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ギフト—胚培逊士はいのちを぀なぐ— 第十䞀話〖歪む重力・二〇二五幎 䞃月十四日〗創䜜倧賞2025

    暹立倏

    第䞀話
    第十話

    明け方、雚の音で目が芚めた。そうか、今日はもう月曜日なんだず、スマヌトフォンを芋おがんやりず思う。もう䞀床眠ろうずしたけれど、倢の䞖界は既に遠のいおいた。起きたものの、食欲がない。それでも無理矢理に、お気に入りの牛乳を飲むず、少しは力が湧いおきた気がする。

    髪を䞀぀に束ねる。ベヌゞュのコットンのパンツを履き、癜いTシャツの䞊にグレヌの薄手のパヌカヌを矜織る。

    ビニヌル傘をさしお、い぀もより䞀時間早く家を出た。業務の前に、間宮汐里の䞀件に぀いお、関係者に報告をするためだ。海音は、病院から埒歩圏内のマンションに䜏んでいる。今回のように急なスケゞュヌル倉曎があっおも、すぐに駆け぀けるこずができるように。

    今日は、暫朚萌絵の胚移怍がある。぀いに、今たで育おた胚を萌絵の胎内に垰す日が来たのだ。胚移怍の前凊眮は、胚培逊士ができる最埌の仕事だ。暗い考えに囚われたいず、手順を頭の䞭で埩習しながら、速足で歩いおいく。

    朝䞃時。倧孊の門をくぐる。倧孊の構内に人はたばらだ。雚に溶けた朚々の銙りを䜓䞭に吞い蟌んで、目を閉じた。小鳥のさえずりが心を掗い、雚粒がビニヌル傘の䞊で螊る。雚は嫌いではない。

    汐里が保護され、束居ずの通話を終えた埌、譊察から呌び出しがあった。海音は、小林ず共に譊察眲に出向き、状況の説明をした。海音ず汐里ずの通話の内容に぀いお、幟぀もの質問をされた。芚えおいるこずを詳现に、党お話した。気が動転しおいた郚分の蚘憶に぀いおは、隣で䌚話を聞いおいた小林が補っおくれた。党おが終わった時、倜が、真っ暗に曎けおいた。

    リプロセンタヌの事務宀に荷物を眮き、スクラブに着替えお、癜衣を矜織る。䞃時二十分。そのたた、二階奥の䌚議宀に向かう。

    䌚議宀の重いスチヌルの扉を抌し開ける。河瀬ず、安藀、束居、小林、そしお病院の事務方ず思われるスヌツ姿の男性が垭に぀いおいた。皆沈鬱な衚情だ。金曜日の出来事の重さを感じ、海音の呌吞が浅くなる。

    䞀瀌し、入り口偎の垭に着いた。事務方の男性が、巊手で県鏡に觊れ、「母袋さんですね」ず海音を芋る。

    「はい。胚培逊士の母袋です」

    事務方の男性は、氎原ず名乗った。氎原は、衚情を倉えずに、海音を芋たたた話し出した。䞍安げな衚情の小林ず、目が合う。

    「早速本題に入りたす。先週䞃月十䞀日の、間宮汐里さんからの電話の件、束居さんから私に報告がありたした。圓日の状況を、ここで再床詳しく説明しお頂けたすか」

    海音は頷いお、説明を始めた。数日前の出来事が、䜕か月も前のこずのように思える。

    氎原が盞槌を打ちながらメモを取る。小林が぀らそうな衚情をしお俯く。河瀬、安藀、束居の䞉人の衚情は動かない。氎原の話によるず、汐里のスマヌトフォンから、リプロセンタヌぞの非通知の発信履歎が䞉回、芋぀かったずいう。やはり、無蚀電話の䞻は、䞉回ずも汐里だったのだ。

    汐里ずの通話の埌、䜕床も䜕床も考えたこずをたた反芻する。汐里は、䞉か月前からSOSを発しおいた。どうしお、䞀回目の電話を取らなかったのか。電話があったのは、汐里からの手玙が届いた翌日だった。あの電話に海音が応じおいれば、汐里がここたで远い詰められる前に、医療機関に繋ぐこずが出来たのではないか。隣で、小林が膝の䞊の䞡手を固く握りしめおいた。

    「今埌、報道関係者から問い合わせが来るかもしれたせん。その際には独断で動かず、必ず私を通しお察応を——」

    氎原の声が、頭に届かない。氎槜の䞭に閉じ蟌められおいるみたいで、よく聞こえない。心が䞀重、たた䞀重ず閉じおいく。未だに信じるこずができない。あんなに劊嚠を望んでいた汐里が、぀いに授かった呜を葬ろうずしたなんお。

    海音宛おに送られおきたパステルむ゚ロヌの䟿せんには、䞁寧に曞かれた文字が敎然ず䞊んでいた。海音は、すべおを暗蚘するほどに、䜕床も手玙を読み返しおいた。

    母袋海音先生ぞ無事に嚘を出産したした私たちの嚘の受粟卵を育おおくださっお本圓にありがずうございたした母袋先生のお陰でお母さんになるこずができたした母袋先生の海音ずいうお名前から䞀文字取っお嚘を䞃海ず名付けるこずにしたした今はずにかく嚘の党おが愛おしいです授乳も添い寝もお颚呂もおむ぀替えもずっず憧れお来たこずでしたから先の芋えない䞍劊治療を続けおきたのはこうしお嚘を抱くためだったのだなあず——

    「母袋さん、倧䞈倫ですか」

    河瀬の声がしお、はっず珟実に戻る。河瀬にじっず芋぀められる。心の内を党お、芋透かされおいる気がした。

    「ご掚察いたしたす。元ご担圓患者さんが起こしたこずです。非垞にショックでしょう」

    氎原の声に頷いお机の䞊の䞡手を芋぀める。こんなに苊しいのに、涙は䞀滎も出ない。ただ䞀切の感情が熱を倱い、凍お぀き、也いおいく。

    『ごめんなさい  』

    電話口で聞いた汐里の涙声が蘇る。䞀歩手前だった。あの時もし、傍に小林がいなかったら、少しでも通報が遅れおいた、䞃海は济槜に沈められおいただろう。母芪である汐里は、殺人犯になっおいたかもしれないのだ。海音は䞡手を芋た。震えが止たらない。 

    「ご連絡は以䞊です。それでは、私はこれで」

    氎原が去った埌の䌚議宀で、最初に口を開いたのは、河瀬だった。

    「母袋さん。ずりあえず今日の暫朚萌絵さんの胚移怍からは倖れお、暫く䌑暇を取っおください」
    「え」

    海音はぜかんず口を開け、河瀬を芋た。

    「自分ではわからないず思いたすが、顔面が蒌癜です。それず、県球や指先に震えがある。かなりの粟神的な動揺を認めたす。医垫ずしお、今の状態のあなたに胚培逊業務をさせるこずはできたせん」
    「でも、少し䌑めば  」
    「無理はいけたせん。束居さん、母袋さんのアシストは基本的に芜衣さんですよね」

    束居が「はい」ず返答するず、河瀬は「では、今埌暫く母袋さんの担圓業務は、芜衣さんを䞻に。アシストは尟䞊さんで行きたしょう」ず静かに蚀った。

    河瀬は、「小林君も、圓分は無理をせず、アシストに回っおください」ず続けた。小林は気䞈にも、背筋を䌞ばしお、静かに頷いた。

    「母袋さんに責任はありたせん。どうか思い぀めないでください。たずは、きちんず䞉床の食事をし、日䞭に倪陜光を济びお、倜には睡眠をずるこず。心身の䞍調を感じたら、遠慮せずすぐに僕や安藀さん、束居さんに教えおください。カりンセリングを受けおもらうようにしたす」

    この䌚議宀に、窓はない。きっず今、病院の庭では、芋事な玫陜花が咲き誇っおいるのだろう。春の蚪れを教えおくれたハクモクレンも、初倏の颚に揺れおいたラむラックも、ずうに花を終えおしたった。

    「河瀬先生」

    海音は俯いたたた、絞り出すように声を出した。

    「カりンセリングが必芁だったのは、私ではなく間宮さんです。先生は医垫ドクタヌですよね どうしおもっず早く、間宮さんの異倉に気付かなかったんですか」

    海音は、感情を制埡するこずが出来なかった。呌吞が荒くなる。吞っおも吞っおも、酞玠が頭に回らない。河瀬は刹那、沈黙するず、静かに頭を䞋げた。

    「僕の萜ち床です。もし、母袋さんず小林君が事務宀に残っおいなければ、間宮さんず䞃海ちゃんを助けるこずはできなかった。䞀人の人間ずしお、間宮さんの異倉に気づけなかったこずを深く反省しおいたす。どれだけ謝っおも謝り尜くせたせん」

    河瀬に激昂する自分自身に、海音は絶望した。河瀬は、再び頭を䞋げるず、䌚議宀を去った。

    「母袋さん。今日はもう垰っお䌑みなさい。それから、河瀬先生が仰っおいたように、今週䞀杯は有絊を取っお䌑逊しなさい。母袋さんの業務は皆でカバヌしたすから、どうか安心しおください」

    束居の声は、い぀ものように萜ち着いおいたけれど、今の海音を安心させるこずはできなかった。

    「母袋さん、小林君。たずはあなたたちが、非垞に匷いショックを受けたずいうこずを認識しお䞋さい。母袋さん、たずはしっかりず䜓調を立お盎しおから、珟堎に垰っお来おください。僕たちはい぀たでも、埅っおいたすから」

    海音は、千切れ乱れる意識の䞭で、返答をしようず思った。しかし、「あ」ずか、「はい」ずか、切れ切れにしか反応ができない。

    束居は、安藀に目で合図をしお頷くず、䌚議宀を出た。小林が、い぀ものように茶化しおくれればいいのに、ず海音は思った。ずんでもなく堎違いな考えだった。

    「母袋さん  」

    小林の顔を芋䞊げた。小林の瞳に、海音の顔が映る。きっず今、自分はひどい顔をしおいるのだろう。さっず目を逞らす。

    「僕、あの時冷静な察応ができた母袋さんを、尊敬しおいたす。必ず、戻っおきおください。蟞めるなんお、どうか思わないで䞋さいっ」

    小林は早口でたくし立おるず、倧袈裟に頭を䞋げた。小林の掗い立おの髪から、い぀もの銘柄のシャンプヌの銙りがしお、海音は少しだけ安心した。小林は、䜕床も頭を䞋げながら、䌚議宀を出お行った。

    安藀が、海音の隣の怅子に座り盎す。背䞭に枩かさを感じた。安藀の手が、海音の背をさすっおいた。人間の䜓枩が、埐々に海音の感情を珟実䞖界ぞず匕き戻しおいく。

    「間宮さんのベビヌちゃんね、私が担圓しお、お産で取り䞊げたの。元気な声で泣く可愛い女の子でね。あの時は、たさかこんなこずになるなんお」

    安藀が俯いお頭を振った。声に震えが混じっおいる。

    「びっくりしたよねえ。悲しいよねえ。でもたずは、間宮さんず䞃海ちゃんの呜が助かっお、本圓に良かった。母袋さん、ありがずうねえ。今ここでは、感情を出しおいいんだよ」

    安藀が、芪指で目の端を拭った。普段は意思の匷そうな倪い眉毛が、八の字に曲がっおいる。海音は、耐えられなくなっお机に突っ䌏した。

    悲鳎のような、蚀葉にならない声が、食いしばった奥歯から挏れる。無機質な䌚議宀に、海音の泣き声が響く。

    安藀に付き添われお、海音は誰もいない事務宀に戻った。午前九時を過ぎおいた。デスクに目が行く。癜い朚目調のフォトフレヌムに瞁どられた、汐里ず䞃海の写真。もう壊れおしたった、芪子の関係。写真を䌏せるこずで粟䞀杯だった。パステルむ゚ロヌの手玙は、匕き出しの䞭にしたったたたにした。

    もう、だめかもしれない。これが、リプロセンタヌでの最埌の日になるのかもしれない。

    ちょうど今頃、河瀬倫婊によっお、萌絵の胚移怍が行われおいるのだろう。

    震えお䜿い物にならない䞡手を芋぀めた。この手は、呜を぀なぐ手だず思っおいた。それなのに。

    もう、思考を前に進めるこずはできなかった。

    「ママ。私、どうしたらいい」

    ゚スカレヌタヌに乗りながら䞋を向いお呟いた。圓然、返事はなかった。玄関を出お、傘をさす。透明なビニヌル越しに空を芋䞊げる。涙のような氎滎が、ダむダモンドのように茝いおいた。

    「止たない雚はないっお蚀うけど」

    雚が奏でるリズムに合わせお、濡れたキャンパスを歩く。䞃海が䜕をしたずいうのだ。ふず、照の笑った顔が頭に浮かんだ。䞃海も、照も、最初は䞀個の茝く受粟卵だったのに。なのにどうしお䞃海は、母芪に殺されかけなくおはいけなかったのか。

    「残酷すぎるよ」

    海音は呟いお、雚にたぎれおたた泣いた。

    第十二話〖家族の枩床・二〇二五幎 䞃月十䞃日 前線〗


     
     
     
    暹立倏い぀き・り぀かず申したす。 小説家を目指しおいたす。創䜜倧賞2025お仕事小説郚門で入遞を頂きたした。䞻に小説、時々゚ッセむを曞きたす。 草花ず森ず海をこよなく愛しおいたす。

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