
短編小説『リスク職人たちの想いが宿る世界線』- 第5話(最終話)『想いが宿る世界線』
二階堂は、不倫発覚を恐れる必要がなくなってスッキリしていた。
「高橋さん、理央さん、気を取り直して乾杯しませんか」
明るく乾杯を呼び掛けてみたけど、理央は許してくれない。
「あなた、あたしの知らない世界では、あたしのことを忘れるつもりだったのね」
- うわぁ、ややこしいことになってきた
高橋が、落ち着いた口調で言った。何が起こっているのか理解して冷静になったみたいだ。
「それは、僕じゃないよ。今、目の前にいる二階堂さんとは初対面ということになる」
理央は、まだ納得してなさそうだ。
「昨日、二階堂さんとビデオ通話してたじゃない」
「昨日は、僕がいた世界線の二階堂さんだと思っていたんだよ。たしかに、正確には昨日が初対面だね」
「ややこしいわね。目の前にいるのが二階堂さんAで、あなたがいた世界線にいたのが二階堂さんBということにしましょ」
「そうだな。僕が高橋さんで、二階堂さんがいた世界線の僕は品ちゃんということにしようか」
理央が反対する。
「品ちゃんっていうのは気持ち悪いから、高橋さんAと高橋さんBにしましょ」
「そうした方が、ロジカルに現状把握できそうだね」
- ヒャー、これが、品質保証する人たちの会話なのね......
二階堂は、衝撃を受けていた。
高橋が続ける。
「組合せを考えてみよう。高橋さんAと二階堂さんAは、昨日のビデオ通話が初対面だ」
理央が同意する。
「そうみたいね」
高橋が、次の組合せを整理する。
「高橋さんBと二階堂さんBは、会ったことがないはず......」
二階堂は、それに同意した。
「違う世界線ですから、そういうことになりますね」
高橋が、話を次に進める。
「高橋さんAと二階堂さんBは、僕がいた世界線で知り合いだった」
理央が、不安そうな顔をして言う。
「高橋さんAと二階堂さんBは、どういう関係だったの?」
高橋が答える。
「会社の先輩・後輩って感じかな。変わった人で、ちょっと怖かったなぁ」
- ガーン。結ばれない世界線だったのね
理央は、ホッとしたようだった。
高橋が、最後の組合せに話を進める。
「高橋さんBと二階堂さんAは.....理央のことを忘れる約束をしていた.......」
気まずい沈黙がおとずれる。
二階堂は、沈黙を破って話し始めた。二人の言い方に染まっている。
「高橋さんBと二階堂さんAは、恋に落ちたんです......。タイムスリップを実行した日だけの、たった数時間の、短い恋でした......」
理央が、目に涙を浮かべて言葉を絞り出す。
「それじゃ......、二階堂さんAは......あたしが高橋さんAと再会したせいで......」
理央は号泣している。
高橋は、嗚咽が止まらなくなっている。
- えっ、そんなに泣く?
二階堂は、気丈に明るく振る舞う演技をした。
「だけど......平気です。二階堂さんAは、この世界で新しい恋に落ちました」
*
三か月後、タイムマシンの実用化プロジェクトチームが発足した。
プロジェクトに塚地も参画することが決まって、二階堂はハッピーだった。
塚地が研究室にいつ来てもいいように、作詞作曲中の歌を口ずさみながら整理整頓している。
「塚ちゃんAはス・テ・キ、塚ちゃんBはス・トー・カー、捕まっちまえっ」
突然、セキュリティドアが開いて、塚地が入ってきた。
- うわぁ、歌は聞こえてないよね......
二階堂の鼓動が跳ね上がる。
塚地は、深刻そうな顔で言った。
「俺がストーカーした姿をタイムマシンで見たって話なんだけど、ハルシネーションなんだって、みんなに言ってくれねえかな」
毎日のように、理央からストーカー疑惑でいじられて困っているらしい。
- キャー、ポイント稼ぐチャンス
二階堂は即答する。
「分かりました。今から理央さんと話してきます」
勢いよく研究室から飛び出した二階堂は、すぐに理央の姿を見つけた。
「理央さん、ちょっとご相談があるのですが」
二階堂は、密林のソファー席に理央を誘った。
呼吸を整え、丁寧にお願いする。
「あの、ストーカー疑惑はハルシネーションですから、塚地さんのことをいじるのをやめてくれませんか。理央さんがやっていることは、人権侵害になってしまいます」
理央の表情が引き締まり、鋭い目つきを二階堂に向けている。
次の言葉で、二階堂は理央の真っ直ぐさを知った。
「ごめんなさい。あたしたちが、AIの正しい使い方をみんなに伝えなきゃいけないわね。反省します」
- あっ、ボクも反省しなきゃ......
「塚地さんのためだけじゃないですね」
理央の勘は鋭い。
「もしかして、二階堂さんAの新しい恋って、相手は塚地さんAなの?」
- うわぁ、バレた
言葉を失っている二階堂に、理央が告げる。
「ねぇ、塚地さんAには、奥さんとお子さんがいるよ」
- ガーン、塚ちゃんBは独身だったのに......
またしても恋に破れた二階堂が研究室に戻ろうとすると、高橋が声をかけてきた。
「二階堂さん、ちょうどよかった。こちら、タイムマシン実用化プロジェクトに入ってもらう、阿部電気機械の安藤純花さんと北大路利樹さんです。二人とも優秀なAI技術者ですよ。よろしく」
「安藤です。愛のあるご指導をよろしくお願いします」
二階堂には、冗談を受け止める元気がなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「北大路です。二階堂さんに会いたくてプロジェクト参加を志願したんです。まだまだ未熟ですけど、よろしくお願いします」
- キャー、ボクと出会うことが目的って、これは、もしかして、もしかして......
二階堂は、北大路の目力に吸い込まれていった。