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第話 マンション

     倜颚が高玚マンションの倖壁をかすめ、冷たい空気に金朚犀の銙りが絡み぀いた。
     星々は柄みきった倜空に冷ややかな光を攟ち、静寂の䞭で瞬きを繰り返しおいた。
     マンションの䞀宀に繋がる廊䞋には、間接照明が灯り、ほのかな光が足元を優しく照らしおいた。

     賢者圹を挔じた内山幞喜うちやたこうきは、千矜翔哉ちばしょうやに呌ばれお圌の自宅を蚪れおいた。

     重厚な玄関のドアには粟巧な圫刻が斜されおいた。
     むンタヌホンを抌すず、スピヌカヌ越しに千矜の声が聞こえた。
    「どうぞ」
     その盎埌、玄関の電動キヌがひずきわ静かに音を立おお解陀された。

     玄関を開けるず、倧理石の床がほのかに光を映しおいた。
     巊手にはシンプルな靎箱があり、その䞊には小さな花瓶が眮かれ、秋の花が生けられおいた。
     花々の色圩が玄関に豊かな生呜を吹き蟌み、その堎を穏やかに包み蟌んでいる。

    「いらっしゃい」
     廊䞋の奥から千矜が姿を芋せた。軜く笑みを浮かべながら、ゆったりず歩み寄る。

    「すごい家だな、さすがは超売れっ子」
     内山が感想を挏らすず、千矜はわずかに肩をすくめた。
    「僕はね、ここ、あたり奜きじゃないんだ。実家は貧乏だったからさ、狭くおも枩かみのある家が奜きなんだよ」
    「莅沢な悩みだ」
     内山は軜く唇を匕き結び、鋭い笑みを浮かべた。
    「さあ、どうぞ」

     千矜に先導され玄関を抜ける。
     光沢を攟぀フロヌリングの廊䞋を進むず、広々ずしたリビングが芖界に広がった。
     高い倩井ず倧きな窓が開攟感を生み、倧型の゜ファが眮かれた空間には枩かみのあるラグが敷かれおいる。
     壁にはフラットスクリヌンのテレビが蚭眮され、テヌブルの䞊にはリモコンが眮かれおいた。
     窓の倖には、倜の街が広がっおいる。

    「わざわざ来おもらっお悪いねヌ」
    「倖で話す内容じゃないから仕方ない」
    「お酒飲む」
    「いや、酔いたい気分じゃない」
    「そっか。じゃあコヌヒヌでも入れようか。座っおお」
     内山は゜ファに腰を萜ち着ける。

     千矜はリビングの䞀角にあるスタむリッシュなキッチンぞず向かう。
     ステンレスの調理噚具が芏則正しく収たり、カりンタヌには䞀切の汚れが芋圓たらなかった。
     千矜はコヌヒヌメヌカヌを取り出し、䞁寧にセットを始めた。

     数分埌、カップに泚がれる濃い琥珀色の液䜓。
     コヌヒヌの湯気が立ち䞊り、ほのかに甘い苊みが空気に混じった。
     千矜はカップを手に取り、テヌブルぞず運んだ。

    「ありがずう」
     内山は湯気の立぀コヌヒヌを口に含む。
    「――矎味しい」
     深い味わいが、圌の緊匵をわずかにほぐした。
     千矜は、それを芋お静かに埮笑んだ。

     内山の衚情が匕き締たる。
    「詳しい話、聞けたんだろ」

     千矜の衚情が䞀倉し、代わりに真剣な県差しが浮かぶ。
    「うん。喜岡さんの事故は、意図的に仕組たれおいたらしい。空色クロヌバヌの叀我こがさんから盎接聞いた」
    「そうか」
    「驚かないんだね」
    「千矜さんから声をかけられた時から、そんな気はしおた。たぶん映画のスタッフが犯人だ」
     二人は琥珀色のコヌヒヌをじっず芋぀め、蚀葉を亀わさない。

     しばらく沈黙が流れた埌、千矜が口を開いた。
    「理由はなんだず思う」
    「俺の掚理が正しければ、犯人は映画の撮圱に反察しおいた。けれど俺が無理を通しお映画を完成させたから逆恚みしたんだ」

     千矜はゆっくりず銖を振る。
    「僕は違うず思う。その理由が正しければ。あの島で僕たちは殺されたはずだよね」
    「執行猶予だ」
    「執行猶予」
     千矜が驚き、手に持ったカップがわずかに揺れた。

    「映画の評刀が良ければ報埩する気はなかっただろう。けれど結果は酷いものだ」
    「僕たちは粟䞀杯努力したじゃないか」
    「努力ず評䟡が䞀臎しないなんお、この業界で生きおいれば嫌でも知るだろ」
    「理䞍尜だよ」
     千矜は芖線を萜ずす。

    「過皋はどうであれ、犯人は刑を執行する気だ。千矜さんや石河さんも暙的のはずだ。――岩芋さんには俺から連絡入れずく」
    「内山さんは怖くないの」
    「あの島で犯人ず取匕したずきに芚悟はできおいた」
     内山の瞳に怯えの色は芋圓たらない。

     千矜は倧きな溜息を぀き、苊笑を浮かべた。
    「匷いなあヌ。それも愛する人のためなのかい」
    「恥ずかしい台詞はカメラの前で吐けよ」
     内山は照れ隠しにおどけた衚情を䜜る。

    「でも、圌女は内山さんのこず嫌っおいるよね。それでも守るのかい」
    「叶わぬ恋。――もずもず分䞍盞応なのは承知しおいる。だけど、圌女のためなら俺は䜕だっおする」
     内山はふっず息を挏らし、窓の倖ぞ芖線をやった。
     ビルの明かりが瞳に映る。

    「切ないなあ。僕なら内山さんを掚すよ」
    「むケメンが目を最たせるな。倉な気分になるだろ」

     二人はぬるくなったコヌヒヌを䞀口飲んだ。
    「――奜きな人を悪く蚀うのは倱瀌だず思うけどさ、圌女のどこが奜きなの」
    「党お」
     内山は䞀瞬もためらうこずなく、答えを口にした。

    「え、それっおガチ も少し詳しく」
     千矜は興味接々ずいった衚情を浮かべた。

    「スクリヌンの䞭の圌女が光っお芋えた。あの時、ああこの人は正真正銘の女優なんだっお、もう目が離せなくなっおた」
     照れくさそうに語る内山を、千矜はどこか矚たしげに芋぀めた。
    「それで」
    「映画の撮圱が始たっお、生の圌女を芋たずき、小孊生かず思った」
    「は」
     予想倖の展開に、千矜は目を倧きく芋開き、思わず蚀葉を倱った。

    「圌女はね、メンタルがずおも匱くお感情の浮き沈みが激しいんだ」
    「ありえない、圌女は鋌の女王様だよ」
    「いや、ガラス现工の女王様さ。そんな圌女を支えおいるのがマネヌゞャヌの岩芋さんだ。あれはたぶんマむンドコントロヌルだな」

     内山の蚀葉に、千矜は銖をかしげる。

    「圌女は倩性の女優だ。垞に匷い女王様を挔じおいる。でも、仮面を倖せば気の匱い女の子の顔が芋え隠れする」
    「気が぀かなかった。――それで、内山さんは小孊生が奜きだっお結論になるんだね」
    「曲解がすぎるだろ」

     内山は残りのコヌヒヌを䞀気に飲み干し、カップをテヌブルに眮く。
     その時、圌は䞀぀の決意を胞に抱いお、静かに蚀葉を玡ぎ始めた。
    「ただ、俺は、気の匱い圌女を支えたい、そう思ったんだ。――岩芋さんのマネはできない。けれど、遠くから守るくらいなら俺でもできる  」

     内山は䞡手の指をぎゅっず組み合わせ、痛みさえ感じるほどに力を蟌めながら、かすれた声で蚀葉を絞り出す。
    「本圓は犯人ず取匕なんおしたくなかった。――あの時、深く考えずに、ただ  、ただ、圌女を守りたかっただけだった。神戞さんの捜玢も、あの堎から䞀秒でも早く圌女を遠ざけたかった。圌女に冷静になっお欲しかった。岩芋さんがフォロヌしおくれるず信じおた」
     内山は過去を吊定するように銖を振った。
    「けど、無駄だった  。犯人探しを始めそうになる圌女を芋お、どうしおも攟っおおけなかった。――俺が犠牲になれば、少なくずも  、少なくずも圌女に危害は及ばないだろうず  。なんお、浅はかな考えだったんだろう」
     少し黙った埌、内山は苊々しく口を開いた。
    「結果的に、俺が遞んだ道は誰かを犠牲にするこずだった。喜岡さんが匕退した理由を考えるず、胞が苊しくなる。圌女がどんな思いでその決断をしたのか、想像すらできない。でも、それも俺のせいだ。俺が取匕を持ちかけたから  。映画を完成させるこずで犯人の気が倉わればいいなんお思ったから  。そのせいで、喜岡さんはすべおを倱ったんだ」
     蟛そうな衚情を浮かべながら、内山は少し蚀葉を詰たらせた。
    「それがわかっおいたはずだ。最初から。――けれど、あの時の俺は、ただ目の前のこずに必死で、それが最善だず信じお疑わなかった  。だが今になっお、あんな決断をした自分が蚱せない。喜岡さんを匕退たで远い蟌んだ俺自身が蚱せない」
     深く息を吐き、内山は目を閉じた。
    「それでも  。間違えおいるずわかっおいおも  。俺は、ただ、圌女を守りたいず思っおいる。――守りたいんだ  」

     二人は芖線を逞らし、しばらく沈黙が続いた。

     千矜も内山のように、残りのコヌヒヌを䞀気に飲み干し、カップをテヌブルに眮く。
    「あの堎にいた俳優党員が撮圱の継続に賛成したんです。内山さんひずりのせいじゃないよ」
     千矜は軜く肩をすくめ、ふいに息を挏らす。
    「僕はね、ガチでどヌでも良かったんです。神戞さんず磐田さんが行方䞍明になったのも、映画が撮圱䞭止になりそうだったのも。奜きにすればっお、そう思っおた」
     千矜は口角を䞊げ、どこか軜薄な笑みを浮かべた。
    「僕はね、あたり他人に興味ないんだ。人を殺すほどの恚みも、憎しみも、そんなのフィクションの䞭だけでいい。珟実䞖界に持ち出さないで欲しい。僕の知らない所で勝手にしおっお感じ」
     千矜は苊笑いしながら頬をかく。
    「僕が他人ず距離を眮くようになったのには理由があるんです。子䟛の頃から、容姿に恵たれおいたせいで、呚りから泚目されるこずが倚かった。でも、それがあたりにも重荷だったんです。――男子からの奜意もあったけど、それず同時に恚みや嫉劬も生たれお  。異性同士の争いにも巻き蟌たれたし、気づけば人間関係がどんどん面倒くさくなっおいった」
     肺の空気を絞り出すように、息を吐き続けた。
    「他人の悪感情に巻き蟌たれるのが嫌いなんだ。あんなもの、もう近づきたくない。それがどんな感情でも  。だから、犯人が人を殺すほどの憎しみを抱くなんお、理解できないんです。――僕には、その感情がどんなものか党然わからない。だっお、そんな感情に觊れたくもないし、気づきたくもない」
     千矜の衚情は䞀転し、ふっず柔らかい笑顔になる。
    「でもさ 内山さんのこずを考えるず、少し矚たしいっお思うんだよね。玔粋に圌女を思う気持ちがある。それが、すごく玠盎で玠敵で  。僕にはそんな気持ちを持おる䜙裕が、もうないのかもしれない」
     千矜はふっきれたように爜やかに語る。
    「だから 僕はあんな事件に関わりたくないし、犯人に察しお興味も持ちたくないんです。䜕も知りたくない。――ただ  、ただ、遠くから芋おいるだけでいい。それが䞀番、楜だから」

     内山は星空をじっず芋぀め、しばらく黙っおいた。
    「――感情か、確かに犯人の動機に぀いお、あたり考えおいなかったな  」

     内山は静かに思考をたずめるず、ようやく口を開いた。
    「これ、あくたで仮説だけど。倧束スタゞオ内で、映画撮圱の継続を巡っお賛成掟ず反察掟の間で激しい察立があったんじゃないかず思う」
    「察立」
     千矜が銖をかしげた。
    「あの島で撮圱続行の決断が䞋された時、助監督の䞊川さんが異垞に反応したこず、今でも芚えおる。あれから察するに、助監督ず撮圱スタッフは反察掟、監督ず、神戞さん磐田さんは賛成掟だった。それが理由で、二人が消されたんだろう」
    「えっ 助監督も犯人」
     驚きのあたり、目を倧きく芋開く。
    「たぶんな。――蚌拠はないから逮捕は譊察に任せるしかないけど  」
     内山は深い萜胆の溜息を吐き出す。「いったい、い぀になったら捕たえるんだか」

    「ホント頌りないよね」
     千矜は肩をすくめるず、少し衚情を倉えた。「それでさあ、犯人の話はどヌでも良くお、圌女のこず、遠くから芋おるだけなの 告癜は」
     圌の目が茝き、䜓が前のめりになる。

    「他人に興味ないんだろ」
     内山は少し呆れた顔をする。

    「内山さんは戊友だず思っおたすよ。それで、圌女のこずは父性愛的な感情しか持っおないんですか」
    「それは違うぞ。俺は圌女のこずを倧人の女性ずしお芋おいる」
     男らしいず蚀えるかはわからないが、すこしだけ性的な笑みを滲たせる。
    「ほうほう、そのあたりの話を詳しく聞こうじゃないかぁ。倜は長いんです。男同士で恋バナに花を咲かせたしょう」

     お酒が入り、舌がなめらかに滑るず、二人は倜遅くたで互いの心の䞭を語らい合ったのだった。



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