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20歳まで生きられないと言われた難病の息子と母のこどもの日の祈り


「20歳まで生きられないかもしれない」
そう宣告されたあの日から32年
筋肉の難病を抱え
立派な大人(おじさん)になった息子と迎える
32回目のこどもの日

「乗り越えられる親の元に生まれてくる」
なんて言葉は、私には重すぎた
ただ目の前の命を育てるしかなかった
必死な32年の歳月

世間がお祝いを卒業する年齢になっても
母が息子に捧げる「平穏無事」の祈りに終わりはない
菖蒲の香りに包まれながら
かつての自分と今の息子へ贈る
魂の記録

第1章:32回目の菖蒲湯と、変わらない香り

5月5日、こどもの日
この日がまたやってきた
大したことはしなくても
またこの日を息子が迎えられたこと
それが幸せであり奇跡

息子は現在32歳
肢体不自由
生まれた時は右足だけが
内側に反転していたが
その後
筋肉が減り 体が曲がったまま
硬直する
先天性ミオパチーという難病で
その中でも極めて珍しい型だと言われ
20歳まで生きられないかもと
言われていました

体が硬く硬直してるため
現在
浴槽に、いれることはもう難しく
ほとんど
シャワーだけで過ごしています

けれど
私は毎年必ず菖蒲を買い求めます

息子がはいらない浴槽に浮かべて
シャワーの際に
その香りだけでも
息子の鼻先に運ぶことができたらいい
そう思っています

それが、今の私たちの「菖蒲湯」の形です

菖蒲には
病気から守る意味があるからです

世間では
こどもの日のお祝いは7歳くらいまで
なんて言われているらしいけれど
我が家には関係ありません

髭も生え、30を超えて大人になった息子

私がこの香りを嗅ぐとき
私の心は一瞬であの日に引き戻されるのです

絶望と、必死な祈りの中で始まった
あの日

でも息子は現在も必死に生きている

第2章:宣告された絶望と、必死のバトン

息子は、生まれてすぐ足の変形が見られました

しばらくして
「筋肉の難病」であるとわかるまで

そして現代の医学を持ってしても
治せない病気であると
理解するまでに
しばらく時間がかかりました

「20歳まで生きられないかもしれません」

医師から放たれたその言葉
私の人生のすべてを真っ暗に染め上げました

五体満足で生まれてくることが
どれほど奇跡的なことだったのか

当時の私は、自分の運命を呪い
ただただ絶望の淵で震えていました

「乗り越えられる親の元に
子供は選んで生まれてくるんだよ」

誰かが掛けてくれたその言葉
当時の私には残酷に響きました


「この子が私を選んだの?
私、強くなりたいなんて願った覚えもない」

「なぜ、私なの?
なぜ、この子なの?」

でも、目の前には
小さな身体で必死に呼吸を繰り返す息子

選ばれたわけでも
強かったわけでもない

現実は
生まれてきたからには
育てるしかない

生きているからには、生かすしかない

ただそれだけだった

ただただ毎日必死でした

今日という一日を乗り切ることだけを
考えて

「20歳」という
高い高い壁に向かって
私たちは走り始めたのです

第3章:壁を越え、「大人」になった息子への誇り

「20歳まで」と言われていたあの日から
さらに12年すぎました

息子はあの日々が嘘だったかのように
立派な大人になりました

筋肉は少しずつ自由を奪っていって
現在は座ることができなくなりました

でも
できないと言われたことも
無理だと言われた壁も
彼は自分の「生きたい」という
意志でひとつひとつ、
こじ開けてきたのです

それは
親の私から見ても
凄まじい努力と忍耐力でした

32歳
今年でもうすぐ33歳を迎えます

髭も生え
表情には大人の落ち着きが滲む

世間から見れば
立派な大人です

でも、私にとっては
いつまでも「息子」です

私が、今日まで歩いてこられたのは
他でもない息子の
「生きる力」に引っ張られてきたからです

彼を育ててきたつもりが
実は私の方が、彼に
「命の尊さ」を教えてもらっていたのだと
今ならはっきり分かります

かつて
この時間がいつまで続くのか怖い
と思っていた自分に、伝えたい

「大丈夫
あなたは32年後も
この子のそばで笑って
菖蒲の香りを嗅いでいるよ」と


20歳まで生きられないと言われた息子 2026年5月で33才に

第4章:私の息子――終わらない祈り

世間では、こどもの日のお祝いは
大体「7歳位まで」なんて言われているらしい
でも
我が家の5月5日に、終わりはないと
私は思ってます

私にとっては
あの時必死に守り抜くと決めた
かけがえのない「こども」

1年1年に感謝し続けたい

私を選んで生まれてきてくれたのかは
わからない
私でよかったのかはわからない

ただ、生まれてきたからには

ただ、生きていてほしくて

今日まで必死に支えてきた
そして支えられてきた

私にあなたが必要だったのかもしれない

その積み重ねが
20歳と言う壁も壊して
気づけば32年という奇跡になっていました

だから私は
これからも続けます

彼が何歳になっても
この菖蒲の香りを一緒に嗅ぎ
彼の健康と平穏無事を心から願う

この一年に一度の祈りは
母である私に許された
一番大切で、一番誇らしい特権です

「生まれてきてくれて、ありがとう
今日も生きていてくれて、ありがとう」

最後に読んでくださったあなたへ

最後までお読みいただき
本当にありがとうございました。

「おじさんになっても、私の息子」
そんな私の独りよがりな祈りに
最後までお付き合いいただけたこと
心から感謝します

子育ては、きれいごとだけではありません

選んだわけでも
強かったわけでもない私たちが
今日まで歩いてこられたのは
ただ目の前の命が愛おしかっ
その一点だけだった気がします

もし、あなたにも
「何歳になっても
この子の幸せを願わずにはいられない」
という大切な存在がいるのなら
ぜひその想いを大切になさってください

「こどもの日 あなたはどんな祈りを捧げましたか?」

もしよろしければ
あなたの「祈り」や
この記事を読んで感じたことを
コメントで教えていただけたら嬉しいです

ひとつひとつの温かい言葉が
私の力になります

あなたの
そしてあなたの大切な方の明日が
穏やかな光で満たされますように

リコ



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rico/りこ 応援いただけると嬉しいです。まだまだ勉強させていただきますので今後もよろしくお願いいたします。