息子は思い出せない。あの頃の日々の記憶。
3歳息子、0歳娘育児中。
ふと、思う。
息子は今のこの生活を、大きくなっても覚えているのだろうか。
一般的に、子供の記憶は3、4歳からだという。
となれば、少しは覚えていることもあるのだろうか。
息子は1歳児クラスの間、隣の駅にある保育園まで通っていた。
最近、その頃の写真を見返すことがあり、ふと気になった。
「ねぇねぇ。前に通ってた保育園のこと、覚えてる?◯◯君とか、◯◯先生とか。バスとかベビーカーで行ってたの。」
不思議そうな表情で、写真を見ている息子。
ニコッと笑って「おぼえてないっ。」と言った。
復職してから9ヶ月の間だけ通った場所。
私にとっては、大変な思い出ばかりだ。
怖がりでまだ靴を履いて歩けない10kgの息子。
自分の荷物と併せて約20kgを担いで、真夏に歩いたバス停までの道のり。地面にめり込みそうなくらい重くて、私は少しだけ痩せた。
イヌの靴下か、ひよこの靴下か、ライオンの靴下かを選べなくて、玄関でひっくり返ってしょっちゅう泣いてた。歩いてる途中でやっぱり履き替える!と言って聞かない日もあった。ひよこのことは、「ピッピッピ」と呼んだ。ひよこ、がまだうまく言えなかった。
ショベルカーのトミカを何故か「ギーヨ」と呼んで、握りしめないと登園できなかった日々。保育園についたら、もう大丈夫。なくさないように、リュックの中に大切にしまった。
1番好きな乗り物は、いつの間にかバスになった。毎日乗った市営バスがカッコよかったから。
いっつも混んでてベビーカーは畳んでも乗れなかった。席もめったに譲ってもらえなかった。ヒップシートに座った息子は、窓の外を大人しく眺めていた。
お散歩は最初は怖くて、園の連絡帳の写真はバギーの中ばかりだった。みんなが柵の隙間から池の鯉を眺めている時も、一歩下がって先生と手を繋いでへっぴり腰なのはいつもうちの息子だった。
息子は、自分とそっくりな色白薄毛の男の子とマブダチになった。一緒に遊んでいる写真はいつもすごく楽しそうだった。
あの頃は、写真を見せたらマブダチを見つけて、「◯◯、いた!」と得意気だったのに。
息子はマブダチの名前を呼ぶことは、もうない。
冬になったら、ベビーカーで毎日片道20分以上歩いて通った。
綺麗なクリスマスのイルミネーションを見て、「きれいきれい、バイバーイ」と手を振ってたこと。かっこいいポルシェは「ブーブー!」、すれ違う犬を「ワンワン!」と指差していたこと。
大変な思い出は、私の記憶には濃い。
だけど、息子は覚えていない。
2人の思い出だと思っていたのに、それは思い違いだった。
寂しいけど、息子の中に何も残らなかったわけじゃない。
知らない場所でお散歩できるようになったこと。
保育園でお昼寝できるようになったこと。
フォークとスプーンでごはんを食べられるようになったこと。
気の合うお友達と遊ぶ楽しみを知ったこと。
大のバス好きになったのは、雨の日も晴れの日も一緒にバスで通ってたから。
息子は、種を蒔いていただけだ。
種は芽を出し、葉を出し、花を咲かせた。
咲いた花はもう種の頃を思い出せないだけ。
私は種に水をあげた。光を浴びせた。温めた。
出た芽が伸びるように、葉が大きくなるように、毎日毎日、水をあげ、光を浴びせた。
風が強くて折れそうな日もあった。
寒く冷たい夜もあったかもしれない。
今咲いた花はどれも綺麗だ。
だけど時々、儚さに虚しくなる。
散った花びらもあれば、これから咲こうとしている蕾の花だってある。
私は、種の頃、芽の頃、花の頃の息子の姿を、今日も大切に写真におさめる。
忘れてしまっていても、思い出せなくてもいい。
蒔いた種よ。芽となれ、花となれ。
