
短編小説『リスク職人たちの輝きはじめる世界線』- 第5話(最終話)『輝きはじめる世界線』
「なんだ、これ」
早朝の誰もいないオフィスで、理央と高橋は顔を見合わせた。木目調の机が無人島の群れのように並び、密林のような観葉植物に囲まれてソファーが置かれている。
「フリーアドレスのオフィスみたいね。あたしたちの部屋の様子も変わっていたし、不思議なことばかりで感覚が麻痺してきちゃった」
理央は、気に入った場所を選んで荷物を下ろした。高橋は、あたりをキョロキョロと見回している。
「きっと、部長もフリーアドレスだよ。あなたは想定外に弱いから、早めに出社して正解だったね」
「そうだな。そういえば、理央の世界では塚地さんが部長に昇格したんだろ。二階堂さんの話では僕が部長らしいけど、どういう顔で合えばいいんだろう」
「それを言ったら、あたしは昨日退職したばっかりだよ」
噂をしていると、塚地が出社してきた。
「おはようございます。二人とも今日はやけに早いんだな」
塚地は、何事もなかったように窓際の眺めがいい席に座った。
「ちょっと、どういうこと」
「僕に聞かれても、分からないよ」
続々と出社してくる人たちも、迷うことなく自分の場所を選んでいる。
理央が周りの様子を観察していると、密林のソファー席から二階堂が手招きしている。すぐに高橋を誘って、三人でこっそりと集まった。
「ねえ、どうなってるの」
「どうやら、世界が変わったと思っているのは、高橋さんと理央さんとボクだけみたいなんです。他の人たちは、どう見てもいつもどおりです」
「僕たち三人だけが、この世界に紛れ込んだってことか」
オーケーサインを指で示した二階堂は、小さな声で続けた。
「ボクのタイムマシンを実用化するプロジェクトチームを作るそうです。誰をリーダーにするのがいいか意見を求められたので、高橋さんを推薦しました。パラレルワールドの問題を知っているボクたちでなんとかしましょう」
「そうだな。この世界を失わないようにしなきゃ。なぁ、理央」
理央は、少し戸惑いながらうなずいた。
空っぽになった部屋の光景、その瞬間を思い出してしまったから......
- この世界を失う......。もう失うのは嫌。失うものがない世界の方が幸せなのかも
*
三か月後、タイムマシンの実用化プロジェクトチームが発足した。
タイムマシン理論の発明者である二階堂の影響力は大きいようで、彼女が推薦した高橋がリーダーに決まった。
意外だったのは、窪田が追加メンバーとして参画を希望していること。噂では、恋人に逃げられ、燃えるような仕事に集中して忘れたいらしい。世界線を越えて罰が当たるとは知らなかった。
塚地と理央もプロジェクトメンバーに選ばれた。理央がいた世界では上司だった塚地だけど、ここではいじられキャラになっている。理央は今日も、高橋がタイムスリップ中に目撃したというストーカー疑惑を追及している。
突然、高橋の大声が聞こえた。
「えっ、そこに愛はって......えっ、えっ」
高橋のこのリアクションが好きな理央は、すぐに近寄って声をかける。
「どうしたの」
「ちょっと、これを見てくれよ」
高橋のディスプレイには、タイムマシンの中と外を区別するための仕様書が表示されている。
> タイムマシンの中には、
> “そこに愛(AI)はあるんか”と言う人が現れる
二階堂が、楽しそうにつぶやいている。
「そこに愛はあるんか、そこに愛はあるんか、そこに愛はあるんか~」
- なるほど、そういうイタズラなのね
「まさか、僕はまだタイムマシンの中なのか。はっきりさせてくれ」
「え~、もし、これがタイムマシンの中だったらどうするんですか。ご希望でしたら、ボク次第で元の世界に戻せるかもしれませんよ~」
「えっ、元の世界って......えっ、えっ」
いじわるな顔をしている二階堂に、高橋はいつものリアクション。これが、理央の目の前にある今の世界......。元の世界は、あの時の空っぽになった部屋の光景から始まった。十二年間の変わらない日々が、頭の中に広がっていく。
- 元の世界......そんなの、嫌よ
理央は、自分の素直な気持ちに気づいた。
「あなた、もう、どっちだっていいじゃない。この世界で生きていきましょ」
- 今、あたし、生きてる