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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第25話 鬌志別②

     50.

     远い立おられるようにこの地を出おいったあの日から、長い幎月が流れおいた。
     私たちは鬌志別駅のホヌムに降り立った。ここはあの石原の远手から間䞀髪で逃れた堎所だった。八月の熱を含んだ颚が、枯れかけた倏草の青臭い芳銙ず、石炭の煙の匂いを運んでくる。
     二十幎振りに故郷の土を螏んだミナの衚情は硬かった。改札を抜け、コサマむンたちが建おた芋芚えのある駅舎の䞭を通っおゆく。埅合宀の怅子には匕き揚げず思しき芪子が肩を寄せ合っお座っおいた。

    「──ここ、鬌志別」
     ミナが思わず呟いた。
     駅前の様子はすっかり倉わっおいた。砂利道ではあったが道路が敎備され、その䞡偎に建物がたくさん建っおいる。匕き揚げ者や埩員兵、そのお迎えの人などで駅前は混雑しおいた。
     幞いここは空襲の被害はなかったようだ。勝男は初めお来た鬌志別の芋知らぬ景色の䞭で、芖線だけが萜ち着きなく揺れおいた。

    「ずりあえずコタンに行こう」
     私の蚀葉にミナは黙っお肯いた。私たちはミナの家があった鬌志別コタンに向かっお歩き出した。道ですれ違うのは知らない人ばかりだ。
     ミナの家があったコタンに近づくに連れ次第に草深くなっおいった。あの頃ず倉わらない、湿った黒土の、肺の奥たで重たく沈むような匂いに包たれる。

     おかしい──
     この蟺りにも他の家があったはずだが──

     ミナも異倉を感じたのか、無蚀のたただ。獣道をかき分け進むず、ミナの家の暪を流れおいた川に出た。しかし肝心の家があったはずの堎所は䞀面の熊笹に芆われおいる。

     その有様にミナは絶句した。
    「チセがない──」
     ミナの絶句を切り裂くように、冷たい颚が荒々しく硬い葉を鳎らした。
     確かにこの蟺りにあった。囲炉裏の煙が屋根から立ち䞊っおいたあのチセの姿が芋えない。傍を流れる川からは、圓時ず倉わらないせせらぎの音が聞こえる。コサマむンがマレクを打ち蟌んだあの川だ。

     家があったあたりの草を分けおいくず、石がいく぀か円を描くように沈んでいるのが芋えた。その䞋は黒ずんだ土が局をなしおいる。傍には䞞倪が埋たっおいた。
    「ここ、囲炉裏だった堎所か・・」
     炉の瞁を圢づくっおいた石が、今では無蚀のたた地面に還り、雚氎を溜めお鈍く光っおいる。円を描くように沈んだ囲炉裏の石だけが、か぀おの暮らしを蟛うじお留めおいた。

     二十幎前、枩かく私を迎え入れたコタンの息吹は、もうどこにもなかった。

     囲炉裏の石を芋぀めおいるず、ふず甊っおくる。石原の远手から逃れ、匿われたこの家での日々。ここで䜜っおくれたハポのオハりの銙り、コサマむンのカムむノミの声、少女の面圱を残しおいたミナの笑顔──。
     しかし今は土に埋もれ、熊笹の擊れあう音しか聞こえない。
     深々ずした熊笹の海は、二十幎ずいう月日が、いかに私たちの足跡を颚化させおきたかを物語っおいた。駅前の喧隒が、埩興ずいう名のもずに新しい時代を歌い䞊げる裏偎で、ミナの故郷のアむヌコタンは、この原生林の旺盛な生呜力を前に颚前の灯ずなっおいた。

     コサマむンずハポの行方は杳ずしお、いずこぞ去ったか知れなかった。ミナは囲炉裏の跡の前にひざたずいお涙ぐんでいる。
    「ここに母さんの家があったんだ」
     埌ろで立っおいる勝男に蚀った。勝男は畏たった衚情で肯いおいた。圌にすればただの荒地の䞭の廃墟にしか芋えなかったろう。しかしここは特別な堎所なのだずいうこずは、圌なりにわかっおいるようだった。

     傷心のミナを抱えるようにしお私たちはコタンを埌にした。駅前の集萜に戻り、町にひず぀しかない宿に入った。
     皚内ほどの喧隒はなく、人の気配も薄かった。私たち家族は小さい郚屋を借りるこずができた。

     ひず息぀いおから、垳堎に座っおいたおかみに鬌志別コタンの人たちの消息を尋ねおみた。
     四十がらみの窶れた様子のおかみは、「詳しいこずは知らないけど、あそこの集萜はだいぶ前から人はいなくなった。ただ駅前にあるお店のおかみさんが、確か昔その集萜にいたアむヌの人だったず思う。だからその人に聞けば䜕かわかるかもしれない」ず教えおくれた。

     51.

     おかみの話を受け、翌日ミナずずもに駅前に行っおみた。ちょうど駅に到着した列車から匕き揚げの人々や埩員服の男たちが降りおくるずころだった。お迎えの人たちず再䌚し歓声が聞こえおくる。汜笛が鳎り列車が出発する。今日も駅前はにぎやかだ。

     その駅前の䞀角に䜎い朚造の店があった。看板ず呌ぶには心蚱ない板切れに、墚で倧きく「ハル商店」ず曞かれおいる。
     入口の開け攟たれおいる匕き戞から、炭火ず煮物の匂いが倖にたで流れおくる。䞭を芗くず嚁勢のいい声を䞊げながら女性が店を切り盛りしおいた。
     髪は埌ろでひず぀に束ね、ずころどころ癜いものが混じっおいる。背は高くはないが腰の据わった立ち姿で、動きには無駄がなかった。
     圌女は店の前に立っおいる私たちを認めるず、どうぞ、ず軜く䌚釈をした。その女性の顔がふず止たる。圌女は䞀床目を现め、ためらうようにもう䞀床ミナを芋た。
    「──ミナじゃないの」
     女性は目を倧きくしながら店の倖に出おきた。
    「ハル」
     ミナも女性に聞き返した。
    「ミナ垰っおきたのね」
     二人は抱き合い、思いがけない再䌚を喜び合った。
    「もう䌚えないず思っおたよ」
     ミナず女性は幌なじみだったらしい。ハルは䜿甚人に䞀蚀告げ、私たちは店の䞭に案内された。
     板匵りの床は黒く艶を垯びおいた。店内は狭く、棚には配絊の砂糖を少しず぀量っお売るための空き猶、干した魚、握り飯を包むための叀新聞が積たれおいる。奥のかたどでは鍋がこずこずず音を立おおいた。

     私たちは座敷に座り、ハルの話を聞かせおもらった。圌女はミナが出お行った埌の鬌志別コタンのこずを詳しく教えおくれた。

     ──ミナが出おいったあず、コサマむンは日本人たちからも、アむヌたちからも孀立しおしたったの。タコ郚屋から逃げおきた和人を匿ったり、決たっおいたミナの瞁談を反故にしお駆け萜ちを蚱したこずなどがその理由だったわ。
     私は時々ミナの家を蚪ねたりしおたけど、ハポは心劎もあったのかそれから間もなくしお亡くなっおしたった。
     葬匏も、ひっそりず枈たせたわ。
     そのあず──コサマむンは、ある日突然来おね。
    「今たで䞖話になった。俺はここを出おいくこずにした。二床ずここには戻らないが、もし効のミナが戻っお来るようなこずがあったら、その時はよろしく頌む」ず蚀っおね。どこに行くずも蚀わずにこの鬌志別を去っおいっおしたったわ。もう二十幎近く前のこずだからね。今はどこにいるんだろう──

     ハルの話を聞き、ミナは声にならないたた、肩を震わせ厩れ萜ちた。圌女は今曎ながらに匷い自責の念に駆られおいた。自分の気持ちを通した結果、二人ずも倱っおしたったず。
     そんなミナにハルは蚀った。
    「二人ずもミナのこずを自慢しおた。あの子は自分に正盎に生きようずしたっお。そのために倧きな芚悟を持っお、ここを出おいったんだよ、ず」
     静寂の䞭、ミナの嗚咜が䞀局匷たっおいく。
    「そしお嚘を、効を誇りに思っおいるっお。決しおコタンを捚おお和人の男ず逃げた裏切り者なんかじゃない。ミナは「己の意志で運呜を切り開いおいった健気な嚘」なんだっお。残された二人の暮らしは倧倉そうだったけど、ミナの話になったら二人ずもい぀も笑顔になっおたんだ」

     ハルの唇からこがれたその蚀葉は、二十幎を経お、私たちが歩んできた苊難の逃避行をようやく肯定しおくれた。コサマむンずハポはミナの「芚悟」を最埌たで守り抜いおいた。ミナはしゃくり䞊げながらゆっくりず起き䞊がった。
    「──ハポ、ナポお兄さん、゚クス クニごめんなさい・・」
     絞り出すようにミナは呟いた。

     コサマむンたちには䌚うこずは叶わなかったが、私たちはもはやどこにも行くこずはできなかった。
     コサマむンずハポが最埌たで誇りを捚おなかったこの北の最果お──。原野に還っおゆくコタンの土を、今床は自分たちの足で螏みしめ、新しい根を䞋ろしおゆこう。
     私たちは黙っお足元の土を螏みしめおいた。

     ハルのはからいで、私たちは近くの空き家を玹介しおもらうこずができた。家の隣には線路が通っおいお、走っおいく汜車がよく芋えた。豊原駅を発着しおいた列車ず同じだった。

     豊原の駅は、今もあのたたなのだろうか──

     鬌志別での再出発にあたり、埌日私はひずりで鬌志別駅に向かった。豊原駅の石田駅長の蚀葉を、私は胞に刻み぀けおいた。北海道の、しかも自分が敷蚭に関わった鉄道を守る仕事に、残りの人生を捧げる思いだった。

     戊埌の人手䞍足もあり、豊原駅での経隓を買われた私は、垌望通り鬌志別駅の駅員ずしお働くこずずなった。

     勝男はその幎の秋から鬌志別高校に線入するこずずなった。圌にずっおは党くの芋知らぬ地であり、暺倪・豊原ぞの望郷の念も匷かったこずだろう。しかしここが母芪のルヌツの地であるこずを圌なりに理解し、䜕も蚀うこずはなかった。

    ──

     目が芚めるず勝男が私を芗き蟌んでいる。
     ここは──劻の病宀のはずだった。
     だが、肝心の劻の姿が芋えない。劻はどこに行ったんだろう?
     傍らに勝男ず医者が立っおいる。そしお小声で䜕やら話をしおいるようだ。
    「もずもずあった心䞍党がかなり悪化しおいたす」
    「そうですか」
    「加えおせん劄も䞀向によくなる気配はなく、状況は厳しいです。芚悟はしおおいお䞋さい」
     勝男が再び私を芗き蟌んでいる。

    ───


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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