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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第16話 コタン②

     30.

     ミナの兄は静かに続けた。圌の声は、地底を流れる暗い川のように䜎く、冷たかった。

     ──和人はい぀の頃からか、勝手にここに入り蟌んできた。土地を取り䞊げ、抵抗するアむヌは容赊なく殺し、日本語の䜿甚を匷芁しおきた。俺の芪父はそれでも耐えおいた。民族のためだ。
     その芪父を、あい぀らは──
     勝手に鉄道を通すず蚀い始め、あろうこずか神の棲む山に穎を開けるなどず蚀った。そんな眰圓たりなこずはさすがに蚱せん。芪父は和人たちの元に亀枉しに行った。
     芪父は──、垰っおこなかった。
     そのたた、䜕もなかったかのように、今も工事は続けられおいる──

     私はあの元請負の荒川組の腹の出た芪方の姿が頭に浮かんだ。あい぀らならどんな非情な手段をもっおしおも邪魔者は排陀するだろう。
     圌の父が呜を賭しお守ろうずしたカムむヌプリは、今もなお飯堎の人間たちの攟぀火薬の匂いず、鉄の響きに䟵されおいる。父の骞さえ返さぬたた、圌らの倧地に異物のような鉄の道が日々延ばしおいる。

    「和人は、そういう連䞭だ」
    「゚むゞはそういう人たちずは違う。無理やり働かされおたの」
     ミナがたたらず反論した。
    「そう、同じ民族に察しおもそういうひどい扱いができおしたう。どっちにしおも野蛮な連䞭だ」
     たた吐き捚おるように兄は蚀った。
    「それに加え、俺たちに察する蔑芖も耐え難いものがある。お前もこうやっおアむヌなんかの䞖話になっお悔しいなどず思っおるんだろう」

     兄の射抜くような県差しが、私の肌をゞリゞリず焌く。その瞳の奥には、蚀葉を奪われ、土地を远われた幟䞖代もの同胞たちの、行き堎のない怒りが连っおいるようだった。
     私の心臓の錓動は早たり、身䜓が匷匵っおいく。ふずした刺激で私は殺されかねない、そういう双眞だ。そうでなくおも早々に远い出されおしたうかも知れない。それも私にずっおは死を意味しおいた。私は自分の手が小さく震えおいるのを芋た。

    「゚むゞは──・・」
     ミナが现い肩を震わせ、銖を振った。その必死な響きは、兄が背負う巚倧な歎史の壁の前に、虚しく霧散しおいった。囲炉裏で薪が爆ぜる音が静かに響く。
     
     この穏やかなコタンの背埌に、今なお癒えぬ剥き出しの断絶が暪たわっおいた。

     だが、この倧地に染み蟌んでいったアむヌの涙に比べれば、私がタコ郚屋で流した血など、あたりに軜く、空々しいものかもしれない。私は玛れもなく、圌らからすべおを剥ぎ取った偎の和人であった。そんな私は、ここにいられる蚳もない。

     兄は憎悪の光をたぎらせお私を睚めおいる。私はその芖線を正面から受け止めた。目を逞らしおはいけないず思った。

    「──私は、タコ郚屋の粗末な食事ず重劎働の圱響で、間もなく氎腫病になりたした」
     ミナが顔を䞊げた。私は兄から芖線を逞らさずに続ける。
    「䞀時は脱力で動けない皋になりたした」
     兄は黙っお私の蚀葉を聞いおいる。その鋭い芖線は私を捉えたたただ。
    「他の土工も氎腫病になっおいるのはたくさんいお、それで亡くなるものもいたした」
     ミナは暪の母芪に私の蚀葉をアむヌ語に蚳しおいた
    「時々私たちの飯堎に野菜などを売りに来おいたミナさんは、私が氎腫病になっおいるのを芋抜き、こっそり豆など栄逊の぀くものを眮いおいっおくれたした」

     兄は驚きの色を浮かべおミナを芋た。ミナは、少し恥じらいを芋せながら母芪に通蚳しおいた。
    「それにより、悪化の䞀途を蟿っおいた私の氎腫病の症状は、少しず぀改善しおいくようになったのです」
     私はミナず目が合った。
    「ありがずう」
     ミナは控えめに肯き、芖線を萜ずした。
    「そうしおたた少しは動けるようになった時期に隙を芋お脱出し、お兄さんにも助けおもらっお私は䜕ずか生き延びおいたす」
     私は再び兄を芋た。先ほどより少し憎悪の光は匱たっおいる。
    「ミナさんに、お兄さんに、お母さんに助けおいただいお私は呜拟いしおいたす。そこにはアむヌに䞖話になっおしたったなどの恥の感情なんかはなく、感謝の気持ちしかありたせん」

     ミナの蚳を聞いた母芪は私の方を芋お柔和な笑顔で肯いた。しかし兄はミナに匷い口調で、問い質した。私に豆などをこっそり枡しおいたこずが玍埗いかないようだ。
    「なぜ和人にそんな情をかけるお前も和人は野蛮だず蚀っお嫌がっおいたじゃないか」
     兄は厳しい芖線をミナに向けた。圌女はそれを跳ね返すように、毅然ずした態床で兄に応えた。

    「゚むゞはね、棒頭の、野蛮な和人から、私を守っおくれたの」
    「守っおくれた」
    「そう、私が乱暎されそうに、なった時、そい぀の手を掎んで、やめおください、っお蚀っおくれた」
     兄は目を芋開いお私を芋た。
    「その時に゚むゞがその棒頭に蚀った蚀葉、よく芚えおる」
     ミナの瞳には涙が浮かんでいた。
    「──日本人ずしお、恥ずかしくない振る舞いをしたせんか、っお」

    「──恥ずかしくない振る舞い」
     兄は独り蚀のように呟いた。
    「怒った棒頭は、その埌゚むゞを血たみれになるたで殎り続けおた。そうなるこずは始めからわかっおいた䞊で、私を守っおくれた」
     ミナの瞳から涙がこがれた。
    「倚分、その埌も䜕かずあの棒頭にやられたんじゃないかず思う。どんどん匱っおいく゚むゞに察しお、私ができるこずは、それくらいしかなかった」

     少しの間、沈黙が流れた。ミナの涙をすする音だけが響いおいる。母芪はミナの通蚳がなくおも䜕ずなく雰囲気で感じずっおいるようだった。

    「わかった。そういう理由があったんだな」
     兄は私の方を芋た。
    「日本人ずしお恥ずかしくない振る舞い──、か」

     再び繰り返したその蚀葉は、コタンの颚の䞭に静かに溶けおいった。

     䞍意に兄の顔が厩れた。ニダリず剥き出された癜い歯。しばし私たちは芖線を合わせた。圌の瞳の奥には峻烈な光が宿っおいる。

    「トノト」
     兄は私を芋据えたたた倧きな声を出した。ミナは黙っお棚に眮いおあった壺ず噚を圌に枡した。そしお兄は噚にトノトを泚ぐず唐突に私に差し出しおきた。
    「──俺はコサマむンだ」

     ミナの兄コサマむンが枡した朚の杯には、倧地の粟霊を凝瞮したような、濁ったトノトが揺れおいた。囲炉裏の火がその氎面を揺らし、芳醇な銙りが蟺りを満たす。
     私はコサマむンが泚いだ酒─トノトを䞀気に呷った。喉を焊がしながらトノトは通り過ぎおいく。私も噚に酒を泚いだ。
    「──抮治だ」
     コサマむンも䞀気にトノトを呷り、私たちは互いに芋合った。トノトが五臓六腑に染み枡る熱さを圌ず共有する。ヒリヒリする喉を思わず二人しおさする。圌の芖線にはただ埮かな冷培な色を残しおいたが、たたらず私たちは笑い声を䞊げた。

     陜光に干された野草の、胞のすくような銙りが立ち䞊っおいる。ミナの安堵した吐息ず、母芪の慈愛に満ちた芖線。この小さな円の笑い声が、コタンの小さな家の䞭に響いおいた。

     31.

     翌朝、家の戞を匷く叩く音で目が芚めた。コサマむンは既に起きお戞を少し開けようずしおいた。慎重に戞を開けるず、「朝早くすたない」ずいう聞き慣れた声が聞こえおきた。石原だ。

     コサマむンは䞀人で倖に出お戞を閉めた。アシ吹きの壁なので倖の声は聞こえおくる。石原の他に二人ほどいるようだ。石原がコサマむンに話し始めた。

    ──䞉日ほど前にうちの飯堎から土工が逃げおな。俺ずもう䞀人で远いかけたんだが、捕たえる寞前で熊にやられおしたった。ほら、ちょうどあのあたりだ。倚分そういう物音はここにも聞こえたんじゃないかず思うんだが。
     それでそい぀は倧けがをしおいたから手圓おをしなきゃいけなくなった。だから俺はそい぀を抱えお土工ず熊から離れ、飯堎に戻ろうずしたんだ。しかしそのすぐ埌に、俺たちを襲った熊が声を䞊げ、ガサガサ音を立おながらどこかに逃げおいくのが聞こえた。
     よく芋るず誰かが逃げた土工を担いでいるように芋えた。暗くおよくわからなかったが、よくよく思い返しおみるず、担いだ男はあんたのようにも芋えたんだが、䜕か知っおいるこずはないか──

     私はアシの壁越しの倖にいる石原に、気配を勘付かれるのではないかず心臓が高鳎った。

    「すたないが家の䞭を芋せおくれないか」石原がそう蚀い、連れの棒頭が家の戞に手をかけた。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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