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小説:老人ホーム デスゲーム8

    8
    「もしかして、赤ん坊になる以上に若返る分の寿命を奪っちゃったってことか?」
     ハルトが言った。そうか。シゲルさんはすでに子供まで若返っていたのに、そのうえツムギのことも死なせてしまった。ツムギはまだ二十代だったから、平均寿命から考えても、まだ何十年も生きたに違いない。その残りの寿命を奪い、シゲルさんは赤ん坊以前まで若返ってしまった。そして、消えてしまった。
    「おいおいおいおい、聞いた話と違ぇなあ~」
     いつのまにかデイルームから詰所をのぞいていた大男が言った。みんな身構える。イワオさんは、セツコさんの車椅子の前に立ちふさがる。
    「まあまあ、職員さんたちには手を出さないと言っただろう。落ち着けよ。それより、赤ん坊より若返ったら消えちまうのか? そりゃ、ひでえ欠陥品じゃねえか」
     欠陥品? どういう意味だろう。
    「とりあえず、生き残っているその赤ん坊と、若返ったジジイとババアだけ連れて帰るか。できれば、ジジイにはもう少し若返ってもらいてえから、もう一人くらい年寄りを殺してほしいんだがな」
     大男はニヤニヤ笑いながら言った。
    「冗談じゃ、ありませんよ!」
     いつの間にか大男の背後に立っていたイチカちゃんが、ひゅんっと飛び上がった。大男の延髄に一発鋭い蹴りが決まって、大男が一瞬ゆらりと揺れた。しかし、KOとまではいかず、大男はすぐに態勢を立て直してイチカちゃんのほうへ振り向いた。
    「強くて若い女は、今回のターゲットじゃねえんだよ。殺せねえんだから、おとなしくしててくれないと、怪我させることになるぞ」
     大男がイチカちゃんに向かっていった。
    「やっぱり奴らの狙いは利用者さんのほうだ。理由はわからないけど……とりあえず、ここに籠城しても意味はなさそうだ。別のところへ逃げよう」
     ハルトが言う。今守らないといけないのは、赤ちゃんトメさん、セツコさん、若返ったイワオさん、カズコさんだ。ほかの利用者さんは、殺されてしまったり、消えてしまったりした。今守れる人だけでも守らなければ、この意味のわからないデスゲームに負けてしまうらしい。
    「女性更衣室の個室なら鍵がかかるわ」
     赤ちゃんトメさんを抱いたまま、ユイちゃんが言う。
    「そうなのか?」
    「うん。女性更衣室の、着替え用の個室は内側から鍵がかかる」
    「今は男女どうこう言っていられないな。みんなで利用者さんをそこに隠そう。鍵がかかるなら、時間も稼げる」
    「私は残ります」
     カズコさんが言う。
    「どうして」
    「サチコさんを殺してしまったのは私だから責任があるし、私だけ助かるのは、なんだか悪い気がします。寿命を奪ってやる、っていう気持ちが全くなかったわけじゃないと思いますし。それに、さっきあの男を倒したときに、実は足を痛めてしまったの。逃げるには、邪魔になります」
     そういってカズコさんはズボンの裾をまくった。足首が赤く腫れている。猿男と闘った際に、怪我をしていたようだ。しばらくみんな黙ったのち、ハルトが小さく口を開いた。
    「サチコさんの車椅子を借りましょう」
     カズコさんが、そっとサチコさんを見る。
    「あいつらの目的には、カズコさんも含まれています。若返った利用者さんたちを欲しがっているのは事実です。サチコさんには申し訳ありませんが、車椅子をお借りしましょう」
     そういうと、ハルトは死んでいるサチコさんに近づいた。「失礼します」と声をかけて、背中から両脇に腕を入れる。イワオさんが無言で近づいて、サチコさんの腿を持った。ハルトとイワオさんでサチコさんをそっと床に寝かせる。
    「カズコさん、これで逃げましょう」
    「私は、生き残っていいのでしょうか」
     カズコさんは、罪悪感にさいなまれているようだった。
    「いいんです。こんな理不尽なゲームに付き合わされる必要はありません」
     ハルトの言葉に、カズコさんはようやくうなずいた。カズコさんは、サチコさんの死体に向かって両手を合わせた。そして、車椅子に座る。
     イチカちゃんが闘ってくれている間に、イワオさんはセツコさんの車椅子を押して、ハルトがカズコさんの車椅子を押して、ユイちゃんがトメさんを抱っこしながら、詰所を出ていった。僕は、大男が更衣室のほうへ行こうとしたら足止めをしよう、と廊下で見張ることにする。
     詰所を出て、デイルームを見ると、イチカちゃんが大男と闘っている。あんな体格差のある男と対等に闘えるなんて、僕はちょっと驚いていた。華奢なイチカちゃんがデイルームの椅子を大男に投げつける。大男がよろけて、ショウタロウさんの死体にぶつかる。ショウタロウさんはもう死んでいるから力がなく、ぐにゃりと前かがみになった。大男はすぐに態勢を立て直してまたイチカちゃんへ向かっていく。ハラハラしながら見守っていると、ショウタロウさんの死体が車椅子から前のめりに倒れ、目の前にあったグッピーの水槽を倒した。バッシャンと音をたてて水がこぼれる。
     このとき、僕は信じられないものを見た。いや、信じられないことの連続ではあったけれど、さらに驚くべきものを目にした。グッピーの水槽が倒れて、床に水が散らばる。水を失ったグッピーたちが床でピチピチと跳ねている。その直後だった。ショウタロウさんの、真一文字に開いていた喉の傷が、するすると治っていくのだ。逆再生映像を見ているようだった。真っ赤に切り裂かれた皮膚がファスナーを閉じるようにつながっていき、肌色に戻っていく。最後まで喉の傷が埋まると、なんとショウタロウさんはゆっくりと目を開けた。生き返ったのだ。
     

    9へ続く

     
     
     
    あきや・りんこ。小説家。創作大賞2023別冊文藝春秋賞受賞『ナースの卯月に視えるもの』シリーズ累計14万部突破!新刊『桃井ナースはこころも看ます』7月7日発売!『潜入心理師・月野ゆん』シリーズ『桃井ナース』シリーズ『人生最高ごはん』

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