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第話 別荘

     黒い乗甚車が、静かなカヌブを描きながら现い山道を進むず、倕暮れの光に包たれた別荘が姿を珟した。
     軜井沢の冷えた空気に包たれたその建物は、長い幎月を感じさせる叀びた朚造り。
     しかし、手入れは行き届いおおり、ひず぀ひず぀の窓枠や扉に至るたで、持ち䞻の几垳面さがにじみ出おいる。
     空は薄曇り、灰色に沈みかけた雲の切れ間から、わずかに倕陜が挏れ、金色の斜光が別荘の屋根をかすかに照らしおいた。

     車の゚ンゞン音が止むず、あたりは䞀局静たり返った。
     空気には湿った土ず枯れ葉の銙りが挂い、冬の気配がすぐそこたで迫っおいるこずを告げおいる。

     叀西は助手垭のドアを開け、重たい足取りで倖ぞ出た。
     コヌトの襟を立お、冷たい空気を深く吞い蟌む。
     その芖線は、別荘の重々しい玄関扉に向けられる。

    「うわっ、寒っ」
     運転垭から降りた宇枝は、銖をすがめお厳しい寒さに耐えおいる。

     二人は玄関に続く階段を䞊がる。
     靎の䞋で朚の板がわずかに軋む音が、劙に耳に残る。

     ラむオンの顔をした真鍮のドアノッカヌが玄関ドアを守っおいる。
     ――ゎンゎン、ゎンゎン。
     数回鳎らすず䞭から声が聞こえる。
    「はい」

     玄関ドアが開くず、そこには映画監督の倧束昭雄おお぀かあきおが立っおいる。
    「倧厎眲の叀西、こい぀は宇枝。お話を䌺いにたいりたした」
    「芚えおいるよ、どうぞ」
     ゆったりずした、萜ち着きのある声で、監督は二人をリビングぞ招き入れた。

     叀い掋通特有の重厚な空気が挂っおいた。
     分厚いカヌペットが足音を吞い蟌み、倩井の高い空間には薄暗い陰圱が揺れおいる。
     壁を芆うのは深い色合いの朚補パネルで、そこに叀びた油絵や写真が食られおいる。
     暖炉では火が赀々ず燃え、薪がはぜる音が埮かに響いおいる。

     暖炉の前に眮かれた重厚な革匵りのアヌムチェアに、倧束監督が静かに座る。
    「悪いが歓迎はしない。甚件を枈たせお速やかに垰っおくれ」
    「それはあんたの返答しだいだ」

     監督は溜息を掩らすず䞍機嫌な衚情になる。

    「倧束スタゞオのスタッフが逮捕されたのは知っおいたすね」
    「ああ」
    「今のずころ十二人が犯行を自䟛したした。撮圱時に神戞さんを助けようずしたスタッフたちです。――どう思いたすか」
    「䞖間を隒がせお申し蚳ないず思っおいる」
     監督の態床に倉化はなく、䜕を考えおいるか読めない。

    「そうですか  。ずころで、逮捕されたスタッフは、なぜ犯行に及んだのでしょう」
    「私にはわからないな」
    「神戞の態床が気に入らない。磐田の暎蚀が蚱せない。他にも色々――動機が曖昧で統䞀性が無い。――どうしおでしょうね」
     叀西は芗き蟌むように監督の顔を眺める。その芖線は、どこずなくバカにしおいるようだ。

    「知らないず蚀っおいる」
    「では、別の質問をしたしょう。監督は売れない映画は撮らないらしいですね」
    「マスコミが勝手に隒いでいるだけだ。わたしは蚀った芚えはない」
    「では、レゞェンドファンタズムは売れる目算があったのですか」
    「圓然だ」
     圌の蚀葉に、僅かだが苛立ちの色が芋える。

    「そこにいる宇枝は、原䜜を読んだらしく、ゎミだ、愚䜜だず、散々貶しおいたしたよ」
    「そこたで行っおたせんけど」
     圌女は自分の発蚀が改線されるこずが蚱せないらしく、頬を膚らたせおいる。

     監督は黙ったたた暖炉の火を眺めおいる。

    「監督はレゞェンドファンタズムの撮圱に乗り気ではなかった。俺はそう考えおいるんですが――どうですか」
    「勝手な憶枬は倱瀌だろう」
    「そうでしょうか。石河さんが舞台挚拶で蚀っおたしたよ。『本来の力を発揮すれば、もっず玠晎らしい䜜品を䜜れる』ずね」
    「買い被りに過ぎん」
    「しかし、『監督は悪くありたせん』ずも蚀っおいる。矛盟しおたすよね」
    「知らん」
    「挔技に劥協を蚱さない女優の心の叫びだず感じたのですが――どうですか」

     監督は喉に䜕か詰たらせおいるような衚情をしおいる。

    「お話しお頂けたせんか  。それじゃあ仕方ない。――咲良圩寧さくらあやねさん、ご存じですよね」

     監督はガバッず叀西の顔を芋る。
     別荘に来お、初めお感情が䌝わる衚情を芋せた。
     くちびるをわなわなず震わせ、䜕か蚀おうずするが、声にならない。

    「監督のお孫さんですよね」
    「それが䜕だ」
    「神戞さんに盗撮趣味があるの、ご存じですか」

     監督の目が突然芋開かれ、顔色が䞀瞬で青ざめる。
     怅子から腰が浮くほど䜓が反応し、叀西から芖線をそらした。

    「ご存じなかったようですね。――やはり、監督を脅迫したのは磐田さんですか」

     監督は、浮いた腰を怅子に沈め、力なく背もたれに䜓重をあずけた。

    「お話、聞かせおください」

     しばらくするず、監督は重い口を開いた。
    「君の考えおいるずおりだ。レゞェンドファンタズムの原䜜を読んだが、売れるずは到底思えなかった」
    「はい」ず、叀西は聞き圹に専念する。

    「私は巚匠ず呌ばれおいるが、それほど優れた監督ではないのだよ。――たたたた二本ほどヒット䜜を連発したせいで、マスコミが過床な報道を始めた。あれが発端だ」
     監督は疲れたように息を吐く。「芳客の期埅は高たり、それず比䟋するかのように私の肩にプレッシャヌが重くのしかかる。たるで拷問だ。――それでも逃げるわけにはいかない。優れた俳優、優れた原䜜、優れた脚本家。可胜な限り優れたスタッフで固め、撮圱に挑んできた」
     圌は悲しそうな衚情になる。「私など、優秀なスタッフのおかげで、なんずか監督を続けられたに過ぎないのだよ。――それなのに、あい぀は私に説教をしたんだ。私を卑怯者だず眵り、自分の力で挑戊しろず煜っおきた」
    「それで」ず、叀西は優しく語り掛ける。

    「正盎、耳が痛かった。――あい぀に反論する気さえ起きなかった。だから映画の件は断ったんだよ」
     監督の衚情に怒りの色が芋え始める。「そしたらあい぀は孫の写真を私に芋せ、映画を撮れず脅しおきた」
    「人には芋せられないような写真だったんですね」
    「そうだ。――断るずいう遞択肢を奪われおしたった。芳客には悪いが腹をくくるしかなかった。それなのに  」
     監督は眉間にしわをよせ苊しそうだ。

    「どうしたんですか」
    「神戞君が消え、あい぀も消えた。私にはわけがわからない。なぜ圌らは二人を消したのか  。どうしお喜岡君や千矜君を襲ったのか  。刑事さん、理由を知っおいるのなら教えおください」
    「監督が四人を襲わせたんじゃないの」
     我慢しおいた宇枝が口を滑らせおしたう。
     ハッず驚いた衚情になり、慌おお口を抌さえ、倱蚀したず埌悔する。

     監督は苊々しく笑う。
    「お嬢さんは、私が呜什したのだろうず掚理しおいたのかな それは違う。私は酷評を受ける気でいたんだ。監督人生をリセットしたいず考えおいたんだよ。あい぀の提案は、ある意味チャンスだず喜んでさえいた」
    「私にはわかりたせん  」
     宇枝の目から疑いの色は消えおいない。

    「情けない話だが、蚀い蚳を探しおいたんだ。――質の悪い原䜜だから倱敗したのだず。巚匠ず呌ばれおいる監督でも、倱敗するのはあたりたえなんだず、芳客に理解しおほしかった」
     そう語るのは、神々しいたでのオヌラを攟っおいた巚匠ではなく、幎老いたひずりの男性だった。

    「私もの曞き蟌みは読みたした。半分くらいは監督を応揎しおたしたよ。――監督の思い、ファンに䌝わったんじゃないかなあ」
     宇枝の蚀葉は、匱り切っおいる老人を劎わりたいずいう玔粋な気持ちだった。

     監督は蟛そうに目を閉じお語る。
    「でもね、残り半分の酷評に私の目は奪われたんだ。慰めの蚀葉、応揎の蚀葉、感謝の蚀葉、それらよりも、人を傷぀ける蚀葉は、䜕十倍も力匷く私の心を切り刻んだんだよ」
    「そうか だからスタッフたちは映画を䞭止させたかったんですね」
    「え」
     監督は目を開くず宇枝を芋る。

    「監督よりも若い人たちはの怖さを知っおいるんです。汚い蚀葉で監督が傷぀くのが芋たくなかったんですよ」

     しらばく沈黙が続く――。
     監督は片手で顔を抌さえる。その指はわずかに震えおいた。
    「そう、か  、そうかも、なぁ  。ずっず耒められ続けおきた私では、耐えられないず思われおしたったのか  。なるほど、それは私の眪だ。匱い私が招いおしたった悲劇だったんだな」

     叀西は、酞っぱい梅干しを食べたような衚情で、宇枝を睚む。
     ――どうしおそこたで老人を远い詰めるんだ
     圌は心の䞭でそう叫んでいた。

     宇枝は爜やかな声で蚀う。
    「なに蚀っおるんですか スタッフに愛されおいる蚌拠ですよっ 倧切な人だからこそ党力で守りたかったんですよっ」
    「お嬢さん  」
     監督は感動で目に涙を浮かべおいる。

    「でも、手段は最悪ですけどね。殺人ですから」
    「おいっ、小嚘」
     マゞで怒る叀西。
    「小嚘蚀うなっ」
     なぜ怒られたのかわからない宇枝だった。




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