
短編小説『リスク職人たちの想いが宿る世界線』- 第1話『二階堂愛のトキメキ』
タイムマシン理論を発明した二階堂愛
勘違いから始まった恋だった
一か月後......
まさかの大発見が世界を変えてしまう
募る恋心、技術者の倫理、彼女の想いの行方は......
正しさとは? 現実とは? 愛とは?
人の心をめぐる、品質ヒューマン・ラブストーリー
*
ボクは、運命の人に出会ってしまった。
塚地さんに誘われて立ち寄った品質保証部。退屈な人ばかりだろうと思っていたのに......
「塚地さん、一緒にいるのは、二階堂さん?」
- えっ、誰なの、どうしてボクのことを知ってるの?
そこが部長の席だと気づいて、ボクは慌てて挨拶にいく。
「はじめまして。二階堂愛と申します」
「高橋品斗です。よろしく」
- ボクのタイムマシン試作を承認してくれた人ね。ス・テ・キ
高橋さんは、大きな部長デスクの向こう側から、立ち上がってボクのことを見つめている。
「二階堂さんは、中途で入社してから3か月くらいでしたよね。やっと、お話しできたよ。嬉しいなぁ」
そう言いながら、高橋さんはボクの目の前に近づいてきた。今にも抱きしめられそうな距離だ。
- え~、ボクと話したかったって。しかも、いきなり急接近。これは、もしかして、もしかして......
ボクより背の高い高橋さんの目を見つめると、自然と上目遣いになっていた。
少し甘えた声で聞いてみる。
「高橋さんは、タイムマシンで何を見てみたいですか?」
- “君と一緒にいる未来が見たい”なんて言われたらどうしましょ
「そうだな、ちょっと昔の出来事で確かめたいことがあってね......」
- ウンウン、あなたが見たいものを見せてあげる
ボクは、さらに甘えた声で聞いた。
「え~、何ですかぁ。気になりますぅ」
半歩前に踏み出して、もう少しで体が触れ合いそうだ。高橋さんは、大人の憂いが宿った目でボクを見つめている。
- ヒャー、吸い込まれていく~
いい雰囲気になっているところに、塚地さんが割り込んできた。
「逃げた嫁さんのことを知りたいんだろ。そのために、俺はタイムマシン試作に反対するのを我慢してるんじゃねえか」
高橋さんの表情が曇る。
「逃げた嫁って......。まあ、二階堂さんには、理央のことを話しておいた方がいいかもしれないな」
- ガーン。逃げた嫁さん?理央......さん?
高橋さんは、机の向こう側に戻ってしまった。そして、十二年前の結婚式の朝、理央さんが行方不明になったことを話してくれた。
- それにしても、塚地さんは言葉選びにデリカシーが足りなさ過ぎだ
ボクは、傷ついた高橋さんの心を救うため、タイムマシンの試作品を早く準備しようと決めた。
そうすれば、もっと近づけると思った。
*
一か月後。
量子コンピューターを設置している研究室は、いつものように冷たい空気に覆われていた。この量子コンピューターのおかげで、ボクのタイムマシン理論を用いたAIを動かすことができる。
お気に入りのピンクのカーディガンを羽織って作業しているボクのところに、高橋さんがやってきた。
「二階堂さん、タイムマシンの準備ができたと聞いて、早速やってきたよ」
高橋さんは、ボクの隣に椅子を持ってきて座った。肩が触れ合いそうな距離だ。
鼓動が高まっていくボクのことを、さらに容赦なく攻めてくる。
「それにしても、ここは寒いな。体を寄せ合っていたくなるな」
- キャー、二人きりの密室で、そんな、そんなこと言われたら......
ボクは、平常心を保とうとして、強引に話題を変えた。
「高橋さんは、どうしてタイムマシンの試作を承認してくださったのですか」
品質保証部の基準を満たしていないことは、塚地さんから聞いている。
椅子の間隔を少し離してから、高橋さんは言った。
「もう分かっていると思うけど、理央に何があったのか知りたいからだ」
ボクが予想していた通りの目的だった。そして、ボクも同じ目的に向かっている。
- 色々な社会課題の解決が目的だったけど......それよりも大切なのは、ア・ナ・タ
ボクは、いちばん気になっていることを聞いた。
「理央さんのことが分かったら、どうされるのですか」
話題を変えても、ドキドキは止まらない。
「うーん......どうすればいいんだろう」
高橋さんは、椅子の間隔を詰めてきた。肩が軽く触れ、至近距離で見つめられる。
- うわぁ、もう、たまらん~
ボクの想いが、勝手に口からあふれ出す。
「タイムスリップして真相が分かったら、理央さんのことを忘れて欲しい......」
― ヒャー、何を言っているんだボクは
とんでもないことを言ってしまったと気づき、どうやって取り繕うか考えた。ところが、高橋さんから返ってきた言葉は、ボクの思考を全て停止させた。
「君と出会ってから、もう理央のことを忘れようと思っていた。タイムスリップから戻ってきたら、君への僕の想いを受け取って欲しい」
ボクの右側から、高橋さんの右手が目の前に伸びて、顔が近づいてくる。
- えっ、キャー、こんなところで......
ボクは目を閉じる。耳元で高橋さんの声が聞こえる。
「このゴーグルを使うんだね」
- ゴーグルを使う?
目を開くと、高橋さんの右手にはタイムマシンのVRゴーグルが握られていた。ボクの左側にある机に置いてあったものだ。
「あっ、そうです、そうです。もう、十二年前の結婚式の朝に設定してあります」
- 勘違いして目を閉じたことは、バレてるの?バレてないの?
ボクは冷静を装い、VRゴーグルを高橋さんに付けて十二年前に送り出す。
「それじゃ、すぐに戻ってきます。続きは、その後で」
- 続き?
大きなゴーグルを付けた高橋さんの口元だけが見えている。その唇が小さくすぼめられた。
- うわぁ、バレてる~
ボクは、慌ててタイムスリップのスタートボタンを押した。