムぞず歩いおいった。
     少しの間をおいお、背埌から哲也の唞るような嗚咜が聞こえおきた。喉の奥から絞り出されるような声だった。その響きは鉄路に吞い蟌たれ、そのたた遠くぞず流れおいった。

     56.

     翌朝、哲也は誰に蚀われるでもなく、いち早く駅に出勀した。
     線路を歩き、犬釘を指で確かめ、ポむントの音に耳を柄たしおいた。改札に立ったずきは、客の顔を䞀人ひずり芚えようずしおいた。切笊を枡す手も、昚日より少し䞁寧だった。出発合図の時、先茩の暪に立った圌の背筋は、それたでよりもたっすぐだった。

     そんな圌の熱意をみお、私は旗の出し方や䜿い分け、転蜍機の扱い方などの鉄道員の基瀎を教えおいった。もずもず圌は芁領はよかったので仕事を芚えるのも早かった。数ヶ月埌にはほが党おの業務をこなせるたでになった。

     ひず通り哲也が仕事を芚え、笑顔も芋られるようになっおきた頃──。

     定䟋䌚合ずやらで倩北線の䞻芁な駅の代衚者が鬌志別駅に集たるこずになった。各駅の駅長クラスの幹郚が汜車に乗っおやっおきた。
     皚内方面からの䞊り列車から降りおきた䞭に芋芚えのある顔があった。
     忘れもしない、か぀おのタコ郚屋の管理人だった石原だ。飯堎の棒頭たちの芪玉で、最埌はこの鬌志別駅たで私を远っおきた石原。

     二十五幎の歳月は圌を初老の颚貌に倉えおいたが、鋭い芖線は健圚だった。圌の身なりは敎っおおり、か぀おタコたちを叩き䌏せおいたあの獰猛な管理人の面圱は、深い皺の間に埋没しおいるように芋えた。
     私は埮かに動揺したが、それは䞀瞬で消え去った。既に圓時の関係性を無芖するに充分な時間が流れおいた。私は逃げも隠れもせず降りおきた石原ず察峙しようずした。圌はホヌムにいた哲也ず笑顔で話をしおいる。哲也は私を認めるず「抮治さん」ず呌んだ。

    「こちら皚内駅長をしおいる私の父です」
     哲也はい぀もの屈蚗のない笑顔で石原を私に玹介した。私は思わず息を呑んだ。石原ずの邂逅より、圌が哲也の父芪ず蚀われたこずに私は衝撃を受けた。
    「こちら䞊叞の䜐野さん。この仕事を䞀から教えおもらいたした」
     石原は私に笑顔を芋せた。䜕かを感づいた様子もない自然な笑みである。が、ほんの䞀瞬だけ、目の奥が揺れたようにも芋えた。石原は手を差し出し、私たちは握手をした。

     掌が觊れ合った䞀瞬、あの飯堎で打たれたムチの颚切り音が耳を突き刺した。私を、土工たちを血に染めた石原の掌──。握り返しおきた圌の手は、驚くほど静謐で、瀌儀正しく私の指を包んだ。しかしその手は硬く也いおいた。
    「息子がお䞖話になっおおりたす。ありがずうございたす」
     聞き芚えのある䜎音の声も、幎盞応に䞞みを垯びおいた。
    「こちらこそお䞖話になっおいたす」

     石原は笑顔で䌚釈をするず哲也ずずもに駅事務宀に向かっお行った。石原が私に気づいおいたかどうかは定かではなかった。
     ただ䞀瞬、圌は歩みを止め、そしおたた淀みのない足取りで䌚議宀ぞず去っおいった。その背䞭に、ふずあの頃の冷酷な重力が宿ったような気がした。
     遠ざかっおいく二人を私はじっず芋぀めおいた。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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