
「ダメ元でとりあえず動いてみる」という意思決定。エフェクチュエーションという考え方
思い立って、ダメ元で受験してみたあの日
こんにちは。恵藤計器代表の瀬口です。
手元のスケジュールアプリに
「中小企業診断士 有効期限1年前!」
という表示が出てきました。
あぁ、もうそんな時期か。
診断士の資格は5年更新です。
その通知を見て、ふと受験した当時のことを思い出しました。
もがいていた時期の、思いつき
私が中小企業診断士試験に合格したのは2016年。翌2017年に登録しました。気づけば、もう9年も経っています。
当時、別に診断士を目指していたわけではなく、キャリアの計画に入っていた資格でもありませんでした。
あのときの私は、ただ単にもがいていました。
2014年、新卒で12年勤めたNTTドコモを退職し、70年以上続く妻の家業・恵藤計器に専務として入社しました。
事業承継を前提とした転身です。
グループ全体でウン万人、売上4兆円超の世界から、社員18名、売上4億円未満の会社へ。
規模も文化も、職場の空気も、従業員の顔つきも、何もかもが違いました。
それまでの私は、ものごとをロジカルに整理して、できるだけ速く正解に近づくことが「仕事」だと思っていました。
しかし、古い中小企業の現場では、その前提がまったく通用しませんでした。ロジックの駆使はむしろ感情的な反発を招く。
後継者としての言葉が伝わらない。
無視する。曲解する。聞いたふりをして裏で足を引っぱる。
「なぜわかってもらえないのか」
「なぜみんな動いてくれないのか」
悩みだけが増えていきました。
自分のキャリアを捨て、大きなリスクを取って、親も心配させて転身したのに「自分はいったい何をやっているんだろう」
そんな気持ちでした。
未来が見えないとき、とりあえず動いてみる
私は当時38歳。
このままだとまずい。
何かを変えないといけない。
いちおう財務諸表は読めましたし、基礎的なマーケティングの知識も持っていました。
実務に必要だった「一般計量士」というマニアックな国家資格も取得し、一通り準備は整っているつもりでした。
それでも、経営の全体像は見えていませんでした。
そのとき私が取ったいろいろな行動のうちの一つが、
「とりあえずもっと経営を勉強してみよう」→「中小企業診断士を受けてみよう」
というものでした。
合格するかどうかはわからない。というか、たぶん落ちる。
別に診断士になることが目的ではない。
ちゃんとした経営者になりたい。
経営を体系的に理解できれば、もう少しうまくやれるようになるのではないか。
落ちても学びは残るだろう。
それならやってみるか。
そんな軽い動機でした。
たしか一次試験の申し込み締切が5月で、ギリギリで思い立ってそのまま申し込んだ記憶があります。
合格よりも、過程で得たものが大切
いま振り返ると、この意思決定はとても良かったと思います。
時間がない中でそれなりに努力をし、学んだ内容そのものも役に立ちましたし、結果として合格までついてきました。
(当時の悩みの解決に直接つながったワケでは全くありませんが。)
一次試験は7科目。総点の60%以上で、かつ各科目40点未満がないことが合格条件です。
幸運にも一度で通過し、自己採点では700点満点中497点でした。
二次試験は、4つの事例についての筆記試験で、こちらも総点の60%以上で、かつ各科目40点未満がないことが合格条件です。
最後の事例では、アタマがぼーっとして思考が回らなくなりながらも、なんとか合格。
間違いなく合否ギリッギリだったんだと思います。
(なお、筆記試験通過後、ほぼ全員受かる口述試験があります。)
学習時間を振り返れば、
一次試験は約100時間、二次試験は約200時間。
あまり多くないと思います。
暗記より意味づけ。
答え合わせより構造理解。
あまり時間が取れない中で、なんとか理解しようとしていたため、結果として効率的になったのだと思います。
「とりあえず動いてみた」という経験はとても大きかった気がします。
もしあのとき、「たぶん受からないからやめておこう」と考えていたら、何も起きていませんでした。
実際に動いてみると、いろいろなことが起きます。
勉強を始めてみたことで、経営を見つめる枠組みを得ることができました。
日々起こる問題を、当社固有の問題としてではなく、どの分野に問題があるのか、なんとなく当たりがつくようになる。
なかなかうまく進まない施策も、「正しい方に向かっているはずだ」と信じることができるようになる。
人との会話の内容も変わってきて、新しい知識だけでなく、新しい問いが生まれ、世界の見え方が少しずつ変わっていきました。
成功するかわからない。でも、動く
精緻に計画したわけじゃないけど、とりあえず行動してみる。
今思うとこれは、
エフェクチュエーション
と呼ばれる考え方に近いものだったのではないかと思います。
未来をきちんと予測してから動くのではなく、今できることから始めてみる。
リスクを極小化してから挑戦するのではなく、許容できる範囲で一歩踏み出してみる。
失敗や不運があり、物事が思い通りに進まなくても、それを貴重な学習機会と捉える。
など、
未来を計画するのではなく、行動の結果として未来が形になっていく、そんな発想だそうです。
日本人には、「わらしべ長者」がイメージしやすいかもしれません。
手元のわら一本から始まり、出会う人との交換を重ねていくうちに、結果として大きな財産に変わっていく。
最初から計画があるわけではなく、行動と出会いの積み重ねの中で未来が形になっていく。
エフェクチュエーションとは、そんな意思決定のあり方だと言われています。
実際にやってみると、思いがけない方向に広がる
この「とりあえず動いてみる」という感覚は、いま関わっている別の活動でも感じています。
私は現在、ボランティアで「ニホンリス」に関わるプロジェクトに参画しています。
最初はとてもシンプルな発想でした。
「都市公園で野生のニホンリスを観察できる環境を作れたら面白いのではないか」
そんな思いつきから始まった取り組みですが、
活動を進めるうちに、さまざまな人と対話し、フィードバックをいただけるようになり、環境や教育に関心を持つ方々、学校関係者、地域の方々など、少しずつ仲間が増えていきました。
そして今では、子どもたちに自然・野生との共生を伝える授業として、いくつかの小学校でのトライアル授業を行うという方向に発展しています。
最初からこういう形を計画していたわけではありません。
むしろ、
「とりあえずやってみよう」
という行動の中で、関わる人が増え、意味が広がり、プロジェクトの形そのものが変容していったのです。
なぜ「とりあえず動く」が意味を持つのか
人間は、多くの場面でできるだけ成功確率が高くなってから動こうとします。
これは別に悪いことではなく、安心・安全を求める生き物ですから、仕方のないことです。
一方で、未来についての完璧な情報が揃うことはほぼありません。
現実には、動いてみない限り、本当のところはわからないのです。
あらゆるレベルでの意思決定とは、
結局のところ
「仮説を立てて、とりあえず動いてみる」
ということの繰り返しなのだと思います。
そして、動いてみると、世界の見え方が変わります。
勉強する。
試験を受ける。
周囲に呼びかける。
人に会って相談する。
役割を引き受けてみる。
そうした行動は、当初描いていた成功が得られるかどうかとは別に、
自分の能力の輪郭や、知識の地図や、新しい人とのつながりや、相談相手からいただいたフィードバックや、それによるポジティブな考え方の転換などを少しずつ蓄積していきます。
「とりあえず行動する」ことは、
未来の選択肢を増やし、その質を高めていく行為なのだと思います。
挑戦する文化をつくる
当社では全ての社員に「一般計量士」の国家試験挑戦を勧めています。
マニアックな資格ですが、難易度は結構高く、合格率は20%程度。
計量の専門家として業界内でリスペクトされる資格でもあります。
この資格を取ること自体が目的ではありません。
受験の過程で、計量の仕事で使える知識を獲得できることはもちろん、
「ダメかもしれないこと」に本気で努力する経験そのものが、その人の人間的な成長を促すことができると考えています。
慣れない専門書と向き合う。
できない自分と向き合う。
忙しい中でなんとか勉強時間を作る。
「不合格になったらイヤだな,,,」という気持ちをこらえる。
資格への挑戦は、「合格」がゴールではなく、学習を通じて未来の自分の可能性を広げる行為です。
そうした挑戦の時間は、仕事でのあらゆる意思決定に良い影響をもたらすし、その人の人生自体を豊かにしてくれると思います。
数年かけて社内で「計量士を受験しよう!」と呼びかけてきた結果、今年は過去最多の10名が挑戦してくれるようになりました。
「とりあえず動いてみる」を、平常状態にする。
動く前には見えなかった景色が、動いたあとには見えてきます。
これは試験に限らず、仕事でも、人生でも、何度も経験してきたことです。
だからこそ私は、
結果が予測できなくても、まず動いてみる
という姿勢を大切にしています。
挑戦を特別なイベントにするのではなく、日常の延長に置く。
未来は、考えているだけでは変わりません。
とりあえず動く人のところにだけ、次の景色が見えてくる。
それが、あの診断士受験から私が得た、一番大きな気づきかもしれません。