メインコンテンツへスキップ
見出し画像

小説:老人ホーム デスゲーム9

    9
     どういうことだ。ショウタロウさんが生き返った。よみがえった。あんなに喉を切り裂かれて、あんなに血が噴き出して、確実に死んでいたのに、ショウタロウさんは生き返った。
     僕はショウタロウさんにそっと近寄る。顔をのぞく。ふーんと静かに鼻から呼吸を感じた。たしかに、生きている。足元を見ると、数匹のグッピーが床に落ちて、ピチピチと跳ねている。その中には、すでに死んでしまったグッピーもいた。もしかして、もしかして? 僕は恐ろしいことをひらめいて、床でピチピチ跳ねているグッピーを一匹丁寧に運んで、床に縮こまったまま死んでいるキヨシさんの死体の下にグッピーをいれた。そしてキヨシさんの体に全体重をかけて押した。プツン、と小さな魚のつぶれる感触がする。生き物を死なせる感触は相手が何であっても気持ちのいいものではないな、と思った瞬間、「う、うぅ」とキヨシさんがうめいた。顔をのぞくと、小さく呼吸をしている。やっぱりそうだ。僕のひらめきは、当たっている。
     そこへハルトが戻ってきた。
    「タロウ! 大丈夫か!」
     僕は慌ててハルトをデイルームへ連れて行き、床に跳ねているグッピーをそっと持って詰所へ走った。
    「タロウ、どうした?」
     説明するよりやって見せたほうが早い。僕は詰所の中で死んでいるリクのお尻の下にグッピーを入れた。ハルトはそれを見ている。僕は体重をかけてリクの死体に乗っかった。プツン、とグッピーがつぶれる感触がした直後、ゆっくりリクが目を開けた。
    「リク!」
    「あ、ハルトさん。どうなったんですか。俺、何してました?」
     ハルトが目を見開く。
    「これは……どういうことだ?」
     リクが腰をあげると、お尻の下でグッピーがつぶれて死んでいた。
    「まさか、リクがグッピーを殺したから、グッピーの寿命を奪って生き返ったということか?」
     ハルトが僕を見る。僕はうなずいて、デイルームへいき、床にねそべったままの生き返ったキヨシさんをひきずって詰所へ運んだ。キヨシさんは、杖がないと立てない状況ではあったが、生き返っていた。僕に引きずられて、何事かと周囲を見渡している。状況の理解が追い付いていないのだろう。
    「キヨシさん! 生き返ってる!」
     今自分も生き返ったばかりのリクが、驚きの声をあげる。
    「ってことは」
     ハルトがデイルームへ向かって、ショウタロウさんの車椅子を押して詰所へ逃げてくる。
    「すごい。ショウタロウさんも生き返っているぞ。タロウ! すごい発見だ」
     僕はハルトに褒められるのが好きだ。どうだ、と胸を張りたい気持ちになった。ハルトはデイルームへ行き、まだ床で跳ねていたグッピーを連れてきた。
    「お前に罪はないけれど、ごめんね」
     そう言いながら、頭から血を流して死んでいるツムギの手の中にグッピーを入れて、握りつぶさせた。ツムギがゆっくり顔をあげる。
    「あれ……みんな? ハルトさん?」
     ツムギが生き返った。仕組みはわからないが、僕がひらめいたとおり、グッピーの寿命を奪って若返った結果、生き返ったということらしい。
    「これをやれば、全滅してしまった寝たきりの利用者さんたちも生き返らせることができる」
     ハルトは拳を握った。自分がリーダーをやっている日にこんなに大量に人が死んでしまったら、責任を感じないはずがない。利用者さんのためにも、ハルトのためにも、みんな早く生き返ってくれればいいのに、と願った。
    「ハルトさん、ほかのみんなは?」
     生き返ったリクが、眼鏡をくいっとあげながら何事もなかったかのように話し出す。一度死ぬというのは、どんな気持ちなのだろう。いつも正論ばかりのリクだが、自分が生き返ったことに関しての論理的解釈は必要ないのだろうか、と思ってしまう僕は、ちょっと意地悪だろうか。
    「女性更衣室の個室に隠してきたよ。中から鍵がかかるらしい。ユイちゃんが付き添っている。受付の人たちも縛られていたけれど、みんな生きていたよ。やっぱり奴らの目的は利用者さんたちみたいだ」
    「あの男、強いです~」
     詰所にイチカちゃんが入ってくる。汗で額にはりついた前髪を指で撫でる。
    「イチカちゃん、大丈夫か? ずいぶん時間を稼いでくれてありがとう」
     ハルトが出迎えると、イチカちゃんは目をまるくして驚いた。
    「ええ! リクさんとツムギ、生きてる! っていうか、ショウタロウさんも、キヨシさんも! 何があったんですか!」
    「そりゃあ、驚くよね。俺らも今ようやく発見して驚いているところなんだけど、どうやら、死んだあとにも寿命が奪えるみたいなんだ」
    「はあ? 何それ」
     イチカちゃんは、普段の敬語がどこかにいってしまった。そのくらい驚いているのだろう。その気持ちはよくわかる。
    「タロウが発見してくれたんだけど、生きているグッピーをね、その、死んだ人に殺させるんだ。そうすると、生き返る」
     ハルトは、ひどく言いにくそうに言った。イチカちゃんも顔を青くした。
    「グッピーの寿命を奪って生き返ったってことですか?」
    「たぶん、理屈では」
     誰かの命のために、ほかの命を犠牲にするのは、気持ちのいいことではない。僕自身、この法則を見つけたときはすごいと思った。でも、実際にグッピーを殺すのは、いい気はしなかった。命に優先順位をつけているのだから。でも、それなら普段食べている家畜の肉はどうなるのだろう。あれだって、自分たちが生きるために殺している命だ。誰かが殺してくれるか、自分で手を下すか、の違いではないのだろうか。ハルトは焼肉が好きだ。でも前に「焼肉屋さんのメニューに、牛の写真が載っているところがあるんだよ。あれ、俺苦手なんだよね」と話していたことがあった。要はそういうことなのだ。自分が手を汚さずに命をいただくことには、抵抗はない。みんなそうやって生きている。
    「どんな方法であれ、利用者さんを生き返らせることはできそうなんですね。それなら、今までよりマシかもしれませんね」
     イチカちゃんは自分に言い聞かせるように言ってから「消えちゃったシゲルさんは戻らないのかな」とぼそりと言った。寿命を奪いすぎて消えてしまったシゲルさんを戻す方法はまだ見つかっていない。
     
    「はあ! すげえな。生き返ってる奴がいる。やっぱりこの薬はまだまだわからないことが多いってことか」
     大男が詰所をのぞいている。イチカちゃんが慌てて振り返る。
    「お嬢さんは強いから、もう出て来ないでくれるか? 職員は殺すなって言われているんだから。それに、これつけてるから動くと疲れるわ」
     大男が、ガスマスクを触りながら疲れたように言う。デスゲームの主催者にしては、なんだか少し間抜けだ。
    「目的は、若返った利用者さんなんですよね?」
     汗をかいたのか、大男は額を手でぬぐった。
    「ああ、そうだよ。思ったように進まねえし、めんどくせえから説明するわ。殺した相手の寿命を奪える薬品をホーム内に撒いた。若返った老人が目当てだ。ただ、俺は言われてやっただけだ。死んだ奴が生き返るなんて知らなかったし、寿命を奪いすぎて消えちまうなんて知らなかった。おもしれえ薬だな」
     消えてしまった人がいるというのにおもしろいだなんて、やっぱり悪党だと思った。
    「まあ、まだわからないことの多い薬品なんだろうな。ここは、実験みたいなことか」
    「実験?」
    「そうだよ。俺だって金で雇われただけで、詳しいことは知らねえんだ」
    「どういうことですか?」
    「その人に説明してもらえば? なあ?」
     大男が詰所から顔をそらし、廊下のほうへ話しかける。みんな詰所か更衣室に逃げているから、もう誰もいないはずだ。そこへ、一人の男が歩いてきた。小太りで禿頭の、このホームの施設長だ。
    「施設長!」
     ハルトが叫ぶ。
    「何をしていたんですか! ホームが、「けやき」がこんな大変なときに!」
     施設長は、小さな丸眼鏡を揺らしながらコホンと一つ咳をすると、耳のうしろあたりをポリポリと掻いた。
    「ハルトくん、申し訳ないね。こんな日にリーダー、大変だったでしょう」
    「え?」
     大男がニヤニヤしている。まさか。
    「あんた、ハルトっていうの? 大変だね、こんな悪人の下で働くなんて」
    「施設長、あんた、まさか!」


    10へ続く

     
     
     
    あきや・りんこ。小説家。創作大賞2023別冊文藝春秋賞受賞『ナースの卯月に視えるもの』シリーズ累計14万部突破!新刊『桃井ナースはこころも看ます』7月7日発売!『潜入心理師・月野ゆん』シリーズ『桃井ナース』シリーズ『人生最高ごはん』

    あなたへのおすすめ