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『すくい』第章 巣食い ─ 圹員・リラ27

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䞃竈ななかたど


こんな人、フォロヌしおたっけ。


それが、──はじめに浮かんだ感想。




゚ンゞンを切る。
ヒヌタヌの颚音が止たり、車内がすっず静たった。

戻り途䞭で持ち垰りにしたホットカフェラテのクリヌムが、しゅわりずくちびるの䞊に぀いた。シロップを远加したはずなのに、甘さを感じない。
わたしは、SNSに釘付けになっおいた。



そのアむコンを芋たずき、だれなのかわからなかった。

わたしよりたぶん少し幎䞊の、矎しい女性。

ぱりっずした癜いシャツを着こなした、矎しい倧人の女性だ。
目錻立ちがくっきりしおいるのだけれど、それぞれの配眮は少し真ん䞭寄りで、矎人なのにかわいい感じもある䞍思議な人だった。色癜ではないずころがたた、゚キゟチックな色気を醞し出しおいる。

──この人を、どこかで芋たような気がする。


名前を芋お混乱した。蚘憶にあるものず䞀臎せず、目がすべるのだ。




「これが  ずも、ちゃん  」




《぀いに、぀いに   念願のはじめおの著曞が出たす カモメ文庫さんから『100日埌にミニマリストになるずもちゃん』発売でヌす
あヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌやっずいえた。黙っずくのくるしかったwww 「チヌムずも掻」のみんな 買っおね》
❀223 🔃10

ずもちゃん   2015/10/17


呌吞が自然ず浅くなる。勢いよくスマホ画面を真っ暗にする。鍵を匕き抜く。でも、立ち䞊がれなかった。ハヌトマヌクも抌せなかった。そういう自分の狭量さが、──いやになる。


《ずっず自䜜アむコン䜿っおたんだけど、これからは写真にしおみようず思うの。ドキドキ》
❀105 🔃2

ずもちゃん  2015/10/17


そんなpostずずもに倉わったアむコンは、矎しかった。
これたでのむラストでは、皺や錻の穎を匷調しおコミカルな雰囲気だったのに、180床雰囲気が違う。

もう䞀床、さっきのpostを開いた。


《぀いに、぀いに   念願のはじめおの著曞が出たす カモメ文庫さんから『100日埌にミニマリストになるずもちゃん』発売でヌす
あヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌやっずいえた。黙っずくのくるしかったwww 「チヌムずも掻」のみんな 買っおね》
❀526 🔃25

ずもちゃん 2015/10/17



指の先が冷たくなっおいく。感芚がないみたいに、力が抜ける。ハンドルに぀っ䌏した。

のどの奥が熱い。
浅い呌吞をくり返し、䞊を向いおはあ、ず静かに息をこがす。だめだ。これから䌚瀟に行かないず。




泣いおいる暇なんか、ない。
フロントミラヌの䞭の自分を睚んで、薄いくちびるに赀色を匕いた。




扉を開けお、パンツスヌツを履いた足を車倖に投げ出すように座り盎す。スニヌカヌをピンヒヌルに履き替え、サむドステップに足をかけお、のろのろず降りた。

ラングラヌの座垭は高くお、い぀もすべり萜ちそうになる。

涙ごずころがり萜ちおしたいそう。ずもちゃんの手には、わたしが倱ったものがあるのだ。

──泣くな。背すじを䌞ばせ。




深く息を吞ったずき、足もずの赀色に気が぀いた。

䞃竈ななかたどの実が房ごず萜ちおいた。

赀い小さな粒が固たっお葡萄みたいに寄り添っおいる。
子どものころ、この実を芋぀けるず”圓たり”だずいう気がした。色圩を倱った秋の野原で、宝石みたいに綺麗なこの実はずくべ぀に芋えた。぀らいこずも、汚いこころも、なにも知らなかった真っ癜な自分が憎くお、眩しくお。

ピンヒヌルを履いた足を䞊げた。──でも、できなかった。䞃竈の実を避けお、わたしは歩き出した。



「莉矅さん、お぀かれさたです」

郚䞋の鳎海なるみが駆けおくる。

圌の頭には癜いものが混じっおいる。わたしよりふた回り以䞊幎䞊の男性だ。

「お぀かれさた」

「倖回りどうでしたか」

「うん。感觊、よかったず思う」

わたしが答えるず、鳎海は顔をほころばせた。

「今日なんですけど、めん恋こいりんごパむのサンプルペヌゞを䜜りたくお  」

鳎海が早口で切り出す。『めん恋りんごパむ』は、うちの䌚瀟の䞻力商品だ。
この間、リニュヌアルをしたのをきっかけに、オンラむンショップのペヌゞも䞀新しようずいう話になっおいた。

ほんのすこし写真や文章を嗜んでいたずいうだけの玠人なのに、わたしはこの䌚瀟の──めん恋補菓株倖ヶ浜本瀟の広報担圓におさたっおいた。

これたでずは畑違いなのだ。きちんずやるなら芚えるこずが倚すぎお、目たぐるしく日々が過ぎおいく。



゚ントランスに入る前、颚に惹かれるようにふず振り返った。

山の䞭腹にある䌚瀟は、県䞋にはずっず田んがが広がっおおり、瀟屋のすぐ埌ろには山の斜面がせり出すようにある地圢だ。

平地には田んがの合間を瞫うようにぜ぀りぜ぀りず間隔を空けお建぀䜏宅。そのさらに向こうには海が広がっおいる。

い぀もはきらきらず氎面に反射する光たで芋えそうなくらいう぀くしいのに、くもり空のせいで、氎面もどこか色耪せお芋えた。



寒い。トレンチコヌトの前を合わせる。

──幎ほど前から、実家に戻っおいた。



実家は、特産品であるりんごのお土産を぀くる䌚瀟・めん恋補菓を営んでいる。埓業員は50人ほど。

わたしはそこの圹員におさたっおいた。

父は昭和のワンマン瀟長ずいった性栌で、こずあるごずにそれを錻にかけおいた。この小さな城で、ほかの人を芋䞋ろすように偉ぶっおいる父のこずが苊手だった。それなのに結局わたしは、父に頌っおいるのだ。

守っおくれる盞手が、柊介から父に代わったに過ぎなかった。



䞀生分の幞せを、20代前半で䜿いきっおしたったのかもしれない。
そう思うくらいの出来事が立お続けに起こっおいった。わたしは、なすすべもなく、それをただ倖偎から芋おいるこずしかできなかった。

江里ず䜜った枟身の䞀冊も、倏目ず息が合うようになっおから぀くった本も、どちらも売れなかったのだ。
続刊は、絶望的になった。

リラの商品䟡倀は、もう、ない。



江里ず䜜ったほうは、もしかするず、需芁に察しお䟛絊が倚すぎたのかもしれない。
圌女の意芋ではない。”䞊”の意芋だ。『リラの最適化生掻』が5䞇郚売れたこずを芋越しお、はじめから倧量に刷られたようだ。

わたしののフォロワヌは䞇人。

圓たり前だけれど党員が買っおくれるわけじゃない。
その䞭には、副業などの勧誘アカりントも含たれおいるし、悪意を持っお監芖しおいる人々も含たれる。

ただ圹に立぀情報がないかず静芳しおいる人々がほずんどで、玔粋に”リラ”を応揎しおくれる人はきっず、ほんのひずにぎりしかいないのだ。

サむン䌚やテレビ出挔など露出は増えおいたものの、初版から倧々的に宣䌝しおもらえるほどの知名床はなかった。


”営業掻動”はわたしひずりにゆだねられた。

で䞀生けんめい宣䌝しおみる。少しでも興味を持っおもらえるように、ひず぀ず぀圹立぀こずを入れおみたり、切り口を倉えおみたり、いろいろ詊しおみた。──でも、力䞍足だった。

圚庫がどれほど残ったのかは、わからない。
聞く勇気も持おなかった。



倏目ず䜜った本は、郚数は抑えめに出したいたものの、ずにかく初速が悪かった。重版できるかどうかは、倚くのケヌスでは発売前の予玄数や、発売埌週間にかかっおいる。

予玄が少なかった。その時点で䞍安を芚えおはいた。
癜石千晎の新刊ず発売日が重なったのが原因かもしれない。テヌマも䌌通っおいた。



なにより時期が悪かった。
じ぀は、わたしは倏目ず䜜った本が発売される盎前に、䜏たいを青森に移しおいたのだ。

だから、いくら倏目ががんばっおくれたずころで、人前に出るずいうこずが、取材をしおもらうずいうこずが、──叶わなかった。







お手掗いに立ったずき、ふずスマホを開いた。LINEの通知が来おいる。

柊介からだ。今日は退勀埌、「じゃっぱ汁」を぀くっお埅っおいるず曞かれおいた。

わたしはくしゃりず笑った。

愛おしさず悔しさずがないたぜになった、蚱されない感情を抱きながら、跳びはねる猫のスタンプをタップした。

匱い自分が顔を出す。
目尻に浮かんだ涙をはじいお、業務に戻った。”圹員の莉矅”の仮面を、かぶり盎す。



゚ラヌ


──いたから1幎ほど前。
忘れられない、灰色の午埌だった。


窓の倖では、霰混じりの雚が颚に煜られ、枝を打ち鳎らしおいた。暖房が効いおいるはずなのに、手足がしんず冷たい。カヌテンの隙間からのぞく空は、午埌ずは思えないほど重かった。

今日こそ、倏目に告げなければいけない。

倫はふずんの䞭で背を向けたたた、ほずんど日䞭動かずにいた。気を遣っお音を立おないように歩く生掻にも慣れ぀぀あった。




『は 青森   リラさん、それマゞで蚀っおる』

ひず通り事情を説明するず、電話越しの倏目の声は、震えおいた。怒りなのか動揺なのか、わたしには刀別が぀かなかった。ずいうより、そのころにはもう、なににどう反応すればいいのかすらわからなくなっおいた。
考えるこずが倚すぎお、くたびれおいたのだ。


出版予定日のヵ月前の話だ。
江里ず぀くりあげた本が驚くほど売れなくお、ざわ぀いおいた時期でもあった。

「  もう、それしか方法がないんです」

『いやだからっお  』

倏目の声がしがんでいく。がりがりず頭を掻いおいるのであろう音が向こうから聞こえたかず思うず『あヌもう』ず苛立぀声が響いた。

『いいですか莉矅さん。こういうのは顔芋ないずダメです。ずりあえず今すぐ行きたす。どこで䌚えたす』

「家では倫が寝おるので  。駅前の喫茶店でどうですか」

『すぐ行きたすからね。絶察来おくださいよ』

倏目は念抌しするように蚀った。



「ちょっず出おくるね」

わたしはベッドに暪になった柊介に声をかけた。

「  ごめんな」

圌はこちらを向かずに蚀った。声が最んでいた。結婚生掻でも子どものころも、圌が泣いおいるずころなんお芋たこずがないのに。

わたしは履きかけた靎をぬぎ、宀内にもどっお、圌の広い背䞭をそっず撫でた。





はじたりは、゚ラヌだった。

EBショップから通知が届いお驚いた。クレゞットカヌドの支払いができないずいうのだ。すぐにオンラむンで口座の状況をしらべる。──残高がわずかに足りおいなかった。

特に莅沢した蚘憶はない。

さかのがっお調べおいくず、数ヵ月前から、柊介の絊料が振り蟌たれおいないこずに気が぀いた。

「え  なんで  」



倜、垰っおきた柊介に尋ねる。圌は真っ青な顔をしお、口を開きかけお、そしお閉じた。芖線があちこち圷埚っおいる。やがお、芳念したかのように「ごめん」ず切り出した。

「  ヵ月前に、  仕事、蟞めおた。ごめん。毎日、仕事探しおるんだけど。なんか  電車にすら乗れなくお。歩いお行っおるんだけど  っ」

柊介は口元を抌さえお吐いた。

「シュりちゃん」

胃を抌さえお荒い息をしおいる。額には脂汗が滲んでいた。

トレンチコヌトを脱がせ、背広も取り去る。胞がいっぱいだった。柊介を抱きしめる。

「俺、吐いたから」

「いいよ」

明るい声を、──出せおいるだろうか。

抱きしめお優しい蚀葉をかけながらも、顔が芋られなくおよかったず思っおいた。

だっお、わたしの頭のなかでは、これからどうしたらいいかずいうこずが目たぐるしく駆けおいるのだ。目尻に浮かぶ涙も、芋せたくなかった。

なぜ真っ先に圌の心に寄り添えないのだろう。生掻なんお、どうでもいいじゃないか。これたでずっず守っおきおもらったのに。

わたしは、──わたしはなんお、薄情なのだろう。

自分の醜さがゆるせない。




萜ち着いたころ、柊介はお酒がほしいず蚀い出した。
吐いたし胃もいたそうだったら止めたが、話せる気がしないずいうので仕方なく甚意した。

びいどろのペアグラスに、カルヌアの原液を泚ぐ。コヌヒヌのようなにおいが挂いはじめた。牛乳をずぜずぜそそぐ。手がすべりそうになっお持ち盎した。

柊介もビヌルが飲めない。甘ったるいお酒が奜きなのだ。圌はしばらくグラスに手を぀けず、がうっず酒を眺めおいた。

わたしは䞀気に飲み干した。
コヌヒヌ牛乳みたいな味がしお、喉の奥がぜっず熱くなる。もう䞀杯぀くるためにキッチンに立぀ず「䌚瀟にいられなくなったんだ」ず、瞋るような声が背䞭に刺さった。


それから栓が取れたみたいに柊介が語り出したのは、ここ数幎での䌚瀟での出来事だった。
蚀葉に詰たるたびに、ちびちびずカルヌアを口に含んだ。

「新卒のころからお䞖話になっおいる歳幎䞊の先茩がいるんだけど   チ゚さんっおいっお。圌女の態床が、少しず぀おかしくなったんだ」

はじめは挚拶を無芖されたこずだった。
倧事な連絡が届かず、ミスをしおしたうようになっお。
そしお極め぀けは、──虚蚀だった。

「なんか俺がチ゚さんにセクハラしたこずになっおお。䌚瀟の人たち、だれも信じおくれなくおさ」

柊介は也いた笑いを挏らした。
これたで芋たこずのない、がんやりずした虚ろな目で、わたしではないどこかを芋おいた。

「うそなんだ。そんなこずしおない。だからわかっおもらえるっお思っおた。いろいろがんばったんだけど、ごめん。  駄目だった。しかもさ、理由が理由だから莉矅にも蚀えなくお。セクハラ セクハラっおなんで俺があの人なんかに  」

柊介は声を詰たらせた。

そんなこずするわけないのに、ず、消えそうな声がぜ぀りず滲んだ。胞がぎゅっず痛くなった。気づくず立ち䞊がっお、柊介の頭をかき抱いおいた。



圌がねむったあずも、胞の動悞が収たらずにいた。
これたで、生掻費を柊介の口座から、突発的に必芁になるお金をわたしの口座から出しおきた。


数癟䞇単䜍の預金はある。でもこれで、いったい䜕ヶ月生掻できるのだろう。

月収は桁のずきもあれば、たったの桁のずきもある。
取材は単発のしごずだし、印皎だっお版元によっおちがうから、今埌続刊できたずしおも、どれほどの皌ぎになるかなんお予枬するこずはできなかった。



このずきはじめお、わたしの倢は、柊介が぀くっおくれる堅実なお金があっおこそ成り立っおいたのだず突き぀けられたのだった。



家賃に食費、消耗品  。ぞわぞわず這い䞊がっおくるような䞍安に襲われた。

ずりあえず、サブスクをどんどん解陀しおいった。
次に郚屋にあるものを売ろうかず考えた。


でも違う。もっず根本的な解決策が必芁なのだ。
求人サむトを開いた。

就掻をしおいたずきのような嫌などきどきした感じが蘇る。条件を遞ばなければきっず、職はいくらでもあるのだろう。でも。そうしおフルタむムで働いたら

そうしたらわたし、今の仕事を続けるこずができるのだろうか。



そもそも、最近、仕事はぞっおきおいた。

ブログ幎目から続けおいた『mame』のコラムの仕事も倱ったばかりだった。PVに貢献できおいないのが理由だ。

自分なりに研究し、頑匵っおはいたけれど、自分ごずずしお曞けないのも倧きな理由だったのかもしれない。
『mame』の読者局は、30代埌半のワヌママだった。幌児から小孊生くらいの子どもがいお、フルタむムで働いおいる。

自分ずはひず぀もラむフスタむルが重ならない読者に、わたしの考えるアむディアは受けなかった。

䞀床、コメント欄をのぞいおみたら「ひたな専業䞻婊だからできるこずなんですよね」ず曞かれおいた。


《”おいねいな暮らし”っお蚀われるず、責められおる気がする。私、毎日がんばっおるのに。それなのにあたしは雑っおこず》

ミルク

《こんなの嘘っぜいよ。生掻感がないっお倉。ごはんの写真を光の角床たで気にしお撮っおる時点で、それっおもう”暮らし”じゃなくお”挔出”だよね》

ゆきの

《自分の正しさを抌し぀けられおるみたいで無理。こういう女だから、結婚から幎以䞊経っおも子どもいないんだろうなw 》

マミリン(Ž・ω・)


ひず぀のコメントに”ゆるし”を埗お、どんどん連鎖しおいく怒りに飲み蟌たれそうだった。──子どものこずは、ずっず気にしおいた。

でもこんなこずたで。こんな、プラむベヌトなこずたで  芋知らぬだれかに蚀われなければならないのだろうか。




もうわたしぞの仕事は届かないのに、メヌルボックスには、mameの線集郚からメヌルが届く。
今月のトップず題しお、人気執筆者たちの名前が茉っおいる。


そこにはずもちゃんの名が燊然ず茝いおいた。






倩秀


「リラさん」

喫茶店の扉を開けお飛び蟌んできた倏目は、息を切らしおいた。スマホ以倖なにも持っおいないように芋える。

い぀も真ん䞭できっちりず分けおいる髪の毛が乱れお、汗で額に貌り぀いおいる。

わたしの顔を芋るず、ほっずしたように顔がゆるむ。

「倏目さん  」

そんな圌の衚情を芋おいたら、急に涙がはたはたず萜ちおきた。



倏目はぎょっずした。それからスヌツのポケットから、綺麗にアむロンがかけられたハンカチを取り出し、差し出した。

「ずりあえず事情聞かせおもらえたす」

圌はわたしの向かい偎に腰を䞋ろすず、呌吞を敎えながら、アむスコヌヒヌを頌んだ。

柊介の仕事のこず、青森ぞ戻ろうず思うこず。  わたしは掗いざらい圌に䌝えたのだった。


「仕事、俺も玹介できたすよ。テヌプ起こしずかさ、需芁はあるはずなんです」

「でも、それはわたしの仕事でしょう。わたしももちろん働くけど、圌が家にこもっおるの、よくない気がするんです」

「  やっぱり、垰るんですか」

わたしはこくりず頷く。
すっかり冷めたカフェオレを口元に運んだ。









「青森に垰ったら、今の仕事は続けられたせんよ。──そう、蚀っおもですか」











カップを眮こうずする手が、止たった。
倏目は目を逞らすこずなく、わたしをたっすぐに芋据えおいる。テヌブルの䞊で、手を握るように重ねおいた。

「暮らし系で売れるためには、取材が倧事です。リラずいう存圚を、認知しおもらう必芁があった。それはオンラむンだけじゃ足りない。テレビ、雑誌  。昔からある媒䜓に登堎するこずで、リラずいうブランドの信頌は積み重なっおいきたす」

い぀の間にか、倖は晎れおいた。
倏目の向こう偎には出窓があっお、そこから差し蟌んでくる光に芖線が奪われる。

「リラさんのアドバンテヌゞはね、若さのほかにもありたした。郜内に䜏んでるこずだったんです。出版瀟から気軜に30分くらいで来られる距離に家がある。──なぜオンラむンじゃ駄目かわかりたすか」

倏目が頌んだアむスコヌヒヌのグラスに、぀めたく曇った氎滎がじんわりず広がっおいく。
背埌のスピヌカヌからは、静かなゞャズが流れおいた。

「写真  」

「そう。リラさんに撮っおもらうっおいう遞択肢はできるかもしれない。でもそれじゃあ、誌面を倧きく食るようなものはむずかしいでしょう。玠人の䞻婊が撮った写真なんだから。テレビ出挔も無理です。青森からの亀通費を考えたら。芞胜人でもないのにそんなの出せたせんからね。リラさん、  それを飲み蟌む芚悟、あるんですか」

倏目がたっすぐにわたしの目を射抜いた。
こころが揺れた。──やっず、ここたで来られたのに。本を出し続けられそうな環境に、近づいおいたのに。

醜い本音に気づいお、かあっず頬が熱くなった。








「でも、  それでも、青森ぞ垰りたす。東京のほうがわたしの仕事はたくさん芋぀かるかもしれない。でも、倫の気がすこしでも玛れる堎所に、安心できる堎所にいたいんです」

倏目は深くため息を぀いた。










「パヌトナヌっお、倢より倧事ですか」








倏目がぜ぀りず蚀った。
わたしは答えられなかった。即答できなかったずしおも、それでも、わたしはパヌトナヌを遞びたかった。その思いだけは揺らがない。

「莉矅さん、俺  」

倏目が手を䌞ばしおきた。
圌の埌ろから差し蟌んでくる西日で、衚情がよくわからない。倏目の髪の毛の端たで、綺麗な橙色に染たっおいた。


「  いや、なんでもないです。ずりあえず、今は、本が売れるこず考えたしょう。ここから忙しいですからね。匕っ越しずか色々あるず思うけど、俺は〆切をゆるめたせんよ」



磚き蟌たれたテヌブルの䞊に、わたしたちの圱がゆらゆらず揺れおいた。



「でも、なにかあったら頌っおください。ずるいのは、俺が匕き受けたす」


倏目はそう蚀っお泣きそうな顔で笑った。


このずき、圌ず䌚うのは最埌になるのだろうなずいう、予感がした。






実家を継ぐず決めたずき、父はずおも䞊機嫌だった。

赀い顔をしお「俺は莉矅が郜䌚に行くのだっお反察だったんだ」ず、柊介に次々飲たせた。

「頌っおごめん」

そう䌝えるず、父は「むしろ良かったよ」ず答える。

「東京みたいに遠いずころさいれば、様子がわからないから。前みたいなこず・・・・・・・があったら倧倉だしな」

わたしは母の様子を窺った。母の目が吊り䞊がっおいる。父は気にせずに続けた。

「近いほうが安心だっお。柊介くんには、これたでずっずおたえが䞖話になっおきたんだから。今床はおたえが支える番だぞ」

父はそう蚀うず、わたしの肩を叩いた。



実家には、祖父母が暮らしおいた離れがある。

わたしたちはそこを棲家にした。

これたで䜏んでいた東京のマンションずは違う。幎以䞊かけお、ふたりで少しず぀䜜り䞊げおきた空間ではない。

家がだめにならない皋床のそうじはされおいたのだろうが、ずにかく叀くおあちこちがボロボロで、なにより祖父母倫婊の生きおきた軌跡がそのたた残っおいた。
他人の生掻を芗き芋するような気たずさがあった。

髪の䌞びた日本人圢や、床の間に食られた曞。぀や぀やした赀茶の棚は埃をかぶっおいたが、䞭にはたくさんの硝子食噚が食るように仕舞われおいる。鎚居の䞊からぶら䞋がる柱時蚈の針は止たっおいた。──ひず぀も奜みではなかった。

莅沢は蚀えない。助けおもらっおいるのだ。




柊介は日䞭、埒歩圏内にある圌の実家で蟲䜜業を手䌝うずいう。
圌の父は高校生のずきに他界しおおり、矩母がひずりで家庭菜園のようなものをほそがそず続けおいた。

午埌は離れで芋぀けた祖父の将棋盀に向かっおいた。



わたしは新しく買ったパンツスヌツず、ピンヒヌルの靎に身を包んで、父の䌚瀟で働きはじめた。

それが今から幎ほど前の、こずの顛末だった。



炎䞊を経隓したわけでも、立ち盎れないくらい嫌な目にあったわけでもない。でもわたしにはもう、著者ずしおやっおいく目はなかったのだ。






担圓線集


今日もくたくたになっお垰宅する。
”幎䞋の䞊叞”ぞの反発も倚い。うたくいかないこずばかりで、匷くなった気がする。

青森に戻っおきおから、幎が経ずうずしおいた。

ふたりがそれぞれ働くようになり、旅行は幎に䞀床でも苊しいけれど、スヌパヌでなら倀札を芋ずに買いものができるくらいには安定した生掻を送っおいた。

先月、印皎を䜿った。
すっかり運転にも慣れたので、車を買ったのだ。Jeepのラングラヌ。色は黒。䞭叀車だけど、わたしの暮らしから考えるず、決しお安いものではない。

この車は、わたしに䌌合わなさそうなずころに惹かれた。ずおも倧きくお぀よそうだ。これからのわたしが、そうあるべき姿に䌌おいお、たるで願掛けをするように、わたしはこの車を遞んでいた。




離れの前にラングラヌを停めるず、扉を開ける前からいい匂いが挂っおいた。

「おかえり」

祖母の遺したピンクの゚プロンを぀けた柊介が、鍋をかき混ぜおいる。

「カレヌ」
「うん」

柊介は和食が奜きだ。

昔、和颚カレヌを出したら気に入っお、自分でも぀くるようになっおいた。たっぷりの癜菜を入れるのがコツ。氎分がぬけおくったりしたら、甘みが出おおいしい。隠し味には味噌ずめん぀ゆ。


「おか、迎えに行くっおいったのに」


柊介は少しず぀萜ち着いおきお、半幎ほど前から䞭心地に曞店で働きはじめおいた。

もずもず本奜きな圌は、氎を埗た魚のように楜しそうにしおいる。



街には車を停められる堎所があたりない。だから迎えに行こうず思ったのに──。

「電車通孊、慣れおるからさ」

柊介はすぐに、遠慮する。それずも電車に乗れるように緎習しおいるのだろうか。苊痛に耐えながら。

接軜線は時間に本しかない。せめおその埅ち時間が圌にずっお苊でなければいいのだけれど、どうなのかはわからなかった。



ふたりずも働くようになるず、暮らしがたた厩れはじめた。

家の䞭は埃っぜい。
お颚呂あがりに片づけず掃陀をしようず思っおいたのに、わたしは沈むようにねむりに萜ちおいた。回した掗濯ものを干すこずすらせずに。

わたしの曞くものを読んだワヌママたちが憀っおいたのが、すこしわかる気がした。
ああ、これは確かにしんどい。子どもがいなくたっお倧倉だ。そこに予枬䞍可胜な行動をする小さな子どもたちがいたら──。暮らしは回らないかもしれない。



子どものころからずっず家にある藀補のロッキングチェアにもたれたわたしは、今にもくっ぀きそうなたぶたをこじ開けお、SNSをひらいおいた。

傷぀くっおわかっおいるくせに、これがナむトルヌティンだ。


矎人なアむコンに倉わったずもちゃんが、真っ癜な郚屋でキャンドルを焚いお本を読んでいる姿が茉っおいた。

本のタむトルは流行りの゚ッセむ。


明日は朝から収録だよ 元気いっぱいお話しできるように、奜きなこずをしおパワヌチャヌゞしおおくんだ♡ 読曞のおずもはカフェオレ。カフェオレっお、牛乳ずコヌヒヌをくらいにしお぀くるんだよ。やっおみおね。キャンドルを焚くのが ナむトルヌティン#䞁寧な暮らし#䜙癜のある時間

マグカップ、クッション、ラグ。すべおにがんやりずしたフィルタヌがかかっおいるようにう぀くしく芋えた。違う䞖界を生きおいるみたい。

わたしのスマホ画面に反射しお写ったのは、取り蟌んだ掗濯物が山になったたたの゜ファず、飲みかけの猶チュヌハむ。


画面を閉じたあずもしばらく、目の奥に残像のように、あの郚屋の癜さが残っおいた。
圧倒的な正しさが、眩しかった。



このずきはじめお、わたしに異を唱えおいた人たちのきもちが、すこしだけ、わかった気がした。

䞁寧な暮らし──。だれもが䜿うから深く考えずに䜿っおいた蚀葉だし、決しおきらいじゃない。

考えた人はきっず、垌望を持っおこの衚珟を送り出したはずだ。
日々を愛おしむこずの玠敵さ。それを䌝えたかったのではないか。


わたしは手䜜りするこずが奜きだ。
ずりわけ奜きなのが梅シロップを぀くる䜜業。䞀幎の䞭で梅雚時だけずいう特別感。爜やかな銙り。できあがったもののおいしさ。

たくさんの垃を芋比べお、どんな小物を぀くろうか考える時間だっお奜き。おのひらの䞭から新しいものが生たれおいく達成感がある。

どれも「䞁寧な暮らし」にカテゎラむズされるものだ。


でもこの蚀葉は、家事ぞのスタンスや環境によっおは、圧があるのかも。自分が働いおみお、家のこずがうたく回らなくなっおはじめお、そう気づいた。


䞁寧ずいう蚀葉は、絶察的な”善”だ。「ちゃんずしおいる」「敎っおいる」「矎しい」などの印象を受ける。ずにかくポゞティブなのである。

この蚀葉はほんずうに䞍思議だ。やわらかくおう぀くしい衚珟なのに、それでいお、絶察的に境界線を匕かれおしたうような蚀い切り感すらある。

だからこそ、この蚀葉を䟡倀芳ずしお定矩されおしたうず、自動的に”それ以倖”が吊定されおしたうような危うさがあるのかも。䞁寧な暮らしず、そうじゃない暮らしの間に、圧倒的な優劣が生たれおしたうような。



ふず「おいねい」ずいう蚀葉を怜玢しおみる。

「動䜜  」

「おいねい」は、”動き”を衚す衚珟なのだずいう。そう考えおみるずすずんず萜ちるものがあった。

「䞁寧に掗濯ものをたたむ」
「䞁寧に皿の氎気を拭きずる」

こうした衚珟だったら、わたしにはなにも刺さらない。それは単なる動きのひず぀だからだ。


それが「暮らし」ずいう、自分ではどうしようもない時間そのものや、䟡倀芳ずいう領域でば぀んず蚀い切られおしたう。もしかするずそれが、圧の原因なのかもしれないず思った。

玠敵な蚀葉なのに、自分だっお散々䜿っおきたくせに、立堎が倉わったいたは、自分に刺さる。

おいねいな暮らしも、そこたで売れおないのに本を曞いお生きるこずも、柊介が生掻の基盀を぀くっお、守っおくれおいたからこそできたこずだったのだ。
情けない。

぀、぀、ず目尻を䌝っおいくものがある。


倢う぀぀の䞭で「ごめんな」ず、誰かが頭を撫でたような気がした。




翌日、䜓調に思うずころがあり、午前䞭病院に足を運んだ。母が車で送り迎えをしおくれたが、そのあず、柊介のずころぞ行きたくなっお、ふず、圌がい぀もそうしおいるように電車で街ぞ出おみるこずにした。

駅たで続くこの道を通るのは、䜕幎ぶりだろう。蟹田橋を枡る。海から颚が吹いおくる。朮のにおいがした。

高校生のころは毎日電車通孊だった。
接軜線の電車は時間に本しかなくお、街で時間を぀ぶすこずが倚かったっけ。

蟹田駅のホヌムには屋根がない。四方八方からびゅうびゅうず吹き぀ける颚にこごえおいたら、錻先がふわりず冷たくなる。

「え」

は぀雪だった。ミルク色の空から、ちらり、ちらりず雪が萜ちおくる。久しぶりにこころがほどけるような心地になった。

ピンク色のラむンが入った接軜線がすべりこんでくる。ボタンを抌しお乗り蟌んだ。生たれ育った街が静かに遠くなっおいく。

高校生のころ、向こう偎にあるものはすべお明るく芋えおいた。でも決しおそういうわけじゃないのだず、今のわたしはもう知っおいる。


柊介の昌䌑みたではすこし時間がある。駅前の店で、新しい靎を買った。
店員にたよらず、自分の目で、足で、いく぀も詊着しお遞んだのは、淡いブルヌのロヌヒヌルのパンプス。

それからなんずなく駅の構内にもどり、ベンチに腰を䞋ろした。



きょうの目的地は、柊介が働く曞店。
高校生のころに䜕床も行ったのだ。駅からすずんずたっすぐに進むだけ。道順は芚えおいる。

そろそろ行こうず立ち䞊がった、そのずきだった。巊腕に痛みが走った。匷く匕かれ、匷匕に振り向かされるかたちになる。

「はは 莉矅ちゃん   やっぱり莉矅ちゃんだ」

目の前に立っおいたのは、50代半ばくらいの男性。芋䞊げるほど背が高く、现い目がにんたりず䞉日月型になるず、溶けおなくなるみたいに䞀本の现い線になった。わたしは硬盎した。

い぀か、新幹線でいわれた母の蚀葉が、頭に蘇る。






《倧孊生になったからっお、だれにでも愛想を振りたいちゃだめ。前にこわい目に遭ったでしょう。お父さんもお母さんも、東京じゃあ駆け぀けおあげられないんだからね  》





高校生のずき、ストヌカヌに遭ったこずがある。

ストヌカヌずいっおいいのかもわからない。ただ远いかけられたり、埅ち䌏せされたり、家を突き止められたりした、だけ。それが、この人だった。

「莉矅ちゃん、有名になったねえ」

圌はDず呌ばれおいた。同じ英䌚話教宀の生埒だ。
生埒ずいっおも、わたしを陀く党員が瀟䌚人だった。Dは公務員だったず聞いた気がする。

どうしおDかずいうず、空き教宀の予玄衚に自分の名前を曞くのだけれど、決たっお「D」ず曞き残すから──。

「莉矅ちゃん、テレビ出おたねえ。本も党郚買ったよ。今も持っおるよ。ほら、サむンしお」

圌の手には、衚玙の角がめくれた本。衚玙に映るわたしの顔は、切り刻たれおいる。

圌が鞄から本を取り出す䞀瞬で、腕を振りほどいお離れた。けれども埌ろは壁だった。駅ず駅ビルずを぀なぐ連絡通路。浅い呌吞が止たらない。

「りヌらちゃん」

Dは湿った声で笑った。ぐふぐふず喉の奥で転がすような、粘り気のある笑いだった。

「ちょっず䌚わないうちに、若くなくなっちゃったねえ。でもいいよ。ゆるしおあげる」

笑っおいるのに、目だけが動いおいなかった。氷のように濁っお、わたしだけを芖線に絡め取っおいる。



高校生のずき、に家たで尟けられたこずがあった。

家の前で腕を掎たれた。ちょうどこんなふうに。家のすぐそばには、ほかの民家がなかった。すこし離れたずころに車が停められおいお、そこに向かっお匕きずられおいく。

驚きすぎお声が出なかったが、ちょうど日課の玠振りのために玄関を出た父が、わたしの異倉に気づいた。朚刀を持ったたた、「貎様あ」ず倪い声で叫びながら矢のように飛んでくるのを芋お、Dは尻もちを぀いお逃げおいった。



父に連れられお譊察にも行った。けれども「ストヌカヌずいうほどではない」ず蚀われた。

それからずいうものの、ポストに䜕通もの、消印の぀いおいない手玙が届くようになった。最埌には䞡芪がDの職堎に乗り蟌んで  。


──そのあずすぐに卒業しお進孊したものだから、圌のその埌は知らなかった。倧事にせずそれで終わったのか、それずも譊察に行ったのか。

ずっずわたしの東京行きを反察しおいた䞡芪が、おのひらを返したように賛成したのは、この出来事のせいだった。同時に、ふたりが異垞に過保護になるきっかけでもあった。



「莉矅ちゃんのせいで仕事がなくなったんだよ。だから、莉矅ちゃんに責任を取っおもらわないずね」

Dはにたにたず笑いながら近づいおきた。わたしは声を出すこずもできずに、ただ氷のように固たっおいた。

倪い指が、わたしに向かっお䌞びおくる。ぎゅっず目を぀ぶった。




「な、なんだよお前はよぅ」


恐る恐る目を開けるず、わたしの前には広い背䞭が、壁になるように芋えた。

どうしおここに  。うそみたいで、目を瞬かせた。



長身の圌に芋䞋ろされたDは、わたしに察峙しおいたずきずは違い、急に焊りだす。





「んヌず、  担圓線集」





銖をかしげたのは、倏目だった。





第章 ぞ続く




いいなず思ったら応揎しよう

䞉條 凛花 最埌たでお読みいただき、ありがずうございたす♡

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