
短編小説『リスク職人たちの巡り合う世界線』- 第1話『安藤純花の心変わり』
AI技術者の安藤純花と北大路利樹
出会いの場は、タイムマシン実用化プロジェクトだった
ある日、突然のプロポーズ
本当の気持ちを知るのが怖い
本音と建前、幸せな合意はできるのか......
正しさとは? 現実とは? 愛とは?
人の心をめぐる、品質ヒューマン・ラブストーリー
*
高層階のレストランに、ピアノの演奏が流れている。
窓際の席からは、夜空の下に広がるビルの明かりが見えた。
安藤と北大路は、白いクロスが掛けられた二人用の四角いテーブルを挟み、向かい合って座っていた。テーブルには、食事を終えた二人分の皿と、赤ワインの残ったグラスが並んでいる。
北大路が上着の内側から小さな箱を取り出し、テーブルに置いた。
「純花さん」
赤ワインに手を伸ばしながら、安藤が顔を上げる。
北大路が箱を安藤の方へ向けて開いた。中には指輪が収められている。
「結婚してください」
「えっ」
安藤の手が、ワイングラスのそばで止まった。
北大路は箱に手を添えたまま、安藤の返事を待っている。
「これからの人生を一緒に歩いてほしい」
安藤は指輪を見た後、北大路を見た。
数秒の沈黙が続いた。
「はい」
安藤が笑顔を見せた。
北大路も笑い、箱から指輪を取り出した。安藤が左手を差し出すと、北大路はその薬指に指輪をはめた。
安藤は左手を持ち上げた。指輪が照明を反射する。
二人はテーブル越しに見つめ合った。
窓ガラスには、向かい合う二人と夜の街の明かりが映っていた。
*
淡い緑色のパーティションで区切られた個人ブースで、安藤はタイムマシンが映す未来を評価している。
自分に関わる未来を見て、それが適切か不適切かを評価する作業だ。こうした地道な作業を繰り返すことによって、タイムマシンの性能が向上していくらしい。
「なんや、これ」
安藤は、思わず声をだした。
タイムマシンが映した未来で、北大路からプロポーズされている。しかも、それを満面の笑みで承諾している安藤がいた。
- うわっ、めっちゃ嬉しそうやんか、気持ち悪っ
安藤と北大路は、このプロジェクトに参画することになって知り合ったばかりだ。三十路を過ぎて婚期を逃しかけている大阪のおばちゃんに、少し年上にしては若々しい昭和のイケメンが近づいてくるなんて、結婚詐欺か何かとしか思えなかった。
- 残念やけど、これはないわ......
“不適切”のボタンにマウスのカーソルを動かそうとした時、誰かの視線を感じた。
北大路が、向かいのブースからパーティション越しに覗いている。
「安藤さん、何か言いました?」
安藤の独り言が聞こえてしまったようだ。こんなタイミングで話しかけられたら、好感度を上げようと意識してしまう。
「ごめんなさい。タイムマシンが映した未来にビックリしちゃって」
「へぇ、どんな未来ですか?」
- 言えへん、それは言えへん
安藤は、実際にビックリした出来事を、タイムマシンが映したかのように話した。
「わたし、サイクリングが趣味なんですけど、都内で道に迷っているうちに日が暮れて、九十九里浜で日の出を見るという未来です」
「ははは、それはビックリしますね。九十九里浜まで百キロくらいありますよね。自転車で道に迷って真夜中に百キロ走るなんて、あり得ないから“不適切”評価ですね」
- いや、これは“適切”なんやけどな......
なんとかごまかせたと安心した安藤に、北大路が思いがけないことを言う。
「ところで、安藤さんもサイクリングが趣味なんですね。今度、一緒に行きましょう」
安藤は、反射的に答える。東京の道が分からなくて、一緒に行ってくれると頼もしい。
「北大路さんもサイクリングがお好きなんですか。ぜひ、よろしくお願いします」
「また、声をかけますね」
そう言って、北大路はパーティションの上から姿を消し仕事に戻った。
- なんか、ええ感じやん
安藤は、“適切”のボタンをクリックした。