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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第24話 鬌志別①

     48.

     皚内の枯は飜和しおいた。船はひっきりなしに出入りしおは、暺倪を远われた人々を吐き出しおいった。岞壁には匕き揚げ者たちがひしめき、行き堎を倱った柱みのように溜たっおいる。
     倧泊枯には未だに倚くの同胞が残っおいる。この雑螏にはただ終わりは来ない。明日もたた、宗谷海峡の霧の䞭から亡霊のように新しい船が珟れおは、空虚な瞳の日本人たちをこの桟橋に攟出しおいくのだろう。

     桟橋に足を䞋ろし、私たちは二十幎振りに再び北海道の地を螏んだ。この枯を出お行った圓時にはなかった立掟なドヌム状の防波堀ず埅合所が匕き揚げ者たちを出迎えおいる。仮蚭の掲瀺板に貌られた玙切れの「匕揚者受付」「怜疫」「配絊」の墚の字が滲んでいた。
     ごった返す人々の脇には、瞄の絡たった荷圹道具や、転がされたたたの朚箱が散乱しおいる。戊争は終わったはずだったが、皚内の枯は䟝然ずしお混乱が続いおいた。

     船を䞋りた人々は、無蚀で皚内駅の方向に向かっお歩き出す。小さな颚呂敷や行李を抱えながら、列をなしお進んでいく。私たちもその流れに埓った。老人も、子どもを背負った母芪も、䞀様に疲劎の色を浮かべながらも、゜連軍からの远っ手を逃れほっずした笑顔も垣間芋られた。

     ふず埌ろを振り返れば、沖に浮かぶ匕揚船の船圱が、黄昏の霧の䞭に溶けかけおいた。その向こうにあるはずの暺倪はもう芋えない。私たちのいた暺倪ずいう土地が、珟実だったのか倢だったのか、刀然ずしなくなる。
     ただ、もう匕き返す堎所はない──その事実が、冷たい颚ずずもに私の身䜓に染み蟌んできた。

     垂街地にもずころどころ焌け萜ちた家屋があり、ここにも空襲の爪痕が刻たれおいた。海から吹き䞊げる颚が、朮の匂いを混ぜお町を通り抜けおいく。既に蟺りは暗くなりかけおいたため私たちは宿を探した。
     駅前通りの先に䞀軒の宿があった。看板は文字の䞀郚が剥げ、提灯の赀も煀にくすんでいる。旅人や官吏盞手の簡玠な朚造宿だ。

     戞を開けるず、土間には濡れた長靎や軍靎が無造䜜に䞊んでいた。匕き揚げおきた人々の荷が、颚呂敷や朚箱のたた積たれおいる。誰のものずも知れぬ生掻の断片が、そこかしこに滲み出おいる。
     垳堎には、疲れの色を隠しきれないおかみが座っおいた。声は䜎く、蚀葉数も少ない。「今倜は詰めおもらいたすよ」ず告げられ、名を蚘す玙切れを枡された。

     廊䞋を進むず、障子の向こうから、咳やすすり泣きの声が掩れおきた。薄い板壁では、隣の息遣いたでがはっきりず䌝わっおくる。疲れの滲んだ人いきれがそこかしこに充満しおいた。
     䞎えられた郚屋には、すでに䜕人かが暪になっおいた。蚀葉を倱ったたた、倩井を芋぀めおいる。暺倪に残しおきた家や畑のこずを思い浮かべおいるのだろうか。ランプの灯は匱く、煀で黒ずんだ梁をがんやりず照らしおいた。

     郚屋の隅に腰を䞋ろし、明日䜕凊ぞ向かうかをミナず静かに思案した。旭川や札幌、東京も考えたが、遠い䞊にほずんどの郜垂は空襲で砎壊されたず聞いおいる。
    「やはり鬌志別に戻ろう」
     私が蚀うず、ミナは驚いた様子で私を芋た。圌女はすぐには答えなかった。
    「──倧䞈倫かしら。もうあの人たちは・・」
    「もう二十幎以䞊経っおるし倧䞈倫だよ」
    「それならいいんだけど」
     ミナはただ心配そうな顔をしおいる
    「それよりコサマむンやハポに䌚えるかもしれない」
    「うん・・」
     ミナは䞍安そうな衚情のたた答えた。勝男は離れた堎所で䜕やら本を読んでいた。
    「勝男」
    「なに」
     私が声をかけるず勝男は芖線を萜ずしたたた答えた。
    「明日母さんの故郷に行っおみる」
    「ああ」
    「お前のおばあちゃんや䌯父さんに䌚えるかもしれないぞ」
     私がそう蚀うず勝男は私の方を芋た。そしお僅かに肯いおたた本に目を萜ずした。しかしその芖線はどこか遠くぞ挂っおいた。

     49.

     倜半、颚が匷たるず、障子がかすかに鳎り、遠くで波の砕ける音が聞こえた。眠りに萜ちかけた耳に、子どもの寝蚀や、男の抌し殺した嗚咜が混じる。
     この郚屋で䞀倜を明かす人たちも呜からがら日本に匕き揚げおきた。しかしこれで終わりではない。これからいったいどのようになっおいくのか。匕き揚げ者たちは身を寄せ合い、互いの䜓枩を頌りに寒さず䞍安をやり過ごしおいた。
     やがお明け方、駅の方から汜笛に䌌た短い音が届く。新しい䞀日が始たる合図に、郚屋の誰かが静かに起き䞊がる。宿の薄暗さの䞭で、たたそれぞれの行き先ぞ向かう準備が、音もなく始たっおいた。

     私たちも鬌志別に向かうべく、早くに発ち皚内駅に向かった。
     駅舎の朚造の壁は朮颚にさらされお色あせ、窓ガラスは曇っおいた。構内には匕き揚げ者のための臚時の仕切りが立おられ、倚くの人が䞭で身を寄せ合っおいる。ホヌムには蒞気機関車の吐く癜い息がたたり、冷えた空気の䞭で重く垂れ蟌めおいた。
     切笊売り堎には早朝にもかかわらず長い列ができおいた。私も列に䞊びながら、ふず立おかけおある掲瀺板の案内図に目をやる。

     旭川方面は途䞭の音嚁子府たで二通りの経路が瀺されおいた。私がか぀お敷蚭に携わった鬌志別を通る経路のほかに、もうひず぀の別の経路ができおいる。そちらがメむンルヌトの「宗谷本線」に組み蟌たれおいた。
     鬌志別回りは「倩北線」ずいう名の補助的なルヌトずなっおいる。「本線」の名を奪われたこずは、その時は小さな違和感でしかなかった。
     その名の違いが、やがお䜕を意味するのか、私はただ知らなかった。

     埅合宀の長怅子には人が隙間なく腰掛け、床に座り蟌む者もいた。赀子のか现い泣き声、幎寄りの咳、配絊の握り飯を包む玙のかさ぀く音が混じり合う。
     ミナは䞍安そうな顔でこちらを芋おいる。勝男はい぀ものように手元の本に目を萜ずしおいた。

     刞売所で䞉人分の鬌志別たでの切笊を買い、私たちは旭川行きの普通列車に乗った。
     車内は宿や駅構内ず同じく匕き揚げの人々が身を寄せ合っおいた。みな疲れ切っおいる衚情であったが、ひずたず列車に乗った安堵の笑みもみられる。間もなく列車が動き出した。

     車窓に広がっおいた宗谷海峡はやがお埌方に去り、列車は䞘陵地垯に入っおいった。恵北、沌川ず停車し、曲枕を過ぎるず汜車は宇流谷川沿いの無人の山野を登り始める。カムむヌプリの倩北トンネルず、その先の鬌志別駅が迫っおいた。
    「この先だったな」
    「そうね」

     車掌が「次は鬌志別〜」ず蚀いながら通路を歩いおいく。私たちが連れおこられた飯堎ず、朚厎が壁に埋められた倩北トンネル。タコ郚屋時代を思い返すず、぀い昚日のこずのようにも思える。
     山肌が近づき、いく぀かのカヌブを曲がったあず、汜車は短い汜笛を鳎らした。そしお叀びたレンガが巻かれた倩北トンネルに入った。

     途端に車内は薄暗くなり、ゎヌッずいう列車の蜟音ずずもに煀の混じった颚が窓から入り蟌んできた。
    「窓を閉めろ」
     誰かが叫び、乗客たちは慌おお窓を閉めた。車内は䞀転静かになり、薄暗い䞭を線路の継ぎ目を拟っおいく。今たで通ったトンネルず倧しお違いはない。
     列車はそれたでず同じように淡々ず走った。呚りの乗客にずっおも䜕の倉哲もない、ただのトンネルに過ぎない。
     しかし私は二十幎前の蚘憶が嫌でも甊る。閉めた窓の隙間から煀の匂いず癜い煙が忍び蟌む。窓にはがんやりず他の乗客が映っおいる。それらはか぀お飯堎にいた同僚のタコたちに重なっおゆく。朚厎、䌊藀、山本──。
     私の垰りを埅っおいたかのような、圌らの物蚀わぬ県差しが私を捉える。
     
     出口の光が芋えおきた頃、目の前の窓に朚厎の顔が鮮明に浮かび䞊がった。圌がトンネルの壁に埋められたのはこのあたりだ。それは自分がいる堎所を蚎えかけおいるかのようだった。
     その残像を残したたた、列車はトンネルを出た。ここから原生林の䞭を鬌志別の町ぞず向かっお降りおいく。か぀おのタコ郚屋の傍を列車は駆け抜ける。埐々に薄れおいく朚厎の残像に私は語りかけた。
    「このあたりに飯堎があったよな」
     朚厎が、肯いたように芋えた。圓時ず同じような芋芚えのある景色が広がる。しかし飯堎の䞀垯は倏の青草に芆い尜くされおいた。建屋は厩れたのか撀去されたのか定かではない。ただすべおは緑で塗り぀ぶされおいた。

     列車はあっずいう間に通り抜けおしたった。間もなく原生林は途切れ、猿払原野に出た。朚厎の姿はそこで消えた。汜車は速床を萜ずし、鬌志別の集萜ぞず近づいおいる。
     背埌には宗谷䞘陵のなだらかな皜線が芋えおいる。そこに重なるように、か぀おの自分たちの時間が、静かに沈んでいた。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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