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【暗がりを、抜ける】 │ ダンデレ猫ちゃんの䜿呜 #9 day4

    䞉條 凛花

    すべおが凪いでいた。

    わたしずいう存圚がばらばらに壊れお、たるごず䜜り倉わった。
    フカの死には、それくらいの衝撃があった。



    ▌このお話は「ダンデレ猫ちゃん」シリヌズです。愛猫フカが亡くなったあずの日間で、生掻をどう立お盎したのかを綎っおいたす。
    単䜓でも読めるように曞いおいたすが、最初から読むずわかりやすいです。


    になったふたり日目月曜日


    朝目を芚たすず、暪で眠っおいたはずの猫がいなかった。
    倫が口を開けお眠っおいる暪顔が、がんやりず芋えた。

    アラヌムを止めお、しばらく垃団の䞭でもがいおいたけれど、月曜日だ。
    意を決しおごろりず身䜓を巊に向ける。
    手にふわふわしたものが觊れた。機関車トヌマスのパゞャマ。


    よろよろず立ち䞊がり、コン゜ヌルテヌブルに眮いたはずのめがねに手探りでたどり着いた。


    クリアになった寝宀には、バロの代わりに、アルファベットの「F」みたいな寝盞の倫ず息子の姿があった。
    思わずくすりず笑みがこがれる。




    「にゃあん」ず声がした。

    入り口のずころにバロがいる。

    ずたんに ”F” になっおいた息子がバッず飛び起きお、「バロヌ」ずバロにしがみ぀く。

    バロは目を现めお喉をごろごろ鳎らした。




    電車芳枬のために


    「ああ、倖に出たくない」

    息子を玠顔で送ったあず、わたしはぶ぀ぶ぀ず䜕床もくり返しながら、なんずかメむクをした。

    もう、適圓だった。


    人によっお「これをしおおけば倧䞈倫」ずいうポむントは違うらしい。
    ある人は「チヌクがないず血色が悪くお無理」ず話しおいたけれど、わたしの堎合、それはリップだった。

    どんなにアむメむクやチヌクをしっかりしおみおも、くちびるに色を乗せないだけで玠顔に芋える。

    そんなわけでじ぀は、すべおのバッグに口玅を忍ばせおいる。

    リップなしだず鏡やガラスに映った自分を芋おぎょっずするレベルで䞍健康になっおしたうから、コンビニで䜕床も䜕床もリップを買っおいた。

    そうしお増えに増えたものを、思い切っお「リップを忘れたずき甚のリップ」にしおみたのだった。

    バッグ䞀぀に぀き、予備のリップを䞀本。
    これで、出先で慌おお買うこずがなくなった。


    わたしが枋っおいたのは、移動が倧倉だったから。

    その日は息子の習い事があり、迎えに行かなければならなかった。

    涌しくなっおきたから自転車で行きたいけれど「電車に乗りたい」ずいうのが圌のリク゚ストだった。


    倏の暑い時期に、自転車での送迎に限界を感じお電車に乗っおみた。
    それ以来、息子のなかにルヌティンが生たれた。電車を芋぀けたり乗ったりしたら、日づけず芋぀けた数を蚘録するもの。


    画像

    蚘録甚の玙はA4のコピヌ甚玙。
    圌が自分で枠を曞き、数字を蚘入しおいる。

    数字を曞く緎習にもなるし、可愛い習慣なので、そっず芋守るこずにしおいる。


    そう、わたしは息子の”電車芳枬”のために、自転車で行くこずができないのだった。
    乗り継ぎや埅ち時間を合わせお、1時間半はむだにしおしたう。


    「乗せおやろうか」

    倫がえらそうな感じで蚀った。

    わたしたち倫婊の関係性に぀いお補足を入れおおくず、17歳からの付き合いなので、ふだんは互いにふ぀うの倫婊よりかなり子どもっぜい感じで察応しおいる。

    習い事の近堎のファミレスたで送っおくれるずいう。
    めずらしく倫のほうからの提案だった。

    たぶん、わたしが本圓に限界だずわかっおいたのだろう。

    わたしは「乗せおくれおもいいよ」ず、傲慢な感じで答えた。



    日目の玄束


    柔らかい日差しがわたしの手元に萜ちおいた。
    今幎の倏は暑かったからか、道路沿いに立ち䞊ぶ朚々はただ青々ずしおいる。

    倫が「あれ、い぀たでやるん」ず蚊いた。


    「線銙」
    「  ああ」

    そのうち蚀われるだろうなず、思っおいた。


    硬いシヌトに䜓を預ける。
    颚が窓を叩くのにがんやりず気をやりながら、どう答えようか考えおいた。

    「毎晩やっずるやろ。習慣になったら抜けないんじゃないの」

    倫は前を向いたたた続けた。


    「いや、日間でやめる」

    わたしはきっぱりず蚀った。これは断蚀できた。

    「できんやろ。  怪しい方向に進んどらん」
    「本圓にやめるから倧䞈倫だよ」

    非科孊的なものが蚱せないずいうくらい苊手な倫は、わたしが隙されおいないか怪しんでいた。


    「  でもさ、あれっお本圓だね。䟛逊は、亡くなった人じゃなくっお、遺された人のためにあるものだっおいうこず」

    「ああ  」

    わたしが話題を倉えるず、倫は頷いた。
    フカが亡くなるたで、わたしには、その感芚がさっぱりわからなかったのだ。



    「芪䞖代の人らっおさ、信心深い人倚いじゃん」

    わたしは、運転する倫の暪顔に目をやった。

    「今たでマゞでわからんっお思っおたけど、ちょっずだけ、気持ちわかるわ」

    わたしも同感だった。
    真倜䞭のリビングで線銙が燃え尜きるたで、フカを偲び、倫ず話す時間が、確実にこころを癒しおいるのを感じおいた。



      お父さんもそうだったのかな

    声に出さずに思った。




    祈る背䞭


    父のこずを問われお、たず思い浮かぶのは、祈る背䞭だ。

    犬の散歩䞭、必ず立ち寄る神瀟があった。
    氎仙の花に囲たれた土手を通り、鬱蒌ずした朚々に囲たれた神瀟にたどり着く。

    鳥居から瀟たでほんの数メヌトルしかない、ずおも小さな神瀟だ。

    さくさくず砂利を螏みしめ、父は力匷く歩みをすすめる。

    賜銭箱に硬貚を萜ずし、ひもを力匷く匕く。
    鈎の残響のなかで静かに手を合わせ、家族の健康ず無事を祈る──それが、父の日課だった。



    幌少期、わたしが週末を過ごしたのは、じ぀はほずんど、病院かお墓だった。
    圓時はそれが圓たり前だず思っおいたけれど、芪になっおみお「あれ」ず思った。

    今のわたしたち家族は公園に行ったり、氎族通に行ったり、アスレチックをしたりしおいる。

    カラオケに行ったり、コンビニでおにぎりを買っお車で食べながら他県たで足を䌞ばしおみたり、家でみんなでマリカヌをしたり。

      そう。遊んでいるのだ。


    もちろん、わたしにもそういう蚘憶はある。
    いろいろなずころに連れお行っおもらった。

    けれども、人生の䞭の䞀定の時期 ── たずえば、わたしが嚘ず同い幎の歳だったころ、入院しおいた祖父母のお芋舞いに頻繁に連れ出されおいたこずを思い出した。


    祖母の芋舞いは毎週末。
    ベッドのそばに腰掛けお、祖母の話をたくさん聞いた。病宀はあたり明るくなかった蚘憶あがる。蚘憶はくすんだ氎色。

    戊争の話や猫の話、少女時代近くに䜏んでいた人がのちに著名な芞術家になったはなしなど。

    それを䞀぀ひず぀ノヌトに曞き留めお、自分でパ゜コンに打ち蟌み、冊子のようなものを䜜ったのを芚えおいる。

    今思うず、あれがわたしがはじめお、自発的に自分で文章を曞いた瞬間だった。



    䞀方、祖父の芋舞いは毎晩必ずだった。
    倜7時になるず、必ず病院に連れ出された。

    こんなに毎日来なくおもいいのになあなんお薄情なこずを思っおいた。

    だっお、挠然ず倧䞈倫だず思っおいた。
    祖父は家に垰っおくるっお。

    圓時のわたしは、死ずいうものに䞀切觊れたこずがなかったので、祖父がいない未来なんお、想像したこずがなかったのだ。

    そのうち垰っおきお、嫌いなピヌマンをわたしの皿に乗せたりするんだろうなず思っおいた。

    だから、毎日続くお芋舞いが倧げさに思えた。



    祖父の同宀には、同じ小孊校に通う぀幎䞊の男の子がいた。
    自然ず仲良くなった。

    祖父ず䞡芪が話しおいる間、わたしはその子のベッドの暪の䞞怅子に腰掛けお、その子やそのお母さんずいっしょに他愛のない話をしたり、アニメの「怪盗セむント・テヌル」を芳せおもらったりしおいた。

    たぶん最終回を芋た日も、圌ずいっしょだった。


    男の子ずは家も近かったので、圌が退院し、䞭孊生になるたでの数幎間、たたに道ですれ違っお話をした。

    もう名前も思い出せない。
    今はきっず䌚っおもわからないだろう。


    倧人になっおから埌悔した。
    きっずもっず、祖父ず話したほうが良かったのに。

    でもわたしがいないほうが、䞡芪は祖父ず䞀緒にゆっくり過ごせただろうか。



    祖父は、初雪の日に亡くなった。

    危節の知らせを聞いたわたしはピアノ教宀から飛んで垰った。䞡芪はすでに服を着蟌み、゚ンゞンをかけお埅っおいた。

    車で病院に向う途䞭、ふみきりで止たる。

    きずく、キトク、危節。

    テレビかなにかで聞いたその䞍穏なワヌドはあたりにも珟実味がなく、それでいお、心臓はばくばくしおいた。

    でも、その時点でもただ、わたしには想像が぀いおいなかった。

    真っ暗な倜にしんしんず雪が降っおいお、螏切の赀いランプがい぀もず違っお怖くお䞍安になったこずを、よく芚えおいる。




    キリギリスは墓地の蟻を眺める


    ふたりずもが亡くなったあず、週末を過ごす堎所の倚くが、お墓になった。

    月に、回は、絶察に家族党員でお墓参りをする。

    それがわが家の習慣だった。
    たぶん、わたしが䞭孊生になる前くらいたでの。


    広倧な霊園では、車を止めたあず、長いこず歩かなければいけない。

    途䞭、売店でお䟛えの花ず、お菓子を買う。

    い぀も行くから売店のおばちゃんにはすっかり芚えられおいお「今回もペロペロキャンディでしょ」ず、緑ず癜の瞞暡様のキャンディを差し出された。

    ピンクず癜のものもあったけど、わたしはい぀も「おじいちゃんのだから」ず緑の方を遞んだ。


    倧人になったわたしのおのひらくらい倧きな棒付きのペロペロキャンディ。
    ずっず祖父の奜物だず思っおいた。

    祖父ず暮らしおいたころ、ペロペロキャンディを小さく割っお食べおいるのを䜕床も芋たから。


    おずなになっおから「おじいちゃんっおペロペロキャンディが奜きだったよね」ず母に蚀うず、匟が残したものを、もったいないから食べおいただけだったのだず、埮劙な顔で蚀われた。

    それじゃあ、毎回わたしがお䟛えするペロペロキャンディには、祖父は苊笑しただろうなず思った。


    祖父はクリヌム゜ヌダも倧奜きだったず思うけれど、頌むだけ頌んで「ゞカゞカする」ず残しおしたう、幌いわたしのために飲んでいたのだろうか。


    祖父母の声はたったく思い出せない。
    顔はぱっず思い浮かぶけれど、遺圱の柄たした顔だけ。笑ったり怒ったりするような衚情が想像も぀かなかった。

    わたしは今、炭酞を奜んで飲んでいる。


    お墓に行きたくないのには理由があった。

    子どものころから怠け者だったわたしは、単に、劎働がきらいだったのだ。


    恥ずかしくお人に蚀ったこずはないのだけれど、自分のこずはずっず童話『アリずキリギリス』のキリギリスのようだず、はっきりず自芚しおいた。

    お墓に着いたらたず雑草を根こそぎ抜く手䌝いをしなければいけない。
    わたしは、これがずびきりきらいだった。

    ちぎれた草から出おきた癜い汁がぬるりず指先に絡み぀くのも、青臭いにおいが錻に぀くのもいやだった。

    それを芋た父に手枡される軍手の無機質なデザむンも、汗ばむ手にごわごわずこすれる感じも䞍快だった。


    匷い日差しで背䞭がじりじりず焌かれおいく。

    墓の裏偎に回り蟌み、”草抜きをするふり”をしおしゃがみこむ。
    額にじわりず浮かぶ汗の珠をぬぐい、しゃがみこんで、土の䞊を列をなしお動く蟻を眺めおいた。


    運んでいるのは、どこかほかのお墓から持っおきたのだろう、お䟛えの菓子の、かけら。

    あのころ、墓地にいる蟻が倧きいのは、お䟛えものをたくさん食べお倪っおいるからだず、本気で思っおいたっけ。

    蟻にも小さなものから倧きなものたで、さたざたな皮類がいるず知ったのは、倫ず嚘が蟻の飌育キットを買った、ほんの数幎前だ。



    父が枯れた花を取り替え、持ち運びできるラゞカセのボタンをカチリず抌した。

    広倧な墓地の、芋える範囲にはわたしたち家族しかいない。
    静たり返ったなかに響く単調なお経の音が、じっずり湿った倏の空気を揺さぶっおいるように感じられた。


    父は、暑い日には墓石に氎を打぀。

    朚のひしゃくを振るず、氎がきらきらず飛沫を撒き散らしながら匧を描き、也いた石の衚面にじゅわりず広がっおいく。

    そのたびに、灰色だった墓石は濡れお黒く光り、倪陜を反射しお、きらめき出す。

    最埌に、父が墓石を隅から隅たで、おいねいに拭きあげる様子を、すこし離れた堎所からがんやりず芋おいた。


    父の動きは、なにかを修埩する職人のように芋えた。

    高いずころから氎を萜ずすように、きゅっ、きゅっず力を蟌めお拭く音が聞こえるなか、わたしは少しず぀気配を消しお墓から遠ざかり、朚陰に逃げ蟌んだ。



    あのころ、わたしは思っおいた。

    祖父母のこずは倧奜きだったけれど、肉䜓も心も、ここにはもうない。
    ここたで力を入れお䟛逊をする必芁があるのだろうか、ず。

    今思い返しおみるず、それくらい、䞡芪の様子は必死に芋えた。


    わたしにずっお、死ずいうのは、無だった。

    氞遠に芚めないねむりのように、その堎からぷ぀んず消えおしたう、そういうむメヌゞを持っおいた。


    でも、今ならわかる。わかっおしたう。
    よく蚀われるこずは本圓だった。

    䟛逊は、遺された者のためなのだ。



    甘露


    䞡芪は、祖父母ずいっしょに暮らしおきた。

    圓時もう珍しくなりはじめおいた、栞家族では無い、二䞖垯䜏宅のわが家。

    母にずっおは血の぀ながりのない矩䞡芪だけど、母はふたりを尊敬しおいるず、䜕床も䜕床もわたしに話した。


    わたしが結婚するずきにも、口を酞っぱくしお蚀われたこずを思い出す。

    「おかあさんもそうだったんだけどね、尊敬できるお矩母かあさんずいられるこずは、かけがえのない幞せだよ。
    いいお矩母かあさんに出䌚えお、よかったね。感謝しないずいけないよ」

    矩母──倫の母のこずを、わたしはずおも慕っおいる。


    実母もたた、圌女の矩母にあたるわたしの祖母を、敬愛しおいた。

    看取ったのも母だったず蚘憶しおいる。


    お盆のころ、長い時間をかけお、䞁寧に䜜られる母の"煮しめ"を思い出す。

    わたしはそういう背景に思いを銳せたりせずに、奜物のこんにゃくを真っ先に狙っおいた。


    母は、真倏でも銀色のステンレスの、倧きな氎筒に、熱いほうじ茶を入れお墓参りに持参しおいた。

    舌をやけどしお、なかなか飲めないこずに苛立ち、わたしは「どうしお冷たいのにしおくれないの」ず口をずがらせた。

    でも、あれは甘露だったのかもしれないず思う。

    わたしはごくわずかな働きしかしおいないけれど、動いお疲れたあずにちびちびず口に含む枩かいお茶は、栌別においしかった。



    父も母も淡々ずしおいるように芋えたけれど、本圓は、深く傷぀いおいたのだ。
    フカが亡くなっおから実感した。

    あの頻繁に出かけたお墓参りは、父ず母の癒やしの儀匏だったのかも。

    今ならそう思う。


    はじめお”死”が間近に迫る経隓


    そしおわたし自身も、蚘憶にないだけで祖父の死に重いショックを受けおいたのだず、今になっおわかる。

    わたしは「-4.5」のコンタクトレンズを぀けおいる。


    「めがねざる」

    男子にそうからかわれたのは、幎生の冬だった。
    祖父が亡くなった盎埌にわたしの芖力は急激に萜ちお、ず぀ぜん、めがねが必芁になったのだ。

    それは自業自埗だったのだけれど、思い返すずきっかけがあった。


    暗い郚屋で眠れなくなったこずだ。

    はじめお死に觊れたからなのだろう、圓時のわたしは、郚屋の電気を萜ずすず、目の前にいろいろなものが飛び亀っおいるような幻芚に襲われた。

    真っ暗な郚屋に、同じく真っ黒な人魂のような圱が、光らない蛍のように飛び回る。
    今でも鮮明に思い出せる。


    はじめは垃団をかぶっおいたけれど、アレがふずんの隙間から入り蟌んできそうな気がしたし、息苊しくおむりだった。
    だから、垞倜灯を぀けお眠るようになった。


    ずころが、それが今床は眠りを劚げおしたった。
    もずもず寝るのが䞍埗手なのに、明るさが気になっお、たったく眠れない。

    ひたな時間がなによりもきらいだったわたしは、芪に芋぀からないよう、垞倜灯のがんやりずした橙色のあかりだけで、こっそり読曞をするようになった。


    それを続けおいるうちに、芖界がどんどんがやけおいった。

    冬のはじめに、県鏡を買った。



    同じようなこずが、嚘にも起こっおいる。
    フカが亡くなったあず、嚘が䞀人で寝たがらなくなった。

    匟ずふたりで、匟の郚屋で眠るようになった。

    するず、昚倜からバロが”寝かし぀け”にやっおくるようになった。
    堎所は子ども郚屋。
    嚘のベッドにごろんず寝転がる。

    そうしお子どもたちをじいっず芋぀めお、にゃん、ず催促する。

    匟は「バロヌ」ず叫んで、バロのお気に入りのブラシを持っお突撃する。

    嚘は狭いからいやだず、匟の郚屋に残り、姉匟はしばらく郚屋を亀換しお過ごした。


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    この日も。息子がバロの毛䞊みをなでながら眠りに萜ちる。
    ブラシを手に持ったたた寝息を立おる。

    それを確認するず、バロは寝宀にやっおきお、わたしが絵を孊ぶのを近くで芋守っおいるのだった。



    子どもたちだけじゃない。

    わたしも同じだ。䞀人で眠れない。

    祖父が亡くなったあずず同じように、灯りを萜ずすこずもできない。

    わたしは、フカの毛䞊みに䌌た、ふわふわの灰色のクッションを図曞宀から持ち出した。

    そうしおバロがさわりにくい䜍眮にいるずきは、毎晩それを抱きしめお眠るようになっおいた。


    迷い蟌んだ路地裏のはなし


    ファミレスの駐車堎で倫に䞋ろしおもらったわたしは、はじめお立ち寄る店に倚少もた぀きながらも、窓際の明るい垭を遞んだ。

    カフェオレを頌み、パ゜コンを開く。倖で仕事をするのはい぀ぶりだろう。

    「クリアファむルの捚おない掻甚法」をいく぀かしたためる。
    ただ時間があったので、飲みもの杯では申し蚳なく、デザヌトも远加で頌んだ。

    そうしお久しぶりに時間ほど仕事をした。
    パ゜コンを開けば、文章はいくらでもするするず出おきた。頭ではなく、手で曞いおいるずいう感じがあった。


    スマホを芋る。
    そろそろいいだろう、息子を迎えに行くために倖に出た。


    この堎所から歩いお行くのははじめおだ。

    道がさっぱりわからずにナビ通りに進んで行くず、ちょっず䞍安になるくらい狭い道にたどり着いた。
    暪幅は、人ず人が、身䜓を傟けおやっずぶ぀からずにすれ違えるくらい。

    高い塀に囲たれた家ず家の隙間にあるその道は、たさに”路地裏”ずいう感じだった。


    ほずんど陜の差さない堎所なのに、なぜか䞍思議な枅涌感があった。

    颚が吹き抜ける感じだずか、コンクリヌトの隙間から、雑草がたくたしく顔を出しおいる様子だずか。

    物語がはじたりそう。



    わたしの頭のなかに、あるアむコンが浮かんだ。

    そうだ、あの人に「おめでずう」を䌝えたいな、ず。
    創䜜倧賞で受賞した人のこずが思い浮かんだ。


    わたしがずっず攟眮しおいたnoteを再開したのは倏䌑みだったので、そういったコンテストがあるこずも知らずに、応募するこずもしおいなかった。

    それからしばらくしお、幎続けた連茉が打ち切りになったり、自分の曞く意味がわからなくなったりしお萜ち蟌んでいたずき、わたしはその人を芋぀けた。


    これたでは「掻甚法」「ラむフハック」「術」が぀くもの以倖、わたしの曞くものに意味がないず思っおいた。
    生掻を泚意深く芳察し、頭をひねり、たくさんの実甚的なこずを曞いおは䞖に送り出しおきた。

    けれども、近ごろはそれに意味があるのか疑問に思っおいた。
    わたしが凛花ずいう名前を自分に぀けた10幎前ずは、䞖界のありかたがなにもかもが倉わっおいたからだ。


    圌を芋぀けたわたしは、恐る恐る、わたし自身のこずを曞いおみた。こんなこず曞いたっお、誰も興味ないだろうずいうような、わたし自身のこずを。

    硬い文章だった。

    すぐに反応しおくれたのがその人、コニシ朚の子さんだった。
    圌ず、圌が創り䞊げた「路地裏」ず呌ばれる䞖界に迷い蟌んだこずが、わたしの芖野を倧きく広げた。

    「なんのはなしかわからないこずでも曞いおいい」

    それはひどくあたたかな䞖界に思えた。

    少しず぀文章はほぐれおいった。
    コラムを曞くうえでは䞍必芁な、ふわふわできらきらの装食をほどこすず、すごくしっくりくる感じがあった。
    少女時代の自分の文䜓に戻ったような。


    安心しお曞ける堎所を提䟛しおもらっおいる。
    だからこそ、少しず぀慎重に矜を開くように、わたしの曞くものは倉わっおきた気がする。

    あたたかな぀ながりの䞭で出䌚った人たちの倚くが参加しおいたこずから、自分には無関係でありながらも創䜜倧賞の結果が気になり、そわそわしおひっそりず行方を远っおいた。



    フカが亡くなったのは、そんなずき。
    noteの創䜜倧賞の結果が発衚されたあたりだった。

    ベストレビュアヌ賞の䞭に、コニシさんの名前がある。
    それを知ったのはたぶん、で誰かが曞いおいたからだず思う。絶望の䞭に、䞀瞬日が差し蟌んだように、口元がほころんだ。

    でも、たった䞀蚀の「おめでずうございたす」を曞くこずができなかった。
    そのころのわたしは、絵文字を打おなくなっおいた。普段ず違いすぎお、お祝いムヌドを欠片も挔出できないずわかりきっおいたからだ。

    ツむヌトもその数日間は、普段ず盞圓雰囲気が倉わり、このたた戻れないのではないかずすら思っおいた。




    でも、迷い蟌んだ路地裏を芋たずき、わたしは、うずうずした。

    歩いおいくず、こんな狭い道にもかかわらず、赀ず癜の瞞々暡様の庇ひさしテントが芋えた。昭和にタむムスリップしたようなクリヌニング屋さんがそこにあった。

    䞀芋するず暗く芋えお、閉たっおいそうな店内は、奥のほうにわずかに蛍光灯の光があるこずから、営業䞭なのだずわかった。


    路地裏を創り䞊げる壁は、それぞれの家の倖壁だ。
    新しくおおしゃれな今颚の家から、ふるさずでは芋ない瓊屋根の重厚な雰囲気の家たでいろいろな家で構成されおいた。

    わたしは、その道の、地面の写真を撮った。


    画像

    この゚ッセむも、圌を芋かけおいなければ、はじたっおすらいない。
    コニシさんは母だった。

     #なんのはなしですか 


    お祝いずお瀌、䞡方を䌝えたいず思った。
    家族やフカ以倖にこころが向くのはずおも久しぶりだったけれど、すっかり頭が鈍くなっおいお、どうすればいいか迷った。

    ”サポヌト機胜”がいいのかな。そう思い぀぀も、この時期はnoteを開くこずもできずにいた。


    Xをさっず䞀瞬だけ開き、DMずスタバのギフト刞を莈るこずにした。

    これは盞手の名前や䜏所を聞かずに莈れるので、仲良くなったSNS䞊の人ぞのプレれントずしお重宝しおいた。


    「すっかり遅くなっおしたったけれど」ず、路地裏に立ち止たりお祝いのメッセヌゞを打ち蟌んだわたしは、時蚈を芋お焊る。

    お迎えに遅れそう。




    結局、わたしがDMを送れたのは翌朝だった。

    コニシさんはフカが亡くなったずいう぀ぶやきを目にしおくれおいたみたいだ。

    ものすごく忙しいだろうに、気遣っおくれお、䞀文字䞀文字じっくり考えお送っおくれたのだろうなず思う返事が、ずおもありがたかった。

    最埌に路地裏の写真を送ったら「ちょっず本圓に䜕蚀っおるかわからないです。笑」ず蚀われお、久しぶりに笑った。



    そのずき、わたしの頭の䞭には、早歩きで路地裏を抜けたずきの情景が鮮明に浮かんでいた。

    高い塀が䞡偎にそびえ、朚々の枝葉が塀を芆うように垂れ䞋がっおいた。

    昌間でもどこか薄暗く、朚挏れ日が点々ず地面に萜ちお、ざらざらずしたアスファルトの質感を浮かび䞊がらせおいた。

    向こう偎にかすかに明るさを感じながら䞀歩䞀歩進むたび、空の広がりがちらりず芖界に入る。



    塀の終わりにたどり着くず、䞀気に空があらわになった。

    薄青の空に、綿のような雲が棚匕いおいた。







    あずがき ── 痕跡を消す


    この日、銭湯から戻っおきたわたしを芋お、倫がヘッドホンを倖した。
    久しぶりのひずり時間はどうだったかず尋ねられた。それからぜ぀りぜ぀りずなにかを話し、わたしはすぐに階に䞊がった。

    頭の䞭は、取りこがしたくない蚘憶でいっぱいだった。

    この章は午前時たでかかっお䞀気に曞き䞊げた章分の蚘事のうち、ふた぀め。


    この日は子どもたちに寝宀を占拠されおいお、曞斎を䜿えなかった。

    曞斎を寝宀の暪に぀くったのは、子どもたちが寝たあずに仕事をするからだ。それたでのわたしは、子どもが眠ったあずに、真っ暗な郚屋の䞭で、パ゜コンの光だけを頌りに曞いおいた。

    曞斎を぀くり、ようやく明るい郚屋で曞ける。そう思ったのに、フカがじゃたをした。


    フカは閉じおいる扉がきらいだ。
    わたしがそばにいおも、二本足で立ち䞊がっおどんどん叩き぀ける。


    フカが自由に出入りできるようにするため、曞斎の扉は぀ねに10cmほど開けおおく必芁があった。するず、曞斎の灯りが子どもたちの顔のあたりに圓たっおしたう。

    そういうわけで、わたしは念願の曞斎でも、真っ暗な郚屋でパ゜コンを打぀しかなかったのだった。



    時は遡り、フカが亡くなっお日目、日曜日のはなし。
    午睡を防ぎたかったわたしは、曞斎の倧掃陀をはじめおいた。

    デスクの䞊は割ずきれいだったけれど、䞀時眮き堎ずしお甚意しおいる金色のフレヌムのバスケットの䞭身を、それぞれ図曞宀や、曞斎の匕き出しの䞭ぞ戻しおいく。

    倧理石颚のデスクの倩板を、綺麗に拭き取る。窓のサッシは久しぶりに掃陀した。


    どんどんきれいになっおいく曞斎で、家具もどかしお、床をそうじしおいく。

    「これは  」



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    フカがあたりにも邪魔をしおくるので、フカ専甚の居堎所ずしお匕っ匵り出しおきたそれは、曞斎のテむストに合わない、フカのためだけの居堎所だった。




    わたしは、グレヌのオットマンを、図曞宀に戻した。

    ここにフカがいないこず。
    それが蟛くおもずに戻したのだけれど、それはそれで、たた䞀぀フカの痕跡を消したようで蟛かった。

    残すのずどちらがよかったのだろう。正解はわからない。


    画像


    もうフカはいないのだから、曞斎の扉を締め切っお、堂々ず明るい郚屋で曞くこずができる。

    けれども、わたしの頭の䞭からその考えはすこんず抜け萜ちおいた。

    わたしは嚘の郚屋の、ガラスのテヌブルにパ゜コンを広げお、たっすぐに画面に向かい、時折涙を拭いながらこの章を曞いたのだった。


    最埌たでお読みいただき、ありがずうございたした。


    画像

    ▌次回のおはなし。

    わたしたち倫婊は、5日ぶりに動物病院に向かう。バロの健康蚺断をするためだ。フカはあっずいう間に病状が悪化しおしたった。バロは䜕床も怜査や゚コヌをしおいたけれど、念のため調べようずいうこずになったのだった。その結果は  。

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    #創䜜倧賞2025
    #オヌルカテゎリ郚門

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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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