メインコンテンツへスキップ
見出し画像

SaaS株は復活したのか――株価と業績で見る3か月後

    はじめに――「SaaSの死」から3か月

    2026年4月、SaaS株はAI代替への恐怖で売られていました。

    それから3か月。株価の回復に、企業の業績はついてきたのでしょうか。

    前回の「SaaSショック定点観測 #1」では、
    市場の悲観と現場の需要の間にあるズレを取り上げました。

    今回は前編と同じ国内6社を対象に、7月24日までの株価と最新決算を確認します。
    特にラクスは6月までの月次売上高を追い、事業の成長が続いているかを見ます。

    これは、公開資料を同じ基準で並べ、3か月前の仮説を更新するための観察記録です。

    第1章:SaaS株はどこまで戻ったのか

    前編と同じ6社を並べると、4月以降の回復が一様ではなかったことがわかります。

    6社の7月24日までの株価

    画像

    1月比でプラスになったのは、マネーフォワードとSansanの2社です。
    ラクス、サイボウズ、オービックBCは4月から戻したものの、年初水準には届いていません。
    freeeは4月17日比でもわずかにマイナスでした。


    画像

    一律反発から銘柄選別へ

    4月時点では、売られすぎたSaaS株がまとめて反発していました。
    7月まで期間を伸ばすと、決算を確認しながら評価し直す段階へ移ったように見えます。

    象徴的なのがオービックBCです。同社は7月22日に、2027年3月期第1四半期の
    売上高が前年同期比13.8%増、営業利益が18.1%増だったと発表しました。
    7月24日の株価は前日比8.9%上昇しています。

    一方、株価の回復だけで「SaaSが復活した」とは言えません。
    次は、その回復を支える売上、利益、継続収益を確認します。

    第2章:株価に業績はついてきたのか

    6社の決算期は異なります。そこで、各社が7月24日までに開示した最新の対象期間を並べます。
    期間の違う数字を、単純な優劣には使わない点に注意が必要です。

    最新決算で確認できたこと

    画像

    freee、Sansan、マネーフォワードは独自の調整後指標も開示しています。
    会計上の営業利益と同じ定義ではないため、利益額の横比較よりも各社内の変化を見ています。

    数字から確認できるのは、AI代替への懸念が強まった後も、6社すべてで売上が伸びていることです。
    さらにラクス、Sansan、オービックBCは、売上以上のペースで利益が伸びました。

    ただし、すべてが同じ強さではありません。freeeは売上が29.3%増えた一方、
    9か月累計の調整後営業利益は15.0%減りました。
    「成長しているか」だけでなく、「利益を伴う成長か」が選別軸になっています。

    継続収益の指標も伸びている

    SaaSの状態を見るには、売上に加えてARR(年間経常収益)や契約数も重要です。

    • freeeはプラットフォームARRが424.8億円で23.2%増。有料課金企業数は71.2万社で13.6%増、ARPU(1社当たり平均収益)は8.5%増でした

    • マネーフォワードはSaaS ARRが476.7億円で34%増。法人向け有料顧客の四半期純増は1万3,971社でした

    • Sansanは全社ARRが499.8億円で20.2%増。Bill OneのARRは147.8億円で34.9%増でした

    • Sansanの直近12か月平均月次解約率は0.55%で、1%未満を維持しました

    • オービックBCは2026年3月期の継続収益比率が83.9%でした

    顧客が一斉にSaaSを解約しているなら、ARRや契約数には先に変化が表れます。
    今回確認した開示では、少なくとも大規模な需要消失を示す数字は見つかりませんでした。

    株価と業績は完全には一致しない

    Sansanは1月比でプラスまで戻り、売上24.4%増と利益137.0%増が確認できました。
    マネーフォワードもSaaS ARRの34%増と収益性改善が評価材料になっています。

    一方、ラクスは利益が大きく伸びても、株価はまだ1月比7.0%安です。
    freeeは高い売上成長が続いても、利益面の改善を待つ状態です。

    業績は崩れていません。ただし市場は、成長率だけでなく、利益率とAI時代の競争力を
    同時に確認するようになったと考える方が自然です。

    第3章:ラクスの月次業績を詳しく追う

    6社比較だけでは見えにくい短期の変化を、ラクスの月次資料から確認します。

    全社横ばいに見えて、クラウドは17%成長

    画像

    出典はラクスの2027年3月期6月度月次売上高です。
    数値は速報値で、後日修正される可能性があります。

    全社の前年同月比だけを見ると、6月は0.2%減です。
    しかし、2026年4月にIT人材事業を売却し、連結対象から外した影響があります。
    現在の中核であるクラウド事業だけを見れば、4月から6月まで17〜18%台の成長です。

    気になる点もあります。クラウド売上の伸びは4月17.8%、5月18.4%、6月17.2%で、
    前年の20%台からは減速しています。
    楽楽精算の6月売上は前年同月比9.5%増、楽楽明細は23.1%増でした。
    主力製品の成熟と、成長製品の拡大が同時に進んでいます。

    利益率は大きく改善した

    2026年3月期のクラウド事業売上高は517.7億円で23.7%増でした。
    営業利益は160.3億円で71.1%増、営業利益率は22.4%から31.0%へ上昇しています。

    第4四半期だけを見ると、売上は19.4%増、営業利益は82.0%増でした。
    売上の伸びが緩やかになっても、過去の成長投資を利益に変える段階へ入っています。

    2027年3月期の会社予想は、売上597億円、営業利益205億円です。
    売上が前期比1.0%減に見えるのは、IT人材事業の売却があるためです。
    前期のクラウド売上517.7億円を基準にすれば、継続事業の売上は約15%増を見込みます。

    ラクスを見るうえでは、「全社売上が減る」という表面だけでなく、
    事業売却後のクラウド成長率と利益率を分けて確認する必要があります。

    AIは外敵ではなく、製品の一部になり始めた

    ラクスは6月15日にAIエージェント戦略を発表しました。
    2030年までの業務自動化を掲げ、段階的に機能を組み込む計画です。

    2025〜2026年は入力支援と部分自動化、2026〜2027年は判断やチェックの自動化、
    2027〜2029年はより高度な自動化を進めるとしています。

    発表済みの例には、楽楽精算の明細チェックや仕訳作成支援、
    楽楽明細のPDF読み取り、メールディーラーの回答作成支援があります。
    7月には、名刺情報と連携して経費明細を作るAIエージェントも発表されました。

    ただし、ロードマップには今後提供予定の機能も含まれます。
    現時点で確認できるのは「AIを取り込む方向」までで、売上や解約率への効果は未開示です。

    第4章:AIによるSaaS代替は進んだのか

    業績が伸びていても、AIエージェントによる構造変化が消えたわけではありません。

    企業導入は試験段階を越え始めた

    AnthropicとPwCは提携拡大を発表し、
    Claudeを数十万人規模の職員へ展開する方針を示しました。
    PwCは3万人の認定・研修も計画しています。

    また、社内開発を基にしたClaude Tagは、
    企業・チーム向けにベータ提供されています。
    Anthropicは社内版を、製品指標の確認、問い合わせ対応、原因調査にも使っていると説明しています。

    企業導入は、個人がチャット画面で質問する段階から、複数システムをまたぐ業務へ進みました。
    これは3か月前の懸念を弱める材料ではありません。

    一方、公開事例の多くは、導入人数や機能発表を示したものです。
    既存SaaSの契約を大規模に終了し、AIへ置き換えたことを示す比較可能な数字は限られます。

    代替しやすいのは「画面」、残りやすいのは「記録」

    定型的で、複数ツールをまたぎ、成果を測りやすい業務はAIエージェントと相性がよい領域です。
    検索、転記、集計、問い合わせの一次対応は、SaaSの画面を開かずに完了しやすくなります。

    一方、会計・人事などの基幹業務では、正確な原本、権限管理、承認履歴、監査可能性が必要です。
    AIが操作を代替しても、信頼できるデータと業務ルールの保管場所は残ります。

    このため、短期的には「SaaSが消える」よりも、
    「人がSaaS画面を操作する時間が減り、AIがSaaSを使う」変化の方が起きやすいと考えます。

    導入の壁は連携とデータ品質

    Anthropicが2025年末に500人超の技術リーダーを対象に行った
    AIエージェント調査では、
    57%が複数段階の業務でエージェントを利用していました。
    ただし、部門を横断する一気通貫の利用は16%でした。

    導入の障害として、システム連携46%、導入費用43%、データ品質42%が挙がっています。
    これはAI提供企業自身による調査であり、回答者も技術リーダーに限られます。
    一般企業全体へそのまま当てはめることはできません。

    それでも、ラクスがAI戦略の中で挙げた課題も、データ整備、業務ルール、運用設計、責任分担です。
    AIとSaaSの双方から、同じ実装上の壁が見えています。

    第5章:前編の3つの仮説を再判定する

    前編では、市場と現場のどちらが将来を正しく見ているのかについて、3つの仮説を置きました。

    画像

    市場が正しかった部分

    AIエージェントは、単なる会話ツールから業務を実行する仕組みへ進んでいます。
    従来はSaaSの画面が担っていた検索、入力、集計の価値は下がる可能性があります。

    したがって、すべてのSaaS企業に同じ高い成長倍率をつけ続けられないという見方には根拠があります。

    現場が正しかった部分

    一方、3か月でSaaS需要が消えた形跡もありません。
    6社の売上は伸び、継続収益や契約数も増えています。
    ラクスの6月クラウド売上も17.2%増でした。

    「AIが登場したので、既存SaaSの成長はすぐ止まる」という見方は、今回の業績では確認できません。

    3か月後の暫定結論

    現時点の結論は、前編の3番目だった「どちらも正しい」です。確信度は中程度です。

    市場は、SaaSの価値が画面操作だけでは維持できないことを先に見ています。
    現場は、正確なデータ、業務ルール、導入支援が今も必要だと示しています。

    4月以降の株価も、この中間にあります。
    6社が一律に年初水準へ戻ったのではなく、業績と利益改善を確認できた企業から評価が戻りました。

    SaaSが復活したというより、SaaS企業の選別が始まった、と見るのが今回の結論です。

    第6章:次回までに観測する指標

    定点観測では、結論より、次に何を見れば仮説を更新できるかが重要です。

    1. 成長率と利益率

    ラクスのクラウド月次が15%台を維持できるかを追います。
    freeeとマネーフォワードは、売上成長を利益とキャッシュへ変えられるかが焦点です。

    2. ARR、契約数、解約率

    AI代替が本格化すれば、まず契約純増の鈍化や解約率の上昇に表れます。
    全社共通の指標ではないため、各社が継続して開示する数字を同じ定義で追います。

    3. AI機能の収益効果

    発表件数ではなく、有料契約、単価、利用率、解約率への影響を確認します。
    数値開示がなければ、効果を判定できないこと自体を観測結果として残します。

    4. AIによる実際の置き換え

    導入人数ではなく、既存ソフトウェア費用、業務時間、エラー率がどう変わったかを見ます。
    試験導入と本番運用を分け、企業側が公表した成果を優先します。

    まとめ

    7月24日時点で、SaaS株全体が復活したとは言えません。
    1月水準を上回ったのは、今回見た6社のうち2社でした。

    一方、企業の業績は崩れていません。
    6社すべてで売上が伸び、ラクスのクラウド月次も17%台の成長を維持しています。

    3か月前の悲観は、短期の需要消失を大きく見積もりすぎていました。
    しかし、AIがSaaSの画面操作を代替し、評価基準を変えるという懸念は残っています。

    次に見るべきなのは株価の反発そのものではありません。
    成長率、利益率、解約率、そしてAI機能が実際に収益へつながったかです。

    同じ企業と同じ指標を並べ、期待に実績が追いついたかを次の決算でも確認します。

    → SaaSショック定点観測 #1:現場の普及はこれからなのに株価はもう終わったのか

    この記事はnoteマネーにピックアップされました

    noteマネーのバナー
     
     
    ITエンジニア×個人投資家|技術と資産形成の「最適解」を探求するフリーランス AI/Webアプリケーション開発に携わる、フリーランスのITエンジニアです。 エンジニアの生存戦略: 最新技術トレンドや、フリーランスとしての仕事術をご紹介します

    あなたへのおすすめ