
短編小説『リスク職人たちの想いが宿る世界線』- 第2話『塚地保の主張』
「塚地さん、なんてことをしてくれたんですか」
俺は、高橋さんに応接室に呼び出され、いきなり怒鳴られた。
無垢材のテーブルと本革のソファーが置かれた応接室は、幹部に来賓があった時くらいしか使わないはずだ。たとえ、他の会議室が空いていなかったとしても、どんなに短時間だとしても、使うことをためらう場所だった。
「いったい何のことだよ......。いきなり応接室に呼び出して、感情的に怒鳴るなんて、どれだけヤバいことがあったんだよ。怖すぎるから、早く教えてくれよ」
俺は一人掛けのソファーに座り、向かい側の二人掛けソファーには高橋さんと二階堂さんが並んで座っている。
- 二階堂さんもいるってことは、タイムマシンが関係しているんだろうな
「もしかして、タイムスリップしたのか」
「そうです。十二年前の結婚式の朝、理央のアパートの前を見てきました。塚地さん、正直に言ってください。そして、一緒に警察に行きましょう」
「警察にって......何のことだかさっぱり分からねえよ......」
「そうですか。白状する気はないのですね。愛ちゃん、頼んだよ」
- アイチャン?
「了解、品ちゃん」
- ヒンチャン?
「ボクは塚地さんのこと、根はいい人だと思っていたのに......。あなたが理央さんを誘拐した犯人だったんですね」
- 俺が犯人?
「ちょちょちょ、なんなんだよ。ツッコミどころが多すぎるんだよ。“愛ちゃん、品ちゃん”ってのも気になるけど、まずは、俺が犯人ってどういうことなんだ」
二階堂さんが説明を続ける。
「ボクのシステムに証拠データは残っています。塚地さんは、理央さんにストーカー行為を繰り返していました。そして、阿部電気機械の松理香さんと共犯で、理央さんをコンクリート詰めにして海に沈めたんです」
- いや、そんなわけねえだろ
俺は、高橋さんに尋ねた。
「全部、タイムマシンで見てきたのか」
「いいえ。僕が直接見たのは、塚地さんが理央のアパートのゴミ捨て場を探っている姿です。すぐに追いかけたけど、若い塚地さんには追いつけませんでした。そのあと、松と名乗る女性に足止めされて、アパートに戻ったら理央は消えていました」
「それじゃ、俺がストーカーしてたことがバレただけじゃねえか。......いや、違う、ストーカーもやってねえけどな」
「うーん、しぶといなあ。愛ちゃん、続きを」
「うん、品ちゃん」
- なんなんだよ、こいつらの関係は......
「品ちゃんが十二年前から戻ってきて、お互いの想いを伝えたんです。それから......」
「愛ちゃん、そこは言わなくていいよ」
「そっか、ごめん、品ちゃん」
- そうか、“愛ちゃん、品ちゃん”って言いたいんだな。言いたいだけなんだな。もう勝手にしてくれ
あきれている俺の様子に気づいたのだろう、二階堂さんは続きを簡潔に説明した。
「その後、タイムマシンが生成していたデータを確認したら、さっきの事実が判明したんです」
それを聞いて、俺はあることに気づいた。
「ということは、俺が犯人だっていうデータはAIが生成したものなんだろ。いわゆる、ハルシネーションってやつだよ。間違った過去を生成したんじゃないのか?」
二階堂さんは即答する。
「はい。それは十分に考えられます。コンクリート詰めにして海に沈めるなんて、そんなわけありません」
「えっ、愛ちゃん、そうなの?」
「そうだよ。品ちゃん」
「そうすると、理央のことをタイムマシンで調べても、真相かどうか分からないのかあ」
「大丈夫。品ちゃんにはボクがいるじゃないか」
「愛ちゃん......」
「品ちゃん......」
二人掛けソファーの両端が空き、真ん中だけが沈み込んでいる。
俺は、黙って応接室からでていった。
*
応接室から高橋さんが戻ってきた。一人で戻ってきたということは、二階堂さんは研究室に向かったのだろう。
- まったく、品ちゃんってガラじゃねえだろ
俺は、高橋さんの席に近寄って言った。
「愛ちゃんは、研究室かな」
高橋さんは、慌てて小声でささやく。
「ちょっと、みんなの前ではやめてください」
「なんだよ、俺の前ではイチャイチャしてたくせに」
- まあ、それだけ気を許してくれてるのは、悪い気はしねえけどな
「そうだ、塚地さん。疑ってしまってすみませんでした」
高橋さんは、立ち上がって深々と頭を下げている。
「まあ、いいさ。そのことで、ちょっと愛ちゃんのところに行ってくるよ」
顔がひきつっている高橋さんに手を振り、俺は二階堂さんの研究室に向かった。
- いつも一人で研究室にいるから、こっそり見守ってやるか。なんてな
地下にある研究室へ向かうエレベータを降りて、廊下の一番奥にあるセキュリティドアを開けると、冷たい空気が溢れ出てくる。
量子コンピューターが占有している部分を除くと六畳間くらいの研究室では、ピンクのカーディガンを着た二階堂さんの姿が入口からすぐ見える。
「愛ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだ」
一瞬ギョッとしたように目を見開いた二階堂さんは、ピッタリくっついていた椅子の一つを、少し離れたところに移動させて俺にすすめた。
「塚地さん、先ほどは失礼しました。どうぞ、こちらへお掛けください」
愛ちゃんと呼んだことは完全に無視して、彼女は言った。
「ハルシネーションの対策についてですよね」
- さすがに、さっきのことは反省しているみてえだな
二階堂さんは、俺の目をじっと見つめている。まるで、片想いの相手に告白して返事を待つような、不安と期待が入り交ざった目だ。
これから、俺が言おうとしていることは、二階堂さんが聞きたくないことだろう。そう思うと、彼女の目を見たままでは言いづらくなった俺は、立ったまま背を向けて話し始めていた。
「対策を検討するために、タイムマシンの開発を一旦止める必要があると思うんだ。高橋さんの想いにつられて、品質基準を定めないまま試作を進めたのはやっぱり間違っていた。開発中断することを理解してくれねえかな」
二階堂さんは黙っていた。俺は、こういう沈黙が苦手だ。なんとか空気を変えようとして言葉を探した。
「せっかく、“愛ちゃん、品ちゃん”と呼び合う間柄になったんだし、じっくり時間をかけてタイムマシンを育てていけばいいじゃねえか」
塚地が渾身の言葉を放って振り返ると、二階堂の姿は消えていた。
量子コンピューターも、机も、椅子も、セキュリティドアも消えている。
代わりに、簡易的な机、椅子、洗面台......格子付きの小さな窓......。
- ここは......どう見ても独房じゃねえか
「なんだこれ、おい、どうなってんだ~」