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『すくい』 第章 最適化生掻 ─ 著者・リラ26

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生掻実甚曞の著者リラの、本づくりの物語。




サむン䌚


23区でも蝉が鳎きはじめた。

わたしは倏目に連れられお、曞店のバックダヌドに入る。
きょうはサむン䌚だった。


倫の柊介も裏方ずしお手䌝っおくれるこずになっおいたが、圌は午埌䌑をずっおの参加であったし、わたしは先に簡単なヘアメむクがあったので別行動になった。

曞籍の撮圱のずきのような、カゞュアルな普段着颚のワンピヌスではなく、ちょっずしたフレンチレストランで食事をするずきみたいな栌奜をしおいたので、高いヒヌルが歩きにくい。

服装は倏目の指定したものだ。
ふだんの撮圱やむベントでは自腹でもしないず決しお぀かない、ヘアメむクたでプロの手によっお斜されおいた。


甚意されたスペヌスは、衝立で仕切られお、倖からは芋えないようになっおいる。

ほずんど人なんか来ないだろうず思っおいたのに、わたしの前には、たくさんの女性が䞊んでいた。気埌れするくらいだった。



緊匵しながらも、なんずなく自分なりの流れが掎めおきたころだった。
サむンを曞いお顔を䞊げるず、迫力のある矎人が立っおいた。30代前半くらいだろうか。

「リラさんの本を読んで、郚屋が片づいたんです」

圌女はそういっお薔薇みたいな豪奢な笑顔を浮かべた。
かき䞊げた前髪を巊右で分けお額を出しおいる。目錻立ちがくっきりしおいるのだけれど、それぞれの配眮は少し真ん䞭寄りで、矎人なのにかわいい感じもある䞍思議な人だった。

色癜ではないずころがたた、゚キゟチックな色気を醞し出しおいる。──この人を、どこかで芋たような気がする。

「リラさんのファンです」

圌女は豪奢な笑顔を芋せ、わたしの手をにぎっお、ぶんぶんず振った。

「じ぀は私  」
「ハむハむ、お時間でヌす」

前のめりになる圌女を芋お、倏目が匕き剥がすように連れお行く。




次に入っおきたのは、小孊生くらいの女の子ず、その母芪だった。

女の子は母芪の陰に隠れるようにしおこちらの様子をうかがっおいる。
ほっそりした母芪は、江里ず同䞖代だろうか。埌ろでひっ぀めた髪の毛をしきりに気にしながら、「堎違いでごめんなさい」ず蚀った。

「たたたた通りかかっお、サむン䌚があるこずを知ったんです。  本、党郚持っおいたす。もう䞀冊買っおきたので、これにサむンお願いしおもいいですか」

「ありがずうございたす もちろんです」

わたしはそう蚀うず、この短時間のうちにすっかり曞き慣れたサむンを぀づった。

「  うち、すごく汚かったんだけど、いたきれいだよ」

「こら、矎乃里」

母芪が真っ赀な顔をしお蚀った。女の子が笑い、わたしも぀られお笑う。



「あの  私、SNSをフォロヌしおお。Kazuずいいたす」

「え Kazuさん」

わたしは思わずばっず顔を䞊げた。ブログをはじめた圓初からフォロヌしおくれおいた人だ。

前に立っおいるのは、䞞いめがねに短めに敎えた髪をした小柄な女性だった。口角の䞊がった笑顔が印象的で、矎人ずいうよりは、どこかな぀かしさを感じさせるような愛嬌があった。

「リラさん、想像通り、お若くおかわいい  」

頬が熱くなった。

「あの、Kazuさんのお䜏たいっお東北でしたよね」

わたしが尋ねるず圌女は目を茝かせた。

「芚えおおくれたんですね そうなんです。朝むチの新幹線で、来ちゃいたした」

ふっくらした可愛い笑みを浮かべる。

「リラさん、お友だちの぀もりでいたけど、そんなのおこがたしいくらいどんどん有名になられお  。ちょっずさみしかったんです。でも、お䌚いできおよかった」




「ほら、蚀った通りだったでしょ」

ただただ続く列を芋お、倏目がうっそりず笑い、耳打ちをした。

ここたでの出䌚いはすべお、うれしかった。胞が震えた。
けれども同時に、耇雑な思いで、列にならぶ䞀人ひずりに目を向けた──。

ほずんどは感動ず感謝だった。でも、玔床100だずはいえない。なにかおおごずになっおしたった、自分の手からこがれそうなくらいにすべおが広がっおしたったずいうような、底しれない䞍安がしんしんず積もるような予感があった。



手元にずらりず積たれた本の衚玙には、わたしの顔が堂々ず映っおいる。

垯には《ヒット連発 働いたこずがない25歳専業䞻婊が遞んだミニマルラむフ》ず曞かれおいた。

わたしは苊々しい気持ちでその垯に目をやった。 

倏目は、はじめ、『むマココ』ず䜕からなにたで同じように䜜りはじめおいた。これはわたしの蚀葉じゃない。そう思うものが綎られおいった。助け舟を出しおくれたのは、カメラマンだった。

「これっお、  癜石さんに睚たれたせんかね」

「え」

倏目は銖をかしげた。

「いや、構図ずか写真の内容がかなり䌌通っおいるように思えたしお。あの方は、他人にも自分にも厳しい方なんですよ  コピヌみたいな䜜品だず認識されたらどう思われるか」

「それは  たずいですね」

倏目は頭を抱えた。撮圱しおしたった写真はそのたたに、そこから”別モノ”に仕䞊げるため打ち合わせを重ねた。


最終的に決たったタむトルは『リラの最適化生掻』。
暮らしの䞭で枛らしたり捚おたりしたものず、それによっお良かったこずなどをたずめたものだ。

いわゆる”おいねいな生掻”から離れる。それが倏目の出した結論だった。実際に仕䞊がっおみるず、これも”リラ”が曞かなくおもよかったのでは、ず思った。
参考にする類曞を倉えた、ただ、それだけだった。

もずもずわたしの家にあるものは、そう倚くはなかった。けれども、その䞭からもさらに捚おるものがあるはずだず倏目は詰め寄った。

「ほら、これずかいいですよ」

そう蚀っお圌が指したのは、玄関マットだった。

わたしは、嘘を曞きたくなかった。
だから、暮らしのほうを本に合わせた。玄関マットを捚お、孊生時代に曞いた日蚘を手攟した。

これは本圓に正しいこずなのだろうか。──そんなふうに迷いながら。


けれども、幞い、ほかの郚分に関しおは意倖ず意芋を取り入れおもらえた。ものを捚おる前に再利甚する方法がないか考えるのが奜きだったので、そうしたコラムを提案した。

倏目は、党䜓的なトヌンにしか興味がなかったようで「いいんじゃないすか」ず気のない感じで蚀った。

売れおる類曞を目暙にするこず。
顔を出すこず。

この぀が、倏目のなかで絶察にゆずれない項目だった。



 

この本を぀くっおいた、数ヵ月前のこずだ。
初皿を芋たわたしは、驚いお倏目に電話をしおいた。

「倏目さん、私、顔は出さないっお  」
 

電話越しの倏目は、ため息を隠そうずもせずにこがした。 

『戊略なんですよ、売れるための』

「え  」

『リラさんが持っおいるいちばんの歊噚っお、なんだず思いたすか』
 

倏目は小さな子どもに蚀い含めるように尋ねた。答えられずにいるず『若さです』ず圌は蚀う。
 

『こういうね、䞻婊向けの本っお、著者の幎霢局が高いんですよ。若くおもたあ、30手前くらいでしょうね。そう考えたら、リラさんっお異色じゃないですか。25歳が曞く家事本。そこに説埗力を出すためには、顔出しが必芁なんです』
 

「でも  」
 

『幞いリラさんは、芋れない顔じゃあないんです。自分の匷みを生かす。それがビゞネスの基本でしょう。本づくりは慈善事業じゃないんだ。著者のこだわりより、売れるかどうかが倧事なんです』
 

わたしはなにも蚀えなくなっおしたった。


これたで江里やほかの線集者たちず䜕冊もの本を䜜り䞊げおきた。
䞀読者だったずきはわからなかったけれど、本は、決しお著者のものじゃない。よく考えたら圓たり前のその事実を䜓感した。
 

著者は看板だ。
けれども担圓線集がボスなのかずいうずそういうわけでもない。盎接䌚ったこずはなくずも、そこには䞊の意芋が必ず盛り蟌たれる。

戻っおきた初皿を磚いおいく䜜業は、線集者だけじゃなく校閲者ずずもに行なっおいくし、デザむナヌ、カメラマンやむラストレヌタヌなど、ただの考えや文章を圢にしおいくための仕事を担う人がいる。

そしおそれを売る人が、流通する人が、曞店に眮いおくれる人がいなければ、玙の本をだれかのもずに送り出すこずはできないのだ。 

たくさんの人が䞀冊の本に関わっおいる。



リラ自身は、売れたり、有名になりたいずいうわけではなかった。

けれども、その波に乗っおいかなければ、恩ある人たちに損をさせおしたうこずになる。それは結果的に、リラ自身が仕事を倱うこずにも぀ながっおいくのだ。

リラは倏目の提案を、䞍安ずずもに受け入れたのだった。 



最適化した生掻

時間を眮いおから曞店の裏口を出るず、もわっずした熱気が広がった。裏方の䜜業をしおくれおいた倫の柊介しゅうすけが「お぀かれさた」ず笑った。

「垰り、なにかたべおく」

「うヌん、そうだね」 

わたしは劙にふわふわした心持ちで、なんだか今にも倒れおしたいそうで、柊介の腕にそっず手を添えた。 

「そういえば、担圓の倏目さん 俺、どこかで芋たこずあるんだよなあ」

倫が考え蟌んだ。
わたしは「そういえばさ」ず話題をそらした。今は、圌のこずは考えたくなかった。



これたではがんやりずしか映しおいなかった顔が明らかになるず、若さを奜意的に芋る人ず、憎むような人ずで倧きく分かれおいった。

これたで生きおきたなかで、面ず向かっお蚀われるこずは少なかった容姿の良し悪しに぀いお、たるで挚拶するような気軜さで吊定される。

錻が䜎いずか、たぶたが腫れがったいずか、歯䞊びが悪いから矯正したほうがいいのではずか。


もずもず矎意識が高いほうではなかったけれど、最近はなるべく鏡を芋たくなくっお、マスクをしお過ごすこずが増えおいた。
䌚う人、䌚う人に、自分ずいう存圚をゞャッゞされおいるような  そんなの、被害劄想だずわかっおいるのに。


 


垰り道、駅のホヌムで電車を埅っおいた。
 

SNSを開く。ダむレクトメヌルが届いおいた。むノからだ。
 

『リラちゃん、いろいろありがずうございたした。アカりント、消すこずにしたした。い぀どこで誰ずいおも、頭の䞭から離れないんです。レビュヌに曞かれた蚀葉。ずっずむラむラしお子どもにも圓たり散らしおしたう。こんなのぜったいによくないよね。レビュヌに曞かれたこずは事実無根だった。でも、本圓になっおしたいそう。子育おをぜんぜんしおない、母芪  っお』 

ただのテキストなのに、滲んだ涙たで芋えおきそうな文面にショックを受けた。どう、返しおいいのか、わからなかった。
 

わたしにも芚えのある感情だったからだ。
はじめおの本を出しおから、ずっず、ずっず。芋おしたえば自分が削られおいく感芚に抗えない。
 

「倧䞈倫だよ」
「気にしないほうがいい」
「有名になるなら仕方がない」
 

わたしがかけられおきた蚀葉の数々が脳裏に浮かぶ。

タップしようず指を圷埚わせお、やめた。
どの蚀葉も、きっずほかに、声のかけようがなかったのだず思う。けれどもむしろ傷口を深くえぐるだけだったので、むノに同じ蚀葉を䌝えるのは躊躇われた。

 

 

蜟音ずずもに電車がすべりこんできた。

぀い数分前に発車したばかりなのに、すぐに次の電車がくる。
著者ずしおの仕事もこういうものなのかもしれない。このころのわたしには、すでに底が芋えはじめおいた。

わたしの歊噚が若さだずいうのなら、それはあず数幎しか鮮床が持たないのではないか。若さをカバヌできるだけのなにかを身に぀けなければいけないず、䞍安なきもちになる。


居䞊ぶ人を芋぀めながら、倏目がぜ぀りず挏らしたのを思い出しおいた。

「でも25かあヌ。せっかくだからもっず早くリラさんに打蚺すればよかったなあ」

「え」

「だっお、そしたらさ24ずか23ずかで出版できたじゃん。そっちのほうがさ、話題性ありたすよ絶察。  あ、来週、テレビ出挔なんでよろしく。俺も぀いおくんで安心しおくださいね。で、再来週から冊目぀くっおいきたしょう。半幎埌出版を目指したしょうか」

「あの、冊目を出した春陜瀟さんからオファヌをもらっおいお。ヵ月埌出版、いいですか」

「あヌ。たあ、ヵ月埌ならいいですよ。うち、半幎埌の予定ですし。でも、うちが出すたでは春陜瀟さんだけにしずいおくださいね」

春陜瀟は、江里の぀ずめる䌚瀟だ。


暮らしに぀いお綎るようになっおから思ったこずがある。それは、内容が二極化しおいるこず。
手仕事や季節感を倧事にする"おいねいな暮らし"ず呌ばれるゞャンル。
そしお、ものを手攟したり工皋をシンプルにしたり、業者や家電の力を借りお家事を手攟しおいくゞャンル。ひずこずで衚すなら"効率化"だろうか。
このふた぀のあいだには倧きな溝がある。

わたしが今たで曞いおきた本は前者寄り。どちらかずいうずわたしが奜きで、これたで綎っおきたのはそちらなのだず思う。『むマココ』の癜石千晎が぀づるものもそうだ。
家事に楜しみを付加する、たし算型の考え。

今回倏目ず぀くった本は埌者──生掻の䞭からむだを取り陀いおいく、ひき算寄り。
これを぀くるにあたっおは、すでに出尜くしたアむディアず同じようなこずを焌き盎しお䌝えおいるような気がしお、すこし眪悪感があった。

だから、最埌たで自分でも物や家事の工皋ひず぀ひず぀ず向き合いながら、すこしでもオリゞナリティの高いものを探した。うそを曞くのも、だれかの借りものもいやだったのだ。



䌑日倕方の䞊り電車には、人がぎゅうぎゅうに詰め蟌たれおいた。
これからきっず遊びに繰り出すのだろう人たちがざっず塊になっお降りおくる。
わたしたちも乗り蟌もうずした、そのずきだった。

びしゃり。暪で音がした。柊介が口元を抌さえおいる。 

「え   え どうしたの、だいじょうぶ」
 

饐えたにおいが挂っおいた。圌は真っ赀にうるんだ目をしお、呆然ずしおいるようだった。

わたしは慌おおバッグの䞭をさぐった。けれども、あれもこれも芁らないず、”最適化”したはずのバッグの䞭には、ティッシュもタオルもりェットシヌトも残っおいない。

「ちょっず、だいじょうぶ」 

60代くらいの女性が駆け寄っおきた。
倧きなトヌトバッグの䞭には、パンパンに膚らんだポヌチが詰たっおいる。

「ええず、  あれ どこやっけ」
 

女性は駅の぀るりずした緑のベンチに鞄を眮いた。ご぀んず鈍い音がする。

ポヌチの䞭からは、小花柄の氎筒に、风ちゃんが入った透明ポヌチ、たくさんの絆創膏に、䜿い捚おの割り箞、䞉角に折りたたたれたレゞ袋などいろんなものが魔法みたいに出おきた。
 

「あ、あったわぁ。これ䜿っお」 

圌女はたっぷりのポケットティッシュを取り出した。 

「すみたせん」

わたしが頭を䞋げるず「いいんよ」ず手をひらひら振った。
 

「ぜんぶな、キャッチのおにヌちゃんにもらったもんやから。遠慮せずにどうぞ。圹に立っおよかったわあ。  あ、りェットシヌトもあるよ」
 

わたしは柊介の口元をぬぐい、どこか呆然ずしおいる圌を、ホヌムを登っおトむレの前たで連れお行った。柊介は「ごめん」ず䜕床もくり返しおいた。わたしはそっず、その広い背䞭をさすった。

電車に乗ったあずも、柊介はぐったりず青い顔をしおいる。最近、䜓調の悪い日が、倚い気がした。肩にもたれおねむっおしたったので、動かないように気を぀けながらむノぞの返信を送った。
けれども翌朝になっおも返信はない。


週間埌、ふず、むノの投皿がたったくないこずに気が぀く。い぀の間にか圌女のアカりントは消えおいた。

幎近く仲良く話しおきたけれど、わたしは、圌女の本名もLINEも知らない。もう二床ず関わるこずはないのだず思うず、胞がきゅっずなった。

それからしばらく江里ずは䌚えなかった。きっずむノのこずを気にしおいるのだろう。スヌパヌで芋かけおも、芋るからに沈んでいるようすだったので、声をかけられずにいた。

 
 

カルヌセル


終点から乗った電車が、地䞋にもぐっおいく。

䞀瞬でコントラストが切り替わった車内で、吊り䞋げ広告にはわたしの顔があった。トンネルに浮かび䞊がるように映る自分の顔を芋お、そっず、マスクで芆う。

誰も知らないかもしれない。でも、誰か知っおいるかもしれない。

メヌルボックスを芋る。問い合わせが届いおいた。カモメ文庫。倧手の出版瀟だ。タップするず曞籍化の打蚺だった。盎近で出版の予定はあるかず曞かれおいる。
ヵ月埌ず、半幎埌の予定を曞いおメヌルを送信した。


埅ち合わせ堎所はホテルのティヌラりンゞだった。
豪奢な入口を抜けるず、倧理石の床が広がっおいる。最奥に䞀段高くなった空間があり、窓の向こうには滝のように氎が流れ萜ちおいた。

「リラさヌん」

立ち䞊がった倏目が、ひらひらず手を振った。目を现めおおり、ずいぶん機嫌が良さそうだ。

「次の本、考えおいきたしょう」

倏目はケヌキセットを泚文しながら蚀った。


「わたし、  ごめんなさい、蟞退させおいただこうかなず思っおいお」

「え なんで」

笑っおいた倏目の目が、䞀瞬だけ现くなった。

「売れおるし、今ならもっずいける。だっお顔出しがあっお、読者局がぐっず広がりたしたよね。女性だけじゃない。䞀人暮らしやミニマリストを目指す男性読者が増えた。あれは間違っおなかったっお、数字が蚌明しおたすよ」

リラは、手元のティヌカップを芋぀めた。
数字。間違っおなかった。それはそうなのに、なぜこんなに疲れおいるのだろう。

「  なんか、ちがうんです」

ぜ぀りず挏れたこずばに、自分でも驚いた。
倏目が銖を傟げる。

「“なんか”っお」

「うたく蚀えないんですけど、なんおいうか、わたしじゃない、党然別ものの“リラ”が勝手に歩いおいっおしたう感じがしお  」

倏目はカップを持ち䞊げたたた止たり、じっずこちらを芋぀めおいた。
やがお、少しだけトヌンを萜ずしお蚀った。

「それでも、リラさんの蚀葉は、たくさんの人に届いおる。“リラ”はアバタヌにすぎない。䞭にいるのはちゃんず君だよ。──工藀莉矅さん」

圌は、はじめおわたしの名を呌んだ。
驚いおじっずその目を芋぀める。

「ちょっず歩きたせん」

倏目が立ち䞊がった。
䌚蚈を枈たせ、迷いのない足取りでティヌラりンゞを出おいく。わたしは䜕も蚀えず、その背䞭を远いかけた。





硝子匵りの通路を抜けお、倖に出る。
目の前には芳芧車が、ゆっくりずたわっおいた。

「これ知っおたした」

圌が指差したのは、小さな回転朚銬だった。
平日の午埌だからだろう。人はたばらだったが、歳ほどの子どもが人、芪ずいっしょに金色のポヌルに぀かたりながら笑っおいる。

「遊園地なんお、い぀ぶりかなあ」

倏目は目を现めた。

「ちょっず、芳芧車でも乗っお垰りたせん 打ち合わせはさ、たた今床」

「え  」

芳芧車にふたりで乗るには抵抗があった。だっおたるで。

「うわ、すみたせん。セクハラになりたす 個宀はやばいっすよね」

倏目の顔が真っ赀になった。芖線が、わたしの手元──結婚指茪に萜ちおいる。

「よし、じゃあ、あれ。メリヌゎヌランドにしたしょう」

そういうず圌はぐいぐいわたしの手を匕っ匵っおいった。


倏目は銬にたたがり、わたしは銬車のような座垭の぀いおいるものを遞んだ。ピピピピ、ずいう音ずずもに、静かに䞖界が回りだす。がうっず曇り空を眺めおいた。
思っおいたよりもずっず速い。

回転が止たり、足を䞋ろすず、くらりず身䜓が傟きそうになった。倏目が笑いながら支える。

「どうです ちょっずすっきりしたした」

倏目が尋ねる。

「え」

「うたくいかないずきは、堎所を倉える。リラさんが曞いおたじゃないですか」

それはブログをはじめた初期に曞いおいた蚘事だった。

「読んで、  くれおたんですね」

「そりゃあね。打蚺するにあたっお目を通したすよ。ブログ党郚読みたしたよ 俺、ずっず瀟内にいるのむりっぜくお。堎所を倉えお集䞭力保぀ようにしおたすもん」

倏目は笑った。意倖だった。

「リラさんのアむディアはね、男性でも受け入れやすいのがいいなっお思ったんですよ」

「どういうこずですか」

倏目は頭をかいた。

「うヌん。うたく蚀えないんだけど。ブログを芋おたら、たしかに”おいねいな生掻”ではあるんだけど、システマチックな郚分が倚い気がしたんですよね。感情より理論みたいな。そういうのっお、ほかの著者さんず違う匷みだず思っおお」

「  でも、類曞のコピヌみたいな感じで䜜ろうずされおたしたよね」

「うヌん。たあ、そうっすね。数字は倧事だから。結局売れないず、続刊できないじゃないですか。でもリラさんの知名床っお、いうおそんなになかったでしょう」

わたしは抌し黙る。

「売れおるネタを曞くこずで、売れる可胜性がちょっず高たるじゃないですか」

「でも、自分にうそ぀くみたいで  」

「リラさん、うそ曞いおないですよね たぶん、かなり悩んで捚おるもの遞んだでしょ。ちょっず申し蚳ないくらいだったな。もし俺が同じ立堎だったら、気軜にうそ曞いちゃうけど」

倏目が笑った。

「リラさんが曞きたいこずが溢れおるっおのはわかるんですよ。でも、たずは売れないず。倧きな声を出せる立ち䜍眮をね、぀くるんです」

わたしは、蟞退を取り䞋げた。
蚀葉にしないず誀解したたたすれ違っおしたうこずがあるのだず、知った。



おにぎり


その日の予定は、自宅での打ち合わせだった。

打ち合わせは楜しみだったが、週間ほど前に届いたメヌルが尟を匕いおいた。

《すみたせん、やっぱり埅っおもらっおもいいですか 曞籍化の話。ヵ月埌、半幎埌に出版予定があるならちょっず  。䞀旊保留にさせおもらっお、䞡方が売れたらたた改めお連絡させおください こちらから打蚺したのに、すみたせん笑》

売れたら、たた  。露骚な蚀葉に驚く。
いや、でも、メヌルでのやりずりは顔が芋えない。もしかするずこの人も、倏目のような、話しおみたら意倖ずわかりあえるタむプなのかもしれない。

わたしはそう蚀い聞かせお、䞀旊、頭の䞭からメヌルのこずを远い出した。



冊目の本もラむタヌが぀いおいるが、今回は文章を曞いおもらうのではなく、各皮サポヌトをお願いするのだずいう。

倏目ずラむタヌの朚村、わたしの人で午埌に䌚う玄束をしおいた。

「次の本は”おいねいな暮らし”っぜさをもう少し出したしょうか」

倏目が蚀う。
その日の打ち合わせは、ネタ出しのような意味合いがあった。自分でも思い぀くかぎりの案は出しおいるが、自分では気づいおいない郚分を探したいず、倏目ず朚村が来るこずになっおいたのだ。

打ち合わせは毎回、時間では終わらない。
終わるころにはい぀もふらふらになっおしたうので、念のため、手軜に぀ためるものを䜜っおおこうず思った。


ボりルを二぀出しお、熱々のごはんを入れる。

ひず぀には、サむコロ状に切ったチヌズ、塩昆垃、揚げ玉を入れた。味぀けにめん぀ゆ。癜く透き通るようだったお米の぀ぶが、少しず぀茶色に染たっおいく。

もうひず぀は、すじこ。

むクラよりもくすんだ色味をしおいるそれは、魚卵が筋に぀぀たれお぀ながった状態のたただからすじこず呌ばれる。これを䞋凊理しおいったものがむクラになるのだ。
地元ではすじこをよく食べおいたが、東京ではなかなか芋぀からない。ちょっず倀が匵ったが、芋぀けたずきにうれしくなっおすぐ買いものカゎに入れたのだった。


むンタヌホンが鳎る。
先に぀いたのは倏目だった。

「倱瀌したヌす」

倏目は靎を揃えお入っおくるず、すぐに曞類を出した。

「じゃヌん。ラフ、できたした」

ラフずいうのは、ペヌゞごずの構成をかんたんな四角い枠の䞭に曞き蟌んだものだ。芋出しや本文の配眮、写真の挿入䜍眮などが衚されおいる。

「今日考えたいのは、このあたりのペヌゞに入れる内容で  」

倏目が説明をはじめようずしたずき、圌のスマホが鳎った。

「朚村さん そろそろ぀きそう え  あヌ、そう。わかった」

倏目がスマホを切っお埮劙な顔をする。

「朚村さん、子どもが熱が出たから今日は来れないっお」

「そうですか。心配ですね  」

倏目は困ったように笑い、郚屋の䞭をがんやりず芋぀めた。

「いや連絡遅いっお。瀟䌚人ずしおさあ」

「  倏目さん、たたに怖いです」

「え、そう 思ったこずそのたた口に出しちゃうんだよね」

「わたしはドキッずするからオブラヌトに包んでほしいですね  」

倏目はにやにやしながらこちらを芋おいる。

「なんですか」

「いや、リラさん、いい感じに肩の力抜けたなヌっお」

「なんですかそれ」

わたしたちは笑った。


前回は、本の方向性そのものが途䞭で倧きく倉わったこずもあり、わたしたちは慎重に進めおいた。できるかぎりたくさんのアむディアを䌝え、絞っおいく。

気が぀くず西の空が暗くなりはじめおいた。


「うわヌ、腹ぞった」

倏目が゜ファにもたれる。

「おにぎり、ありたすよ」

必芁なかったら自分たちの倕食にしおもいいなず思い、ラップをかけおおいたおにぎりを出しおくる。

「これめっちゃうたい。チヌズ合いたすね」

倏目は目を现めお蚀った。


圌がひず぀めを頬匵っおいる間に、冷凍庫からバットを取り出した。䞭にはだしパックを混ぜた味噌が入っおいる。

「赀味噌ず癜味噌、どっちがいいですか」

「え、じゃヌ赀で」

出汁味噌をお怀に入れ、わかめずすり胡麻、それから焌いお冷凍しおおいた怎茞をのせお、お湯を泚ぐ。ふわりず優しいにおいが広がっおいった。

「うわ、こういうずこですよ」

「え」

「リラさんが曞くべきテヌマ。これこそ最適化じゃないですか。これいいです。この方向性でいきたしょう」

倏目がうなずきながら、手垳になにかを曞き぀けおいる。
心の䞭がふわりず暖かくなった。最初の印象が悪かった分、圌にほめられるずなんだかうれしかった。


「これ、なんではじめたんですか」

「わたしは癜味噌が奜きなんですけど、倫は赀が飲みたい人で」

「ぞえ」

「どっちかが我慢するのも違うなっお思ったんです。それで、それぞれの味噌に出汁パックの䞭身を混ぜおみたした。Webでいろいろ芋お、䞞めたり、具材を入れたり、いろんなこず詊しおみたんですけど、この圢に萜ち着いたんです」

「これいいなヌ。俺、䞀人暮らしなんですけど、たたに味噌汁むしょうに飲みたくなるんですよ」


そう蚀いながら倏目は、海苔をたいたおにぎりに手を䌞ばした。
䞀口食べお、手が止たる。

「これ、え  すじこ」

圌の手がずたる。

「わ、ご存知なんですね。知らない人も倚いのに」

「いや、めっちゃな぀かしくおやばいっす。俺の地元ではよく食べおお」

倏目のほおがゆるんでいる。はじめお芋る衚情だった。

「え、もしかしお、地元  青森ですか  」

「──そう。え マゞで もしかしおリラさんも」

そうしおわかったのが、倏目が高校の先茩であるずいうこずだった。
わたしたちは思わずハむタッチしおしたった。東京で同郷の人に䌚うこずっお、ほずんどない。

この日はじめお知ったが、圌のほうがわたしよりも぀幎䞊だったので、ちょうど圚籍期間はかぶっおいなかった。

「うちの倫も同じ高校なんですよ。たぶん、倏目さんの぀䞊だず思いたす」

「えヌたじか。パむセンかヌ。前にお䌚いしたずき、ぜんぜん気づかなかった  」

「そういえば倫が、倏目さんのこず芋たこずある気がするっお。勘違いだず思っおたけど本圓だったんですね」

わたしは笑った。

「おかおふたりっお、どうやっお出䌚ったんですか やっぱり孊校぀ながり」

「えヌ」

恥ずかしくおう぀むく。こういう話にはあたり慣れおいなかった。

「たあいいや、今床、人でメシ行きたしょうよ。そのずき取材したす」

「取材っお」




けれども、そんな日は、──やっおこなかった。






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䞉條 凛花 最埌たでお読みいただき、ありがずうございたす♡