
塗料メーカーで働く
あらすじ
主人公 川緑 清 の入社から転職までを描いています。
入社6年目 彼は 光ファイバー用UVカラーインク開発に着手します。
大手通信会社の光通信ネットワーク敷設計画を受け 電線メーカー各社は 光ファイバーの開発に乗り出します。
計画推進の可否は 高速硬化タイプのインクの開発がかぎとなり インクメーカー各社は 高速硬化タイプのインクの開発競争を始めます。
彼は 独自の思想とアプローチで 開発競争に勝ち残ります。
しかし 彼の仕事のやり方は会社に認められず 転職の道を選びます。
なお 彼の技術の詳細は 本文中の<備考>欄に 別途投稿の「川緑 清の【テクニカル レポート】No.1~6」にリンクしています。
第一話 入社
1982年4月1日(木)午前10時 大阪にある東西ペイント株式会社の本社ビル5階の会議室。
壇上に立った社長は 新入社員等を前に祝辞を述べ始めた。
話の最後に 「この席に皆さんが集うのも何かのご縁です。これから皆さんと共に 会社をよりよいものにしていきましょう。」と言った。
東西ペイント社は 大手の総合塗料メーカーで 大阪市に本社を構え 神奈川県に研究所があり 4都県に4つの製造工場を有していた。
会社の組織形態は事業部制をとり 自動車塗料本部を筆頭とする5つの塗料本部から構成されていた。
今年の本社採用の大卒の社員は14名で その内9名は技術職だった。
会議室の後方に座っていた 川緑 清(かわみどり きよし)は技術職として入社した。
身長170cm 体重60kg 24歳の川緑は 熊本県の出身 熊本市内の高校を卒業し 東京の私立大学の理工学部化学課を卒業していた。
話し上手でも社交的でもないが 性格は温厚でまじめなタイプだった。
この日から 技術系新入社員等は 兵庫県にある会社の独身寮に入居し そこを拠点に 1週間 本社教育を受講した。
その後の3週間 兵庫県にある工場で 製造実習を受けた。
5月になり 技術系新入社員等は 神奈川県平塚市の事業所に移動した。
平塚事業場には 研究本部と各事業部の研究部と製造工場があった。
新入社員等は 人事部預かりとなり 上期と下期に 事業場のいくつかの部署に配置され そこで教育実習を受けることになった。
それぞれの部署で 中堅技術者の指導の下 教育実習が行われた。
実習生は 研修テーマが与えられ 上期末と下期末に 研修発表会で成果を報告することになっていた。
研修テーマの設定や発表内容の良し悪しは 教育担当者の手腕によるところが大きかった。
実習生の中には 彼らの指導者について いい人に当たったと喜ぶものや 外れたとがっかりするものがいた。
研修発表会には 研究本部長や技術本部長をはじめ 各塗料本部の関係者や技術者達が出席した。
注目を集める中での発表会は 実習生には とても緊張する場になった。
新人研修が終わると 後日 人事担当者から実習生一人ひとりに次年度の配属先が告げられた。
川緑は 工業用塗料本部の技術部に配属になり 東京工場で働くことになった。
実習生等は お互いに配属先を伝え 「それじゃあ みんながんばれよ。」と言って それぞれの配属先へ向かった。
第二話 東京工場に配属
1983年3月22日(火)午前8時30分頃 川緑は 東京都大田区にある東西ペイント社の東京工場に入った。
受付で記帳し 配属先の工業用塗料技術部2課を訪ねた。
工業用塗料技術部は 3階建ての技術棟にあり 2課は 1階にあった。
2課の居室の扉をノックして入り 「おはようございます。こちらに配属になりました川緑 清です。よろしくお願いします。」と言った。
部屋の奥の方にいた 40歳中頃 やや小柄 中肉 縮れ髪 眼鏡をかけた男は 笑顔で近づいて来た。
「やあ 来たね。課長の下山です。宜しくお願いしますよ。」と言った。
課長は 2課のメンバーを紹介し 入り口近くにあった机を差して 「この机を使って。」と言った。
机にカバンを置くと 下山課長は 「それじゃあ 作業場を案内するよ。」と言って 居室から奥へ繋がる扉を開けた。
そこには スプレー塗装ブース室と 幾つかの乾燥炉が配置された部屋と 4つの実験台が配置されたエリアがあった。
下山課長は 作業場を案内しながら 2課で担当する業務を説明した。
「2課ではね 主に 楽器等の木工用塗料や化粧板等の建材用塗料を取り扱っていてね。」と言った。
続けて 「君には トンネル内壁の化粧板に塗装されるガラス塗料を担当してもらうよ。詳しくは 村上係長に聞いてね。」と言った。
課長と入れ替わりでやって来た村上係長は 30歳代後半 中肉中背 大きめの顔 温和な表情をしていた。
彼は 川緑の担当する業務について ゆっくりと説明し始めた。
業務は 建材メーカー向けガラス塗料の販売と新規ユーザー開拓だった。
彼によると ガラス塗料は 次のようなものだった。
・無機系樹脂 水ガラスに 着色顔料や硬化剤等を配合した水性塗料。
・7色の原色を混ぜ合わせて 調色(色合わせ)する塗料。
・スレート板にスプレー塗装し 300度の高温で焼成し固める塗料。
・1kg 500円の価格で 他の工業用塗料に比較すると高価な塗料。
村上係長の話が終わり 川緑は 「技術の仕事で大事なことはなんですか?」と聞いた。
村上係長は 少し考えて 「そうだねー 色々あるけど 設計連絡票を書くことかな。」と言った。
塗料の製造販売は 設計連絡票と呼ばれる書式で運用管理され それは 技術課で発行し 関係部署に配布された。
それを基に生産管理課 製造課 品質管理課 営業部が動いて商品の製造や販売活動が進められた。
村上係長は 「話は変わるけど この塗料には ユーザーからの品質改良依頼があってね まだ対応できていないんだ。」と言った。
少し間を置き 「きよちゃん よろしく頼むよ。」と言った。
1年ほど前 茨城県にある化粧板メーカーより 現行の水ガラス塗料への改良要望があった。
塗装表面を艶のある仕様にして欲しいとの要望だった。
元々 この塗料は トンネルの内壁の化粧板用に設計され 車のヘッドライトの反射防止のため 塗装面は艶なしの仕様になっていた。
化粧板メーカーは 新規に 地下街外壁用の化粧板の商品化を企画し 高級感を出すために艶ありの仕様を求めていた。
2課では 艶出し検討を行ったが ニーズに合う塗料は出来ていなかった。
村上係長の話が終わり 一人実験室に残った川緑は ノートに書き留めた手順に従い 水ガラス塗料を作製し始めた。
その後 塗料を塗装ブースに持ち込み スレート板に スプレー塗装し 加熱炉で焼上げた。
ガラス塗料に触れることで この塗料がいったいどういうものかを感じ取ろうとした。
第三話 異動のお知らせ
1985年2月6日(水) 東京工場に勤めてから2年近く経っていた。
午後 技術棟の作業業 川緑は 電子天秤で ガラス塗料を量り採っていた。
そこへ工業用塗料技術部の山西部長がやってきた。
50歳代後半 ふっくら体型 広い額 銀縁の眼鏡 温厚そうな表情の部長は やさしい口調で 「川緑君 ちょっといいかな。」と言った。
「すみません。今 手が離せないのですが。」と答えた。
部長は 「異動のことで話があるのだが 時間はかからないよ。」と言った。
はっとした川緑は 作業の手を止めて 振り返った。
部長は 「4月から あなたは 神奈川の工業用塗料研究部3課へ移り そこで新しい塗料の開発を担当することになるでしょう。」と言った。
続けて 「君の仕事が 本部に認められたようだね。」と言った。
何と答えてよいか分らずにいると 部長は 「この異動に関して 何か不服はないですね。」と念を押すように聞いた。
「はい ありません。」と言うと 部長は 「このことは まだ 誰にも言わないでもらいたい。」と言った。
実験室を出て行く部長を見ながら 川緑は 妙な脱力感を覚えた。
ここでの仕事は 残業も多く 2課のメンバーは よく 「3K職場だよ。」言っていた。
一方 お世話になった人も多くいて ここを離れていくことに 言いようのない困惑を感じた。
部長の言った 「君の仕事が認められた」とは 川緑の改良したガラス塗料が 化粧板メーカーに採用されたことを示していた。
1ヶ月程前に 販売代理店は 営業経由で 工場の生産管理課にガラス塗料改良品の注文を入れていた。
営業担当は 川緑に 「化粧板メーカーの新商品が 新設中の上野駅構内の内壁に 採用が決まったよ。やったね きよちゃん!」と言った。
ガラス塗料の艶出し検討の取り組みは 次のようなものだった。
従来のガラス塗料は これを化粧板に塗装すると その面が艶消しになっていた。
それは 塗料中の粒子の大きさの影響だった。
艶を出そうと粒子を細かくすると 塗料のポットライフが短くなり 実用性がなかった。
含まれる粒子には 着色顔料と硬化剤と硬化助剤の3つがあった。
川緑は それぞれの粒子について 分散度合いを変えたペーストを作製した。
それらを組み合わせ 調合したガラス塗料サンプルについて 艶とポットライフの関係を評価した。
このような実験の結果 実用的なポットライフで 光沢のあるガラス塗料を完成させた。
この仕事の裏には 東京工場の腕のよい職人達が関わっていた。
第四話 東京工場の職人達
異動の知らせを聞いた川緑は これまで お世話になった腕の良い職人達のことを思い出した。
一人は 製造技術課の吉田係長だった。
50歳代後半 中背細身 面長で温和な表情 仕事の関係者等から 名人と呼ばれ 大型の3本ロールの操作では 彼の右に出るものはなかった。
3本ロールはスチール製のロールを3本隣接して配置された装置で それぞれのロールが異なる速度で回転した。
ロールの速度の差が ロールの接触面にずりのシェアを発生させ その力で分散する機械だった。
それぞれのロールは その温度を均一に保つために .内部には 冷却水が 流されていた。
吉田係長は 塗料の試作時に 川緑に ロール分散機の使い方を指導していた。
係長は ロール分散機を動かし 操作のポイントや注意点を教えた。
彼は 分散機の電源を入れ 分散ペーストをロールにかけ すぐに装置の左右にあるハンドルに手を掛けた。
2つのハンドルは ロールとロールとのギャップを調整するもので このハンドル操作こそが 分散状態の良し悪しを決定するものだった。
吉田係長は 川緑に 「ロール表面を良く見て ハンドルを操作してください。」と言った。
「左右のハンドルの締め具合が僅かでも異なると 摩擦熱が発生して ロールを変形させます。」と言った。
続けて 「もし そうなると 分散は出来なくなります。」と言った。
川緑は 「吉田さんは 仕事が楽しいのですか?」と聞いた。
彼は 「私は この機械操作が好きなんです。この機械を使っていいものができると嬉しいのです。」と言った。
一人は 塗装技術課の宮本さんだった。
40歳くらい やや小柄で細身 控えめな感じの彼は スプレー塗装技術にかけては 会社で一番の腕だった。
彼は 指定された塗装膜厚に対して 1μm以内の誤差範囲で塗装する技術を持っていた。
スプレーガンには 数百ccの容器と 圧縮空気により塗料を霧化する装置が取り付けられ エア圧と吐出量を調整するつまみが付いていた。
彼は いろいろな塗料のスプレー特性を見極めて 狙い通りの厚みに塗装することができた。
川緑は 宮本さんに スプレー塗装の指導を受けていた。
彼は 「塗料の性能を正確に評価しようと思ったら 均一な膜厚の塗装板の作製が必要です。」と言った。
彼は スプレーしながら 「スプレーガンは 塗板に対して 一定の距離で 自分のリズムで 一定の速度で 動かしなさい。」と言った。
「塗板の端の方は 空気の流れが速くなり 霧化した塗料が逃げるのが分るでしょう。塗装面の乾き方を良く見ながら作業しなさい。」と言った。
一人は 製造課の木村さんだった。
40歳代中頃 やや小柄で細身 面長の顔に黒縁の眼鏡を掛けていた。
彼は 製造設備の取り扱いに精通していて 製造コストを抑え 短納期に製品を作ることが出来た。
少量多品種の製造が求められる色物塗料の製造では 彼の技術が 製造コストを押さえ 製品の利益率の向上に貢献していた。
彼は 色物塗料の調合・分散工程では 設備の分解洗浄の回数を少なくする工夫をしていた。
また ろ過工程では フィルター交換のタイミングに知恵を絞っていた。
木村さんは 「川緑さんが設計した塗料は 俺が作ってやるよ。」と言った。
彼等のことを思い出した川緑は 東京工場を離れることに 何とも言えない不安を感じた。
第五話 異動
1985年3月25日(月)午前8時45分頃 緑川は 異動先の神奈川県の平塚事業場の正門に着いた。
受付で記帳し 新しい勤務先の工業用塗料技術部 研究部3課へ向かった。
2階建ての建屋の1階に 東西ペイント社の出資会社のJEL社があり 2階に3課があった。
3課の居室の扉をノックして中に入り そこにいたメンバーに一礼した。
「おはようございます。今日からお世話になります川緑です。宜しくお願いします。」と言った。
部屋の奥にいた40歳前半 中肉中背 眼鏡の男性は 笑顔で近づいてきて「課長の杉本です。お待ちしてましたよ。」と言った。
3課には 松下部長 杉本課長 川上係長 森田係長 小山主任がいた。
杉本課長は 入り口に一番近い机を示すと「この机を使ってね。荷物を置いたら実験室に案内しましょうかね。」と言った。
課長の後について 1階の実験室に入った。
幅4m 奥行き8m程の実験室には 塗料の原材料が置かれた棚 実験台 多くの秤や容器 攪拌装置等があった。
実験室の約4分の1の面積を占める棚には 1Lのポリ容器に入ったオリゴマーやモノマーと呼ばれる樹脂材料等が数多く並べられていた。
それらは 馴染みのない薬品臭を放っていた。
これらの原材料の中には感光性のものもあり それらに室内灯の光を当てないように 実験室は薄暗かった。
実験室の奥の扉を開けると 建屋の1階と2階を通した広い空間があった。
そこには 幅が8m 奥行き8m 高さが5mくらいの鉄筋コンクリートで囲われた構造物があった。
課長は この中に電子線加速装置があり 電子線の外への放出を避けるために厚さ1メートルのコンクリート壁で囲われていると言った。
その装置は 電子線硬化型塗料を硬化させるため装置で 3課とJEL社との共同開発に用いられている試験設備だった。
杉本課長は JEL社の居室へ入り 藤井部長 福永主任 西本さんに 「こちら うちにきました川緑さん。皆さん宜しく願います。」と言った。
3課とJEL社は ユーザーの依頼に対応して 共同で研究活動を行っていた。
川緑は 「どうぞ よろしくお願いします。」と言いながら 彼等の様子から それ程忙しい職場ではないようだと思った。
居室に戻った二人は 応接用テーブルに向かい合わせに座った。
杉本課長は 「川緑さんには 新規耐熱塗料の開発を担当してもらいます。」と言った。
第六話 工業用塗料技術部 研究3課
3課に来て1週間経った頃 緑川は 3課とJEL社のメンバーや仕事の様子が分るようになってきた。
3課の松下部長は 定年まで1年くらい 中背細身 背筋が伸びていて 時折 和らいだ表情も見せた。
しかし 彼が席を外した時 3課のメンバーの表情が緩むのを見て 彼が厳しい指導だったと分った。
杉本課長は 40歳台後半 中肉中背で色白 眼鏡を掛け よく笑顔をみせた。
川上係長は 小柄で細身 白髪で眼鏡を掛けていて よく日焼けしていた。
彼は 定時になると テニスラケットを持って 近くにある会社のテニスコートへ向かう姿が見られた。
森田係長は ふっくらした体型 丸顔で長髪 彼もまた よく日焼けしていて 自宅と会社間の距離約20kmをバイク通勤していた。
3課のメンバーは あまり残業をすることはなく 帰り時間は早かった。
JEL社の藤井部長は 大柄で恰幅の良い体型 白髪交じりで温厚な表情をしていた。
定年まで1年程の彼は よく JEL社の居室の商談用スペースのソファーに座って新聞を読んでいた。
JEL社の福永主任は 30歳代中頃、中背でふっくらした体型 濃い無精ひげを生やしていた。
べらんめえ調の話し方が特徴的で 電気技師で 金属の溶接や加工を担当していた。
以前 3課とJEL社は 北九州の瓦メーカーと共同で 電子線硬化型塗料と電子線照射装置の開発を行っていた。
しかし その案件は下火となり 職場の雰囲気は 活気のないものになっていた。
職場のメンバーの名前と顔を覚えてきた頃 川緑は JEL社の作業場にいた福永主任を見つけ 「暇そうですね。」と声をかけた。
すると 「お前に 暇がどんなにつらいかわかるか。」と返された。
川緑は 二の句を告げることができなかった。
定時に帰れるのは良いことだと思っていたが 逆に 時間を持て余して良くないのだと感じた。
別の日に 川緑は 3課の森田係長に 「塗料の開発を行う時 大事なことは何ですか。」と聞いた。
彼は 「塗料の開発で最も重要なのは 設計思想だよ。」と言った。
「設計思想が正しければ いつかはいいものを作ることができるけど 間違っていたらいつまでたってもいいものはできないよ。」と続けた。
それは 初めて耳にした言葉で その意味を考えさせるものになった。
第七話 塗料の開発依頼
1986年3月10日(月)午前11時 国内の大手の通信関連企業 JTT社から 工業用塗料本部に来客があった。
JTT社 通信研究所 材料研究室から来たのは 40歳頃 中肉中背 温和な表情で オープンな話し方をする深江研究員だった。
本部の責任者等は 彼の対応に当たった。
彼は 「宇宙開拓事業団の宇宙ロケット国産化方針を受け ロケット開発に関わる全てのデバイスや材料の国内調達を進めています。」と言った。
彼は 「その一環として パラボラアンテナ用の保護塗料の開発を計画しています。ぜひ 御社に共同開発を依頼したい。」と言った。
人工衛星用パラボラアンテナは CFRP(カーボン繊維強化プラスチック)と呼ばれる素材で作られていた。
宇宙は 強い光や放射線の太陽風が吹き荒れ 太陽光が当たると物質の温度は200度程となり 光が当たらないとマイナス200度程になった。
CFRPは 宇宙空間で太陽光を吸収すると その熱により分解することが知られていた。
そこで アンテナの表面には 太陽光を反射する保護塗装が必要で 塗料は 宇宙空間で長期間耐えられるものでなければならなかった。
当時 この要求に答えられる塗料は アメリカ イリノイ州の大学で開発された白色塗料のみだった。
その塗料は 1kg当たり40万円程の価格で取引され 研究員は 保護塗料の国産化を考えていた。
JTT社の依頼を受けて 工業用塗料本部の責任者等が集まり 共同研究の可否について協議が行われた。
協議の結果 その案件は 工業用塗料技術部 研究3課で対応することになり たまたま耐熱塗料を担当する緑川のところへ降りてきた。
第八話 新規塗料の開発
1987年2月20日(金)午前11時 川緑は 会社の講堂の演壇に立ち 開発品の研究報告を始めた。
傍聴席には 技術本部長 研究本部長をはじめ150名程が座っていた。
川緑は 一礼し スクリーンに投影された資料の表題に LDポインターの赤い光を当てた。
「発表します内容は 人工衛星アンテナ用保護塗料の開発に関するものです。」と言った。
1年程前 人工衛星アンテナ用保護塗料の共同開発が始まった。
JTT社 通信研究所 材料研究室の堀江研究員は 研究3課を訪ねて来た。
3課の会議室 彼は 松下部長 杉本課長 川上係長 川緑に 「ロケット開発国産化のために ご協力をお願いします。」と言った。
研究員は アンテナ用保護塗料に求められる機能を説明した。
その後 材料研究室と研究3課の業務の分担が取り決められた。
3課では アンテナ用保護塗料の作製と 試験板の作製を受け持ち 材料研究室では 試験板の環境試験を行なうことになった。
会議が終わり 川緑は 情報を基に 保護塗料の設計思想を立てることにした。
宇宙空間に浮かぶパラボラアンテナをイメージし そこに太陽風が当たる状況を想像した。
想像の中で アンテナ表面の保護塗料のイメージを拡大して 塗料を構成する分子に 太陽風が当り 劣化させていく様子を思い描いた。
そのビジョンを基に 保護塗料に求められる耐光性や耐粒子線性や耐熱性や耐真空性等の性能を書き出した。
その後 それらの性能を有する原材料をリストアップした。
次に 太陽風のエネルギーと 塗料を構成する原材料の結合エネルギーを比較し 耐性を有する塗料の構成を探すことにした。
自社の合成研究所で開発された無機系樹脂をベースに 反射率の高い無機系粒子を分散し 硬化剤を添加して 幾つかの塗料を試作した。
次に 試作した塗料を CFRP板にスプレー塗装した試験板サンプルを作製し それをJTT社の深江研究員へ送り 性能評価を依頼した。
その後 深江研究員から評価結果が知らされ それを参考に 保護塗料の改良を行い、改良品を用いて試験板を作製した。
深江研究員と川緑は このやり取りを繰り返し 要求性能を満足する保護塗料の開発を進めた。
その後 人工衛星アンテナ用塗料は アンテナの製造販売会社の西芝社や日菱電機社での実証実験を経て 商品化された。
午前11時45分頃の講堂 研究発表会場 川緑は 人工衛星アンテナ用塗料の開発についての報告を終えた。
直ぐに 会場の最前列に座っていた有働技術本部長は 右手を上げた。
50歳代前半 やや小柄で細身 温厚そうな表情の彼は 「この商品は儲かるのかね?」と聞いた。
川緑は 「この塗料は 高価な値段で販売できますが 受注はスポットで 数量は見込めないものです。」と答えた。
「それでも 当社ではこのようなハイテク商品も取り扱っていることを 業界にアピールできると思います。」と答えた。
発表が終わり降壇した川緑に 講堂の中ほどにいた合成研究所の島崎係長が声をかけてきた。
40歳くらい 大柄でふっくら体型 少しやんちゃな感じの彼は 保護塗料に用いた無機系樹脂の開発者だった。
彼は 「君の発表 良かったよ。」と言い 「君の仕事で 俺に何かできることがあったら 遠慮なく言ってくれ。」と言った。
第九話 UVカラーインク案件
1988年1月5日(火)は 東西ペイント社の仕事始めの日だった。
昨年4月に 川緑は 独身寮から社宅に引っ越していて そこから自転車で通っていた。
午前8時50分頃 3課の居室の扉を開けると 川緑に気付いた森田係長は 近寄ってきた。
「今年は よろしくお願いしますよ。」と言い 川緑を 応接テーブルへ誘導した。
昨年末 杉本課長は 川緑に 「来年から 森田さんの新規テーマをサポートしてくれんかね。」と言っていた。
森田係長は 「光ファイバー用UVカラーインクを開発してるんだけど 川緑さんにインクの試作を手伝ってもらいたいのよ。」と言った。
この頃 通信事業の大手 JTT社は 2015年までに日本中の各家庭にまで光ファイバー網を普及させるビジネスプランを公表していた。
JTT社は 国内の電線メーカー各社へ 光ファイバーの大量生産を依頼していた。
依頼を受けたのは 住倉電工社 古友電工社 藤河電線社の大手3社と他の4社だった。
光ファイバーは 光を伝播する石英の芯線と その外側にある一次被覆層と二次被覆層の樹脂層と 更に外側にある着色層とで構成されていた。
二次被覆層まで施された光ファイバーは ボビンと呼ばれる大きな糸巻き形状の冶具に巻き取られた。
その後 巻き取り装置を用いて別のボビンに巻き移される間に カラーインクを塗装された。
カラーインクの塗装は ダイと呼ばれるカップ状の容器の底に小さな穴が開いた塗装装置を用いて行われた。
インクを充填したダイの穴を 光ファイバーが通過する時に塗装される仕組みになっていた。
その後 光ファイバーは4本単位や8本単にテープ状に樹脂で束ねられた。
テープ状に加工された光ファイバーは 光ケーブル内のスロットと呼ばれる螺旋状に仕切られたスペースに積層するように装着された。
最後に光ケーブルの防水処理と外装が施され 商品となった。
光ファイバーの構造の話が終わり 係長は 光ファイバー用UVカラーインクの開発の意義について話し始めた。
初期の光ファイバーは 1mの長さ当たり150円程の価格だったが JTT社のFTTH計画の実現には 大幅なコストダウンが必要だった。
このため JTT社は 電線メーカー各社へ光ファイバーの発注数量をアップする一方で 価格を年率10%ダウンするよう申し入れた。
JTT社の申し出は 電線メーカーにとって とても厳しいもので その要求に対応しなければ収益を得られず 設備投資額も回収できなくなった。
電線メーカー各社は 光ファイバーの生産工程の工数分析を行い 最もネックとなるのが カラーインクの塗装工程であると突き止めた。
初期の光ファイバーは カラーインクに熱硬化型のインクが用いられていて インクの硬化には電気加熱炉が用いられていた。
しかし熱硬化タイプのカラーインクは硬化に時間が掛かり カラーリング工程の高速化には限界があった。
そこで カラーリング工程の高速化のために UV硬化型カラーインクとUV照射装置を用いた新規カラーリングシステムの導入の検討を始めた。
電線メーカー各社は カラーリング工程をUV化するために インクメーカーへ高速硬化タイプのUVカラーインクの開発を依頼した。
同時に ランプメーカー各社へインクの硬化に適したUV照射装置の開発を依頼した。
森田係長は 「JTT社の話では 光ファイバーネットワークの構築は世の中を変えるものらしいよ。」と言った。
「けど それができるかどうかはUVカラーインクの開発ができるかどうかにかかっているわけよ。」と言った。
彼は続けて 「でもね 3課はね 光ファイバー用UVカラーインク開発の着手が競合他社に1年遅れているのよ。」と言った。
電線メーカーへのインクの売り込みは 3課の森田係長と 営業担当の渕上課長 北野係長と 商社の松頭産業社のメンバーとで対応していた。
関東周辺の電線メーカーへの対応は 北野係長と松頭産業社の菊川課長が受け持っていた。
関西周辺の電線メーカーへの対応は 渕上課長と松頭産業社の野崎部長と奥田さんが担当していた。
彼等の渉外活動のお陰で 徐々に電線メーカーの数社からサンプルの依頼が入るようになっていた。
森田係長は 「そこで 川緑さんの出番となったわけよ。」と言った。
第十話 インクサンプル作製
1988年1月5日(火)の午後 3課の実験室 森田係長は 川緑にUVカラーインク サンプルの作り方の説明を始めた。
最初に 係長は 「川緑君は 薬品にかぶれたりする?」と聞いた。
「いいえ 大丈夫ですよ。」と答えた。
係長は 「インクの原材料にかぶれ易い体質の人もいてね そういう人は この作業はできないんだ。もし かぶれたら知らせてよね。」と言った。
係長は 棚に並べてあった化学品類を指し示しながら インクの作製に用いる原材料と その中でかぶれ易いものを説明した。
UVカラーインクは 主にベースとなる高分子樹脂や低分子樹脂と 顔料等の着色材料と 光重合開始剤、及び添加剤とから構成されていた。
インクの作製は まず 着色ペーストとクリヤーベースと呼ばれる2つの仕掛品を作る作業から始まった。
着色ペーストは 顔料を低分子樹脂に分散したもので クリヤーベースは 光重合開始剤を高分子樹脂と低分子樹脂の混合品に溶解したものだった。
着色ペーストは サンドミルと呼ばれる分散機を用いて作製された。
サンドミルは 冷却装置の付いた容器と ディスク状の回転翼と 回転翼を回すモーターとシャフトからなっていた。
容器には メディアと呼ばれるガラスビーズが充填された。
この容器に 顔料と低分子樹脂を投入し ディスク状の回転翼を回すことで メディア同士が衝突し その間で顔料の粒子が潰される仕組みだった。
クリヤーベースは 加温装置付きステンレス容器に 高分子樹脂と低分子樹脂を投入し 光重合開始剤と添加剤を投入し 攪拌・溶解して作られた。
係長は 「これらの装置を動かす時は 巻き込まれないか 安全確認するんだよ! 大怪我するからね!」と言った。
午後3時の休憩時間の後 森田係長は UVカラーインクのサンプル依頼を受けたときの 対応の手順について説明を始めた。
サンプル依頼があると サンプル管理台帳に 依頼先とサンプルの色 数量 納期等が記入された。
サンプル作製時は 依頼の数量を基に 割り増しして配合表が作成された。
それは 保管用の控えサンプル分と 作製時の目欠と呼ばれるロス分を考慮してだった。
次に 作成した配合表を基に インクが配合された。
インクができると その少量をサンプリングし 品質検査が行われた。
検査結果が 規格内にあることが確認し ろ過が行われた。
ろ過されたインクは 所定の量をポリ容器に秤取り缶詰された。
ポリ容器に 内容物と取り扱い注意事項を表示したラベルを貼り 梱包・発送された。
森田係長は 説明を終え 「後は 君に任せるからね。判らないことがあったらいつでも聞いてね。」と言った。
実験室に 一人残った川緑は このインクが一体どういうものかを知るために 全色のインクを作ってみることにした。
また インクを構成する全ての原材料について 分子構造 特性値 取り扱い注意事項をノートに書き出し それらの素性を理解しようとした。
第十一話 新規事業部に転属
1989年2月1日(水)新規事業部が新設された。
新規事業部は 社内の開発テーマの中で 近い将来に新規事業となりそうなテーマを集めて組織化された事業部だった。
それは 研究部と技術部と営業部からなる総勢約40名の組織だった。
新規事業部は 神奈川の平塚事業場に 研究部と技術部隊の拠点が置かれ 東京品川区の営業所に 営業部隊の拠点が置かれた。
旧工業用塗料部 研究3課は そのまま 新規事業部に組み込まれた。
昇格した杉本部長は 研究部へ配置され 昇格した川上課長と森田課長と役職変わらずの川緑は 技術部へ配置された。
JEL社は 解散になり 福永係長は 技術部へ中途編入された。
技術部は 3つの開発チームから編制された。
それらは 光ファイバー用のUV硬化樹脂開発チーム プリント回路基板用レジスト開発チーム プリント回路基板用のソルダーレジスト開発のチームだった。
事業部の新設には 開発テーマのてこ入れを行い その中から新規事業を創出し 会社の経営に貢献しようという上層部の思惑が読み取れた。
森田課長と川緑は これまで同様 光ファイバー用UVカラーインクの開発を継続することになった。
この日の午後 技術部の居室で そこのメンバーを対象に 平田事業部長の就任の挨拶があった。
中背細身 日に焼けた顔 眼鏡をかけた平田事業部長は 挨拶の中で 技術部の方針について話をした。
「君たちの仕事は ユーザー対応をメインとする技術の仕事だ。君たちに研究をやってもらおうとは思っていない。」と言った。
彼の言葉に 違和感を感じたが 彼の言う 「研究」とは 新規樹脂材料の開発に繋がらない 悠長な実験等のことだろうと思った。
もっとも 最近の川緑の業務は 電線メーカーからのサンプル依頼の対応に追われていて 「研究」のような仕事はなかった。
それに 上司の森田課長の昇格により 電線メーカー訪問等も含めた実務は 川緑の担当となり 「研究」とは縁の無い業務ばかりだった。
第十二話 ユーザー訪問
2月15日(水)午前9時40分頃 川緑は JR東海道線の大船駅の改札口で 営業の北野係長と 松頭産業社の菊川課長と合流した。
北野係長は 長身細身 面長 色白の顔に眼鏡を掛けて なまりのない話し方をした。
菊川課長は やや背が高く ふっくら体型 パンチパーマ風の髪型 日焼けした顔に色の付いた眼鏡を掛けていた。
ちょっと怖い人に見えたが 人当たりのよい表情で 関西弁が入ったやわらかい話し方をした。
この日 彼等は 大船駅からタクシーに乗り 大手の電線メーカーの住倉電工社を訪問した。
守衛所で記帳し 技術棟の建物へ入った。
菊川課長は 受付の女性に 「私 松頭産業社の菊川と申します。光ファイバー開発担当の石坂主任研究員様にお約束があります。」と言った。
課長の人当たりのよさは抜群で 受付の女性は 彼の名前と彼が喫煙することを覚えて 笑顔で受け答えし 灰皿をもって商談室へと案内した。
訪問の目的は 住倉電工社の光ファイバー開発担当者へのUVカラーインク試作品の紹介だった。
川緑は 報告書を用意して インクの液特性や 硬化物特性に関するデータをまとめていた。
インクの液特性には 粘度 比重 粒度分布や 硬化性等のデータがあった。
硬化性は ゲル分率と呼ばれる数値データで示され それは UV硬化したインクのゲル化(固化)の割合を示したものだった。
インクの硬化物特性には 機械的強度 弾性率の温度依存性 ガラス転移点や 剥離性等のデータがあった。
機械的強度は 硬化した薄膜を短冊状に裁断し これを引っ張り試験機に掛けて測定した。
弾性率の温度依存性とガラス転移点は 短冊状の試験サンプルを用い 動的粘弾性測定装置を用いて測定した。
インクに求められる機能には インク表面の剥離性があった。
剥離性は 光ケーブルを施工する時 個々の光ファイバーを結線する時に求められる機能だった。
結線作業は 4芯や8芯毎に 樹脂でテープ状に加工された光ファイバーについて 末端部分をばらし それぞれのファイーバーを結線するものだった。
結線工程の作業性の向上のために テープ状の樹脂を容易に剥がすことができるように インクには 剥離性の機能が求められていた。
報告書の中身を確認していると 商談室の戸が開き 光ファイバー開発担当の石坂主任研究員が入ってきた。
初対面の川緑は 椅子から立ち上がり 名刺を取り出し 「お世話になります。技術の川緑です。宜しくお願いします。」と言った。
30歳代中頃 中背ふっくら体型 石坂主任研究員は 椅子に座ると年齢以上に貫禄があった。
川緑は 報告書を手渡し 試作インクの性能について報告を進めた。
最後に 「ぜひ 試作インクのご評価をお願いします。」と言った。
椅子に深くすわり 腹の上に腕を組んで目をつぶり考え込んでいた研究員は 「御社のインクの設計思想を教えてください。」と言った。
この質問は 川緑を緊張させるもので 生半可な回答は許されないと思わせるものだった。
回答如何によっては 研究員は試作インクを評価しない可能性があったからだった。
川緑は 他の電線メーカーの技術者から 光ファイバーの性能評価には多額の費用がかかると聞いていた。
インクの性能評価は 4色にカラーリングした光ファイバーのそれぞれを 1キロメートルの長さで作製し これらをテープ状に加工して行われた。
加工された光ファイバーは ボビンと呼ばれる大きな糸巻きに巻き取った状態で 光の伝送特性等の評価が行われた。
その試験に 数千万円の費用がかかると聞いていた。
更に テープ状の光ファイバーを束ねて 光ケーブルに加工して行う性能評価には 億円単位の費用がかかるとも聞いていた。
つまり インクを評価してもらうには 石坂主任研究員に 費用や人手や時間をかけてもやる価値があると納得してもらうことが必要だった。
今のこの局面は インク評価の GO/NOの決定権を持つ人が 川緑にインクの設計思想を聞いているという状況だった。
紹介したインク試作品は 森田課長の設計によるもので 設計の考え方は 彼から聞かされていた。
川緑は 「今回 ご紹介のインクは 光ファイバー芯線の光の伝送特性に影響しないように設計しています。」と言った。
「そのために 低粘度タイプで硬化物の弾性率を低く抑え また 着色顔料には 粒子径の小さなものを用いています。」と答えた。
話を聞いていた 主任研究員は 「青色のインクを1リットル 今週の金曜日までに送ってください。」と言った。
住倉電工社を出た川緑は 以前に聞いた森田課長の言葉を思い出した。
「設計思想が正しければ いつかはいいものが出来るが それが正しくなければ いつまで経ってもいいものはできない。」というものだった。
石坂主任研究員のインクの設計思想の質問は 恐らく 彼もまたそのような考えを持っているからだろうと思った。
第十三話 ユーザーの要望
2月22日(水)午後1時頃 JR総武線 佐倉駅の改札口 川緑は 営業の北野係長と 松頭産業社の菊川課長と合流した。
三人は タクシーに乗り込み 目的地の藤河電線社へ向かった。
初めて訪れた川緑は 菊川課長の守衛所での記帳の間に 事業場内を見回した。
送電用の銅線ケーブルを作る工場は 奥行きが長く 近くには 木製やプラスチック製の大きな糸巻き状のボビンが数多く積み上げられていた。
事前に 同社の技術課から守衛所に 連絡があったようで 守衛さんは 「食堂へ行ってください。向こうの建物の2階です。」と言った。
食堂に上がり 間もなく フロアーの奥から技術課の2人がやって来て 一人は 「こんなところですみません。」と言った。
横長のテーブルが列を作るように配置され 数百席ほどがあると思われる食堂は 天井が高く広い空間だった。
菊川課長は 「広いところが 開放感があっていいです。」と言った。
川緑は 二人と名刺交換し にテーブルに向き合うように座った。
打ち合わせは インク試作品の紹介がメインに行われ 川緑は 試作品の特徴やデータについて説明した。
最後に 「ぜひ 試作品の評価をお願いします。」と言った。
彼等は 暫く間をおいて 開発品を評価することに合意を示した。
しかし 積極的に評価したいという意気込みは感じられなかった。
技術課の倉田主任は テーブルの前の方に身を乗り出し 「とにかく もっと早く固まるものを 硬化性のよいものを作ってもらえませんか。」と強い口調で言った。
彼の言動から 彼等が求めるインクは 紹介したものよりも 桁違いに早く固まるインクだと分かった。
その背景には JTT社からのコストダウン要請があった。
彼の言動には なんとしても光ファイバーの生産性を上げたいという意図が感じられた。
主任の気持ちに動かされた川緑は 「ご期待に沿えるように努力します。」と答えた。
帰りの電車の中 川緑は ぼんやりと硬化性が良いということはどういうことか また硬化するとはどういうことかを考え始めた。
今回提出したインク試作品の技術報告書に記載された硬化性の項目には インクのゲル分率の値を記入していた。
ゲル分率は インク硬化物を有機溶媒で煮沸し未硬化分を除いた硬化物残分の重量を求める方法だった。
この方法は 多数の試験サンプルを 同時に評価することができる簡便な方法だった。
しかし その方法は 試験条件により 結果が異なるものでもあった。
インクの多くの評価は その試験方法がJIS工業規格に示され 厳密な評価方法に準じて行われるものだった。
それらの評価によって得られる特性値は 科学的な本質と結び付いていて 普遍的な値として認識されていた。
一方 一般に 硬化性の評価は 得られたる値が普遍的なものではなく 対処療法的なものだった。
樹脂材料の硬化性について それを評価する方法は 数多くあった。
硬化物の機械的強度を評価する方法 ゲル分率のような化学的な安定性を評価する方法 屈折率のような光学的特性を評価する方法等があった。
しかし そのような評価方法によって得られる数値は ある条件下で硬化させた樹脂材料の硬化状態を一つの側面から見たものだった。
それらの数値は 樹脂材料の硬化状態について 普遍的な序列をつけるものとはなり得なかった。
例えば ある条件で硬化させたものの硬さを評価した結果と ゲル分率とでは 得られた硬化状態の序列が異なることがしばしばあった。
このことは 一般に用いたれている硬化性の評価方法は 樹脂材料の硬化状態を一義的に表現し得るものではないことを示していた。
しかしながら 硬化の状態が その機械的強度特性 表面特性 長期信頼性等に大きく影響することも事実だった。
そうであれば インクに要求される特性を得るには その硬化の状態を厳密に把握し 特性値と関連付ける必要があると思われた。
また そうしなければ 樹脂材料の設計を誤ってしまうと思われた。
倉田主任の言葉 「とにかく もっと早く固まるものを 硬化性のよいインクを」が耳に残っていた。
彼の期待に答えるために 硬化性のことを もっと良く理解しなければと思った。
第十四話 文献調査
1989年4月5日(水)午前10時頃 技術企画管理部から 分厚い封筒が届いた。
中身は UV硬化型樹脂の硬化性に関する100件の文献だった。
技術企画管理部には 文献や特許のオンライン検索システムがあり 各部署からの依頼に対応して調査検索を行っていた。
先週 川緑は 「硬化性」というものを理解するために 技術企画管理部の担当者と打ち合せし UV硬化型樹脂関連の文献調査を依頼していた。
早速 届いた文献を読み始めた。
中に UV硬化型樹脂の起源について書かれた文献があった。
それには 4000年前のエジプトで ミイラを作るために遺体に樹脂液を浸した包帯を巻き日光に当てて乾かしたと書かれていた。
UV硬化型樹脂のような反応性の樹脂液が人に触れると 皮膚を刺激して かぶれを引き起こした。
樹脂液を浸した包帯を皮膚に巻くと その刺激は著しいものになり ミイラの皮膚はどうなったのかと想像させた。
文献を読み進めると UV硬化型樹脂の硬化性について書かれたものもあった。
その多くは 樹脂の反応速度に関する研究だった。
それらは 反応する成分の濃度と経過時間との関係を実験により求めたもので それらの関係から反応速度を算出していた。
この方法に従い UVインクの硬化性を 反応速度という側面から評価することができると思われた。
しかし この方法は インクが実際に使用される状況とは異なり そのまま インクの設計に反映させることはできないと思われた。
結局 文献調査では そのような評価方法を見出すことはできなかった。
探していた硬化性の評価方法は 実使用下での インクの硬化状態を評価できる方法だった。
川緑は まだ知られていない 硬化のメカニズムを理解することが必要だと考えた。
そこで 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」に着手することにした。
第十五話 研究に着手
5月8日(月)午前10時頃の居室 川緑は 川上課長と上司の森田課長に声をかけ 商談用テーブルに誘導した。
川緑は 「ユーザーさんの要望に応えられる 高速硬化タイプのUVカラーインクを開発しようと考えています。」と言った。
「そのために UV硬化型樹脂の硬化性の研究をやろうと思います。」と言い その理由を説明した。
森田課長は 「そういうことは できる時にやっといたがいいよね。」と言った。
川上課長は 「いいぞ やれ! どんどんやれ!」とエールを送った。
勿論 彼等は 所属部署の責任者の了解なしに このような業務を決める立場ではなく 川緑の考えに個人的に賛同するということだった。
日ごろ 川上課長と森田課長は 上層部を向いて仕事をしたり ご機嫌を伺うようなことはしなかった。
むしろ 仕事の進め方等について 上に反発する場面が多く見られた。
彼等の態度は 職場に自由で明るい雰囲気を与えているように見えた。
彼等に元気づけられ 川緑は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を始
めることにした。
机に戻り UVカラーインクの硬化性に影響する要因の調査を始めた。
インクの硬化反応に影響する要因をノートに書き出し それらを インクの組成面に関わるものと それ以外のものとに分類した。
次に それら要因が 硬化性に与える影響を評価する方法を考えた。
「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を進めるには 明確な目標と方針が必要だと考えた。
目標と方針がなければ 先々研究活動自体が方向性をなくし うやむやになってしまうと思った。
研究目標を 少なくとも得られる研究結果が インクの硬化性を何らかの形で説明できるもので インクの硬化性を厳密に比較ができることとした。
研究の方針を 硬化性の向上を目指し UV光エネルギーの消費量を数値化し 光エネルギーの利用効率を良くする方向を目指すこととした。
第十六話 実験方法の考案/【テクニカル レポート】No.1
6月29日(木)午前8時頃 出社した川緑は UV硬化型樹脂の硬化性の研究を始めた。
この日 光重合開始剤の反応性を評価する方法を考えた。
UVカラーインクの硬化反応は インクに含まれる光重合開始剤がUV光を吸収して活性化することで進行した。
一方 光重合開始剤の吸収する光の量は インクの吸収する光の中で 着色材や樹脂分子等に吸収される分を除いた量になると予想された。
このことは 硬化反応がインクの成分の影響を受けることを意味し 光重合開始剤の反応性の評価には それらの影響を切り取る必要があった。
光重合開始剤が吸収するエネルギーを利用して 何か別の化学反応を起こせないかと考えた。
光重合開始剤が吸収するエネルギーは 光の波長の逆数に Planck 定数を掛けたもので示された。
例えば 波長 350nmの紫外線のもつエネルギーは 5.7×10E-19Jとなった。
一方 第一鉄イオン が酸化されて 第二鉄イオンになるには 1.8×10E-19Jのエネルギーが必要だった。
これら2つの化学反応を組み合わせ 光重合開始剤の反応性を評価することを考えた。
8月1日(火)午後2時頃 光重合開始剤の反応性の評価について 次のような実験装置を作製した。
200ccのビーカー2つを 2つの隣接するスターラーに乗せて それぞれに白金電極を差し 極同士は電流電圧計を介して銅線で接続した。
それぞれのビーカーに 光重合開始剤と塩化第一鉄を 水とエチルアルコールの混合液に溶かした溶液を 100ccずつを注いだ。
2つのビーカーを1つのチューブを用いて繋ぎ チューブの中に試料溶液を通した。
2つのビーカーの溶液に 窒素をバブリングし 第一鉄イオンと活性化した光重合開始剤が 空気中の酸素により酸化されるのを防止した。
5分間のバブリングで 実験系を安定させた後 UV照射装置を用いて 片方のビーカーの試料溶液にUV光を照射した。
この時 光重合開始剤の吸収したエネルギーにより 第一鉄イオンが酸化され 電位差が生じ 電圧計の針が動くことを期待した。
ところが 期待に反して アナログ式の電流電圧計の針は動かなかった。
川緑は 首をかしげ 「うーん?」と言って その理由を考えていた。
そこへやってきた杉本部長は 「いったい 何の実験をやっとるんかね?」と声をかけた。
川緑は 「電気化学の実験をやってまして この針が動くはずなんですが。」と言った。
電流電圧計を見ていた部長は 「針が動いとるぞ!」と言ったので 見ると 確かに 針がメモリのゼロ付近で小刻みに動いていた。
針の動きを見た瞬間に 事態を把握できた。
反応のプロセスは進行して 電位差を生じさせたが 電流電圧計の内部抵抗が小さく 電極間を電流が流れてしまい 電位差を計測できなかったのだった。
川緑は 部長にお礼を言い 直ぐに研究本部へ向った。
研究本部についた川緑は アンテナ用保護塗料の開発で交流のあった島崎係長を訪ねた。
彼に 実験の状況を説明して 研究所が保有する内部抵抗の高い電圧計を貸してくれるように頼んだ。
島崎係長は 「面白い実験をやってるな。いい装置を貸してやるからがんばれよ。」と言った。
技術部の実験室に戻った川緑は 電圧計を取り替えると 始めから実験をやり直した。
先と同じ手順で準備し 実験系を安定化させると UV照射装置のシャッターを開けた。
同時に ストップウォッチを押して 電圧計に目をやると 直ぐにデジタル表示の数値が上昇していくのが見えた。
「よし! きた!」と言うと 川緑は 1分ごとに電圧の値を読み取りノートに記録していった。
実験開始から20分くらい経つと 電圧の値は一定の値で安定し、その後 UV照射装置のシャッターを閉じると 液晶表示の電圧は降下し始めた。
川緑は実験結果をノートに記録し その後 幾つかの光重合開始剤について同様の実験を進めた。
次に 川緑はUV光源を高圧水銀ランプからメタルハライドランプに交換して同様の実を行った。
実験で得られたデータは 光重合開始剤の種類や組み合わせによって また光源の種類によって異なり 到達する電圧の最大値も異なった。
実験結果は それぞれの光重合開始剤について 第一鉄イオンをどれだけ酸化させ易いかを示しているものと考えられた。
一連の電気化学実験を行う中で 興味を惹かれる現象もあった。
多くの試験サンプルは UV照射時に 電圧がプラス側へ変化したが 中に1つだけ マイナス側へ変化するサンプルがあった。
そのサンプルは 光重合開始剤の反応が異なるタイプのものだった。
予想外の結果に 本来の研究から離れて 暫く 光のエネルギー変換効率の良いバッテリーを空想し始めた。
ふと われに返った川緑は 実験結果を基に 反応性の良い光重合開始剤を UVカラーインクの設計に反映させることにした。
**********************************
<備考>
川緑の実験に ご興味のある方は 「川緑 清の【テクニカル レポート】No.1」をご参照ください。
第十七話 コンテスト
1989年11月2日(木)午前10時頃 技術部の居室の電話が鳴った。
受話器を取った川緑は 「はい こちら技術部です。」と言った。
「川緑さん やりましたで! スクリーニングに生き残りましたで!」 という菊川課長の声が聞こえてきた。
1ヶ月程前 川緑は 電気化学実験の結果を基に 硬化性を改善したUVカラーインクを試作して 電線メーカー各社へサンプル提出していた。
その後 営業の北野係長と松頭産業社の菊川課長は 電線メーカー各社を訪問し インクサンプルの評価結果を聞いていた。
菊川課長は この1ヶ月間 電線メーカー各社では インクのコンテストが行われていたと言った。
コンテストは 候補品を絞り込むための1次スクリーニングで 川緑の試作したインクは生き残ったと言った。
続けて 彼は 今回のコンテストに参加したインクメーカーは総数15社で スクリーニングで残ったのは5社だったと言った。
最後に 「川緑さん 電線メーカー各社さんは 今回のサンプルに満足してはいません。更に硬化性の良いインクを要求しています。」と言った。
「これから1年から2年かけて 彼等の望むインクを追求するそうです。 ここが踏ん張りどころです。がんばりましょう。」と言った。
課長の話に 川緑は 設計思想は間違ってはいなかったと感じた。
一方 今後のことを考えると 課長以下 実務一人の開発体制は 心もとないと感じた。
第十八話 研究発表会
12月1日(金)午前10時 平塚事業所の講堂 社内研究発表会が開かれた。
150名程入る講堂の奥には 大きなスクリーンが張られていて その前に設けられた演台には 発表者用のマイクとポインターが用意されていた。
傍聴席は 講堂の前方から中央部まで長机が配置され 後方は立見席となっていた。
最前列中央には 技術本部長と研究本部長が座り その周りに各本部の部課長等が陣取っていた。
午後2時 発表の番が回ってきて 登壇した川緑は 発表用資料を演壇に置き 指先でマイクを叩いて音声を確認した。
「では 報告を始めます。」と言い スクリーンに映し出された発表のテーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」をポインターで示した。
20分間の発表の中で 新規UVカラーインクの開発の背景と開発内容と成果について述べた。
報告は 考案した電気化学実験方法と その手法で求めた光重合開始剤の反応性の評価結果と 電線メーカー各社でのインクの評価だった。
発表が終わり 最前列の席の吉岡研究本部長が質問した。
やや上背があり ふっくら体型 温和な表情とは対照的な眼光の彼は 「電気化学の実験は 君が考えたのか?」と聞いた。
川緑は 「はい そうです。この実験は 硬化性に優れたインク開発のために考えたものです。」と答えた。
すると研究本部長は 誰に言うともなく 「一度 チームリーダーの話を聞きたい。」と言った。
次に 研究本部長の隣にいた有働技術本部長が質問した。
彼は 「君の開発テーマは 何人でやってるの?」と聞いた。
川緑は 「課長と私の2人です。競合他社は もっと多くの人手をかけているそうです。」と答えたが それに対するコメントは無かった。
第十九話 社外発表案件
1989年12月4日(月)午前10時頃 新規事業本部 研究部の杉本部長は 技術部の居室を訪れた。
彼は 「川緑さん 来年6月のフォトポリにトライしてみんかね。」と言った。
それは フォトポリマー コンファレンスのことで フォトポリマー関連技術の発展を目指すフォトポリマー学会主催の国際会議のことだった。
彼は 川緑のテーマを推薦する2つの理由を述べた。
1つは UVカラーインクの開発が新規性のあるテーマであること 1つは 先の研究発表会での報告が他部門の部課長等に受けたことだった。
川緑は 今が 開発の正念場と感じ 開発に集中したいと考えて 「せっかくのお話ですが 今は 時間が取れません。」と難色を示した。
すると部長は 「来年の話だよ。まだ時間はある。それに忙しい時ほどいい仕事ができるものだよ。」と言って 川緑を押し切った。
部長の退室を見送りながら 川緑は じりじりとした圧迫感を覚えた。
それは 果たして フォトポリの案件に対応しながら インクの開発競争に勝ち残れるのかとの思いからだった。
先日 松頭産業社 菊川課長から 競合他社の内の数社は 少なくとも数十人体制で UVカラーインクを開発中だと聞いていた。
こちらは ほぼ1人体制で対抗し おまけに 社外発表の準備をするとなると 普通に戦っては 勝ち目は無いと思った。
何か 他社に無い新しい開発の切り口が必要だと思った。
暫く前から 高速硬化性のインクの開発には その硬化性を数値計算できるような理論が必要だと 何となく考えていた。
硬化性を数値化出来れば インクの設計思想をより明確なものとすることが出来ると考えていた。
そうすれば 開発の方針を具体化でき 開発を加速できると考えていた。
今となっては 独自の「硬化の理論」を構築するより 他に選択肢が無いと思った。
第二十話 UV硬化型樹脂の硬化性
1990年1月8日(月)午前6時 出社した川緑は 守衛所で鍵を受け取り 技術棟に向かい 建屋の扉を開けた。
2階の居室に上がり 机につき 動きを止めて考え込んだ。
彼の机は 技術部の中では一番散らかっていた。
机の上には ファイルや本や報告書が散乱し 机の下にはインクサンプルや色見本を梱包するための大小さまざまな段ボール箱が積み上げてあった。
横の柱には ユーザーからの依頼をメモした紙切れが 30件程 セロテープで貼り付けられていた。
雑然とした机の上に広げたノートには リストアップしていた硬化性に影響する要素が箇条書きに書かれていた。
それを見ながら 硬化性を数値化する術を考えていた。
UV光の照射エネルギーと硬化の状態との関係を近似する数式ができないかと考えた。
机の上に山積みされた報告書や 引き出しの中にある実験データを引っ張り出して インクの硬化性に関するデータを見直し始めた。
UV露光量とインクのゲル分率の関係をグラフにしたデータを見ていた時に ふと 横軸を 露光量の二階対数に取ったらどうなるかと考えた。
これまで インクの硬化性をグラフにする時は 横軸を露光量の一階対数に取り 縦軸にゲル分率を取って示していた。
例えば 露光量を 2、4、8、16、32、64 mJ/c㎡ と取っていた。
これは 露光量の等間隔表示だと 露光量が多いところでゲル分率の変化率が小さくなり グラフが間延びした形になるからだった。
幾つかの硬化性のデータを基に 露光量を二階対数に取り グラフを作リ直すと 表示された曲線の一部分が 一定の傾きを持つ直線になった。
それを見た瞬間 この形状は 硬化性の本質に関わる何かを表しているのではと直感した。
幾つかの硬化性のデータについて 露光量を二階対数に置き換えたグラフを作成し グラフの直線部分を近似する数式を求めた。
午前8時前 川上課長が出社してくると 早速 声をかけて ノートに書いた関係式を見せた。
意見を聞くと 彼は 「うーん 難しいな でもこの関係は本当のような気がする。」と言った。
その後 出社してきた森田課長にも同様に聞くと 彼は ノートをまじまじと見て 「この式で Log が2回かかる理由は?」と聞いた。
「良く分かりませんが 1回目の Log は インクの光の吸収に関わり 2回目の Log は 重合反応に関わるものではないかと。」と答えた。
それから暫くの間 3人は 議論していると 技術部の他のメンバーが出社して来て 彼等も入り意見を交換しているうちに午前中が過ぎて行った。
彼等と話している時に 黒体放射スペクトルの式のことを思い出した。
それは 学生の時に受けた量子化学の授業で聞いた話だった。
1900年頃 穴の開いた中空の黒体を加熱した時 穴から放射される電磁波の波長とエネルギー密度の関係を定式化しようとした人達がいた。
ドイツの物理学者 Wilhrlm Wien の提唱した Wien の式は 短波長側で観測値と一致した。
また イギリスの二人の物理学者の提唱した Rayleigh-Jeans の式は 長波長側で観測値と一致した。
最終的に ドイツの物理学者 Max Planck は Wien の式を基にエネルギーの量子仮説を盛り込み 観測値と一致する式を見出した。
講義の中で 印象に残ったのは Wien の式や Rayleigh-Jeans の式だった。
彼等の提唱した式は 黒体放射スペクトルの全てを表現していなかったが 彼等は 黒体放射の本質に関わると考えて その式を提案していた。
研究への取り組みの中で 観測結果を近似する関係式を提示することは 物事の本質を追及するために必要なことだと思った。
第二十一話 社外発表内容の修正
1990年4月12日(木)午後4時頃 技術部の居室 川緑は 応接テーブルで 上司の森田課長と 研究部の杉本部長と向き合っていた。
「ペーパーをまとめましたので 内容のチェックをお願いします。」と言って 二人にA4紙4枚の資料を手渡した。
資料は 6月に予定されている第7回フォトポリマーコンファレンス向けのペーパーだった。
テーマ名は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」で 内容はUV硬化型樹脂の反応性に関するもので その構成は 2つのポイントからなっていた。
内容の1つは 光重合開始剤の反応性を評価する電気化学実験の紹介で もう1つは UV露光量と樹脂の硬化性の関係式の提案だった。
2人は ペーパーに目を通し その後 コメントを返した。
ポイントの1つ 光重合開始剤の反応性を評価する電気化学実験の紹介については 二人ともこれを公表することに OKを出した。
もう1つのポイント 露光量とUV硬化型樹脂の硬化性の関係式の提案については 二人の意見が分かれた。
森田課長は 「このまま出してもいいんじゃないですか。」と言った。
杉本部長は 「一般的でない考え方を社外で発表するのは どうかね。」と否定的な考えを示した。
部長の危惧は 一般的でない考え方を提案すると 社外の技術者等から いろんな質問を受け それに対応できるのかということだった。
もし そのような局面で 回答に窮したら 発表を許可した会社側の資質が問われることになった。
硬化性の関係式の提案は 黒体放射スペクトルに関する Wienの式やRayleigh-Jeansの式に習ったことだった。
現時点では その式が 現象の全てを説明できなくても その後の研究には 重要な役割を果たすという観点からだった。
それでも この件は もっと深く掘り下げて 理論武装しなければ 公の場で堂々と話をすることはできないだろうと思った。
川緑は 「ご意見を頂き ありがとうございました。 内容を修正します。」と言った。
第二十二話 社外発表
6月20日(水)から22日(金)の間 東京の大学の校内で 第7回フォトポリマーコンファレンスが開催された。
最終日の午前中 B会場は 50人程入る教室で 森田課長と川緑は 定刻前に入り 教壇に向かって左側の最前列に並んで座った。
定刻に始まり 1番手の発表者 北京の大学の先生は 教壇に立った。
彼は 手に持った紙に書かれた漢字を見て発音し 少し癖のある日本語で発表した。
二番手も 三番手も 発表者は 日本語で発表した。
彼等の発表の内容は どちらかというと 製品開発から離れた学術的な研究で 発表の最後は 成果を将来の商品に繋げたいとの結びになっていた。
四番手 川緑は 教壇に上がり 手持ちの原稿を確認して 「発表は 英語で行います。」と日本語で断りを入れた。
発表は 開発中のUVカラーインクの紹介に始まり 課題の高速硬化性に触れ UV硬化型樹脂の硬化性の研究について述べた。
インクの硬化性をゲル分率で求めた結果と 光重合開始剤の反応性を電気化学実験により評価した結果とを比較し考察した。
発表が終わり 質疑応答の時間となり 最初に前から3列目の中央付近に座っていたダルム・ジャパン社の宇野氏が挙手をした。
ダルム・ジャパン社は 外資系の化学品メーカーで 光重合開始剤の製造販売を行っていた。
技術担当の宇野氏は 何度か 東西ペイント社へ商談に来たことがあり 川緑とは面識があった。
宇野氏は 「光重合開始剤の光の吸収ピークとインクの感度のピークは一致しますか?」と聞いた。
この質問は 光重合開始剤の設計にも インクの設計にも 重要な意味を持つものだったが 川緑には その答えは判らなかった。
川緑は 質問の意図を理解するのと同時に 今後 その質問に答えられるような研究が必要だと思った。
発表会が終わり 帰宅中の電車の中 川緑は 宇野氏の質問に答えるためにやるべきことを考えていた。
最寄の駅で 電車の扉が開き 川緑は 森田課長に 「お疲れ様でした。」と言ってホームに下りた。
森田課長も 自宅へ向わず 途中下車してきた。
「どうしました?」と聞くと 課長は 「近くで 一杯 おごるよ。」と言った。
第二十三話 技術部の体制変更
1990年10月1日(月)付けで 新規事業部 技術部の体制変更が行われた。
光ファイバー用UV樹脂関連のチームの担当管理職は 森田課長から川上課長に代わった。
40歳台後半 小柄で中肉 白髪で日焼けした顔 竹を割ったような気性の川上課長は 傍から見て 人の好き嫌いがはっきりしたタイプだった。
彼は それまで 技術部のプリント回路基板用UVレジスト開発チームを担当していた。
彼は 気の合わない上司とは 距離を置き 部下の面倒はよく見ていた。
午前11時頃 技術部の商談テーブルで 川上課長は 川緑と業務の進め方について打ち合わせを始めた。
川緑は 事前に 担当業務内容をまとめた報告書を作成していて この資料に沿って報告を進めた。
報告書は 「現状」と 「重点取り組み」の2項目で構成していた。
「現状」には 電線メーカー7社との折衝状況をまとめ 各社の要求するUVカラーインクの性能と自社の対応状況を示した。
「現状」の説明の最後に 「競合他社と開発競争中ですが 今の体制だとユーザー対応で手一杯で 開発に注力できていません。」と言った。
「重点取り組み」には 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」の取り組みと その業務遂行に必要な実験装置についてまとめていた。
「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」は インクの開発競争に勝ち残るために必要な開発技術力の向上を目指すものだった。
それには 幾つかの最新の実験装置が必要で 報告書に それらの装置の特徴と価格を示していた。
川緑は 「開発競争に勝つには この研究を進めるしか手がありません。」と言った。
報告を聞いた川上課長は 「川緑君が考えているように 仕事をしたらいいよ。」と言った。
「まあ しかし 研究費が取れるかどうかは分からんなあ。」と言った。
第二十四話 技術部の報告会
10月1日付けの新規事業部の体制変更に伴い 5日の午前10時に 担当者等から新組織の責任者等へのテーマ報告会が開かれた。
会議室には 中央に大きな円形のテーブルが配置され その奥に平田本部長と杉本部長が陣取り 彼等の左右に各チームの課長等が座っていた。
それぞれのチームの担当者は 順番に会議室に入り 彼らのテーマの進捗報告を行った。
順番が来て テーブル席についた川緑は 川上課長との事前打ち合わせた報告書を配布し テーマの現状と重点取り組みについて説明を始めた。
競合他社との開発体制の違いを述べ 「技術部はユーザー対応に追われ 技術力の向上に必要な基本的な取り組みができていません。」と言った。
また 「今後 光ファイバー用樹脂材料の開発競争で勝ち残るためには 独自の技術力を向上させることが必要です。」と言った。
報告の間 腕を組んで下を向いて聞いていた平田本部長は 視線を川緑に向けた。
「君が言うのは かなりアカデミックな内容のようだが。」と言った。
その言葉を聞いて 以前の本部長の就任挨拶で 「君たちに 研究をやってもらおうとは思っていない。 」と言ったのを思い出した。
直ぐに 川緑は 「いいえ 違います。この取り組みは 新商品を開発するのに必要な 泥臭いものです。」と少し声を大きくして言った。
すると 本部長は 「君が言っていることは技術部でできることなのか?」と言った。
川緑は 「できるかどうかではなくて やらないと競合他社に負けると思います。」と答えた。
本部長は少し強めの口調で 「では 君の提案は研究部にやってもらうか それとも君が研究本部へ行ってやるか。」と言った。
川緑は 「それは人事権や決裁権を持つ組織の責任者が判断することでしょう。」と思ったが そのことは 口に出さなかった。
会話は途切れ 報告は 気まずい雰囲気の中で予定時間を過ぎた。
会議室を出た川緑は 報告会での本部長の発言を振り返った。
本部長の発言と そこから読み取れる事業部の方針と 技術部の仕事というものを考えた。
本部長の考える新規事業部の方針は 新規事業創出のために 研究部と技術部の業務分担を明確にすることだろうと感じた。
事業部所属の技術者は 研究部では ドクターや院卒者が配置され 技術部では 学卒者が配置されているのも その方針だろうと感じた。
もしそうなら 技術部の仕事とは ユーザー対応に徹することで 開発に必要でも 基本的な研究は タブーとされるのだろうと思った。
一方 競合他社との開発競争に今の体制で立ち向かうには 他社をリードするための独自の技術の構築が必要不可欠だと考えていた。
川緑は 本部長等との 仕事の取組み方の考え方の違いは 今後 対立する局面を迎えるかもしれないと感じた。
第二十五話 実習生
1990年10月8日(月)午前10時頃 新規事業部技術部の居室に 一人の新入社員がやってきた。
中肉中背 ぼさぼさ頭に手を伸ばして 少し照れながら話をするしぐさに 学生の雰囲気が抜けていない感じがした。
彼は 「実習生の浜崎です。よろしくお願いします。」と言った。
先日の本部長報告会の折に 川緑は 担当テーマの開発推進のために 開発体制の増強と新しい実験装置の購入を依頼していた。
その回答は 川緑に実習生を付けることで 実験装置購入の件は却下されていた。
「教育担当の川緑です。UVカラーインクの開発をやってます。よろしくお願いします。」と言い 浜崎さんを応接用テーブルに誘導した。
川緑は 技術部の業務の概要と 担当テーマを口頭で説明し その後 1階の実験室を案内した。
実験室の設備や原材料の説明をしながら 浜崎さんの関西弁と物おじしない態度に 彼が職場に新鮮な風をもたらしてくれるように感じた。
技術部の業務の説明を終え 「浜崎さんの教育実習テーマは UV硬化型樹脂の硬化性の研究にしようと思います。」と言った。
彼に 技術部のメインの業務のユーザー対応から離れて 基礎的な研究を進めてもらうことにした。
それは 実習生であれば 技術部では煙たがれている研究活動でも 上層部は大目に見てくれるだろうと考えたからだった。
川緑は 「浜崎さんに 2つの研究課題を出しますので 半年の実習期間中に それらを解決して研究をまとめてください。」と言った。
第1の課題は インクを構成する成分のUV光の吸収量を求めることだった。
第2の課題は UV光量とインクの硬化性を厳密に比較し その関係を考察することだった。
浜崎さんの研究成果は インクの開発競争に勝つための第一歩になるはずだと期待した。
第二十六話 教育実習
10月9日(火)午前9時 技術部の居室 川緑は 出社してきた浜崎さんに声をかけた。
「おはよう。じゃあ 早速 教育実習を始めましょうか。」と言い 二人は 1階の実験室へ降りて行った。
教育実習テーマを 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」として この研究を進めるために 2つの課題を与えていた。
この日 第1の課題の UVカラーインクを構成するそれぞれの成分のUV光の吸収量を求める実験の指導を始めた。
川緑は 実験棚から インクの原材料を取り出し 実験台の上に並べた。
それらは 数種類の反応性高分子樹脂 反応性低分子樹脂 光重合開始剤 及び顔料だった。
「これらの原材料を希釈して 分光透過率測定用のサンプルを作ります。 最初は 私がやりますので 見ていてください。」と言った。
「その後 浜崎さんにやってもらいますので。」と続けた。
ポリカップを電子天秤の上に乗せ ゼロ合わせし 反応性の高分子樹脂の入った1つの容器を手に取り 薬さじを使って 所定の量を秤取った。
次に エチルアルコールを所定の量だけ加えて 薬さじで混ぜて溶解、希釈し 段階的に体積比で400分の1の濃度の希釈溶液を作製した。
体積比で希釈したのは 後に 得られた透過率のデータを Lambert-Beerの法則を用いて加工しやすくするためだった。
「それじゃあ 続きをお願いします。 何かあったら 上にいますので。」と言い 川緑は 居室へ戻った。
午後に 川緑は 浜崎さんをつれて 研究本部の分析課へ行き 予約していた分光硬度計を用いて 原材料の希釈サンプルの透過率測定を始めた。
「作製してもらったサンプルの分光透過率を測定します。最初は 見ていてください。」と言た。
川緑は 反応性高分子樹脂の希釈サンプルの1つを手に取った。
分光硬度計に サンプルと リファレンスのエチルアルコールをセットし 測定レンジを波長250nmから500nmに設定し 測定を始めた。
測定が終了し 装置からサンプルを取り出し 「こんな感じで やってみてください。」と言って 浜崎さんに交代した。
翌日 技術部の居室 浜崎さんが出社してくると 川緑は 技術部共用のパソコンの電源を入れ N88BASICのソフトを立ち上げた。
二人は 昨日取得した 原材料の分光透過率のデーターをパソコンに取り込み それらのデータを基に 数値計算を行うソフトの作成を始めた。
そのソフトは 原材料を任意の割合に配合したインクを 任意の厚みに塗布した時に それぞれの原材料の光の吸収量を求めるものだった。
「浜崎さん プログラミングやったことある?」と聞くと 「いいえ 全然です。」と返された。
「それじゃあ そこにあるプログラミング ガイドブックを見ながら 一緒に 学習しましょう。」と言った。
ソフト作成の作業は 2人には 時間がかかる作業になった。
第二十七話 二次方程式の解
10月12日(金)午前9時頃 出社した浜崎さんに 川緑は 「おはよう。今日は インクの光の吸収を調べましょう。」と言った。
浜崎さんに与えた課題の1つ 「UV光の量とインクの硬化性との厳密な比較」のための実験モデルを考えていた。
そのモデルは インクを2枚の石英板で挟んだ試験サンプルだった。
川緑は 「インクにUV光を当てると 光の一部は反射し一部は透過して 残りがインクに吸収されます。」と言った。
続けて 「光の吸収量を正確に求めるために 石英板の光の透過率と反射率を求めましょう。」と言った。
インクの硬化性は インクの厚み 塗布表面の形状 雰囲気の影響を受けるので 今回の実験モデルは それらの影響を除くためのものだった。
但し このモデルでは インクの吸収する光を計算するために 石英板の光の透過率と反射率を求める必要があった。
二人は 石英板を用いた実験を始めた。
石英板の透過率は 分光光度計を用いて 厚さ0.1mmの石英板をリファレンスに 厚さ10mmの石英板をサンプルとして測定を行った。
石英板は 可視光をよく透過するが 紫外領域の光を吸収するので 吸収を正確に捉えるために 厚い石英板を用いた。
また 石英板は 空気との界面で 光を反射するので 薄い石英板をリファレンスに用いることで 反射光の影響をなくした。
石英板の反射率は 石英板の分光透過率データと 反射率を変数とした数値計算結果とを比較して求めることにした。
数値計算には 反射率を波長の関数 r(λ)とし 石英の透過率を T(λ)とし 石英板に垂直入射する光が石英板の表裏と裏面で反射を繰り返すモデルを考えた。
石英板に入射する光を1次とし 裏面から反射する光を2次として 5次までの反射光について 石英板を透過する量と反射する量を求めた。
この様な操作により 光の反射量の合計と透過量の合計は 各波長について r の1乗から r の5乗までの関数からなる数列で示された。
得られた r(λ)を変数とする透過率は 薄い石英板と厚い石英板について測定された透過率と同じになるはずだった。
ところで 変数 r は 元々 1より小さい値なので r の三乗以上の項を0とみなすと 計算式は簡略化されて 二次方程式で示された。
得られた二次方程式式を解けば r が求まり 石英板を透過するUV光の量を厳密に求めることができるはずだった。
予備実験で得られたデータを持って 居室に戻った2人は 共用パソコンの前に座り 二次方程式の解を求めるプログラムの作成を始めた。
ところが 二人とも 二次方程式の解の公式を思い出せなかった。
近くにいた職場のメンバーに聞いたが 答えられる者は誰もいなかった。
浜崎さんは 居室を飛び出し 暫くすると どこからかその答えを探し出してきた。
理科系の大学を出て技術系の仕事をしていても 使わない知識というものは いとも簡単に記憶からなくなってしまうものだと思った。
第二十八話 UVランプの発光スペクトル
10月12日(金)午前9時30分頃 川緑は JR大船駅のホームに降り立った。
そこで 松頭産業社の菊川課長を見つけ 「おはようございます。」と声を掛けた。
この日 住倉電工社へ UVカラーインク試作品の紹介を予定していた。
二人は 駅を出てタクシーに乗り込んだ。
菊川課長は 黒いカバンから1枚の資料を取り出し 「川緑さん 頼まれていたデータです。」と言って手渡した。
それは UVランプの発光スペクトルの数値データで 実習生の浜崎さんの研究に必要なものだった。
浜崎さんの 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」には ケイトウ電機社製の高圧水銀ランプを用いていた。
ケイトウ電機社は 蛍光灯や紫外線照射装置等の放電灯のメーカーで 電線メーカー各社へも UVランプを供給していた。
ケイトウ電機社は 高圧水銀ランプの製品カタログに その発光スペクトルデータを掲載していた。
しかし それは 波長300nmから700nmまでを10nm毎に積算した棒グラフで 研究に用いるには 粗すぎた。
そこで 先週 川緑は 松頭産業社の菊川課長に ケイトウ電機社のUVランプの詳細な発光スペクトルデータの入手を依頼していた。
松頭産業社は ケイトウ電機社の販売代理店でもあり 課長は 同社の技術者に頼んで高圧水銀ランプの発光スペクトルのデータを入手してくれた。
菊川課長は データを手渡しながら 「これな 一般には出していないデータですねん。取り扱いに注意してな。」と言った。
午後 帰社した川緑は 浜崎さんに 「UVランプの発光スペクトルのデータをもらってきたよ。」と言った。
「これ パソコンに取り込んでください。」と言ってデータを手渡した。
浜崎さんは データを受け取り 居室の共用のパソコンに向かった。
パソコンには これまで インクの原材料の透過率と 石英板の透過率と反射率の数値データを取り込んでいた。
浜崎さんは 「準備 OKですね。いよいよ インクの硬化性の実験に着手できますね。」と嬉しそうに言った。
第二十九話 社員旅行
1990年11月10日(土)12時頃 川緑は JR小田原駅で電車を降り 改札口を出たところで 上司の川上課長を見つけた。
「こんにちは。お疲れ様です。」 「おう 来たな。」と声を掛け合い 二人は 駅の駐車場まで歩いた。
ワンボックスカーの後部座席の窓から顔を出した福永係長は 「川緑君 運転頼むな。」と言った。
運転席についた川緑は 「出発します。」と言って 車を走らせ 小田原インターチェンジから東名高速道路に入り 西へ向かった。
この日は 新規事業部の社員旅行で 三人は 浜名湖を目指した。
高速に入り 暫くすると 後部座席の方から 「プシュッ! プシッ!」という音が聞こえた。
ルームミラーを見ると 二人は 早速 缶ビールを開けて飲み始めていた。
午後3時過ぎ 目的地の浜名湖の館山寺に着いた。
社員旅行の参加者は 営業部隊を含む新事業本部の総勢39名だった。
宴会までの時間は 各自の自由となり 川緑は 割り当てられた部屋に入り 持ってきた本を読んで過ごした。
「ストリートファイター、前田 日明」を読み進めると 本の世界に入り込んで行った。
午後6時 参加者は 宴会の会場に集まり 皆が席に着くと 幹事役の挨拶があり 宴会が始まった。
宴会の最初の頃 川緑は 宴会場の入り口近くの席で 大人しく飲食していた。
暫くして 女性の店員さんに声を掛けられ 彼女についていくと 衣装室で着物と鬘で女装させられた。
再び 会場へ戻ると 段取りされていたようで 幹事役にマイクを持たされ歌を歌うことになった。
その後 着物姿のまま 会場内を酒をついで回ったところを境に その後の記憶がなくなっていた。
意識が戻った時 朝になっていて 頭がぼんやりするのを感じていた。
同じ部屋に泊まったメンバーの一人は 「川緑さん 昨夜 大騒ぎしてましたよ。」と言った。
彼等の話では 女装のまま 会社の女子を追い掛け回し 福永さん達にタックルしたり 営業の城山部長と口論し テーブルを叩いていたと言った。
話を聞いているうちに 冷や汗が出てきて 同時に 妙に右手が痛むのも その理由が分かった。
午前中に 新規事業部のメンバーは 浜名湖を散策して過ごして その後散会となった。
第三十話 やってしまった
11月13日(火)午前9時頃 研究部の杉本部長は 技術部の居室にやって来た。
彼は 「川緑さん 今度の部課長会議で報告してくれんね。」と言った。
部課長会議は 事業部の幹部が集まる会議で 部長は その会議の中で 川緑に業務の進捗報告を依頼した。
「はい 分かりました。」と答えたが 川緑は 彼等が 業務報告を聞きたい理由を分かりかねていた。
すると 川上課長は 「話の元は 城山営業部長で もし彼を納得させられたら 君が必要な実験装置を買ってくれるそうだよ。」と言った。
事の顛末を分かりかねて 「それは いったいどういうことですか。」と聞いた。
川上課長は 「覚えていないのか。」とでも言いたそうな表情で 次のような話をした。
先日の社員旅行の時 酒に酔って騒いでいた川緑を 城山部長と川上課長が止めに入ったとのことだった。
それでも治まらない川緑に 城山部長は 「そういう力は 仕事に向けろ!」と諭した。
川緑は 「仕事をやりたくても 必要な装置がないからできないんです。」と言ったらしかった。
すると 城山部長は 「私を納得させられたら その装置を買ってやるよ!」と言った。
このやり取りは 川緑の記憶から消えていて 川上課長の話を聞いた時 やってしまった感で 頭を抱えてしまった。
川上課長は 「気にすることはないよ。」と言い 森田課長は 「結局は それで良かったんだよ。」と言った。
川緑は 当面 酒は止めようと思った。
数日後 城山営業部長宛に長い手紙を書いて 社内メールで送った。
その内容は 先日の社員旅行での無礼な振る舞いの謝罪と 担当業務について やるべきことをまとめたものだった。
第三一話 部課長会報告
12月18日(火)午後に 新規事業部の部課長会議で 川緑の業務報告が予定されていた。
午前11時頃 技術部の居室に 城山営業部長は 川緑を訪ねてやってきた。
50歳代前半 中背 がっちり体形の彼は スーツが似合っていた。
城山部長は 「君の手紙を読ませてもらったよ。」と言った。
「専門的なことは 私には わからないが 君が言いたいことは 私なりに理解したつもりだ。」とさっぱりした表情で言った。
「君の報告に期待しているよ。」と言い 部長は 居室を出て行った。
今回の業務報告の背景には 国内だけでなく 海外の電線メーカーからも 自社のUVカラーインクへの問い合わせが来ていたことがあった。
この頃 開発中のUVカラーインクは 電線メーカーの数社で仮採用となり 徐々に インクの注文量が増えてきていた。
その情報は 海外へも届き イタリアとフランスの電線メーカーから インクのサンプル依頼を受けていた。
1988年頃 光ファイバーを用いた光通信事業について アメリカやEUと日本とでは その事業の必要性に差があると言われていた。
日本の様な国土面積が小さい国では 光通信は有効な手段とされていた。
一方 アメリカやEUでは 国土面積が広く 光通信網を張り巡らせるのは 膨大な作業となり 無線通信に軸足を置いた政策がとられていた。
それでも この頃には 光通信は 気象の等の環境の影響を受けにくく 信頼性の高い通信手段であることが認められつつあった。
午後 部課長会議が始まり 暫くすると 杉本部長は 別室で待機していた川緑を呼びに来た。
部長に続き会議室に入り 川緑は 会議の参加者等に報告資料を配り 報告を始めた。
報告の中で 光ファイバー用樹脂材料開発について 現状と対策を述べた。
現状では 競合他社の技術レベルと開発体制を 自社と比較して示し 今後 開発競争で優位に立つには 技術レベルの向上が不可欠だと述べた。
対策では 技術レベル向上のための独自の 「UV硬化樹脂の設計技術の構築」の取り組みについて述べた。
川緑の報告が終わり 部課長等の間で 議論が交わされた。
城山営業部長は 川緑の提案に乗り気に見えたが 平田本部長と杉本部長は 川緑の話を訝しがっているように見えた。
他の部課長等については 特に 関心を示していない様に見えた。
暫くして 城山営業部長は 「川緑君 君はもういいよ ありがとう。」と言った。
「失礼します。」と言って 会議室を出た。
第三十二話 進捗報告会
1991年1月7日(月)付けで 新規事業部の組織変更が行われた。
この日 技術部へ 新任の米村部長が赴任してきた。
これまで 部長職は 平田本部長が兼任していたが 技術部の管理監督強化のために専任部長が配置された。
長身で細身 広い額 メガネを掛けた米村部長は 目の表情は見えないが 他の部長等と違い 威圧感を感じさせないタイプだった。
米村部長の赴任から1週間が過ぎた日 彼は 川緑の所へやって来た。
「あんなあ 今月の部課長会議で報告してもらえんやろか。」と言った。
川緑は 「ということは 研究費を使ってもいいということでしょうか。」と聞いた。
「いや そらまだ 決まっとらへんのやけどな おっさんらがあんたの仕事の進捗を聞きたいゆうとるんよ。」と言った。
先日の部課長会議での報告の後に 彼等の間で議論があり 川緑の提案に対して 直ぐにGOではなく 様子を見ることになっていた。
1月18日(金)午前10時 新規事業部定例の部課長会議が開かれ その後 川緑の業務報告が行われた。
川緑は この日の報告を 実務を担当している浜崎さんに依頼した。
浜崎さんは 彼の研修テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」の中で取組んでいる2つの課題への進捗について報告を行った。
1つの課題は インクをUV露光する時に 照射した光の内 インク中の光重合開始剤に吸収される光量を厳密に求めることだった。
もう1つの課題は 光重合開始剤に吸収される光の量とインクの硬化性とを比較検討して それらの関係を考察することだった。
その研究に期待される成果は インク中の光重合開始剤の光の吸収量と 硬化性との関係を定式化することだった。
その式は インクの開発を促進でき 貧弱な開発体制でも 競合他社との開発競争に勝つことができるかもと考えていた。
浜崎さんの報告は 研究の結論や考察には至ってなく この日の報告は 途中経過報告となった。
部課長等は 首をかしげたり 腕を組んだりしながら考え込んでいたが 浜崎さんの報告に対して 特にコメントはなかった。
第三十三話 内政干渉
1月21日(月)午前10時頃 松頭産業社 菊川課長は 技術部にやって来た。
彼は 「川緑さん 依頼の品をもってきたで!」と言った。
それは 最近 ケイトウ電機社で開発された スペクトル計測装置で 光をナノメートル単位で分光し その強度を計測するものだった。
事の始まりは 先日 技術部で開かれた松頭産業社との会議にあった。
UVカラーインク開発の会議には 松尾産業社 野崎部長 菊川課長が参加し 技術部の米村部長 川上課長 森田課長 川緑が参加した。
会議が始まり 川緑は 開発推進に必要な技術の構築と その具体的な取り組みについて そのイメージを黒板に書いて説明した。
説明の中で 彼は 必要とする幾つかの実験装置とその価格を示した。
話を聞いていた米村部長等は 「うーん。」と言ったきりで この取り組みについて やれともやるなとも指示はしなかった。
沈黙を破ったのは菊川課長で 「この取り組みは やらんとあきまへんで!」と少し強い口調で言った。
すると彼の隣にいた野崎部長は 「おい 菊川 お前それ 内政干渉やで!」と制するように言った。
菊川課長の発言に対しても 米村部長から 何らかの意思の指示は示されなかった。
会議が終わり 菊川課長は 川緑の所へ来て 「私にできることがあったらゆうてな 協力するで!」と言った。
その言葉に反応して 「菊川さん UV光源の発光スペクトルを測定したいんですが いい装置を知りませんか?」と投げかけた。
この日 菊川課長は ケイトウ電機社の技術者に掛け合い 同社で開発したばかりのスペクトル計測装置を借りて この日に持って来ていた。
菊川課長は 川緑にとって とても頼りになる仕事のパートナーだった。
課長は コミュニケーション能力に秀でたところがあり 関係会社の管理職や技術者との繋がりが強く 内部情報や開発品の動向に精通していた。
このような経緯で入手したスペクトル計測装置は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を進めるために なくてはならないものだった。
菊川課長は 「この装置な 今週末には 次の予約が入っとりますねん。」と言った。
浜崎さんと川緑は 直ぐに デモ機を用いて 社内にある幾つかの高圧水銀ランプやメタルハライドランプの発光スペクトルの測定を始めた。
二人は 発光スペクトルの測定と同時に 従来のUV光量計を用いて ランプの光量を計測した。
それは UV光量計の受光素子の感度のデータと ランプの発光特性とを紐付けして 比較するためだった。
第三十四話 新人研修発表/【テクニカル レポート】No.2
1991年3月12日(火)午前9時 厚生棟の講堂 下期の新人研修発表会が開かれた。
150名程が入る講堂の壇上には 演台とマイクが用意されていて 演台の後ろに張られた大きなスクリーンには 発表用の資料が映し出された。
資料のスクリーンへの投影は 傍聴席の最前列に置かれたオーバーヘッドプロジェクター(OHP)を用いて行われた。
OHPの操作は 新人の教育担当者が行い 担当者は 発表後の傍聴者からの質疑応答の時に 新人をサポートする役割も担っていた。
傍聴席の最前列の中央には 技術本部長と研究本部長が座り その周りを 各本部の部課長等が囲っていた。
発表者には 15分間の発表時間と 5分間の質疑応答時間が割り当てられていた。
新人研修発表会は 表向きは教育担当者の指導の下に 新人が自発的に研究を行い その成果を報告するものだった。
一方 報告内容の良し悪しは 教育担当者の手腕にかかっていて 教育担当者もまた 会社の幹部等から評価を受けるという側面もあった。
浜崎さんの発表は 3番目で 定刻になり 川緑は 最前列へ移動しOHPの操作を受け持った。
やや緊張した面持ちで壇上に立った浜崎さんは 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究について発表します。」と言った。
浜崎さんは 落ち着いた口調で よどみなく発表を進めた。
発表のポイントは カラーインク中の光重合開始剤に吸収される光量と インクの硬化性との関連を近似する数式を提案し 考察することだった。
彼の研究は 川緑の考える 「UV硬化型樹脂の硬化の理論」を構築するための第一歩だった。
その研究は 黒体放射における温度と光エネルギーとを関連付けようとした Wienの式や Rayleigh-Jeansの式と同じように思えた。
また その後の Max Planckの式への到達と同じように 研究推進ための試金石になると考えていた。
浜崎さんは 石英板とUVカラーインクを交互に5層重ね合わせ試験サンプルを UV露光し インクの硬化状態を評価する実験を説明した。
別途 インク中の光重合開始剤に吸収される光の量を計算により求め 硬化性との関係を数式で示した。
その結果 光重合開始剤に吸収される光の量の二階対数を取った時に インクの硬化の状態変化は 直線に近似された。
彼は 直線の傾きがインクの反応性を示し 直線の立ち上がり地点が インクの光硬化の開始に必要な光量を示していると述べた。
また 直線が示す硬化度が100%の点がインクの硬化が完了する点を示していると述べた。
実際は 光量に対するUVカラーインクの硬化性は インクの硬化度が100%付近では 実測値が直線から外れる挙動を示していた。
硬化度の実測値が近似式から外れる挙動こそ 川緑には 最も重要な点だった。
近似式は Wienの式やRayleigh-Jeansの式 と同じように 現象の一部分の挙動を説明できるが また説明できない部分もあるということを示していた。
このことは インクの硬化性を議論するためには足りない要素があることを意味していた。
川緑は 近似式が 黒体輻射の事例がそうであったように 「UV硬化型樹脂の硬化性」の本質に迫るために必要なものとなると考えた。
浜崎さんの発表は 予定の時間内に終わり その後 質疑応答の時間となった。
最前列の吉岡研究本部長は 右手を上げた。
彼は 「光重合開始剤の光の吸収量だが グラフを見るとLambert-Beerの法則に従っていないように見えるが?」と言った。
この質問に対して 発表者はその意味が分からず 当惑していた。
川緑は 「代ってお答えします。」と言った。
「ここでいう光の吸収量は 積算光量です。この波長間には吸収の強いところも弱いところもありますので・・・」と捕捉し始めた。
その途中で 研究本部長は 左手を挙げてうなづき 説明を止めた。
川緑は 本部長が 説明の内容を理解したと分かった。
次に 有働技術本部長は 浜崎さんに話しかけるように 「君は 数学が得意なんだね。」と言った。
「いいえ コンピューターも 最初は 使えませんでした。 教えてもらいました。」と謙遜して答えた。
その後 傍聴席からいくつかの質問があったが いずれも今回の硬化性の近似式の持つ意味について触れたものはなく 拍子抜けさせられた。
浜崎さんは これらの問いに答えて 彼の新人研修発表は 終了した。
**********************************
<備考>
浜崎さんの発表に お興味を持たれた方は 「川緑 清の【テクニカル テポート】No.2」をご参照ください。
第三十五話 慰労会
3月12日(火)午後7時 平塚駅の近く 「鳥秀」という名の焼鳥屋で 新規事業部で研修を受けた新人の慰労会が開かれた。
慰労会は 上司の川上課長が音頭を取り 部長職を除いた勇士のメンバーで開かれた。
この時 川緑は 出張の準備で 会社に残り 報告資料を準備していた。
居室の電話が鳴り 受話器を取った川緑は 「はい 技術部です。」と言った。
「何 仕事やってんの。止めろよ 早く来い OK?」と言う声が聞こえた。
声の主は 慰労会場にいた福永係長で 返事を待たずに電話は切られた。
焼鳥の 「鳥秀」は 川上課長の行きつけの店で 彼に連れられて何度か来たことがあった。
のれんを潜り開き戸を開けると 店内は5m×4m位の広さで 7名から8名掛けのカウンター席と 横に4名掛けのテーブル席があった。
「へい、らっしゃい!」 通称 「マスター」と呼ばれている店主の声に 「こんばんは。」と答えた。
店内を見渡すと そこは 会社のメンバーで貸切状態になっていた。
ビンビールを片手に 川緑は 浜崎さん等実習生に 「お疲れ様でした。」と声をかけて 彼等のコップにビールを注いだ。
浜崎さんは 緊張が解けて 陽気な表情になっていた。
川緑は 彼に 研修発表の印象を話した。
その中で 有働技術本部長に 「数学が得意だね。」と褒められた時に 「教えてもらいました。」と言ったことに触れた。
「そういう時は 勉強しましたと言えばいいよ。」と言った。
それでも 川緑は 彼の素直な態度に好感を持った。
以前から 川緑は 上司に 浜崎さんを技術部に採ってもらいたいと要望を伝えていた。
彼に このまま 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を続けてもらい UV硬化の理論の構築を進めたいと考えていた。
彼は 経験のない業務を行う時 例えば新しい実験や 数値解析用のプログラムを作成する時 好奇心を持って取り組んでいるのが分かった。
その態度は 新しい研究に必要だと思った。
翌日 川上課長から 浜崎さんの配属先が他の部署に決まったことを知らされた。
また 4月の人事異動では 川緑のチームには誰も配属されないことも知らされた。
第三十六話 月曜病
1991年4月1日(月)付けで また 新規事業部の組織変更が行われた。
会社の新規事業創出を目指す方針に沿う形で 研究部と技術部のチームの多くは 人員が増強され体制が強化された。
一方 川上課長と川緑のチームは 二人体制のままだった。
4月5日(金)午前10時頃 川緑は 会社を出て JR平塚駅から電車に乗り 東京駅で京葉線内房線に乗り換え 八幡宿駅で電車を降りた。
改札口の向うには 松頭産業社 菊川課長の姿が見えた。
彼は 携帯電話で ユーザーの担当者に これから伺うことを伝えていたところだった。
八幡宿駅から車で5分程行った所に 目的地の古友電工社 千葉事業場があった。
千葉事業場の守衛所で受け付けを行い 二人は技術棟へ向かった。
技術棟の窓口で来社の用件を伝えると 受付の女性は 愛想よく 二人を会議室へ案内した。
暫くして 技術課の高岡課長 今田氏 荒巻氏 安武氏がやってきた。
高岡課長は 「UVカラーインクを 御社の高速硬化タイプに切り替えたいと考えています。」と言った。
「それに当たって UVカラーインク全色の特性値を記載した報告書と納入仕様書の提出をお願いします。」と続けた。
千葉事業所では これまで インクメーカー各社から 硬化性の良いUVカラーインクサンプルを入手し評価を行っていた。
評価の結果 川緑の提出した高速硬化タイプのインクが選ばれていた。
川緑は 「弊社のインクをご評価頂き ありがとうございました。」と言った。
続けて 「ご依頼のありました資料につきましては 後日 報告にあがります。」と答えた。
古友電工社からの帰りの電車中 川緑は 今日の打ち合わせを振り返り 複雑な心境になった。
今回のUVカラーインク採用は とても良いニュースだったが それがゴールではなかった。
今後 電線メーカー各社は 更に硬化性の良いカラーインクを求めてくるのは必至だった。
それに答えられるインクを開発するには 独自の「硬化性の研究」を進める必要があった。
今回のインクの採用に伴う作業は その活動を遅らせてしまうことになると思った。
人手が足りない中 ユーザー対応や インクの製造に関わる業務を考えると 硬化性の研究に当てる時間を確保するのは難しかった。
そんなことを思いながら ふと隣に座っている菊川課長を見ると 彼は 「ストレスを解消する本」と書かれた本を読んでいた。
彼は 川緑の視線に気付いて 「最近 こんな本を読んでますねん。」と言った。
川緑は 「いったい どうしたんですか。」と聞くと 彼は 「月曜病です。」と答えた。
課長は 商社の立場で 日々 色々な事業に取り組み 売り上げに繋げていきたいと考えていた。
休日にも 仕事のことを考えすぎて眠れなくなり 月曜日には会社へ行きたくなくなると言った。
課長の考えている仕事の中には 現在売り出しているUVカラーインクのシェアアップの他に新規樹脂材料の開発と展開もあった。
彼は 川緑のチームが増員されれば そのような思惑も実現できるだろうと考えていた。
ところが 今年度の新規事業部の組織変更の話を聞いて チームの体制が変わらなかったことに 彼は ひどいショックを受けていると言った。
「そうなんですね。」と言いながら 彼の心情を推察した。
人は 何か こうしたいという強い使命感があって それを妨げられると その使命感の反動が 自分自身を苦しめるものだと感じた。
第三十七話 辞表
4月26日午後9時頃 帰宅し 玄関の戸を開けると そこに段ボール箱が届いていた。
部屋に運び 開けると 中には2冊の通信教育のテキストが入っていた。
会社では 入社後一定期間勤めた技術職の従業員を対象に 通信教育の受講が推奨されていた。
1ヶ月程前に 上司に勧められて通信教育の受講申請書を提出していた。
届いた通信教育のテキストの一つは 「実力管理者基礎コース」 もう一つは 「英文テクニカルライティング」だった。
いずれも半年間コースで 毎月レポートを提出すると事務局での採点があり 合格点を取ると 修了書と受講料の半額が返ってくるものだった。
川緑は 軽い気持ちで受講することにしたが 届いたテキストをぱらぱらとめくり 内容を確認すると急に力が抜けるのを感じた。
これらを受講して 果たして何か身に付くのかという疑念と 受講に時間が取られることに抵抗を感じたからだった。
川緑は 懸案の「硬化性の研究」を深めるためには 自分自身の学識が足りないと感じていた。
その研究は インクの硬化性を数値計算で求めるシステムの開発を目標にしていた。
そのシステムをインクの設計に用いることで 他社に負けない商品を作ることができると考えていた。
しかし 今の自分の能力では そのシステム開発は難しいと考え 将来 のために 自宅で 物理と数学の本を読んでいた。
物理の本は リチャード・ファインマンの 「ファインマン物理学」 を 数学の本は C・R・ワイリーの 「工業数学」を読んでいた。
学習方法は 本の全文をノートに書き写し 理解できたところは自分の言葉で注釈を入れることだった。
また 理解できないところは 後で調べられるようにコメントを書き込んでいた。
その作業は とても時間がかかるので 通信教育に時間を取られることは 耐えられないと感じた。
4月27日(土)は 休日だったが 川緑は 出勤した。
今年 電線メーカー各社へ高速硬化タイプのUVカラーインクのサンプルを提出して以来 仕事の量は急増していた。
毎日 電線メーカー各社から新色のインク サンプルや技術資料の要求があった。
それらの要求に答えるために 毎週 休日出勤して対応していた。
仕事をしながら 川緑は 菊川課長の 「月曜病」の話を思い出して 行き場のない気持ちになった。
その時 ふと 辞表を書いておこうと思い コピー用紙を取り出した。
「長らくお世話になりました。このたび一身上の都合により東西ペイント(株)を辞職します。平成3年 新規事業部 川緑 清」と書いた。
紙を折りたたんで封筒に入れ 表に 「辞表」と書き 机の引き出しの奥にしまった。
第三十八話 七流
1991年6月12日(水)午前11時頃 実験室で作業していた川緑に 営業の北野係長から電話があった。
係長は 藤河電線社の技術課の担当者から インクのトラブルで 呼び出しを受け 先方での打ち合わせの後に 連絡していた。
係長は 暗く沈んだ声で 「川緑さん 先方から 御社は 二流でも三流でもない 七流だ! と言われたよ。」と言った。
彼は 先方に届いたインクのボトルの一部に インクの漏れ出しが発生し そのボトルの蓋を開けると 中に ごみが混入していたと言った。
係長は これから インク漏れしたボトルを東京工場の品質管理課へ持ち込み インク漏れの原因調査とごみの分析を依頼すると言った。
6月14日(金)午後1時 東京工場の品質管理課の会議室に関係者が集まり対策会議が開かれた。
品質管理課 樋口課長と坂口係長と 営業の北野係長と 技術の川緑が参加した。
会議が始まり 坂口係長は 今回の藤河電線社のトラブルの状況について説明を始めた。
インク漏れは ボトルの内蓋のゴム製パッキンが インクを吸収して膨潤し ボトルの蓋が緩み 輸送中にインクが漏れ出したものだった。
ボトル内に混入したごみは 分析の結果 その成分は ボトルと同じ物質であるポリプロピレンだと判った。
混入したごみは ボトルのメーカーで ボトルを成型した時に発生したバリが ボトル内に残存していたものと結論付けられた。
次に トラブルの対策案が議論され 具体策と担当者とスケジュールが取り決められた。
会議の最後に 樋口課長は 「東京工場は インクに求められるような高品質の製品を作れるようにならなければ将来はない。」と言った。
続けて 「全力で品質改善に取り組む。」と強い口調で言った。
この頃 光ファイバー用UVカラーインクは 複数の電線メーカーに採用され 徐々に 受注量が増加していた。
東京工場は インクの製造を 1つの事業にしようとしていた。
東京工場は大田区にあり 周りは 民家や町工場が密集していた。
このような立地環境で 石油化学製品を取り扱う東京工場は 事業を続けるために 火災事故だけは なんとしても避けたいところだった。
そこで 東京工場で製造する製品は できるだけ引火性の低いものを対象とする方針があった。
インクは 引火性が低く 付加価値も高く 将来の需要も期待できる商品だったので 東京工場は これの事業化に意欲を示していた。
そのような背景が 樋口課長の 「全力で品質改善に取り組む。」との強い口調に繋がっていた。
第三十九話 工場監査
6月27日(木)午後 藤河電線社の技術課からの要請を受け 東京工場のUVカラーインク製造ラインの監査が予定されていた。
今回のインクの品質トラブルは 藤河電線社で重大な問題として取り上げられていた。
今日の工場監査は 東京工場で製造されるインクが 先方の求める品質に足りるものかを見極めるためのものだった。
午前10時 品質管理課の会議室に 工場の関連部署のメンバーと 営業の北野係長と 技術の川緑は 監査の事前打ち合わせを始めた。
打ち合わせでは 藤河電線社への報告内容の確認と 工場見学のルートの確認と 各部署で対応を行う担当者の確認等が行われた。
午後1時 藤河電線社 技術課の藤村課長 川辺氏 小森氏が来社した。
松頭産業社 営業部の田野部長 菊川課長は 彼等を同伴してきた。
事務棟2階の会議室 関係者一同が集まり 東京工場監査が始まった。
品質管理部の今村部長は 一連のインクに関するトラブルについて 状況説明を行った。
「この度は 藤河電線社様に 大変なご迷惑をお掛けし 申し訳ございません。」と詫びた。
次に 品質管理課の樋口課長は トラブル対策を盛り込んだーインク製造の品質管理表を配布し 説明を行った。
その後 品質管理課の坂口係長は 藤河電線社の面々を インクの製造工場へ案内した。
工場見学が終わり 一同が会議室へ戻りそれぞれの席に付き 藤河電線社の藤村課長は 厳しい表情で話し始めた。
彼は 「光ファイバーの製造で カラーリングは 後の方の工程です。 ここでのトラブルの発生は 膨大なロスコストに繋がります。」と言った。
続けて 「カラーインクの品質問題は 弊社として許容できるものではありません。」と言った。
彼は 東西ペイントの関係者を見渡して 「今後も引き続き UVカラーインクの品質向上に向けて努力してもらいたい。」と言った。
一同は 一斉に 深く頭を下げた。
第四十話 共同研究案件
1991年7月25日(木)午前10時前 川緑は 新横浜駅の近くにある松頭産業社を訪問した。
会議室で菊川課長と話をしていると 開けてあったドアをノックし 「失礼します。」と言う声がした。
見ると 40歳頃 中肉中背 眼鏡を掛けた男性が入ってきた。
彼は 光学部品の製造販売を生業としている発田光学社の技術者の泉氏で 菊川課長の依頼を受けて来ていた。
名刺を交換し 席に付き 川緑は 実験に必要な光ガイドの試作について話し始めた。
光ガイドは 光ファイバーを30cm位の長さに切って束ね その一端に集光レンズを取り付けたものだった。
それは インクのUV光照射実験に用いるためのものだった。
泉氏は 「お話は 良く分りました。ご希望のものができるかどうか 一度 持ち帰り検討させてください。」と言った。
打ち合わせが終わり 泉氏が退室すると 菊川課長は 「別件なんやけどな。」と切り出した。
「実は 御社とケイトウ電機さんとうちとで共同研究やりたいと思うてんけど どうやろか。」と言った。
課長は 電線メーカー各社のニーズに答えるためには 3社の共同研究が必要で 将来の新規UV樹脂材料の開発にも役に立つはずと主張した。
松頭産業社は ケイトウ電機社のUV光源の販売代理店でもあり 彼は そのコネクションを利用し 新規事業の開拓に結び付けたいと考えていた。
課長の話は 川緑にとって 渡りに船のような提案だった。
1年程前 川緑は UV光源に関する技術が必要と考え 技術部の会議の場で UV照射装置メーカーの西芝ライト社との共同研究を提案していた。
しかし 部長等は 先方と取引がないことと 研究のための秘密保持契約等の手続きが煩雑だとの理由から その提案は取り上げられなかった。
「UV光源に関する技術」という課題を残したまま インクの開発を進めていた川緑には 共同研究の話は 目の前に光が差したように感じた。
川緑は 身を乗り出し 「菊川さん この共同研究は やるべきです。 ぜひ よろしくお願いします。」と言った。
第四十一話 TKM会発足
8月1日(木)午前9時 新横浜駅から車で約20分の所にあるケイトウ電機社 放電灯事業部で会議が開かれた。
菊川課長の企画した 3社による共同研究の第1回目の会合だった。
この会合は 3社の社名の頭文字をとって TKM会と名付けられた。
ケイトウ電機社 放電灯事業部の内藤次長 森永氏 久保氏 鎌田氏が出席た。
松頭産業社 菊川課長が参加し 東西ペイント社 米村部長 川上課長 川緑が加わった。
会議は 関係者の顔合わせが その主目的で 具体的な議題は無かった。
参加者等には お互いに 組むメリットがあるのかを見極めたい思惑が感じられた。
3社には それぞれが目指している方向に共通点があった。
それは 電線メーカー各社の光ファイバー増産計画に貢献し そのことで商品の売り上げ向上やシェア拡大を目指すことだった。
この時点で ケイトウ電機社は 多くの電線メーカーに UV照射装置を供給していた。
彼等は 更なるシェア拡大のために エネルギー効率のよいUV光源の開発を模索していた。
一方 東西ペイント社は いくつかの電線メーカーにUVカラーインクを供給し 更に 高速硬化タイプのインクを開発を進めていた。
また 松頭産業社は 二社の代理店業務を通して 電線メーカー各社の事業の進捗に精通し 更なる事業展開を目指していた。
三社の思惑を具体化するには 相手の会社が どのような技術力や強みを有しているのかを見極めることがポイントになった。
それらの技術が 自社製品開発に 役に立つものかを知る必要があった。
内藤次長は 「私達は 電線メーカーさんと共同で UVランプの開発を進めています。」と言った。
続けて 「しかし 樹脂の知見が無く 開発の方向が見えていません。」と言った。
川緑は 「私達は 御社のUVランプに合わせて 硬化性の良いUVインクを開発していますが 最適解は 見出せていません。」と言った。
続けて 「光ファイバーの生産性を上げるために ランプとインクのよりよい組み合わせがあるはずです。」と言った。
菊川課長は 「共同研究で UVランプとインクのマッチングを達成しましょう。うちも協力させて頂きます。」と言った。
会議は 明るい雰囲気の中で進み 最後に 次回のテーマが議論された。
次回は 川緑の研究内容をまとめて報告し それをたたき台に その後の方針を検討することになった。
今日の会議の雰囲気は TKM会の今後に 前向きな推進力を感じさせた。
第四十二話 共同研究の方針
8月28日(水)午前11時 米村部長 川上課長 川緑は JR新横浜駅近くにある松頭産業社の事務所を訪ねた。
そこで 野崎部長 菊川課長 奥田氏と合流し ケイトウ電機社へ向かった。
午後に 3社の共同研究TKM会の2回目の会合が予定されていた。
TKM会の開催は それぞれの会社の部門責任者等の合意の下に開かれたものではなかった。
とりあえず 泳がせて様子を見ようとする 彼等の思惑の中でスタートすることになった。
午後1時 ケイトウ電機社 放電灯事業部の会議室に入ると 内藤次長と数名の技術者と 営業部の数名が待機していた。
会議の参加者等は それぞれ自己紹介を行い その後 本題に入った。
会議の目的は 川緑の共同研究案をたたき台にして 関係者等の意見を集約し 今後の方針を決定することだった。
共同研究案テーマは 「ランプ特性とインクの硬化性に関する研究」で 内容は 4つの検討を柱としたものだった。
検討の1つ目は ブロードな発光波長域をもつキセノン分光光源を用いたインクの露光実験だった。
各波長の光に対するインクの硬化性を評価するものだった。
検討の2つ目は インクの微小なエリアの硬化状態を評価する実験だった。
この結果を基に 1つ目の検討で得られるインクの硬化性への光の波長の影響を数値化するものだった。
検討の3つ目は ケイトウ電機社の現行のUVランプと現行のインク各色とを組み合わせた露光実験だった。
インクの硬化に適したUVランプを 比較検討するものだった。
検討の4つ目は 以上の3つの検討結果を基に 「硬化の理論」を構築することだった。
その理論を基に インクとUVランプの設計に反映するものだった。
川緑は 「今回報告の検討がうまくいくかどうかは インクの微小なエリアの硬化状態の評価が出来るかどうかにかかっています。」と言った。
続けて 「評価装置として最新の顕微FT-IR装置を考えています。」と言った。
それは 顕微鏡付きの赤外分光分析装置のことで 顕微鏡を通して赤外線を照射し試料の微小なエリアの分子の状態を分析する装置だった。
川緑は 「弊社には その装置はありません。共同研究には この実験に使える装置があるのかどうか 調査が必要です。」と述べた。
報告が終わり 参加者等により 今後の進め方について議論が行われた。
ケイトウ電機社の技術者の一人は 「まず 弊社のUVランプ試作品を用いて 御社のインクの露光実験をやっていただけませんか。」と言った。
彼は 試作品UVランプを 東西ペイント社へ持ち込み 実験環境を整備し インクの露光実験を優先させることを提案した。
それは UVランプ試作品のそれぞれについて 現行の各種インク組み合わせた露光実験で それは 膨大な作業量となることが予想された。
川緑は 「ご提案の実験は 共同研究に必要なことだと思います。でも それは 私の提案した検討の後の方に行うべきです。」と主張した。
それは 単に開発品ランプと現行のインクを組み合わせた 露光実験を行っても 現状では その結果を考察する術がないからだった。
午後7時30分まで 会議は続いたが 共同研究の方針について その合意には至らなかった。
決まったことは まず 微小なエリアの硬化性の評価が可能かどうかの調査を行い その後に 共同研究の方針を再検討することだった。
会議が終わり ケイトウ電機社を出ると 川緑は 米村部長に 「この仕事は 私一人では無理です。人を付けてもらえませんか。」と言った。
部長は 「そうやなあ。」と言った後 口を閉ざしてしまった。
第四十三話 怒るやろな
9月3日(火)午前11時頃 松頭産業社の会議室 川緑は ナイコ・ジャパン社 営業担当の柳田氏と打ち合わせを始めた。
ナイコ・ジャパン社は 分析機器の製造販売を生業とする会社で 最新の顕微FT-IR装置を取り扱っていた。
川緑は 予定している実験の詳細を柳田氏に説明し ナイコ・ジャパン社の最新の顕微FT-IR装置を用いて その実験が可能かどうかを尋ねた。
実験は 特殊な基板にインクを塗布し 分光光を照射したサンプルを作製し これを顕微FT-IR装置を用いて面分析を行うものだった。
分析エリアは サンプルの2cm×4cmの範囲で 分析は 2cm×4cmの範囲を格子状に分割した格子点約2000点について行うものだった。
川緑の希望する顕微FT-IR装置は 分析装置と顕微鏡とオートステージが連動しているものだった。
分析サンプルの1つの測定点について φ10μmエリアの測定が可能で ステージの移動ピッチを 数μmから数百μm間隔で取れるものだった。
また 一日に 数千点の測定が可能なものだった。
川緑は 「このような測定が可能で インクの硬化状態に関わる吸収の違いを定量的に取り扱える装置を探しています。」と言った。
柳田氏は 「弊社の装置で 御社のご要望にお応えできるものがあるかどうか 一度持ち帰り検討してみます。」と言った。
彼は 「ご希望に沿うような仕様の装置につきましては 一式の価格が2000万円以上になります。」と言った。
「申し訳ないのですが デモ用の装置の貸し出しは行っておりません。」と続けた。
別の日に 川緑は 国内で顕微FT-IR装置を取り扱う分析機器メーカー数社を訪れた。
しかし いずれの会社からも 川緑の希望に対応できる装置はないとの回答が帰ってきた。
彼等の保有する分析装置は オートステージの位置合わせの精度や移動速度において 川緑の希望に添いかねるとのことだった。
9月26日(木)午後4時頃 川緑は 分析機器メーカー各社の顕微FT-IR 装置の調査結果についてまとめた。
それぞれの装置の性能とコストをまとめ 報告書を作成し 川上課長と米村部長に提出した。
米村部長は 報告書の中に 丸印をつけた ナイコ・ジャパン社のFT-IR装置の価格を 首を傾げながら見ていた。
「2000万円ね。稟議書を出してみるか。しれっと。怒るやろな。」と 「誰が」という主語を外して言った。
第四十四話 2人目の実習生
1991年10月15日(火)午前10時頃 技術部に下期の教育実習生がやってきた。
「お世話になります高野です。よろしくお願いします。」と言った。
長身 がっちり体格 はっきりと視線を合わせる態度に 物おじしない性格が感じられた。
「教育担当の川緑です。こちらの机を使ってください。」と言った。
川緑は 高野さんを連れて技術部内を案内し ここで取り扱う材料 実験設備 加工機等について説明した。
午後 高野さんに UVカラーインクの作り方と評価方法を指導した。
高野さんは 川緑の話の途中々々に 「なんで そうするんですか。」とか 「なんで こうしないんですか。」と聞いた。
質問に答えると 「なるほどね。そういうことなんですね。」と 一つ一つの事柄に納得しないと気が済まないといった態度を示した。
川緑は 「高野さんには 昨年の実習生の浜崎さんの研修テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を続けてもらいます。」と言った。
浜崎さんの研修では UV露光量と光重合開始剤の光の吸収量と樹脂について それらを関連付けた近似式を提案していた。
川緑は 「これは近似式で 硬化性については 分っていないことが多くあります。それを捉えて近似式に盛り込んでください。」と言った。
川緑は 硬化性の本質について それに関わる要因を 一つ一つ解き明かしていけば 「硬化の理論」を構築できると考えていた。
「硬化の理論」ができれば TKM会の共同研究に適用することができると考えていた。
高速硬化タイプのインクの開発と それに適したUVランプの開発が可能になると考えていた。
川緑は 「高野さん TKM会に参加してください。そこでの共同研究は 研修テーマの推進に役立つはずです。」と言った。
第四十五話 UV照射装置の改造
12月3日(火)午前10時頃 ケイトウ電機社の放電灯事業部の藤崎氏と西口氏と池崎氏は 新規事業部 技術部に 社用車でやってきた。
彼等は TKM会での取り決めに従い ケイトウ電機社製のUVランプ開発品を持ち込み 露光実験のための環境整備を行うために来ていた。
彼等は 持参したUVランプ開発品と ランプを点灯させるためのいくつかの装置を実験室に運び込み 休むこと無く 設置作業を続けた。
この日から3日間 ケイトウ電機社の三人は UV照射機の設置と調整のために新規事業部へ通い続けた。
驚いたことに 彼等は ミッションに集中して 昼食の時間以外は一切休憩時間を取らず ひたすらUV照射装置に貼りついて作業を続けていた。
川緑は 何処の会社でも 10時頃と15時頃に小休止を取るのは 労使間で取り決められていることと思っていた。
彼等の会社は違うのだろうか 或いは 電機メーカーと塗料メーカーでは違うのだろうかなどと思った。
組み上げられたUV照射装置は 各種ランプの交換や 出力調整が可能な装置だった。
そのために装置のUVランプハウジングの改造が行われ 小型の洗濯機ほどの大きさの高電圧発生装置も取り付けられていた。
予定していた作業を終えると 川緑と高野さんに 改造したUV照射装置の取り扱い方法やUVランプ交換の操作方法を指導した。
装置の説明が終わり 彼等は笑顔で 「何かわからないことがあったら連絡ください。よろしくお願いします。」といって去って行った。
彼等を見送り 川緑と高野さんは 早速 改造されたUV照射装置を動かしてみた。
UV照射装置の電源を入れると 直ぐ横に置かれた高電圧発生装置は 「ブーン」という低い唸り音を立てた。
高電圧発生装置のカバーの隙間越しに見える大きなコイルには 30アンペアの電流が流れていると聞いて その音に少なからず緊張した。
UVランプへの入力電流値が安定した頃 ケイトウ電機社より借用のスペクトル測定装置を用い 照射される光の発光スペクトルの測定を始めた。
第四十六話 共同研究の行方
12月12日(木)午後2時30分 ケイトウ電機社 放電灯事業部でTKM会が開かれた。
東西ペイント社 新規事業部 城山営業部長 米村部長 川上課長 川緑 高野さんが出席した。
松頭産業社 野崎部長 菊川課長 奥田氏と ケイトウ電機社 藤次長以下7名が参加した。
長テーブルを繋いで 四角く囲った会議席に 参加者等は着席した。
川緑は テーブルを回りながら 報告書を配布した。
「今日 報告しますのは UVランプ開発品の発光スペクトルのデータと 懸案の分析装置の件です。」と言った。
資料をめくった内藤次長は 参加者等を見回すようにして 「このデータは 見る人が見ればそれが何か分ってしまいます。」と言った。
続けて 「まだ特許出願前なので このデータはマル秘扱いにしてください。」と言った。
内藤次長の発言に 川緑は ちょっと嬉しくなった。
ケイトウ電機社に新しい技術があり 自社にも新しい技術があれば 共同研究によってそれぞれの技術の相乗効果が得られると思ったからだった。
次に 川緑は 懸案の分析装置の調査結果を報告した。
調査結果は 最新の顕微FT-IR装置を用いることにより インクの微小なエリアの硬化状態の定量的な評価が可能なことを示していた。
川緑は ナイコ・ジャパン社製の最新の顕微FT-IR装置を紹介し その機種はデモ機の貸し出しが行われていないことを伝えた。
共同研究を進めるには その装置の購入が必要だと言った。
報告が終わり 参加者等の間で意見交換が行われた。
松頭産業社 野崎部長は 「東西ペイントさんもケイトウ電機さんも その装置が必要ということで 一致しているのですな。」と念を押した。
しかし この場では 顕微FT-IR装置の購入の判断には至らず 今後については 別途 各社で持ち帰り検討することになった。
第四十七話 仮説
1992年2月4日(火)午後2時頃 東西ペイント社で TKM会が開催された。
ケイトウ電機社 内藤次長 笹原氏 藤崎氏 須崎氏が来社し 松頭産業社 野崎部長 菊川課長は 彼等に同行して来た。
新規事業部 米村部長 川上課長 高野さん 川緑は 本館1階のロビーで 彼等を出迎えた。
「ようこそ お出でくださいました。」と言って 会議室へ案内した。
一同が着席し 川緑は 「今日は UVカラーインクの硬化の理論の組み立てに必要と考える 仮説の1つをご紹介します。」と言った。
続けて 「報告は 実務を担当します実習生の高野さんにお願いします。」と言った。
高野さんは 立ち上がり 用意していた報告書を配布し 「では 始めます。」と言った。
彼は 報告書にある図案を指摘し 塗布したインクにUV光を照射したモデルについて説明した。
その中で インク中の任意の体積素片の硬化性を数値化するための仮説を述べた。
彼は ある体積素片を考えた時に それに照射される光量の2階対数と体積素片の硬化性とは 1次の関係にあると言った。
この考えは 昨年の実習生の浜崎さんの研究発表で提案されたUV硬化型樹脂の硬化性の関係式を 微小な体積素片に適用したものだった。
彼は 塗布したインク中の任意の体積素片は インクの厚み方向に配置する位置により その硬化性が異なるという仮説を述べた。
報告の最後に 高野さんは 「この考えは インクの開発やUVランプの開発に重要な役割を果たすと思われます。」と言った。
続けて 「しかし それは まだ仮説の段階です。」と言った。
質疑応答に入り ケイトウ電機社の笹原氏は 「仮説によって インクの表面付近の硬化性が悪くなる理由はなんですか?」と質問した。
川緑は 「良く分からないのですが 一般に樹脂の重合反応は分子同士の衝突によって確率的に引き起こされます。」と言った。
「そうすると 周りに多くの分子が存在する内部より 分子の数が少ない表面の方が 反応は起こりにくいのではと考えています。」と答えた。
続けて 「今後 仮説を検証し その効果を定式化し インクの硬化性を数値化します。そのためには 懸案の分析装置が必要です。」と言った。
会議の参加者等は 今回の報告について 意見交換を行い 会議は終了した。
菊川課長は 近くに来て 「川緑さん TKM会の活動で きっといいものができると思います。 がんばって進めましょう。」と言った。
第四十八話 仮説の検証
2月27日(木)10時頃 高野さんと川緑は 東京にある外資系分析機器メーカー ビエラボ社を訪問した。
1週間程前 川緑は 顕微FT-IR装置購入の件で 技術研究所 分析課の堤課長から ビエラボ社品の検討依頼を受けていた。
50歳頃 小柄で細身 面長で広い額 分析課の堤課長は 気骨のある技術者で 多くの分析受託業務に対応して 日々忙しく業務をこなしていた。
彼は 分析課の保有するFT-IR装置を最新のものに変えたいと考え 今回の新規事業部での装置購入の情報を聞き 連絡をしてきていた。
分析課は 社内や社外から委託を受けて 塗料に関係するいろいろな分析を行う部署で FT-IR装置も保有していた。
しかし それは 20年程前に購入されたもので 老朽化していた。
分析課は 時々 警察関係者等からの分析依頼を受けていた。
彼等は 事故現場から採取した車の塗料の欠片を持ってきて それが どこの自動車メーカーのどの車種のものかを特定するよう依頼していた。
そのような分析依頼への対応に 最新の顕微FT-IR装置は 必要な分析装置だった。
分析課の保有するFT-IR装置は ビエラボ社の製品だったので 堤課長は 互換性のある同社の最新の装置の購入を希望していた。
この日 高野さんと川緑は ビエラボ社の最新の顕微FT-IR装置の性能確認のために 2つの分析サンプルを用意していた。
1つは オートステージを用いた自動測定試験用で サンプル上の200点の自動測定を行い 測定にかかる時間を確認するためのものだった。
それは φ50mm×4mmのフッ化カルシウム(CaF2)基板上に UV硬化型樹脂を10μmの厚さに塗布し硬化したものだった。
CaF2基板は 比較的強度がある素材で 赤外線を良く透過するために透過モードでの測定が可能だった。
もう1つのサンプルは UV硬化した樹脂の塗布厚み方向の硬化の状態の分析が可能かどうかを確認するためのものだった。
それは 所定のサイズに塗布・硬化した樹脂をミクロトームで切り出したものだった。
最新の顕微FT-IR装置の操作は ビエラボ社のオペレーターによって行われた。
オペレーターは 緑川の希望する測定条件を入力し 2つの試験サンプルの測定を行い 得られたデータを装置のハードディスクに保存した。
その後 オペレーターは 得られたデータの解析を行った。
1つ目の試験サンプルを用いた実験の結果は ビエラボ社の装置が 川緑の希望する自動測定を行う性能を有していることを示していた。
しかし ナイコ・ジャパン社品に比べると 1ポイントの測定に数秒間長くかかり 数千ポイントの測定では 数時間長くかかることが分った。
2つ目の試験サンプルを用いた実験の結果は サンプルの厚み方向の微小なエリアの硬化状態の分析が可能であることを示していた。
分析サンプルの硬化の状態は 得られるIR吸収スペクトルの中の樹脂の重合反応に関わる吸収のピークの強度を解析することにより求められた。
解析結果は サンプルの表面と裏面付近ではその内部に比較して硬化のレベルが低いことを示していた。
オペレーターは 解析結果をプリントアウトし 「ご希望の結果は得られましたか。」と言った。
渡されたデータを見ていると 隣で見ていた高野さんは 「仮説は裏付けられましたね。」と言った。
第四十九話 新人研修発表/【テクニカル レポート】No.3
1992年3月17日(火)午前9時 本館の講堂で下期の新人研修発表会が始まった。
新規事業部 技術部で研修を終えた高野さんは 定刻の10時30分に発表を始めた。
発表テーマは 昨年のテーマと同じ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」 サブタイトルは 彼が名付けた 「UV硬化ってなんだろう?」だった。
発表内容は UVカラーインクの硬化性の数値化を目的とし そのためにインクの硬化状態を記述する式を求める取り組みだった。
昨年の実習生の浜崎さんは 「インクの硬化性はインクに照射されるUV光の量の2階対数に比例する」ことを提案し 関係式を示していた。
この関係式は 硬化性の実測値を基に近似したものだったが 実測値からずれる部分もあった。
高野さんの研究では この実測値からのずれを表現するために 新しい仮説を定式化し 先の式に盛り込む取り組みを行っていた。
1つ目の仮説は インクを微小な体積素片群として考え それぞれの体積素片の硬化性は UV光量の2階対数に比例するというものだった。
2つ目の仮説は インクを構成する体積素片は その位置により硬化性が異なるというものだった。
それは 光重合開始剤が反応を引き起こす時 反応の範囲は 開始剤の元の位置からの距離に対して確率分布で示されるというのもだった。
高野さんは これらの仮説を盛り込んだ硬化の近似式を基にした硬化性の数値計算ソフトを作成した。
それを用い インク各色について UV露光時間とインクを構成する体積素片群の硬化度との関係を求めていた。
また彼は インク各色についてUV露光実験を行い 先の硬化度の数値計算結果との比較を行っていた。
彼の計算結果は インク各色のUV露光実験結果とよく一致していた。
報告の最後に 「今回の研究は UV硬化型樹脂の硬化性の数値化が可能なことを示しています。」と言った。
続けて 「この研究は UVカラーインクの開発に有効だと思われます。」と締めくくった。
発表が終わり質疑応答の時間になり 傍聴席から多くの挙手が上がった。
質問者の多くは 2つ目の仮説の 「体積素片の位置による硬化性の違い」について質問した。
高野さんは 質問者にその概念のイメージを分かりやすく説明しようとして 「それはプールの中で泳ぐ魚の群れのようなものです。」と言った。
この例えは プールの中央付近で泳ぐ魚は 自由な空間で活発に泳げるが の壁の付近にいる魚は泳げる空間が狭く 泳ぎにくいという意味だった。
その例え話に 傍聴席から 「魚の中には トビウオもいるよ。」という声や その声に反応した笑い声で 会場は妙な盛り上がりを見せた。
一方 否定的な声もあり 仮説は本当に正しいのかとか 硬化性を議論する上では 樹脂の粘度変化の影響を考慮すべきとの意見があった。
質疑応答の終了を告げるベルが鳴り 高野さんの発表は終了した。
新人研修発表会の午後の部に 新規事業部 研究所部の実習生の宮島さんの発表があった。
彼の研究テーマは 高野さんのテーマと同じ UV硬化型樹脂の硬化性に関するもので 樹脂の厚み方向の硬化の状態を分析したものだった。
彼は UV硬化した樹脂を サンドペーパーを用いて削り取り 得られた粉末を 臭化カリウム粉末に混ぜて押し固めたサンプルを作製していた。
それらを 赤外分光分析装置を用いて分析した結果をまとめていた。
彼は UV硬化型樹脂の厚み方向の硬化の状態変化をグラフに示したが それは滑らかな曲線ではなく凸凹したものだった。
質疑応答の時間になり 最初に有働技術本部長が質問した。
「その実験方法は 誰が考えたの?」と聞いた。
本部長の質問は 高野さんの実験方法と比較してのものと思われ 宮島さんは 動揺した様子を示し 答えに躊躇した。
会場の後方で発表を聞いていた川緑は 彼と高野さんの取り組み方に大きな違いがあると感じた。
一方は 単に現象を分析し その結果を考察しようとしたもので もう一方は現象に対して仮説を立てて それを検証しようとしたことだった。
**********************************
<備考>
高野さんの発表に ご興味を持たれた方は 「川緑 清の【テクニカル レポート】No.3」をご参照ください。
第五十話 思わぬ展開
3月17日(火)午後3時頃 川緑は 下期の新人研修発表会の途中で会場を出た。
新人研修発表会の最後に 技術本部長と研究本部長の講評が予定されていたが 明日の東京工場への出張準備のために技術部の建屋へ向かった。
居室に戻った川緑は UVカラーインクのユーザー 日菱電線工業社の東京工場見学の際に 報告する技術資料の準備を始めた。
午後5時頃 講評を聞いて来た川上課長は 川緑に 「高野君の発表は 受けてたよ。」と言った。
彼は 「吉岡研究本部長は 最近の研究発表は まるで絨毯爆撃みたいに 試行錯誤を繰り返す内容が多いと不満を漏らした。」と言った。
続けて 「そんな中で 高野さんの研究は それとは違う切り口を示したと好評だったよ。」と言った。
川緑は ちょっと嬉しくなり 「本部長に 硬化性の研究の取り組みを評価してもらえると これからの仕事がやりやすくなりますね。」と言った。
午後7時頃 川緑は 出来上がった報告書のコピーを取りに 1階の複写機のある部屋へ向かった。
1階の部屋のドアノブに手を掛けようとした時に 部屋の奥の方から平田本部長の怒った声が聞こえてきた。
彼は 「これは うちの部署でやることではないな。」と言い 「このまま突っ走ったら とんでもないことになる。やめさせろ!」と言った。
ドアを開けると 部屋の奥の机に 平田本部長が居て 彼を囲むように 米村部長 杉本部長がいた。
部屋に入った川緑は 彼等の視線を感じたが 構わず 入り口近くにあった複写機の所へ行き 報告書のコピーを取り始めた。
本部長は 視線を米村部長に向けて 来年度の技術部の人員配置をどうするのか聞いた。
米村部長は 即答を避けていて 彼等の周りは 何か 重苦しい雰囲気に包まれていた。
コピーが終わり 居室へ戻り 報告書をバインダーで止めていると 米村部長は 会議を終えて戻ってきた。
川緑は 「先ほどの話は 私のことを言っていたのですか?」と聞いた。
彼は 頭を抱えるようにして 「そうや。」と答えた。
第五十一話 やるしかないやろ
翌3月18日(水)午後1時頃 日菱電線工業社 技術部門の佐野氏は 東西ペイント社の東京工場へやってきた。
40歳代 中肉中背 表情を変えずに話す佐野氏は UVカラーインク製造ラインの見学を希望していた。
技術部 米村部長と川緑は 工場の製造部と品質管理部のメンバーと共に その対応に当たった。
管理棟2階の会議室 品質管理部 樋口課長は 佐野氏と関係者に この日のスケジュールを説明した。
その後 製造部 西村課長の案内で 製造現場の見学が行われた。
午後5時頃 見学会は終わり 佐野氏は 「ありがとうございました。 製造現場を見させて頂き 大変参考になりました。」と御礼を述べた。
東京工場の正門で 佐野氏を見送った米村部長と川緑は そのまま 歩いて工場を出た。
最寄の駅へ向かう途中 前を歩いていた米村部長は 無言で居酒屋へ入って行ったので 彼の後に続いた。
入り口付近の2人掛けのテーブル席に座り 部長は やって来た店員に 「ビールにしよか。」と言った。
間もなくビンビールが届き 川緑は 米村部長のグラスにビールを注ぐと同時に 「昨日の平田部長の話を聞いてもいいですか。」と切り出した。
部長は 気勢を制するように 「まあ 飲みながら話そか。」と言った。
コップのビールを一気に飲み干し 川緑は 「平田本部長は 私の研究を止めさせようとしているのですか。」と聞いた。
米村部長は 「高野君の あの研究テーマな 平田さんは 了解してやらせとるんやけどな。」と言った。
続けて 「おっさんは 研究本部長と技術本部長の言ったことを気にしとるんよ。」と言った。
新人研修発表会の時 吉岡研究本部長は 高野さんの発表の後に 「この研究は 一度チームリーダーの話を聞きたい。」と言っていた。
米村部長は 「おっさんは 研究本部長の発言を 高野さんのテーマは 技術部でやるべきことなのかと問われたと受け取ったんよ。」と言った。
また彼は 研究部の実習生の発表後の質疑応答で 有働技術本部長の言った 「その実験方法は 誰が考えたの? 」の発言に触れた。
平田本部長は 彼の発言を 研究部と技術部で 同じテーマに取り組んでいながら 連携が取れていないと指摘されたと受け取ったと言った。
川緑は 「うちの研究は 開発に必要な取り組みです。研究部がやっていることとは関係ありません。」と言った。
「幹部等の政治的な思惑に振り回されては かなわない。」という川緑の気持ちが伝わったのか 米村部長は困った表情になった。
部長の様子に 川緑は 研究活動を止められてしまう危機感を覚えた。
そうなれば 開発競争に負けると思い 負ける戦いを強いられるなら この会社にいてもしかたがないと思った。
川緑は 「私は 机の中に辞表を入れています。」と覚悟を伝えた。
すると部長は 「昨日の高野君の研究発表を聞いとった人の中には 共感してくれた人もおるんよ。短気を出したらあかんよ。」と言った。
「それでは このまま続けてもいいですか?」と念を押すと 部長は 「やるしかないやろ。」と言った。
米村部長は 「わし 一つ失敗したと思うとるんは 今回のテーマを始めるときな 技術研究所に一言いわなんだことや。」と言った。
技術研究所には UV硬化型樹脂関連の研究を行っている部署もあり そこの一部は 新規事業部関連の業務も請け負っていた。
「一言いう」とは 高野さんが研究を始める時に 事前に技術研究所に研究依頼をするか または共同研究を申し込むということだった。
部長は 「と言うのはやな 技術研究所の担当部長は うちの様な小さい部署がどうやゆうても絶対に乗ってきよらへんやろ。」と言った。
続けて 「そうすると 後はこっちでどうやろうと何も言われる筋合いは無いとゆうことや。」と言った。
部長は 会社で仕事をするには関連部署への気配りが必要だと言っているのだろうと思った。
しかし なんだか映画に出てくる渡世人のしきたりの様で 商品開発力や技術力を構築するための本質からは外れたことのように感じた。
第五十二話 釣りに行きませんか
3月26日(木)午後4時頃 新規事業部 技術部内の来年度の人事異動の発表があった。
その中で 上司の川上課長の東京工場への異動 営業部 北野係長の資材部への異動 実習生 高野さんの生産本部への配属があった。
川上課長の異動後のポストは 米村部長の兼任となり 川緑は また1人チームの担当者となった。
4月10日(金)午後2時頃 実験室で作業をしていた川緑に ケイトウ電機社 内藤次長から電話があった。
次長は 「その後の共同研究の進捗はどうですか?」と聞いた。
川緑は 「すみません。懸案の分析装置購入の件で まだ社内の承認が取れてなくて 研究が止まっています。」と答えた。
次長の社内での立場が気になり 川緑は TKM会の進捗が遅れている理由を説明しなければと思った。
「あのう 一度会って お話をしませんか? 飲食店等ではいかかですか?」と切り出した。
すると 次長は ちょっと考えて 「ああ それなら釣りに行きませんか?」と言った。
彼の意外な反応に驚いたが 子供の頃に 近くの川で釣りを経験していた川緑は 「ええ ぜひ お願いします。」と答えた。
4月18日(土)午前2時過ぎ 家を車で出て 西湘バイパスを西へ向かい国府津で降りて北上し 酒匂川に架かる橋の近くに車を止めた。
暫くして 後方から来たタウンエースが 川緑の横を通り過ぎて止まり 車から内藤次長が出てきた。
川緑は 車を出て 「おはようございます。」と挨拶し タウンエースに乗り込んだ。
二人を乗せた車は西へ向かい 南足柄から林道に入り 暫く進んだ所で止まり 2人は 車中で明るくなるのを待った。
午前4時半頃 内藤次長に促され 荷物を持って 彼に続いて谷川へ下った。
木々が覆う薄暗い谷川に降り そこから沢を登り 二人は 良さそうなポイントを見つけては竿を出した。
午前8時半頃 2人は 明るくなった川岸に上がり 朝食をとった。
内藤次長は 持参のコッフェルに 谷川の水をくみ お湯を沸かし 二人分のみそ汁を作った。
2人は 岩に腰を下ろし 持参したおにぎりを食べ 味噌汁を飲んだ。
木々に囲まれた静寂な空間 谷川の水の音を聞きながらの食事は ほっとさせるものがあった。
午前11時頃 納竿となり 内藤次長の釣果は山女魚2匹 川緑は山女魚1匹と虹鱒1匹だった。
内藤次長は 20年程 ここに通っていて その間に森林が伐採され 雨が降ると山の土が流され 山女魚の生息数も少なくなったと言った。
結局 この日 内藤次長から仕事の進捗について聞かれることはなく 川緑も 仕事の進捗状況を伝えることもしなかった。
仕事の話を切り出すタイミングが分らず そうする気にもなれなかった。
それでも 内藤次長は 自分のことを尊重してくれていて 共同研究に期待していると感じた。
第五十三話 3人目の実習生
1992年5月8日(金)午前9時頃 技術部の居室に 今年の新人実習生がやって来た。
中肉小柄 ぼさぼさ頭 眼鏡を掛けた彼は 「お世話になります。永野です。」と言った。
「川緑です。教育を担当します。よろしくお願いします。」と言って出迎え 入り口近くの机を指し 「ここを使ってくださいと。」と言った。
川緑は 過去の実習生の研修報告書を手渡し 「永野さんには これらの研究を継続してもらいます。内容に目を通してください。」と言った。
暫くの間 永野さんは それらの資料を読んでいた。
その後 実験室に下りて来て 川緑に 「もっと手足を動かす仕事をしたいです。」と言った。
「それじゃあ サンプル作りを手伝ってください。」と言うと 永野さんは笑顔になった。
この頃 川緑は 古友電工社三重事業所向けのUVカラーインクの開発に追われていた。
三重事業所は 同社の千葉事業所より 数年遅れて光ファイバーの生産を始めていた。
三重事業所の製造ラインは 最新のもので 高性能・低コストの光ファイバーの生産を目指していた。
UVカラーインクにも 硬化性の優れたものを求めていた。
光ファイバー生産の主幹部門の生産技術部は 千葉事業所で用いているものより 更に高速硬化タイプのインクの開発を求めていた。
要望を受けた川緑は TKM会の社共同研究で得られた知見を基に インクの開発を進めていた。
開発では インクに吸収される光に注目し インクの重合反応に寄与する光の波長と インクの硬化性とを関連付けようとしていた。
川緑は このやり方で 新タイプのインク8色のサンプル 各1kgを作製していた。
川緑は 「永野さんにお願いしたい研究テーマがあるけど まずは インクを触ってもらった方が イメージが伝わりやすいですね。」と言った。
永野さんは 「私は 頭を使うより体を使う方が 性にあってます。」と言った。
第五十四話 ユーザートラブル
5月13日(水)午後4時頃 実験室で作業していると 松頭産業社の菊川課長から電話が入った。
課長は 古友電工社三重事業所へ出張訪問していて 先週 発送していた新タイプのUVカラーインクサンプルの評価結果を聞いていた。
「川緑さん。実は ですね。」と言うトーンの低い声に 川緑は 結果が良くなかったと分った。
課長は 白色インクを用いて試作した光ファイバーについて 光の伝送特性を評価した結果 伝送損失が大きく 使えないレベルだったと言った。
5月20日(水)午後2時頃 松頭産業社の菊川課長 営業の渕上課長と 川緑は 古友電工社三重事業所を訪問した。
通された応接室で待っていると 間もなく 生産技術課の秋吉課長 村崎主任 資材の担当者2名がやってきた。
一気に体重を掛けるようにソファーに腰を落とした秋吉課長は 来客を見回し 開口一番 「対応が遅い!」とどやしつけた。
中背ふっくら体形 一見温厚そうな丸顔 課長の太い声は 歯切れ良く 迫力があった。
大柄 ガッチリ体形 面長で顎鬚を蓄え どこか鐘馗様を思わせる風貌の村崎主任も 続いて発言した。
「御社に連絡を入れてから もう一週間も経ってますよ!」ときつい口調で言った。
二人の剣幕に押され 三人は恐縮し 口を揃えて 「申し訳ありません。」と言って頭を深く下げた。
この一週間 川緑は 電線メーカー各社向けのインクサンプルの納期対応に追われて 古友電工社行きの日程調整ができなかった。
秋吉課長は 「光ファイバーの製造ラインを1日止めると どれくらいの損失になるか知ってますか?」 と言った。
続けて 「お金の件は 別途相談させてもらいます。」と言った。
話を聞いていた川緑は 頭から冷や汗が流れるのが分かった。
3人が頭を上げると 村崎主任は 8色のインクの評価方法と結果について説明した。
評価は インクをコートした長さ1キロメートルの光ファイバーを作製し それを ボビンと呼ばれる大きな糸巻きに巻きつけた状態で行われた。
光ファイバーの一端から レーザー光を送り 他端から出てくる光の特性を評価していた。
その結果 白色インクを用いて作製した光ファイバーのみ 伝送損失が大きかった。
菊川課長は 「ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません。明日中に 原因究明と対策のスケジュールを提出させて頂きます。」と言った。
第五十五話 原因究明
5月21日(木)午前9時頃の実験室 川緑は 古友電工社 三重事業所へ提出した白色インクの控えサンプルと 検査成績表を取り出していた。
従来 サンプル提出時には インクに検査成績表を添付して発送し インクの一部を 控えサンプルとして 50ccの遮光ビンに保管していた。
川緑は 控えサンプルを 再検査したが 特に 問題は見られなかった。
今回の光ファイバーの伝送特性低下のトラブルは 厄介な問題だった。
自社では光ファイバーの伝送特性を評価出来ず また 開発中の光ファイバーのサンプルを入手することも出来なかった。
何をどうしたら良いか分らないままに もう一度 問題の白色インクを作ってみることにした。
1kgの白色インクを作製し 先の控えサンプルと共に ガラス板に滴下し 薄く塗り広げてみた。
それらを見比べてみると 控えサンプルは 少しだけ色が薄くなっているのに気付いた。
顕微鏡を用いて ガラス板上のインクを観察すると 控えサンプルには 無数の白色顔料の会合が見られた。
インク中で 顔料が会合し 光を透過しやすくなり 見た目の色味が薄くなっていた。
顔料の会合は 二次凝集と呼ばれ 何らかの原因で顔料が再凝集するもので インクの製造時に発現したり 経時で発現することがあった。
三重事業所での光ファイバーの光の伝送損失の原因は これに違いないと思った。
光ファイバーは それにかかる僅かな圧力差を 光の伝送損失の変化としてとらえることができ 精密な圧力センサーにも用いられていた。
インク中の顔料の分散状態が不均一になれば これを塗布した光ファイバーの伝送損失は大きくなり 今回のトラブルに至ったと予想された。
川緑は 松頭産業社の菊川課長 営業の渕上課長に電話して 状況を伝え 再現試験を始めた。
白色インクの顔料凝集に影響したと考えられる原材料について それぞれの配合量を変えてインクを試作した。
それぞれの試作サンプルを 異なる温度で保管して 状態変化を観察することにした。
翌22日(金)午前9時頃 保管していた白色インクサンプルを実験室に運び それぞれのインクの顔料の二次凝集の状態を評価した。
インクの二次凝集の状態は 高温環境で保管していたものについて顕著で 白顔料と添加剤の配合量により異なることが分かった。
松頭産業社に電話し 「菊川さん 白色インクのトラブルの件 原因が判りました。これから東京工場へ行って 対策を練ります。」と伝えた。
課長は 「川緑さん頼むで!今回の件は 最優先事項やで!」と言った。
第五十六話 トラブル対策
5月22日(金)午後1時頃 川緑は 東京工場の会議室に入った。
先着していた製造部と品質管理部のメンバーに 「ご苦労さまです。ご協力 宜しくお願いします。」と言い 用意してきた資料を配った。
資料は 白色インクの顔料凝集の再現試験結果をまとめたものだった。
会議の参加者は その資料を基に 今後の具体策を協議した。
それは 短期間に対応できる対策案と 時間を要する対策案とを分けて それらを並行して進めるものだった。
短期間の対応策は インクの製造条件を変更するもので 時間を要する対策案は 顔料や添加剤の種類や添加量の変更を行うものだった。
製造部 小神野課長は 「川緑さん 今回の件 工場はできる限りの対応をするよ。」と言った。
東京工場では 早速 短期間の対応策に対応して 対作品を試作することになった。
5月25日(月)午前10時頃 川緑は 東京工場に入り ダンボール箱に梱包されたインク対策品20kgを受け取り 直ぐに 工場を出た。
今回の対策品は インク製造時に ろ過条件を変えたものだった。
ろ過は 加圧式ろ過器を用いていたが フィルターを通過する時に インクに掛かる圧力が 顔料の凝集に影響すると予想された。
そこで 対策品は ろ過圧力を低下させて作っていた。
松頭産業社を訪れ 菊川課長と新横浜駅へ向かい 新幹線で名古屋へ行き 在来線に乗り継ぎ タクシーで古友電工社三重事業所へ入った。
午後9時30分頃 生産技術課の村崎主任と面会し 「ご評価 よろしくお願いします。」と言って持参した対策品を手渡した。
村崎主任は 「明日の午前10時頃には 結果がでますので その頃に 連絡ください。」と言った。
翌26日(火)午前10時頃 菊川課長は 旅館近くの電話ボックスへ向かい そこから村崎主任へ電話を入れた。
電話ボックスのガラス越しに見える菊川課長の表情から 昨日の評価結果が思わしくなかったことが分かった。
午後2時頃 二人は 三重事業所に入り 案内された応接室で待っていた。
鐘馗様のような風貌の村崎主任の 怒りの表情が思い浮かんだ。
やって来た村崎主任は 予想に反して 物静かな表情で 淡々と 光ファイバーのカラーリング試験の結果について述べた。
主任は 対策品をコートした光ファイバーの伝送特性評価結果は NGで 前回品からの改善は見られなかったと言った。
続けて 「次の対策品が届いたら 直ぐに評価します。」と言った。
この日から1か月間 川緑は 毎週UVカラーインク新色の対策品を三重事業所へハンドキャリーして 評価結果を聞くパターンを繰り返した。
この間 菊川課長は 三重事業所にくぎ付けになり 光ファイバー製造ラインの空き状況の情報入手や インク対策品の納期調整を行った。
その後 新タイプの白色インク対策品は 光ファイバーの光伝送特性低下の問題を解決し 三重事業場で仮採用された。
第五十七話 実習生の研究テーマ
古友電工社 三重事業所で発生したトラブル対応に追われ 川緑は 実習生の永野さんの指導ができなくなっていた。
その間 川緑は 永野さんに取組んでもらうテーマを考えていた。
新人研修のテーマは 従来の実習生のテーマと同様に 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」として サブタイトルを 「酸素阻害」とした。
光ファーバーに用いられるアクリル系のUV硬化型樹脂は 空気中の酸素により 硬化が阻害され その現象は 「酸素阻害」と呼ばれていた。
光ファイバーの製造ラインでは 酸素によるインクの硬化阻害を防止する目的で 露光エリアへの窒素パージが行われていた。
高速硬化タイプのインクの開発においても インクの硬化性と酸素濃度との関係は研究すべき重要なテーマだった。
川緑は 酸素のUV硬化型樹脂の硬化性への影響を研究するためのモデルを考えていた。
頭の中で インクの表面付近をズームアップし その近傍を飛び交う酸素分子をイメージした。
気体の分子運動論によれば ボルツマン定数 k、 絶対温度 T とした時 理想気体は 空間の一軸方向に 運動エネルギー (1/2)・kT を持つことが知られていた。
一方 質量 M の酸素分子が一方向に速度 v で動いているときの運動エネルギーは (1/2)・Mv^2 で示された。
これらの関係から 25℃での酸素分子の速度を求めると それは音速程になった。
ある時間に 一つの酸素分子が任意の方向に 音速で進む場合 近接するインクの表面に向かう割合は その方向の速度成分として表わせた。
一つの酸素分子が インク内部に侵入する割合は 酸素分子の持つ運動エネルギーに比例し その割合が 硬化性に影響すると考えた。
その考え方で 酸素阻害の影響を定式化できると思った。
酸素阻害を定式化できれば それを これまでの硬化の式に盛り込み 式が表現できる範囲は 広がると思った。
永野さんの研究の概要をイメージできたが それができるかどうかは 昨年9月に 購入を申請していた研究設備が入るかどうかに掛かっていた。
川緑は 米村部長に 「研究設備購入の件は どうなってますか?」と聞いた。
すると 彼は 首をかしげながら 「あれね 予算が無くてな 資材部で値切り交渉しとるんやけど 難航しとるんよ。」と言った。
第五十八話 研究設備
6月17日(水)午前10時頃 技術部に 運送業者の4トン トラックが到着した。
積荷は 1.2m四方程のコンテナ2つで 中にナイコ・ジャパン社製の顕微FT-IR装置が入っていた。
川緑は ドライバーに指示して それを実験室に運んだ。
10時30分頃 ナイコ・ジャパン社 営業の柳田氏は 同社の社員二人と共に 技術部へやって来た。
彼は 「この度は 弊社の製品をご購入頂き ありがとうございました。」と言った。
彼等は 直ぐに FT-IR装置の梱包を解いて 装置を組み立て始めた。
7月16日(木)午後2時頃 ナイコ・ジャパン社 技術の栗崎氏は 技術部を訪れた。
中肉中背 紺のスーツ姿の彼女は 愛想笑顔無しに 「本日は よろしくお願いします。」と言って名刺を差し出した。
実験室に案内された栗崎氏は 顕微FT-IR装置を前にして 川緑と永野さんに 装置の操作方法の指導を始めた。
彼女は 通常の操作方法を説明し その後 コマンド方式と呼ばれる この装置に特有な機能について説明した。
コマンド方式とは 装置に付随のパソコン画面から 装置の操作を対話形式により行うものだった。
コマンド方式を使って装置を操作することにより オートステージ動作時の待ち時間や測定時間等をコントロールすることができた。
コマンド方式により 通常の自動測定に比べて測定時間を短縮できた。
栗崎氏は 「私達は 他社との差別化するために コマンド方式を開発したのですが この機能を使って頂けるお客様は少ないです。」と言った。
彼女の指導を受けて 川緑達は 顕微FT-IR装置のオートステージ上に分析サンプルをセットして コマンド方式のモードで測定を始めた。
サンプル上の200点の測定の結果 得られた赤外吸収スペクトルのデータは 定量分析が可能なもので インクの硬化状態の解析が可能と分った。
7月23日(木)午後2時頃 ケイトウ電機社 放電灯事業部の川辺氏は 技術部を訪れた。
彼は 松頭産業社の菊川課長の依頼を受けて 開発品のUVレーザーのデモ機を運んできた。
UV(He-Cd)レーザー照射装置は 波長325nmの紫外線を照射する装置で 実習生の永野さんの研究に用いるものだった。
以前に調査した文献には UV硬化型樹脂の表面硬化について 紫外線の波長が影響すると指摘されていたが そのメカニズムは分っていなかった。
川緑は 永野さんの酸素阻害の研究に 単一波長のUVレーザーを用いることで 実験系を単純化し 酸素の影響をより分りやすくしようと考えた。
川辺氏は 「申し訳ないのですが このUVレーザーは次の使用予定がありまして お貸し出きるのは 1週間だけです。」と言った。
永野さんと川緑は 1週間にできる実験計画を立て 直ぐに 「酸素阻害」の研究に取り掛かった。
第五十九話 新人研修発表/【テクニカル レポート】No.4
1992年10月7日(水)午前9時 会社の講堂 前期の新人研修発表会が始まった。
新規事業部 技術部の実習生 永野さんは 2番目手で 司会者の指名を受けて登壇した。
川緑は 会場の最前列に置かれたOHPの前に座り 発表資料の1枚目をかざした。
スクリーンには 研修テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」とサブタイトル 「酸素阻害」の文字が映し出された。
永野さんは 落ち着いた様子で 「新規事業部 技術部での研究につきまして報告いたします。」と言った。
研究の内容は これまでの新人実習生等の研究の延長線上にあった。
1人目の実習生浜崎さんの研究は UVカラーインクの硬化性がそのインクに照射するUV光の量の二階対数に比例するというものだった。
2人目の実習生高野さんの研究は インクを体積素片の集合体と考えた時に それらの硬化性が 吸収されるUV光量の二階対数に比例し 体積素片の位置により硬化性が異なるというものだった。
永野さんの研究は これまでの研究を基に組み立てられたもので 硬化の近似式に 更に酸素阻害の要因を盛り込むものだった。
酸素阻害のモデルは 気体分子の運動論を基に インクの近傍の酸素分子が持つ運動エネルギーを 酸素阻害の現象と関連付けたものだった。
永野さんは 酸素阻害のモデルを検証するために 酸素濃度を変えた環境下でインクを露光し インクの厚み方向の硬化状態を分析していた。
インクの露光は He-Cdレーザー照射装置を用いて行い 顕微FT-IR装置を用いて インクの厚み方向の硬化状態の分析を行っていた。
彼の実験データは 酸素の濃度が大きいほどインクの硬化状態が悪くなり その傾向は塗布したインク表面付近について顕著なことを示していた。
彼は 硬化状態の実験データとインクの硬化の式を用いた計算結果とを比較して示した。
比較結果を基に インクの硬化に影響する要因の中から 「酸素阻害」の要因を切り分けて その部分を定式化した。
永野さんの研究は 「酸素阻害」 を数式で示し インクの硬化への 酸素の影響を数値計算できるようにしていた。
彼の導いた式は インクの組成と塗布条件とUV露光条件と温度と酸素濃度が決まれば インクの硬化状態を計算できることを示していた。
発表が終わり 質疑応答の時間に 最前列の中央付近で聞いていた吉岡研究本部長が口を開いた。
本部長は 「酸素阻害の現象は 始めて聞いたのだが これは インクのユーザーも認識していることかね?」と聞いた。
永野さんは 「はい 電線メーカー各社は 光ファイバーの生産性向上が最重要課題ですので 彼等は 酸素を除くために窒素をパージしています。」と言った。
続けて 「今回の研究は 酸素濃度とインクの硬化性とを関係付けるもので 光ファイバーの生産性向上に貢献するものだと思います。」と言った。
質疑応答が終わり 川緑は 発表資料を整理し 周りを見回すと 左前方席に座っていた新人実習生等は 長机に突っ伏すようにして眠っていた。
彼等は 永野さんの発表の内容を理解しようとして それが出来ず眠りに落ちたようだった。
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<備考>
永野さんの発表に ご興味を持たれた方は 「川緑 清の【テクニカル レポート】No4」をご参照ください。
第六十話 製造ラインが止まる
10月7日(水)午後4時頃 上期の新人研修発表会が終わり 川緑は 技術部の実験室に戻った。
そこへ 松頭産業社 事務担当の浦本氏から電話が入った。
彼女は 「古友電工社 三重事業所さんから新タイプのインクの注文が入ったんですが 東京工場さんでは対応できないそうです。」と言った。
この時 新タイプのインク各色は三重事業所に仮採用され 東京工場への引継ぎを終えていたが まだ 生産体制は整っていなかった。
東京工場の生産体制の遅れには 2つの原因があった。
1つは 最近 現行のインクの注文量が急増したことだった。
また1つは 新タイプのインクの製造方法が 現行インクと異なっていたことによるものだった。
東京工場 生産管理課は 今の体制では 新タイプのインクの注文を受けられないと判断していた。
浦本氏は 「来週初めまでに新タイプのインク13色が届かないと 先方の製造ラインが止まるそうです。」と言った。
続けて 「うちの菊川から この件は 川緑さんに相談するように言われました。」と言った。
「ラインがとまる」は 殺し文句で それを聞いたら 「分りました。こちらで対応しますので 注文を入れてください。」と言うしか無かった。
翌10月8日(木)午前9時30分頃 松頭産業社 浦本氏から川緑に 新タイプのインク各色 合計600キログラムの注文書が届いた。
川緑は 他の全ての業務を止めて 新タイプのインクの製造に着手した。
インクの製造で 一番手間の掛かるのは ろ過工程だった。
調合したインクを 20Lサイズの加圧タンクに投入し それと連結したろ過器を通し 1Lサイズのボトルに詰めた。
各色のインクを ろ過する毎に 加圧タンクと ろ過器を分解洗浄するのは 時間の掛かる作業だった。
午後5時頃 永野さんは 「川緑さん 今日は 同期で 研修の打上げがあって退社します。お手伝いできなくてすみません。」と言った。
川緑は 振り返り 「お疲れ様。気にしないで 楽しんできて。」と言い 作業を続けた。
午後9時頃 私服に着換えた米村部長は 「あんたが最後や 気をつけて作業してな。ほな お先に失礼するわ。」と言った。
注文数量の半分を作製し それらを製品ボトルに缶詰した時には 翌9日の午前3時を回っていた。
守衛所へ行き 窓口にいた堀川さんに 「すみません。仕事が終わらなくて。今日は 会社に泊まります。」と告げた。
50歳代中頃 中背 ふっくら体型 日焼けした丸い顔に 警備帽を深くかぶった堀川さんは 「了解。お宅も大変だね。」と言った。
川緑は 居室に戻り 応接用の椅子を並べて その上に横になって仮眠をとることにした。
第六十一話 パンクしとるじゃろ
10月9日(金)午前7時頃 川緑は 会社の居室で目を覚ました。
実験室へ降りて 古友電工社向けの新タイプUVカラーインクの製造を再開した。
この日 技術部では 事業部長への月次報告会が予定されていた。
午前8時頃 出社してきた米村部長に 川緑は 今月分の業務報告書を提出した。
「すみません。今日は インクの製造がありまして 報告会は欠席します。」と言った。
部長は 「しゃーないな。あんたの欠席は わしから伝えとくわ。」と言った。
午後3時頃 川緑は 注文分のUVカラーインクを作り終えた。
インクを缶詰し ラベルを貼り 品質検査表とともに 段ボール箱に梱包して発送した。
午後4時頃 インクの製造設備を片付けて 居室へ戻ったところへ 営業の渕上課長から電話が入った。
40歳代中頃 小柄で 細身 温厚そうな顔に眼鏡を掛けた渕上課長は 技術部の営業を担当していた。
課長は 「古友電工社 千葉事業所から連絡がありましてな 三重事業所の新タイプとは別のインクを開発してくれとのことですわ。」と言った。
彼は 「そこでじゃな お前さん 近いうちに 先方へ行って話を聞いてもらえんじゃろか。」と言った。
以前に 千葉事業所へ 新タイプのUVカラーインクを紹介していたが 千葉事業所は 更に高速硬化タイプのUVカラーインクを求めていた。
課長は 「仕事の量からいって お前さん もう既にパンクしとるじゃろ。 そこに新規の開発テーマをやるのは無理じゃと思う。」と言った。
「そこで ケイトウ電機さんとの共同研究の件は 遅らしてもらえんかと思うんじゃが。」と言った。
彼の言葉に カチンときた川緑は 「TKM会の共同研究をやらなかったら 他社に勝てるインクを開発する自信はありません。」と言った。
続けて 「高速硬化タイプのインクの開発を進める限り いずれ この研究に戻ってくることになります。」と付け加えた。
その口調に押され 課長は 「この件は 米村さんとよく相談しといて。」と言って電話を切った。
渕上課長は 川緑の仕事量を気にかけていたのは分かっていたし 共同研究よりも ユーザーの対応を優先していることも分かっていた。
受話器を置いた川緑は 寝不足の頭に血が上って 妙な圧迫を感じた。
サンプル出荷に追われる状況が続き 共同研究が進まないまま時間が過ぎていくことに ジリジリとした焦りを覚えた。
このままだと 技術力の向上は見込めなくなり 近い将来 競合他社に負ける戦いを強いられる局面がくるだろうと思った。
川緑は 「はーっ」とため息をついた。
第六十二話 いつやる?
10月15日(木)午後2時 技術部の会議室で 松頭産業社と 光ファイバー用樹脂材料の関連業務について 方針打ち合わせが行われた。
松頭産業社 野崎部長と菊川課長が来社し 営業部 渕上課長 技術部 米村部長と川緑が対応した。
打ち合わせの議題は 3つあった。
1つ目は 電線メーカー各社向け UVカラーインクの取り組みの件
2つ目は 新規UV樹脂材開発の取り組みの件
3つ目は TKM会の共同研究の進め方の件だった。
TKM会の共同研究は この半年間 殆ど進んでいなかった。
その理由は 1つ目と2つ目の件に忙殺されていたこと 共同研究の推進に必要な顕微FT-IR装置の購入が遅れていたことだった。
実習生の永野さんは 下期の研修先へ異動していて 共同研究を行う人手が足りない状況で 今後のTKM会の進め方が議論された。
米村部長は 松頭産業社の二人に 「TKM会の件は どうやったら ケイトウ電機さんに うまく断れるかと思うとるんよ。」と切り出した。
それを聞いた二人は 川緑の方を向いて 「そうなの?止めるの?」とでも言いたげな表情を見せた。
米村部長の考えを聞いた川緑は 少なからず驚き その発言が彼だけの考えなのか 新規事業部の意思なのか分かりかねていた。
川緑は 「TKM会は 今後の塗料やインクの開発技術のレベルを向上させるものです。」と強い口調で言った。
「この取り組みができないようでは 今後 競合他社に勝る戦略は立てられません。」と言った。
営業の渕上課長は 川緑を見ながら 「TKM会は また時機を見て取り組んだら。」と言った。
川緑は ここで松頭産業社の二人が TKM会を止めることに賛同すれば この話は終わると思った。
思わず 「ちょっと待ってください! なんとか TKM会で報告できる資料をまとめます。」と反発した。
それを聞いた野崎部長は 「そら 助かるわ。」と言った。
しかし 米村部長は 川緑の方を向いて 「ほやけど 古友電工社向けの新規インク開発の件は どないする?」と言った。
続けて 「他社から依頼を受けている開発案件も 直ぐにやらんとあかんやろ。」と言った。
部長は 川緑を覗き込むようにして 「いつやる?」と言った。
彼の問いに 川緑は 返答に窮してしまった。
仕事の価値観や優先順位に どうしようもない違いがあると感じた。
打ち合わせは TKM会の今後について 結論が出ないまま終わった。
第六十三話 背水の陣
1992年10月19日(月)午前10時頃 新規事業部 研究部の杉本部長は 技術部へやって来た。
彼は 川緑の机の横を通り 一番奥の米村部長の机に向かって行った。
彼は 「米村さん ちょっといいかね。」と声をかけて 暫くの間 なにやら話をしていた。
話が終わり 杉本部長は 川緑の所へ来て 「来年のラドテックに 技術部で 何か いいテーマはないかいね。」と言った。
ラドテックとは 電子線・放射線技術に関する国際会議の名称で 設備メーカーや材料メーカー等が最新の商品や技術を持ち寄り発表する場だった。
それは アメリカ ヨーロッパ 日本の関係団体により 持ち回りで開催され 来年は日本での開催が予定されていた。
杉本部長は ラドテックの支援団体のラドテック研究会の会員で 自社で エントリーできるテーマを探していた。
ラドテックの件は TKM会の共同研究を進める駆動力になると思い 「うちで取組中の共同研究のテーマが良いかと思います。」と言った。
続けて 「この共同研究は 自社の開発技術の向上だけでなく 業界全体の技術の向上に繋がる取り組みです。」と言った。
続けて 「良いテーマだと思いますが いかがですか。」と言った。
部長は 「そうかいね。でもなあ 米村さんに聞いたら川緑さんは 忙しい言うとったが。」と言った。
川緑は 「時間を作れば やれると思います。」と言ったが その判断は自分にはどうしようもなく 言っても意味がないと思った。
「ほんなら 一応候補に考えとくから 要旨を準備しといてね。」と言って 部長は 室を出て行った。
TKM会の継続には ラドテックに応募して 活動の大義名分を得るしかなかったが それは 自分の首を絞めることになるのは間違いなかった。
ユーザー対応に追われ 共同研究がままならない中 更に ラドテックに応募するのは 無謀なことに思えた。
しかし この機を逃したら 研究のチャンスは 二度と巡ってこないという思いが強かった。
ラドテックに応募することは 自ら退路を絶つことになり 背水の陣を敷くことになると思った。
第六十四話 押し寄せる仕事
電子線・放射線技術関連の国際会議 ラドテックAsia‘93の募集に手を挙げた途端 仕事の依頼が押し寄せてきた。
10月21日(水)午前11時頃 昭立電線社光ケーブル技術課の担当者から電話が入った。
彼は 「新規に 海底ケーブル用の光ファイバーを生産する予定です。今週中に 12色のインクサンプルの発送をお願いします。」と言った。
海底ケーブル用光ファイバーは 従来の光ファイバーの様に 分岐したり結線したりする必要がなく インクには 剥離機能は不必要だった。
依頼のインクは 現行のインクの配合から剥離剤を除いた仕様になった。
そのため インクの設計変更が必要になり 直には 東京工場での製造はできず その仕事は 川緑が対応することになった。
海底ケーブル用UVカラーインクの件は 単に 製造代行の仕事をこなすだけでなく その後 東京工場への製造移管も伴う業務になった。
10月23日(金)午前10時 東京工場 UVカラーインクの生産対応を協議する会議が開かれた。
松頭産業社 菊川課長と 東京工場 製造部の園田部長 生産管理課 品質管理課のメンバー等と 技術部 米村部長 川緑が参加した。
議題は ここ暫く 増加を続けるUVカラーインクの注文量への対応についてだった。
最初に 菊川課長は インクの注文量の現状と 今後の需要見込みについて報告した。
報告を聞いた製造部 園田部長は 頭を抱えて 「この需要見込みは 現状の生産設備での生産能力をはるかに超えている。」言った。
東京工場は インクの生産コストを抑えるため できるだけ設備投資は避けたいところだった。
しかし 光ファイバーの生産量は 増加の一途をたどっていて 注文に対応できなくなるのは明らかだった。
菊川課長は 「電線メーカー各社さんは 御社を含むインクメーカー数社のインクについて 生産性を見極めようとしています。」と言った。
続けて 「彼等は メインに用いるインクを一社に絞り 光ファイバーを増産しようとしています。」と言った。
更に 「彼等の要求に答えられなければ インクの開発競争から脱落することになります。」と言った。
菊川課長の報告を受けた東京工場は 近日中に 対応の方針を決定することになった。
10月27日(火)午前10時頃 TKM会での報告のために 実験準備をしていると 昭立電線社の光ケーブル技術課から電話があった。
それは 新タイプのインク各色の追加サンプル依頼だった。
松頭産業社の菊川課長に電話して 「明日のTKM会の件ですが 昭立電線社さんからサンプル依頼があって 行けなくなりました。」と伝えた。
「申し訳ないのですが ケイトウ電機さんに連絡をお願いします。」と言った。
暫くして 菊川課長から折り返しの電話があった。
課長は 内藤次長に電話して 「川緑さんは ユーザー対応が追い付かなくて 混乱しています。」と伝えたと言った。
次長は 「TKM会は延期してかまいませんよ。」と言ったそうだった。
受話器を置いた川緑は 「んー。共同研究は やっぱり無理かー。」と呟いた。
第六十五話 思わぬ助っ人
10月27日(火)午後2時頃 川緑は 実験室で 電線メーカー各社向けインクサンプルを作製していた。
TKM会の共同研究が進まない状況に ケイトウ電機社の内藤次長や 松頭産業社の菊川課長に申し訳ない気持ちで作業していた。
そこへ 前期の実習生 永野さんがやってきた。
彼は 「川緑さん TKM会の件で 何かやることがあったら手伝いますよ。」と言った。
驚いた川緑は 作業の手を止めて 「いったいどうしたの?」と尋ねた。
彼は 「下期の実習先では まだ自分の研究テーマが決まっていないんです。」と言った。
「教育担当の方から とりあえず顕微FT-IR装置の使い方をマスターするようにと言われました。」と言った。
川緑は 「ああ そうなんですか。是非 是非 宜しくお願いします。」と言って頭を下げた。
永野さんに依頼する実験は インクの硬化性を議論する上で要となる実験だった。
それは インクに特有の分光感度を求める実験だった。
UV硬化型樹脂は 光に対し特有な感度を持っていて 各波長に分光された光に対する感度を分光感度と呼んでいた。
分光感度を求める実験には 紫外域から可視域の波長に連続した発光帯を持つキセノンランプを光源とする分光照射機が用いられた。
分光照射機は キセノンランプの光を プリズムを用いて波長分散し 更にミラーを用いて強度分散した光を照射する装置だった。
川緑は 「これから技術研究所へ行って 分光照射サンプルを作るから それの FT-IR分析をお願いします。」と言った。
早速 川緑は 赤外線を透過するフッ化カルシウム基板に インクを塗布し 技術研究所へ行って キセノン分光照射機で露光した。
技術部に戻り 永野さんにサンプルを渡し その所定のエリアの約2000点の赤外線吸収スペクトルの測定とデータ解析を依頼した。
川緑は 実験室に戻り インクの作製を続けた。
永野さんに依頼した作業に掛かる時間は 約6時間だった。
ところが 2時間程で 永野さんは戻ってきて 「川緑さん 測定中に装置が止まってしまいました。」と言った。
彼は サンプルを顕微FT-IR装置にセットし 測定を開始したが その後の自動測定中に 突然 測定が中断してしまったと言った。
自動測定は 1つの測定点の分析後 検出した赤外線吸収スペクトルデータを保存し 次の測定点に移動し 分析を行うものだった。
この操作中に 何らかの理由により 自動測定が中断されて 装置が止まっていたのだった。
川緑は 装置から試験サンプルを取り出し 測定が中断した地点を顕微鏡で観察し そこに 直径0.07mm程のゴミがあるのを見つけた。
このゴミが赤外線を遮断し 検出器に光が届かなくなり 測定が中断していたと分った。
そこで 川緑は クリーンルームでインクを塗装し 分光照射したサンプルを作製し 永野さんに渡した。
「今度は大丈夫だと思います。分析 宜しくお願いします。」と言った。
第六十六話 重要なデータ
10月29日(木)午前11時頃 実習生の永野さんは 技術部の居室へやって来た。
彼は 笑顔で 「川緑さん データ取れましたよ。」と言った。
川緑は A4紙に印刷されたデータを見みて 「素晴らしい!」と声を上げた。
それは 試験サンプルの2000個の赤外線吸収スペクトルを解析したものだった。
各測定点のスペクトルの中から インクの硬化状態に関係する吸収のピークを取り出し 解析し その相対強度をグラフにしたものだった。
グラフは 横軸に光の波長を 縦軸に分光した光の照射強度を取り その枠内に 測定点に対応する相対強度がプロットされていた。
それぞれのプロットは 強度を 0.05刻みの値でまるめて 同じ値のプロットを線で結んだ19本の線は 人の指紋のような形をしていた。
直感的に このデータには インクの硬化性の本質に関わる情報が含まれていると感じた。
永野さんに 「これは とっても重要なデータです。ありがとう。 」とお礼を言った。
受け取ったデータを使えるものにするには それが意味するものを読み解く必要があった。
とりあえず 数値情報を読み取ることにした。
まず A4サイズの画像データをA1サイズに拡大コピーして画像を見やすくした。
次に 画像の横軸に表示された光の波長(250nmから500nm)を 1nm毎に250等分した地点について 横軸と垂直に 251本の直線を引いた。
その後 251本の直線と 19本の等高線が交差する点4769点について 横軸までの距離を 物差しを使って測ることにした。
この読み取り作業を パートタイムで働く奥村さんに頼むことにした。
40歳代前半の主婦 小柄で細身 面長で大人しそうな外見とは異なり 彼女は はっきりものを言うタイプだった。
彼女は 技術部のメンバーから依頼を受けて 作業を手伝っていたが 頼まれた仕事が気に入らないと やってくれないこともあった。
暫く前 福永係長が 「奥村さん ちょっとこの辺を掃除しといて。」と言った時のことだった。
彼女は 「あーら 私 掃除が嫌いだからここで働いているのよ。」と断ったのを聞いていた。
恐る恐る 「奥村さん 仕事を頼みたいのですが。」と言い 作業内容を説明した。
彼女は 仕事を引き受け 勤務時間の一部を割り当ててくれた。
彼女が 数値データを読み取る作業を終えるには 1か月間くらいかかると思われた。
彼女の作業が終わるまでに このデータが意味するものを読み解く方法を考え出さないといけないと思った。
それが分れば 硬化の理論を組み立てられると思った。
その理論を得ることができたら きっと TKM会の共同研究は うまく行くと思った。
そして インクの開発競争に勝てるかもしれないと思った。
第六十七話 正念場
1993年1月6日(水) 仕事始めの日 午前8時20分頃 川緑は 技術部の居室のドアを開けた。
米村部長 森田課長 福永係長に 「今年も 宜しくお願いします。」と言って机についた。
引き出しから手帳を取り出し 予定表を見ると ユーザー対応で後回しになっていた案件について 後がなくなっていることに 改めて気付いた。
対応が必要な案件は TKM会向け実験と ラドテック応募用の発表要旨作成と 会社発行の雑誌 「塗料と研究」に投稿のペーパーの作成だった。
雑誌 「塗料と研究」は 自社の出版する雑誌で ユーザーや関連会社向けに公開しているもので 最新の事業や研究を紹介するものだった。
「塗料と研究」に投稿しようとする内容は これまでに実習生等と進めてきた 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」だった。
川緑は 今回の投稿に合わせて 独自の 「硬化の理論」を完成させようとしていた。
その理論があれば 電線メーカー各社の要望に答えられるUVカラーインクを 開発することが出来ると考えていた。
同時に ケイトウ電機社で開発中のUVランプの発光特性の最適化も可能になると考えていた。
その考えを実現できるのかどうか この数ヶ月間が 正念場だった。
もし 今 ユーザーの中の1社でも インクのトラブルが発生したら 3つの案件に対応できなくなることは容易に想像できた。
兎に角 これらの案件の遂行を最優先事項として そのために 今後は会社を休まないで やれるところまでやろうと決めた。
午後2時頃 米村部長は 川緑に 「あんなあ 朝の幹部会議でな 『塗料と研究』に載せるあんたのテーマが話題になりましてな。」と言った。
有働技術本部長が 川緑の研究テーマの要旨を見て これを社外に公表してよいか確認するように 技術企画管理部の江崎部長に指示したと言った。
午前中に 江崎部長は 社内の関係者等にあたったが 社外発表の可否を判断できる者が見当たらなかったと言った。
そこで 江崎部長は その判断を東京の工業系大学の先生に依頼することにしたと言った。
米村部長は 「大学の先生に見てもらう資料を 今月中にまとめといてな。」と言った。
川緑は 「えー!」と言いながら また一つ 対応する案件が増えてしまったと思った。
第六十八話 考えどころ
1月23日(土)休日 午前7時頃 川緑は 会社の居室に入り 部屋の電灯を点けた。
技術部のメンバーの話し声や 電話の音の無い部屋は いつもとは違い 集中できる場所のように感じられた。
机に付き 懸案の研究テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」のまとめの作業に取り掛かかった。
実験ノートを見直し これまでの研究経過を振り返った。
ノートには 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を始めた時に立てた 研究の目標を書いていた。
UV硬化型樹脂の硬化性を何らかの形で説明できること また 硬化状態を厳密に求められることとしていた。
研究方針は インクの硬化性に影響する要因を洗い出し それぞれの要因の影響力を定式化し 硬化性を数値化することだった。
得られた実験データの1つは インク中の任意の体積素片を考え その硬化性が 照射される光の量の2階対数に比例することだった。
また 実験データの1つは 注目する体積素片の置かれた位置により その硬化性が異なることだった。
また実験データの1つは 注目する体積素片の受ける酸素阻害の影響だった。
そして 昨年末に得られたデータは キセノン分光照射実験と顕微FT-IR分析で得られたUVカラーインクの分光感度のデータだった。
川緑は それらの報告資料やデータを見ながら それらを一つにまとめるアイデアを考えていた。
イメージしたのは インクの組成 塗布形状 UV光源の特性 露光量 酸素濃度が変化した時 硬化状態の変化を数値計算できる理論式だった。
その式は UV光がインクを透過していく時 どのように消費され どのようにインクが硬化していくのかを表現してくれると思った。
また その式は 光ファイバーの生産性向上に必要な UV光源とUVカラーインクの開発を可能にしてくれると思った。
そのような理論式を 誘導できるのかどうか ここが考えどころだった。
これまでに 硬化に関わる要因の一つ一つを定式化し その近似式は 実験結果を再現していた。
川緑は 「きっと これまでの取り組みの延長線上に 求める理論があるばずだ。」と呟いた。
第六十九話 仮説
1月23日(土)午前7時頃 休日出社した川緑は 居室の机について これまでに得た実験データを見直していた。
机に広げたデータの中で 分光感度の分析結果に目を止め それの意味することを考えていた。
データは キセノンランプ光を 横軸に波長分散し縦軸に強度分散した矩形のエリアで露光し 硬化したインクの硬化状態を面分析したものだった。
それぞれの地点の分析結果を 0から1の間の硬化度に換算し 同じ値の地点を結んだ曲線は人の指紋のような形をしていた。
硬化度が0.5の曲線に注目し その値の意味を考えた。
その曲線は インクを露光した時に それぞれの波長の光を それぞれの強度で 所定時間露光した時に 硬化度が0.5になることを示していた。
その地点では インクを構成する厚み方向の 全ての体積素片の硬化度の平均値が0.5になることを示していた。
硬化度が0.5の曲線を解析するための仮説を立てた。
それは インクの硬化には 光重合開始剤が吸収する光に対して 特有な係数 「真の分光感度」が関わっているというものだった。
もしそうなら 硬化度 0.5の地点について その厚み方向にある全ての体積素片の硬化は その係数が掛かる形で示されると考えた。
それぞれの体積素片について 光重合開始剤の吸収する光の量と 体積素片の位置の影響と 酸素阻害の因子に加えて その係数 「真の分光感度」を硬化の式に盛り込むことを考えた。
そして 厚み方向の全ての体積素片の硬化度を積算し 平均値を取ると 0.5になるはずだと考えた。
この仮設に基き それぞれの光の波長λに対する 「真の分光感度」 K(λ)の計算を始めた。
まず 分光感度のデータを基に それぞれの波長に対する硬化度が0.5となる地点に照射された光の量を求めた。
次に 求めた光の照射量を基に それぞれの地点の厚み方向の全ての体積素片中の光重合開始剤が吸収する光の量を求めた。
また それぞれの体積素片について その位置による硬化性への影響の度合いと 酸素阻害の因子とを求めた。
最後に それぞれの因子を硬化の式に代入し 更に 任意の値 K(λ)を入力し それぞれの体積素片の硬化度を求め 全ての体積素片の数で割った値を求めた。
K(λ)には 1から1000までの正の整数を取り それぞれの数に対応する体積素片の硬化度の 平均値を計算し その値が 0.5となった時の K(λ)を 求める K(λ)とした。
数値計算は パソコンで計算ソフトを作成して行い 分光照射実験を行った波長250nmから500nmの間の251の波長について行った。
全ての因子を入力し 計算ソフトを走らせると 1時間程で 251個の K(λ)が算出された。
得られた K(λ)を パソコンのモニターにグラフにして表示させた。
横軸に波長λを取り縦軸に K(λ)を取り その中に K(λ)を表示させると そこには 奇妙な曲線が描き出された。
波長310nm付近と 波長390nm付近に 極大値を持つラクダのこぶのような形をしていて それ以外の波長では0の値を示していた。
「真の分光感度」K(λ)は そのような因子があると仮定して求めた係数だったが 得られたものは 硬化性の本質に迫るものの様に思われた。
得られた硬化の式で計算した結果と 実測値が一致するなら K(λ)は インクに特有で 普遍的な因子として存在するものかもしれないと思った。
第七十話 何か足りない
2月24日(水)午後4時頃 川緑は ケイトウ電機社のUVランプ開発品を用いて行った露光実験の結果をまとめていた。
実験は UVランプ開発品6個を用い UVカラーインク現行品8色を組み合わせて行っていた。
それぞれの組み合わせについて 露光時間とインクの硬化状態との関係を求めていた。
結果をまとめたグラフは 縦軸にインクの硬化度を取り 横軸にUV露光時間を取り その中にインクの硬化度の変化をプロットしたものだった。
結果は ランプとインクのどの組み合わせでも同様に 硬化度の立ち上がりは 変化が緩やかで 徐々に大きくなった。
その後 硬化度は 漸近的に飽和状態に近づく傾向を示した。
また 結果は ランプの種類により インクの硬化性に優位差があり またインクの種類により硬化性が異なることを示していた。
その後 独自の硬化の式を基に作製した計算ソフトを用い 実際に行った露光実験の条件に合わせて インクの硬化性の数値計算を行った。
その後 計算結果を 露光実験結果に重ね合わせて表示した。
双方の硬化度の変化の傾向は一致していて インクの硬化に有効なランプや 硬化しやすいインクの序列は 実験結果と一致していた。
一方 硬化度の計算値の曲線と実測値のプロットを詳しく見比べると それらに違いがあることに気づいた。
計算値に比較して 硬化度の実測値が 露光時間が多いところで低い方へずれる傾向を示していることだった。
この傾向は インクとランプのどの組み合わせについても同じだった。
違いを見ながら 川緑は 「うーん! 何か足りない。」と呟いた。
また 実験ノートをめくり それぞれの因子についての記述を見直した。
「真の分光感度」 K(λ)を求めた過程を追っていた時 K(λ)が インクの硬化度0.5 の地点の情報を基に求めたことに気付いた。
思わず 「これか!」と声を出した。
もし インクの硬化度 0.5 以外の地点のデータを基に K(λ)を求めて その値が変化するのなら インクの硬化度にも変化が生じると考えた。
そう考えると 何らかの反応系で 同様に その反応の進行と共に 反応性が低下する現象を記述した本が きっとあるはずだと思った。
第七十一話 硬化性の本質
2月24日(水)の午後9時頃 自宅に戻った川緑は 自分の部屋の本棚のところへ行った。
棚からファインマン物理学の本を取り出し 目次の項目を目で追った。
構想中の硬化の式は それを基に UVカラーインクの硬化状態を計算すると 硬化が進むに連れて 実測値に比較し ずれを生じていた。
硬化が進むにつれて 反応性が低下するメカニズムがあると考え 物理学の本にそのような現象を記述したものがないか探した。
すると 本の第Ⅱ巻 光 熱 波動 の第17章に Saha の電離式を見つけた。
Saha の電離式は インドの物理学者 Meghnad Saha により提唱されたものだった。
それは 上空の電離層で 放射線を受けて電離する気体分子の反応について記述した式だった。
Saha の電離式は 電離度を 気体分子の温度と密度とイオン化エネルギーとをパラメーターとして記述していた。
電離式によれば 気体分子の密度が小さくなれば それに応じて電離度も小さくなった。
川緑は Saha の電離式が表現する反応の挙動は インクの硬化反応に似ていると思った。
彼は 「きっと インクの反応でも同様の現象が起きているに違いない。」と呟いた。
2月25日(木)午前6時頃 会社に入った川緑は 居室のエアコンを入れ 共用のパソコンを立ち上げた。
UV硬化型樹脂の硬化性の計算ソフトに Saha の電離式を組み込み始めた。
計算ソフトを修正し 直ぐに それを走らせた。
画面の表示に従い UVカラーインクの組成 塗布厚み 酸素濃度を入力し UV光源を選択した。
露光時間を0.01秒から0.1秒 1秒 と指数的に10000秒まで設定して リターンキーを押した。
計算結果は パソコンのモニターに グラフで表示された。
示されたインクの硬化度は 修正前のソフトの計算結果に比較して 露光時間が大きいところでインクの硬化性を低下させる傾向を示した。
この計算結果は 実測値とよく一致した。
グラフを見ながら 川緑は 4年前に 「硬化性の研究」に着手した時に 研究の目的と方針を立てたことを思い出した。
研究の目的は 硬化性に優れたUVカラーインクの開発だった。
研究の方針は 硬化に関わる要因を洗い出し それらの影響を数値化し 硬化の理論を組み立て インクの開発に適用することだった。
川緑は モニターのグラフを見ながら 研究の進め方は正しく 目的を達成できる思った。
硬化の理論は これまで見えなかった硬化性の本質を垣間見せてくれるように思えた。
第七十二話 心配してますよ
1993年2月26日(金)午前0時頃 技術部の居室 川緑は 大学の先生への報告資料をまとめていた。
階段を上がる音がして 居室のドアが開き 入ってきたのは 保安課の堀川さんだった。
50歳代 中背 ふっくら体格 色黒の顔に警備帽を深くかぶっていた堀川さんは 「よく続くね。」と言った。
彼は 「残業するのはいいけど 夜10時以降に会社に残っている人は チェックするよう指示が出ていて おたくもリストに載ってますよ。」と言った。
続けて 「もし 何かあった時 おたくの上司が仕事を指示したと言ってくれればいいけど そうでなかったら大変なことになるよ。」と言った。
川緑は 「すみません。でも 今は止められないんです。注意して作業します。」と言った。
会社を休まなくなって以来 連日の深夜残業となり 見回りにやってくる堀川さん達 保安課のメンバーとは顔なじみになっていた。
会社と組合との労使間協定で合意された残業時間は 月に35時間で 表向き 各部署の責任者等は その枠内で残業を指示していた。
しかし 川緑のような渉外担当技術者は ユーザーの依頼に対応して協定時間を超える残業になることは しばしばあった。
会社からも 組合からも これを厳しく規制することはなかった。
もし規制すると ユーザートラブル発生時に ユーザも自社も困ることになるからだった。
年度末になると 渉外担当技術者は 来年度の業務計画作成に追われ 年休取得どころか 休日出勤の代休取得も困難になった。
組合は なんとか年休取得率を上げようと 毎年2月になると 職場の責任者に 組合員の年休消化を促すよう通告していた。
川緑も 米村部長から 代休取得計画書の提出を求められていたが それは 形だけのものだった。
この日 午後9時頃 実験室で インクのサンプルを作製していると 保安課の草野さんが見回りにやってきた。
40歳頃 中背細身 面長の草野さんは 保安課では一番の若手で 最近着任していた。
警備帽を浅くかぶった草野さんは 「川緑さん 保安課じゃ みんなあんたのことを心配してますよ。」と言った。
作業の手を止めて 「すみません。心配していただいて。」と言った。
草野さんは 「俺は 体を壊して会社を辞めた経験があるから言うけど そうなったら会社は冷たいよ。」と言った。
川緑は 保安課の人たちが見てくれていると思うと 少し気持ちが楽になった。
第七十三話 デスマッチだ!
3月1日(月)午後4時30分頃 技術部の居室 待機していた川緑に 技術企画管理部 野村部長から電話が入った。
部長は 「今 東京の工業系大学の栗田先生が到着したところだ。君 第一応接室に来てくれないか。」と言った。
栗田先生は 部長の依頼で来社し 雑誌 「塗料と研究」に掲載予定の川緑の研究について その可否を判断するミッションを請け負っていた。
「分りました。直ぐそちらへ向かいます。」と答えて受話器を置き 川緑は 森田課長と一緒に 本館へ向った。
第一応接室の扉をノックして中に入ると ソファーに座って会話していた栗田先生と野村部長は こちらを振り返った。
「お世話になります。川緑です。今日はよろしくお願いします。」と言い 名刺を差し出した。
やや小柄 ふっくら体形 活発な印象の栗田先生の名刺には 「東京の工業系大学 工学部 資源研究所 助教授」と書いてあった。
初対面の野村部長は 大柄 ふっくらした体形 丸顔の温厚そうな表情 眼鏡越しに見える目は実直な感じがした。
野村部長は 「栗田先生は 私と同じ京都の大学の出身で 学生時代からの友人だよ。」と言った。
部長は 「栗田先生は 液晶を使った光スイッチを開発されて 光と樹脂材料との相互作用に関する専門家だ。」と言った。
自己紹介が終わった頃に 米村部長と研究部の稲田部長は 応接室に入って来て 彼等に続いて 受付の女性がコーヒーを運んで来た。
川緑は 「では 先に行って 報告の準備をしてます。」と言って講堂へ向かおうとした。
すると 栗田先生は 「川緑さん 今日は 時間無制限のデスマッチだ!」と言った。
第七十四話 研究報告/【テクニカル レポート】No.5
3月1日(月)午後5時頃 川緑は 講堂の演台に立ち OHPを点灯した。
研究報告のテーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」と書いたスライドをかざした。
傍聴席の栗田先生と会社の関係者等に視線を向け 「それでは 始めてよろしいでしょうか。」と言ってスライドを取り替えた。
スクリーンに映された 「電線メーカー各社での光ファイバー開発の現状と課題」をポインターで指し示し その内容を述べた。
次のスライドで 光ファイバーの構造と製造方法を示し UVカラーインク開発の重要性と 「硬化性の研究」の意義について述べた。
次に UV硬化型樹脂の硬化性に影響する要因について インクの組成に関する要因とそれ以外の要因に分類して示した。
その後 本題の硬化の式について その誘導手順から最終形に至るまでを 実験例を示しながら説明した。
最後に 硬化の式を基に求めたシミュレーション結果と 各種UVランプとインク各色を組み合わせた露光実験の結果とを比較して示した。
「報告は 以上です。」と言い ポインターを演台に置いた。
やや間を置き 栗田先生は 「よし では最初から行こう!」と言った。
彼の指示に従い 最初のスライドから順に OHPにかざしていくと 先生は 「あっ これはいい 次。」と言ってスライドを進めさせた。
先生は 「インクの厚み方向の硬化性」を示したスライドで止めさせた。
それは インクを構成する体積素片が その位置により硬化性が異なることを示したもので 重合範囲を正規分布の重ね合わせで説明していた。
先生は 「うーん とにかく こうすると 現象によく合うんだなー。」と彼も同様の現象を経験していたことを話した。
先生は 「この現象は 『硬化の空間的効率』とでも言った方が分かりやすい。」と言った。
次に 先生が注目したのは インクの反応性に Saha の電離式を適用した資料だった。
それは UV硬化型樹脂の硬化反応の進行について 樹脂中に残される反応成分の量が減少することにより反応性が低下することを示していた。
先生は スライドに示した数式を見て 「うん 残っている数を議論する。この考え方は分かりやすくていいね。」と言った。
最も時間を要したスライドは 「分光感度」について説明したものだった。
「分光感度」は インクには 光の波長に対応して 特有な感度係数のようなものが有すると仮定して 実験結果から求めたものだった。
スクリーンに映した画像は 横軸に光の波長を 縦軸に感度係数を取ったグラフで 波長310nmと390nm付近に極大値を持つラクダのこぶのような形をしていた。
先生は 「この曲線は いったい何を意味しているのかな?」と聞いた。
川緑は 「分光感度」を求めた経緯を振り返った。
そこから言えるのは 「分光感度」は 硬化に関わる全ての因子の影響を除いた時に 見えてくる因子ということだった。
しかし それが何を意味しているのか 考えたことがなかった。
少し考え 「一般に 分子同士の反応系では 横軸に分子間距離を取り 縦軸にエネルギーを取った量子井戸をイメージします。」と言った。
続けて 「これは それを別の方向から見たものではないかと考えます。」と答えた。
すると 先生は大きな声で 「Quantum Yield !(量子収率)」と言った。
「ああ そうです。Quantum Yield です。」と言った。
すると 先生は 「しかし こういう実験で それが求まるのか?」と不思議そうに言った。
最後に 硬化の理論式を基にして求めたインクの硬化状態のシミュレーション結果と 実際の露光実験結果とを比較したスライドを投影した。
栗田先生は 両腕を組み 投影されたスライドを見ながら何度かうなづき 彼の質問を終えた。
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<備考>
川緑の研究報告に ご興味を持たれた方は 「川緑 清の【テクニカル レポート】No.5」をご参照ください。
第七十五話 研究の評価
3月1日(月)午後8時40分頃 講堂の壇上 川緑は 傍聴者へ一礼して 研究報告を終えた。
頃合を見計らって 米村部長は 栗田先生の所へ近づいて行った。
「先生 お疲れ様でした。この報告は いかがでしたか?」と聞いた。
先生は 「普通 1つの実験結果に対して 変動要素を3つか4つ組めば シミュレーション結果は 実験と一致するものです。」と言った。
続けて 「しかし これは 1つの式で 幾つもの実験結果を表現している。面白いじゃないですか。」と評価した。
部長は 「では この内容を外部に発表することについては どう思われますか?」と聞いた。
先生は 「うーん そうですね。これを 広く世間に問うてみたらいかがですか。学会で報告されたらよろしい。」と言った。
続けて 「何がいいかな 高分子学会あたりで。」と言った。
部長は 「ご意見を頂き ありがとうございました。」と言った。
部長の問いが終わったのを見て 川緑は 「先生 いろいろなご指摘を頂き ありがとうございました。」と言った。
先生は 「いや こちらこそ。良い報告を聞かせてもらいました。」と言った。
川緑は 「私の研究を評価していただいたのは 先生が初めてです。ありがとうございました。」と言った。
報告会が終わり 2台のタクシーが呼ばれ 関係者一同は 平塚駅へ向かった。
一同は 駅のアーケード街で車を降りて 豚カツ店 「のむら」に入り 遅い夕食会が開かれた。
座敷に上がり 栗田先生と川緑は 隣同士に座った。
先生は 「君は 何か物理の本を読んでいるのか?」と聞いた。
「はい ファインマン物理学を勉強しています。」と答えた。
先生は 「そうか 君の話を聞いていて そう思ったよ。私も愛読しているよ。」と言った。
その後 野村部長と栗田先生は 昔話に花が咲き 食事が終わると 「次へ行こうか!」と言った。
第七十六話 認められない研究
1993年3月9日(火)午後1時 講堂で 1992年度の新規事業部の年次報告会が開かれた。
それは 年度初めに 平田本部長と各チームのリーダーとで選定した本部長管理テーマの報告会だった。
各チームの開発担当にとって 年度の成果を報告する場になっていた。
社外担当役員の亀田役員 研究本部の吉岡本部長 新規事業部部の平田本部長 技術部の米村部長 研究部の杉本部長と稲田部長 営業部の城山部長等 その他 品質本部等の部外からの出席があった。
3番目に演台に立った川緑は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」の進捗報告を始めた。
先日 東京の工業系大学の栗田先生に報告した資料を用い 30分間の報告を行い その後 質疑応答の時間となった。
最初に質問に立った研究部の稲田部長は 「この説明では 樹脂の硬化時の粘度変化の影響が考慮されていない。」と批判した。
「酸素阻害の理論はおかしい 化学的なアプローチがなされていない。」と続けた。
その指摘は 一方的なものに聞こえて 川緑は そこに何か議論をしようと言う意思が感じられず 反論することができなかった。
そう言うのであれば なぜ栗田先生への報告会の時に 指摘しなかったのか そうすれば 先生のコメントを聞けたのにと思った。
次に質問した吉岡研究本部長は 席に座ったまま 「仮に酸素阻害の影響を説明できたとしても この考え方は正しくない。」と指摘した。
川緑は 更に説明を繰り返す気にはなれなかった。
畳み掛けるように平田本部長は 「君の取り組みは UVランプを選ぶ以外に 一体何の役に立つんだ!」と言った。
彼は 米村部長の方を向き 「米村さん ちょっと仕事の進め方を相談してくれないかなあ。」と言った。
川緑は 本部長の発言に対しても口を開く気になれなかった。
本部長管理テーマの全ての報告が終わり 亀田役員の講評があった。
彼は 川緑のテーマに触れ 「報告は みんなが分かるようにしなければいけない。あのような報告は失礼だ。」と怪訝そうな表情で言った。
最後に スクリーンに 来年度の本部長管理テーマが映し出された。
壇上に立った平田本部長は 選定されたテーマ名と概要を説明した。
川緑は 自分のテーマが 本部長管理テーマから外されたと分かった。
「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」テーマは 事業部の責任者等には 価値が無く 役に立たないと評価されたと感じた。
同時に この研究が何の役に立つのか判らない人達がマネージメントする事業部に将来はないと思った。
第七十七話 数年の我慢だよ
3月11日(木)午後4時頃 川緑は 実験室で作業しながら 最近の出来事を振り返っていた。
それらは 先日の栗田先生へのテーマ報告会の件 その後の年次報告会の件 直近の雑誌 「塗料と研究」の件だった。
栗田先生へのテーマ報告会は 川緑の研究を雑誌 「塗料と研究」に載せて良いものかどうかを判断するために行われた。
先生は 「この研究を広く世間に問うてみたらいかがですか。何かの学会で報告されたらよろしい。」と言って川緑の研究を評価した。
その後の年次報告会では 川緑の研究は事業部の責任者等から酷評を受けて 来年度の本部長の管理テーマからはずされてしまっていた。
直近の雑誌 「塗料と研究」の件は 事業部の責任者等により 川緑の研究内容を投稿することが決まっていた。
しかし 投稿の内容は 修正されて 現行のインクの実験結果のみを掲載し 研究の肝の「硬化の理論」を除いたものになっていた。
川緑は 「はー。」と大きなため息をつき 重苦しい気分になっていた。
そこへ来た 元上司の森田課長は 「最近どうよ?」と声をかけた。
課長は 年次報告会に参加して 川緑のテーマ報告後の組織の責任者等の酷評を聞いていた。
課長の思いを知りたくて 川緑は 「うちの事業部は 何か おかしくないですか?」と聞いた。
川緑の意を察してか 課長は 「あと数年の我慢だよ。」と言った。
数年経ったら 新規事業部の責任者等は 今の立場にはいなくなるから 仕事がやりやすくなるという意味だった。
課長は 「彼等の あんなコメントを聞いたら 会社の若い連中がやる気を失くしてしまうよ。」と言った。
「彼等は 川緑君が必要に迫られて 人の倍も働いて 研究やってきたことが分かっていないんだ。」と言った。
その言葉に 川緑は 自分の仕事の理解者もいたことにほっとした。
同時に 責任者等の理解できない仕事や 方針に合わないテーマは いとも簡単に切り捨てられると思った。
第七十八 乗りかかった船だ!
3月15日(月)午前8時20分頃 技術部の居室 川緑は 出社してきた米村部長に声をかけた。
「おはようございます。部長 ご相談があります。」と言った。
続けて 「ラドテックへのエントリーの件は 要旨の作成を進めてもよいのですか?」と聞いた。
作成中の要旨は 年次報告会の場で報告した内容を基にしたものだった。
しかし 年次報告会での部門責任者等の発言や 雑誌 「塗料と研究」への投稿内容の変更から これを進めてよいか迷っていた。
部長は 「技術企画管理部の野村部長に相談に行ってみて。」と川緑の矛先を交わした。
翌16日午前8時40分頃 川緑は 本館の技術企画管理部へ行き 野村部長を訪ねた。
管理部の部屋の奥に 机についていた部長を見つけ 「先日は 大変お世話になりました。実は ご相談があるのですが。」と切り出した。
川緑は ラドテックへのエントリー用の要旨をまとめていることと 先日の年次報告会の話をした。
研究本部 吉岡本部長に酷評を受けた時の様子を伝えて 「ラドテックの件は これを進めてよいかどうか相談にきました。」と言った。
部長は 研究本部長の発言に 「彼は そんなことは言わん。」と言い 「もし そう言ったのなら それは誰かに言わされとる。」と言った。
その口調から 彼は 吉岡本部長のことを良く知っていると分った。
川緑は 開いた口がふさがらなくなり 返す言葉が見つからなかった。
部長は 「それで 俺に吉岡さんを説得しろというのか?」と聞いた。
「いいえ そうではなくて どうしたらよいかと思いまして相談にきました。」と答えた。
部長は 腕を組み あごを引き 暫く考えていたが 「研究部の稲田君に話をしてみようか。」と言った。
「発表は ラドテックがいいか 大学の栗田君に聞いてみるか。」と言った。
部長は 川緑の方に向かって 体を乗り出し 「乗りかかった船だ やってみるか。」と言った。
川緑は 「よろしくお願いします。」と言って頭を下げた。
第七十九話 社外発表の可否
3月24日(水)午後4時頃 出張先から帰社した川緑は その足で技術企画管理部へ向かった。
机にいた野村部長に 「先日の件は どうでしたか?」と聞いた。
振り向いた部長は にこやかな表情で 「稲田君と吉岡さんに 個別に会って 話をしたよ。」と答えた。
部長は 「稲田君は 君の硬化の理論について文句を言ったわけではなく 栗田先生に直すように言われたことを指摘しただけだ。」と言った。
続けて 「吉岡さんは 君の硬化の理論については何も言ってない ただ 表現が分かりにくかったと言ってた。」と言った。
川緑は どうも話が違うようだと思いながらも 「ありがとうございました。お手数をおかけしました。」と言って退室した。
技術部の居室に戻った川緑は 米村部長と森田課長に 野村部長から聞いた話を伝えた。
「私は なんだか バカバカしくなってきましたよ。」と言った。
森田課長は 「彼等の言っていることは 良く分かんないなあ。」と言った。
川緑も 自分に言ったことと 野村部長に言うことを変えないといけない理由が良く分からなかった。
米村部長は 「まあ とにかく ラドテックにエントリーすることだけは 決まったな。」と言った。
3月30日(火)午後2時頃 野村部長は 川緑を訪ねて技術部にやって来た。
部長は UVカラーインクサンプルを梱包している川緑を見つけ 「君 少し時間をとってくれないか。」と言った。
数日前 川緑は ラドテック エントリー用の要旨をまとめて それを関係者へEメールで送り 内容の確認を依頼していた。
この日 野村部長は 受け取った要旨をプリントアウトし そこに修正文を加筆して持ってきていた。
修正文を読んだ川緑は 部長が要旨の内容をよく吟味してくれたことと 彼が優れた技術者だと分かった。
川緑は 「ありがとうございました。早速 要旨を修正します。」と言うと 近くにいた米村部長は 続いて 「ありあとあした。」と言った。
翌31日(水)は ラドテック用の要旨の提出期限で 午後3時頃 川緑は 要旨の最終版と社外発表の許可願い等の必要書類を準備していた。
提出書類をまとめ ラドテック研究会の事務局に電話して 要旨の提出方法について聞いた。
電話に出た事務局の女性は 「要旨をFAXで送ってください。」と言った。
受話器を置き 米村部長のところへ行き 「ラドテックの件は まだ社外発表許可願いの申請が通ってないのですが どうしましょう?」と聞いた。
部長は 机の書類に目を落としたまま 「いいよ。かめへん 送っといて。」と言った。
第八十話 いい人間ばかりじゃないぞ!
1993年5月10日(月)10時頃 技術部の居室 米村部長は 事務作業をしていた川緑のところへやって来た。
「あんなあ 今朝の部長会議で 吉岡研究本部長の話が上がりましてな。」と言った。
「近く 彼は 新規事業部の本部長を兼任し 社外発表案件は 彼が内容を理解していないものは 許可しないということですわ。」と言った。
米村部長は 川緑に ラドテック応募の件について 本部長の可否判断のために 今月中に発表用の資料を提出するようにと言った。
5月31日(月)午前11時頃 川緑は A4用紙50枚に ラドテック発表用の資料をまとめてクリップで止めた。
それを持って米村部長のところへ行き 「チェックお願いします。」と言って手渡した。
部長は 資料を差し戻し 「わしは いいよ。見ても分らんから。」と言い 資料を技術企画管理部の野村部長に持って行くように指示した。
野村部長を訪ねたが 出張中だったので 資料に 「チェックをお願いします。」と書いたメモ用紙を付けて 机の上に置き 居室へ戻った。
6月4日(金)午後6時頃 川緑は 技術部の建屋近くを 台車を押しながら歩いていると 野村部長は 険しい表情で近づいてきた。
部長は ラドテック用の資料を手にして 「このままじゃ 吉岡さんを通らんぞ! エントリーがだめになるぞ!」と強めの口調で言った。
その資料は 以前に東京の工業系大学の栗田先生に報告した資料を基に 一部を抜粋してストーリー付けしたものだった。
部長は 資料に盛り込まれている内容が多すぎること 説明文の記述に正確さが欠けていること 新しい概念の説明が分かりにくいことを指摘した。
川緑は 資料を作成する時 関係業界の人達の多くに 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」を知ってもらいたいと思っていた。
そのために 栗田先生へ説明した時と同じストーリーを展開すれば 同業の技術者は きっと関心を示してくれるだろうと考えていた。
しかし ラドテックに参加の参加者は 同業の技術者ばかりでなく いろいろなメーカーからの参加者もあり 彼等には 分かりにくいものだった。
野村部長は 発表用の資料について 主張するポイントを絞り 多くの人に分かりやすい内容にするようにと言った。
部長は 「君 米村さんに頼んで 吉岡さんに掛け合ってもらい 資料の提出を待ってもらって 書き直せ!」と言った。
続けて 「周りは みんないい人間ばかりじゃないぞ!」と言った。
彼の言葉は 社内の責任者等の政治的な思惑を感じさせたが 同時に 「がんばれよ!」と言っているように聞こえた。
第八十一話 判断待ち
6月7日(月)午後5時 川緑は ラドテック用資料の修正のために 技術部の関係者に声を掛け 商談用テーブルに集まってもらった。
来たのは 米村部長 森田課長 川緑の新しい上司の吉永課長だった。
吉永課長は この4月 東京工場の工業用塗料部技術部から 異動してきていた。
40歳代後半 中肉中背 太い眉 大人しい感じの課長は 管理職等との会議に参加するより 実験室で作業することを好むタイプだった。
川緑は 野村部長から差し戻されたラドテック用資料をたたき台に 参加者の意見や指摘事項を聞き取り その内容を記録した。
その後 川緑は 彼等の意見を参考にして 資料の修正を始めた。
6月14日(月)午前8時半頃 出社してきた吉永課長は 「おはようございます。川緑さん 少し時間取れますか?」と声をかけた。
課長は 川緑の資料の仮説や数式について 幾つかの質問をした。
課長は この件について 関連文献の調査を行っていた。
川緑の回答に 彼は 「これは 世界的にも新しい報告だから しっかりとした内容にした方がいいよ。」と言った。
この日 川緑は 資料の修正版を作成し それを技術部内の関係者と 技術統括管理部の野村部長に提出した。
翌日 午前10時頃 野村部長は 笑顔でやって来て 川緑に いくつかの修正文を加筆した資料を返した。
彼は 「今回は かなり良くまとまっている。」と言ったので 川緑は肩の力が抜けるような気がした。
6月17日(木)午後6時頃 川緑は 米村部長に報告資料の最終版を提出した。
部長は 「ほな これは わしから本部長に上げとくわ。」と言った。
ラドテックの発表の可否は 吉岡本部長等の判断待ちとなった。
第八十二話 個人面談
6月25日(金)午前9時頃 川緑は 技術企画管理部の野村部長を訪ねた。
川緑は 「今回の件では 大変お世話になりました。ラドテック発表の可否については 事業部の判断待ちです。」と伝えた。
少し間を置いて 「こう言っては失礼ですが お世話になりましたお礼に ご馳走したいのですが。」と言った。
部長は 右手を横に振りながら 「そんなことはいい これは 私の仕事だ。」と言った。
続けて 「でも 一緒に飲むというのは 大いに賛成だ。」と言った。
川緑は 「午後7時に 平塚駅の近くの焼鳥屋 「鳥秀」ではいかがですか。」と提案した。
午後5時頃 技術部の会議室で 米村部長との個人面談があった。
最近 会社は 「自己申告制度」という業務面談制度を導入していた。
部門毎に 所属部長とメンバーとの1対1での面談の場が設けられ 職場環境を改善するための話し合いが行われた。
面談の中 川緑は 検討を予定している取り組みを説明し そのために必要な人員の補強を依頼した。
「開発競争で戦える体制づくりをお願いします。」と言った。
これを聞いた部長は 川緑をちらりと見て 「あんた 言うことが きついな。」と言った。
川緑は 更に 「開発に必要な研究設備があります。ぜひ 設備投資をお願いしたいのですが 見込みはありますか?」と聞いた。
部長は 「無理やろな。」と即答した。
面談の最後に 川緑は 今夜 野村部長と焼鳥屋へ行くことを伝えた。
部長は 「わしも 帰りに顔だすわ。」と言った。
第八十三話 社外発表の可否
6月25日(金)午後7時頃 野村部長と川緑は 連れ立って退社した。
二人は 平塚駅近くにある焼鳥屋 「鳥秀」の のれんをくぐった。
「へい らっしゃい!」との店主の声 「こんばんは。」と言って 二人は カウンター席に並んで座った。
ビンビールを注文すると 店主は カウンター越しに ビールとグラスを手渡し 「焼きものは 何にしましょう?」と聞いた。
川緑は 「ハツ レバー モモ 2本ずつ。とりあえず。」と伝えた。
川緑は 部長にビールをつぎ 「この度は 大変お世話になりました。」とお礼を言い 二人は 飲み始めた。
野村部長は 他の部長等とは少し違っていて 会話の中で 川緑の予想にないことを言うことが しばしばあった。
部長は 「君は どうして平塚に来たのか?」と聞くので 入社からの経歴を話した。
すると 「そうか 君は 誰かに逆らって ここへ来たわけじゃないのか。」と言った。
部長は 今は 技術統括管理部に所属していて 部下はいなかったが 以前は 稼ぎ頭の自動車塗料部に所属して 地方工場で活躍していた。
部長の言葉に 「では 誰かに逆らうとそういうことになるんですか?」と聞き返すと 部長は苦笑いした。
暫くして のれんが持ち上がり 中を覗きこむようにして 米村部長が入ってきた。
彼は 野村部長に 「いつもお世話になっとります。」と挨拶した。
川緑の方を向き 「ラドテックの件な 吉岡さん 一応OK言いよったで!」と言った。
川緑は 米村部長に グラスを渡し ビールをついで 「お疲れ様でした。」と言った。
グラスを傾けながら 部長は 野村部長に 「こいつが わしをいじめよるんですわ。」と言った。
野村部長は 「担当の仕事をこなして それ以外にこれだけのことをやってくれて いいじゃないか!」と言った。
少し間を置いて 部長は 「最近は 君のような若者がいなくなってきたよ。」と言った。
第八十四話 基礎研究はやるな!
7月15日(木)午前9時 本館の会議室 新規事業部 技術部の月次報告会が開かれた。
今回 新任の吉岡事業部長の挨拶が予定されていて 事前に 技術部のメンバー全員に 月次報告会への出席を指示されていた。
この3か月間 川緑は ユーザー対応を優先して月次報告会をパスしていたが 米村部長に 「今回だけは 出といてな。」と釘を刺されていた。
報告会の冒頭 事業部長は 技術部のメンバーに向かって 大きい声を発した。
「技術部に所属する君たちの仕事は開発だ! 開発は遊びじゃない! 基礎研究はやるな!」と言った。
それだけ言うと 事業部長は 話題を変えたので 聞いていた者達は どういうことで その発言があったのか分らなかった。
事業部長が退席した後 参加者等は 隣の者と顔を見合わせ 自分の仕事のやり方を責められたと感じた。
川緑は これまで何度も 同じようなことを言われていたので 「基礎研究はやるな!」という言葉は 自分に対してのものと感じた。
報告会が終わり 居室に戻った川緑は 本部長の 「基礎研究はやるな!」の発言の真意は 3社の共同研究 TKM会の事だろうと思った。
年次報告会で 平田本部長が 「その研究は UVランプを選ぶ以外に何の役に立つんだ。」と言ったことも そう思う理由の1つだった。
また 理由の1つは 野村部長が 吉岡研究本部長の発言に対して 「彼はそんなことは言わん 誰かに言わされている。」と言ったことだった。
今日の本部長の発言は 新規事業部の責任者会議で議論され オーソライズされたものと思われた。
吉岡事業部長の就任と 彼の発言の背景には 発足から4年目の新規事業部の低迷する経営状況があると思われた。
経営改善のため 研究部と技術部の業務分担を明確にし 技術部の末端まで 指揮命令を利かせ 統制する目論見が読み取れた。
しかし 川緑のチーム体制は 競合他社に比べて貧弱で 必要な研究をしなければ 勝てる戦略を立てられなかった。
川緑は TKM会の共同研究を進める以外に 手段は無いと考えていたので それが止められるなら仕事をやる意味がないと感じた。
先々 事業部の責任者等と衝突する局面があれば 机の中の辞表を取り出すことになると予想した。
そうなる前に 転職できる会社を探しておくのも必要だろうと思った。
悶々としていると 松頭産業社 菊川課長から電話が入った。
課長は 「9月に ケイトウ電機さんが 藤河電線さんの新規UVランプを試験するそうです。」と言った。
「川緑さん 至急 UVランプを試作するのに必要な情報を ケイトウ電機の森永さんへ届けてもらえませんか。」と言った。
第八十五話 最後のチャンス
1993年7月15日(木)午後4時頃 川緑は 松頭産業社 菊川課長の電話を受けていた。
課長は 藤河電線社向けケイトウ電機社の新規UVランプの試作が始まることと 試作に必要な情報を求められていると言った。
藤河電機社 技術課は TKM会の活動に注目していて ケイトウ電機社の新規UVランプを用いた 光ファイバーの生産性改善を計画していた。
しかし 研究の遅れは 新規UVランプの開発の遅れに繋がり 藤河電機社の事業計画の遂行に支障をきたしていた。
同社は これ以上の遅れは ビジネスチャンスを逸すると 新規UVランプの試験開始を9月と定め 遅れるようなら計画を白紙に戻すと言った。
一方 ケイトウ電機社は 新規UVランプの試作には 約1か月間かかるため できるだけ早くランプの設計に必要な情報を求めていた。
菊川課長は 「川緑さん 今月中にデータを送ってな。研究活動の成果を活かすには これが最後のチャンスやで。」と言った。
TKM会の活動は 3つの計画を遂行することにより 光ファイバーの生産性に貢献するものだった。
1つ目は 硬化の理論を構築し これを基にインクの硬化状態を数値計算するシミュレーションシステムを開発することだった。
2つ目画は 各種UVランプとインク各色を組み合わせた露光実験の結果とシミュレーション結果を比較・検証することだった。
3つ目は 硬化の理論を基に 新規UVカラーインクの開発と新規UVランプを開発することだった。
これまで 3つの計画の内 2つ目まで完了していたが まだ 3つ目の計画には着手できていなかった。
ユーザー対応に忙殺され ラドテックへのエントリーの件に時間を取られ 計画は遅延していた。
「分りました。なんとかデータをまとめます。」と言い受話器を置いた。
ここで 成果が出なければ 全てが水の泡になると思った。
第八十六話 最適なUVランプ
8月2日(月)午前10時頃 ケイトウ電機社の放電灯事業部の会議室 半年ぶりにTKM会が開かれた。
放電灯事業部 内藤次長 森永氏 沼田氏が出席し 松頭産業社 菊川課長が参加し 東西ペイント社から米村部長 川緑が加わった。
少しの雑談の後 会議が始まり 川緑は 用意していた報告書を参加者等に配り 「では 報告を始めます。」と言った。
報告書の表紙には 「報告内容」と書いていて その下に2つの項目を記載していた。
1つ目は 「UV露光実験とシミュレーション結果の比較」だった。
次のページに 横軸にUV露光量 縦軸にUVカラーインクの硬化度を取ったグラフを示していた。
その中に 幾つかのUVランプとインク各色を組み合わせた実験と シミュレーション結果を示していた。
川緑は 「双方のデータは一致しています。このことは インクに最適なUVランプを 数値計算で求められることを示しています。」と言った。
その時 近くで聞いていた森永氏は 川緑の報告を遮った。
彼は 「その計算では UVランプについて インクの硬化適性の比較はできません。」と言った。
川緑は 「それは どうしてですか?」と聞いた。
森永氏は 「UV光量は 光量計のセンサーの感度の影響を受けます。」と言った。
続けて 「計測した光量を基にしたシミュレーションの結果は UVランプ同士の比較にはなりません。」と言った。
彼は UV光量計のカタログを開き 受光素子の感度特性のグラフを示した。
グラフを確認すると 川緑は 「報告書に示すUV光量は その感度特性で補正したものです。」と言った。
露光実験の際に UV光をスペクトルメーターとUV光量計で同時に測定し UV光量計の受光素子の感度特性で補正した光量を基準としていた。
項目の2つ目は 「UV光の波長とインクの硬化性」だった。
本来 そこには 「インクの硬化に最適な発光スペクトル」と書くはずだった。
しかし この日までに 計算ソフトの作成が間に合っていなかった。
そこで 波長250nmから500nmの範囲の1nm毎の光について 所定の条件での インクの硬化度の計算結果をまとめていた。
白色と青色のインクを用い 5μmの厚みに塗布 窒素雰囲気下 各波長の光を 1mJ/c㎡ だけ照射した結果だった。
結果は 光の波長 310nm付近に硬化度の最大値を示し 385nm付近に極大値を示していた。
川緑は 「本日の報告は 以上です。」と言った。
内藤次長は 「分かりました。今回の結果を参考に ランプの試作を始めます。」と言った。
彼は 「話は変わりますが TKM会の研究の成果を どう特許に落とし込みましょうか。」と言った。
彼は 今回の成果は知財化すべき案件で そうすることで3社の事業活動の 大きなセールスポイントになると指摘した。
研究成果の知財化の件は 一度 3社で持ち帰り検討することになった。
川緑は これまでのTKM会に対する 新規事業部の責任者等の対応を振り返り この話が進むことは無いだろうと思った。
第八十七話 色違いトラブル
11月8日(月)午後6時頃 技術部の居室 川緑は ラドテックAsia‘93向けの発表用資料を見ていた。
時間配分の調整していた時 松頭産業社 菊川課長から電話が入った。
彼は 重たい口調で 「大正電線さんから電話がありまして 先方は えらい剣幕で工場監査すると言われてます。」と言った。
大正電線社は 電線メーカー大手3社に次ぐ 4社の中の1社で 最近 新規事業部のUVカラーインクの採用を決定していた。
菊川課長は 先週 大正電線社の注文を受けて インクを出荷したが その中に 先方の指定色とは異なる青色インクが入っていたと言った。
課長は 「東京工場の品質管理課に 色違いの原因究明を依頼してますが 川緑さん 何かあったら対応をお願いします。」と言った。
受話器を置きながら 以前 事業部長の言った 「開発は遊びじゃない。基礎研究はやるな!」という言葉を思い出した。
もし この件で 技術部の対応が求められるようなら ラドテックには参加できなくなると思った。
11月9日(火)午前8時30分頃 川緑は 東京工場の品質管理課 坂口係長に電話した。
「坂口さん 大正電線社向けのインクの色違いの件 原因は判りましたか?」と聞いた。
係長は 「申し訳ない。インクの色違いの原因は 工場の手違いでした。 他社向けのインクを取り違えて発送していました。」と言った。
彼は 「今回の件は こちらのミスです。大正電線社さんの監査の件は 東京工場で対応します。」と言った。
川緑は ほっとして受話器を置いた。
同時に 電線メーカー毎に 異なる色のインクを提供する少量多品種生産は 工場サイドも混乱するのだろうと思った。
第八十八話 ラドテックASIA
11月12日(金)は 3日間行われたラドテックAsia‘93の最終日だった。
午前6時10分 平塚発東京行の電車に乗った川緑は 東京駅で京葉線に乗り換えて 8時30分頃 海浜幕張駅に着いた。
午前9時頃 会場の日本コンベンションセンターに着き 受付に向う途中に 吉永課長を見つけた。
二人は 受付を済ませて会場に入ると そこには 展示物が置かれた2つのホールと 発表会場のコンファレンスルームがあった。
二人は コンファレンスルームの方へ向かった。
入り口近くに 松頭産業社 菊川課長と ケイトウ電機社の技術者の面々を見つけ 彼等に合流し 時間まで コーヒーを飲みながら過ごした。
その後 会場に入り 順番を待っていると ステージの奥の椅子に座っていたチェアマンは 「Mr. Kawamidori」と発表者を促した。
壇上に上がり 小型マイクを胸につけ 会場に目を向けると 300人程の傍聴者と 会場の後方から駆け込んでくる10人程が見えた。
彼等が席に着くのを待って 「Mr.Chairman Ladies and Gentleman, I‘d like to present our new simulation system we’ve derived.」と言った。
発表の内容は UVカラーインクの硬化性を数値計算するシステムの開発に関するものだった。
川緑は システムの概要と そのシステムを用いて設計したインクの硬化性を 実際の実験結果と比較して示した。
但し 新規事業部の責任者等の意向により 数値計算システムの心臓部になる 「硬化の理論」については触れなかった。
川緑の発表は ほぼ時間通りに終わり チェアマンの合図で 質疑応答の時間になった。
最初に 挙手し 質問に立ったのは 川緑の前方にいた男性だった。
彼は 係員からマイクを受け取ると インクの塗布形状と硬化性に関わる因子 「硬化の空間的効率」について説明を求めた。
川緑は その因子を捉えた実験データを示し その現象を インク中に発生する活性種の存在を確率分布の重ね合わせで近似されると説明した。
説明中に 川緑の右手側の席にいた傍聴者の一人がうなづきながら聞いているのが見えた。
川緑は 会場に集まった人達が 自分の研究に興味を持って聞いてくれていると感じた。
第八十九話 発表の反響
ラドテックASIA会場 コンファレンスルーム 川緑の発表が終わった。
チェアマンは 「Dr.Kawamidori, thank you for interesting presentation.」と言った。
傍聴者に向かって一礼し ステージを降りると 40歳くらい 中背細身の男性が近づいてきた。
彼は 「あなたの実験について聞きたいのですが お時間ありますか?」 と聞いた。
川緑は 「ええ いいですよ。」と言い 二人は コンファレンスルームの外へ出た。
外には商談用のテーブルが設置されていて 二人は テーブルにつき 名刺を交換した。
受け取った名刺には 関東循環器センター 生体工学部 杉野工学博士と書かれていた。
彼は 「インクの厚み方向の硬化の状態を分析した実験の詳細について教えてください。」と言った。
川緑は 実験の手順の詳細を説明すると 彼は その内容をノートに書き留めていった。
「ありがとうございました。」と言って 彼は 席を立って行った。
川緑は 首をかしげ 「生体の表面付近の細胞に 何か特異な動きがあるのだろうか。」と思った。
昼休み時間 川緑は ホールの展示会場を見回っていると 前方から 5名の男性が近づいてきた。
彼等の先頭を歩く男性は ケラリー・ジャパン社の平木事業本部長で 以前に面識があった。
ケラリー・ジャパン社は UVランプの製造販売を生業とする会社で 光ファイバー用途に無電極タイプの新商品を展開しようとしていた。
平木事業本部長は 「ああ 川緑さんだ。」と周りのメンバーに注意を促すように言った。
彼は 川緑に 単刀直入に 「インクの硬化に最適なランプとはどのようなものですか?」と聞いた。
川緑は 「UVランプとインクのマッチングには インクの硬化性に影響するいくつものパラメータを同時に比較することが必要です。」と伝えた。
部長は お礼を述べて 「川緑さん いつでも うちのラボに来てください。」と言った。
午後の部が始まり 東西ペイント社 新規事業本部研究部の2人の発表があった。
全ての発表プログラムが終わり 会場の近くのグリーンホテルの宴会場で ラドテック研究会主催の立食パーティが開かれた。
宴会場のテーブルには 刺身の舟盛りや寿司やスパゲティやピザやデザートや飲み物等が数多く並べられていた。
宴会場の一角に 東西ペイント社の参加者等が集まっていると 新規事業部の杉本部長がやって来た。
彼は 皆を 自社の下村社長のところへ連れて行った。
杉本部長は 社長に挨拶し 川緑達の方を指して 「彼等が当社の発表者達です。」と言った。
振り向いた社長は 「君たち これからは 世界の中で活躍しないといかん。」と言った。
「どういうところでも 東西ペイント社は一番でないといかん。そう思わんかね。」と言った。
川緑は 「そのために必要なことは何でしょうか?」と問いたかったが 口には出さなかった。
第九十話 研究の成果
1993年12月7日(火)午前10時頃 松頭産業社の菊川課長から電話があった。
彼は 「川緑さん いい知らせです。 藤河電線社 技術課の倉田主任から電話がありました。」と言った。
「ケイトウ電機さんの新規UVランプは 光ファイバーの生産性を3割アップしたそうです。」と言った。
UVランプは 8月のTKM会の会議での報告データを基に ケイトウ電機社で試作されたUVランプの1つだった。
ケイトウ電機社は ランプの性能評価と信頼性評価を行い 実用性に優れた新規UVランプを開発し 提出していた。
新規UVランプを入手した藤河電線社は 光ファイバーの製造ラインに投入し 光ファイバーの試作試験を行った。
約2ヶ月の間のファイバーの性能評価と信頼性評価の結果 生産性の3割アップを達成していた。
課長は 「先方で 詳しい評価結果を聞けるそうです。川緑さん 同行してください。」と言った。
12月9日(木)午後1時20分頃 松頭産業社 菊川課長と 川緑は 藤河電線社の技術課を訪れた。
二人は いつものように食堂で待っていると 技術課の倉田主任は 笑顔でやってきた。
主任は 「ケイトウ電機さんからTKM会の研究のお話は伺っておりました。」と言った。
UVランプとインクのマッチングの研究は 光ファイバーの生産性の向上に大きく貢献しています。」と言った。
倉田主任は 「ケイトウ電機社の新しいUVランプと 東西ペイント社の新しいインクを合わせて採用することに決まりました。」と言った。
また 彼は 「今回のラインの仕様を以て 光ファイバー生産性向上のための取り組みを終了します。」と言った。
続けて それに伴い彼等の研究開発部門は その役割を終えて解散すると言った。
倉田主任は 「お陰さまで 今回の私どもの光ファイバーの生産性向上のミッションは完了しました。」と言った。
彼は 笑顔で 「ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。」と言った。
4年前 この食堂で 主任に 「とにかく 硬化性の良いインクを作ってもらいたい。」と強く要望されたのを思い出した。
藤河電線社からの帰りの電車が 京駅に着き 菊川課長と川緑は それぞれの帰路に向かうためにホームに下りた。
川緑は 「菊川さん 今日は お世話になりました。」と言った。
菊川課長は「いいえ こちらこそ。川緑さん いい仕事をされましたなあ。」と言った。
川緑は 「菊川課長のいい企画があったからこそですよ。お陰さまで 仕事が出来ました。ありがとうございました。」と言って頭を下げた。
第九十一話 採用
12月13日(月)午後2時頃 松頭産業社 菊川課長と 川緑は 古友電工社 千葉事業所を訪問した。
訪問の目的は 新規UVカラーインクを用いた光ファイバーの試験結果の確認と今後の方針打ち合わせだった。
千葉事業所では この半年間 光ファイバー製造ラインの最終仕様を決める試験が行われていた。
生産性に最も影響するUVカラーインクについても 最終のコンテストが実施されていた。
新タイプのインクは 千葉事業所からの依頼に対応して開発したもので 従来のインクと比べて硬化物の硬度が高いものだった。
元々 インクは光ファイバーの芯線を伝搬する光の伝送特性を低下させないよう 硬化物の硬度をゴムの様に柔らかく設計していた。
硬化物の硬度が高いと インクの硬化収縮時に発生する内部応力が大きくなり その力が光ファイバー芯線の光の伝送損失につながるからだった。
また 硬化時の内部応力は 経時で 力が緩和された時に 硬度やその他の物性値に変動させ 芯線の光の伝送損失につながることも予想された。
一方 インクの硬化性については 硬度を高く設計する方が その硬化性を向上させる傾向があった。
そこで 千葉事業所は 生産性を上げるために 光ファイバーの特性を低下させない範囲で 硬化性と硬度を高めたインクの開発を依頼していた。
依頼を受けた川緑は TKM会の研究で得た硬化の理論を基に 硬化性に優れたインクを試作し サンプル提出していた。
菊川課長と川緑は 案内された会議室で待っていると 技術課 島崎氏と安武氏が現れた。
彼等の表情に笑みが見られたので 川緑は 新タイプのインクの評価結果が悪いものではなかったと分かった。
島崎氏は 「御社のインクの評価結果につきましては 光ファイバーの生産性や作業性 それに信頼性のいずれも合格でした。」と言った。
安武氏は 「弊社では 御社のインクを採用したいと考えています。」と言った。
「つきましては このインクの取り扱いについて 相談があるのですが。」と言った。
彼は 新タイプのインクを千葉事業所の専用商品にしたいと提案した。
新タイプのインクは 光ファイバーの生産性を大きく向上させたことから 他社との差別化のために専用商品にしたいと言った。
その申し出に対して 菊川課長は 「この件につきましては 一度 持ち帰り検討させてください。」と言って回答を保留した。
第九十二話 祝杯
12月13日(月)午後5時頃 古友電工社からの帰りの東京駅 菊川課長は 「川緑さん 今日は 軽く祝杯を上げましょうや。」と言った。
この日 UVカラーインクの採用が決まり 仕事が一段落したので 川緑は 「ええ いいですね。」と答えて 二人は地下街へ降りていった。
途中 課長は 「わし まだ仕事がありまして 事務所に戻らないといかんのですわ。ビールをコップ一杯だけにしときましょう。」と言った。
彼の 「ビールをコップ一杯だけ」という言葉を これまで何度か聞いたことがあったが その通りになったことは 一度もなかった。
居酒屋のテーブル ビールが届き ジョッキを手にした課長は 「川緑さん ええもん作られましたなあ! 」と言った。
課長は 「古友電工さんのインクも決まりです。これで光ファイバー用のUVカラーインクの市場で トップシェアを取りましたな。」と言った。
川緑は 「菊川課長の長年の粘り強い交渉があったからですよ。期待に答えることができて良かったです。」と答えて乾杯した。
その後 飲み物は 焼酎になり お湯割のコップを手にした課長は 「川緑さん わしなあ 将来 やりたいことがありますねん。」と言った。
彼は 「商社の仕事がら いろいろな会社に腕のいい技術者がいるのを知っとりますねん。」と言った。
「彼等は 自分のやりたい仕事が出来ずにいましてな。」と言った。
「彼等が会社を辞めたら 私は会社を建てて 彼等に自由に仕事をやってもらいたいと考えとるんですわ。」とにこやかな表情で言った。
興味を惹かれた川緑は 「そんなことができるんですか。資金はどうするんですか。」と聞いた。
課長は 「皆に特許を書いてもらうんですわ。その特許を売ったお金をプールして 活動資金にするんですわ。」と言った。
「私もそのメンバーに入れますか。」と聞いた川緑に 課長は 「もちろんですよ。」と答えた。
酒席の話とはいえ 川緑は 彼の話が夢のようなことに思えて 楽しい気持ちになった。
第九十三話 次の課題
12月13日(月)午後9時頃 東京駅 菊川課長と別れた川緑は JR東海道線に乗り込んだ。
祝杯の後で ほろ酔い気分の川緑は 今日の古友電工社でのUVカラーインク採用の知らせを聞いて インク開発の仕事に区切りが付いたと思った。
これまでのインク開発の経過が頭を過ぎった。
4年前に インクの開発競争が始まり これに インクメーカーの15社程が参戦していた。
競合他社は その戦いに 大人数で臨んでいたが 自社は 上司と自分の二人だけだった。
貧弱な体制の中で戦うために 他社にない新しい戦略が必要だと考えた。
光ファイバー用UVカラーインクに求められるのは 高速硬化性だった。
そこで 硬化の本質を見極めるために インクの硬化性に関する研究を始めた。
その研究結果を基に 独自のインクを開発し 他社との開発競争に臨んだ。
その戦略は 功を奏し 開発中のインクは 電線メーカー各社の一次のスクリーニングに生き残った。
その後 菊川課長の企画した ケイトウ電機社との3社の共同研究を通して 「硬化の理論」を構築した。
それを基に UVランプとインクの組み合わせの最適化を図った。
その取り組みは 事業部の責任者等に認められず 研究活動は難航した。
それでも なんとか藤河電線社のインクの採用に繋がった。
そして この日 古友電工社で 新タイプのインクの採用が決まった。
これまでを振り返り 川緑は 開発の方針は間違ってなかったと思った。
同時に 「硬化の理論」の研究には 次の課題があると感じた。
それは 「硬化の理論」と硬化物の物性の紐付けだった。
古友電工社のインクの採用は インクの硬化性と硬化物の物性を最適化したものだった。
その試験は 試行錯誤の実験によるものだった。
インクの硬化物の物性は 試行錯誤によってではなく 計算によって求められるはずだと考えた。
「硬化の理論」を基に 硬化物の機械的強度を予測することができたら きっと 次の新規事業の創出に役立つと思った。
果たして 自社で その仕事ができるのかと思った。
同時に 菊川課長の 「いろいろな会社に腕のいい技術者がいて 彼等は 自分のやりたい仕事が出来ずにいる。」と言った言葉が蘇った。
第九十四話 製造量オーバー
1994年2月10日(木)午前9時頃 川緑は 大田区の東京工場に入った。
この日 古友電工社 千葉事業所向け 新タイプUVカラーインクの試験製造が予定されていた。
先月 千葉事業所と 新タイプのインクの納入仕様書を交わし その後 松頭産業社を通じて 12色のインクの注文を受けていた。
製造現場に 30歳代 小柄中肉 丸顔の製造技術課の緒方係長と 40歳代 中背細身 面長 黒縁めがねの製造課の木村さんがいた。
二人は 試験製造の準備を始めていた。
川緑は 「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」と言って 彼等に加わった。
午後になり 川緑は 品質管理課へ行き 製品検査担当の二人に 新タイプのインクの品質検査方法の指導を始めた。
そこへ 生産管理課の大塚係長は あわてた様子でやって来た。
「川緑さん えらいことになりました。製造量オーバーです。」と言った。
40歳代 中背 ふっくら体型 丸顔の大塚係長は 「松頭産業社から連絡があり 今月末納期で インクの大量注文が入るそうです。」と言った。
彼は 今回の受注量は 既に受注済み分の数量と同じくらいの注文量で 現状の生産体制では対応できないと言った。
直ぐに 川緑は 松頭産業社に電話し 電話口に出た女性に頼んで菊川課長に繋いでもらった。
「川緑です。今 東京工場にいて インクの大量注文の話を聞きました。 一体何があったんですか。」と聞いた。
課長は 「実は これまで 電線メーカー各社さんは JTT社から注文を受けて光ファイバーを製造してたんですが。」と言った。
続けて 「それに加えて 新規に 首都電力からの注文が入ったんですわ。」と言った。
注文の背景には 彼等の電力網に 光ファイバーを併走させ 新しいネットワークを築く計画があった。
併走させる目的は 新しい通信網の構築に加え 電力線の切断事故が発生した時に その位置を特定するためだった。
光ファイバーは 切断された時 その破断面から反射する光を計測することにより 切断位置を正確に捉えることができた。
菊川課長の話を伝えると 大塚係長は 「直ぐに 対策会議を招集します。」と言って戻って行った。
第九十五話 工場の対応
2月10日(木)午前10時頃 生産管理課 大塚係長は UVカラーインクの大量注文の連絡を受けて 東京工場の関係各課に招集をかけた。
連絡を受けて 生産管理課の居室に 製造課 製造技術課 品質管理課の担当者等が集まり 川緑も参加した。
係長は インクの大量注文のことを伝え 「現状では 受注は不可能です。どう対応したらよいか ご意見を聞かせてください。」と言った。
担当者の多くは 協力する意向を示し 何とか注文に答えて インクを生産しようと言った。
大塚係長は 「ご意見ありがとうございました。今回は 注文に対応する方向で 生産計画を見直します。」と言った。
彼は 直にインクの原材料を追加発注し 製造日程を組み直すと言った。
また 納期に間に合わない注文分については 分納による納期調整を 菊川課長に依頼すると言った。
工場の対応は決まった一方 川緑の予定していた新タイプのインクの試験製造は 割り込む余地が無くなってしまった。
会議が終わり 川緑は 大塚係長に 「なんとか 新タイプのインクの試験製造も平行して計画に入れてもらえませんか。」と頼んだ。
係長は 申し訳なさそうに 「悪いけど 今回 工場サイドは 受注した製品の製造を優先するよ。」と答えた。
話を聞いていた製造課の木村さんは 川緑に 「試験製造に使う仕掛品だけは 俺 休みに出てきて作ってやるよ。」と言った。
川緑は 彼の言葉に 奇妙な感じを覚えた。
製造課の業務は 技術のそれと違って 厳しく管理され 計画通りに進めるものなので 彼の言葉は不自然なものに思えた。
川緑は 彼の顔を覗き込むように 「そんなこと できるんですか?」と聞いた
彼は 「川緑さんが せっかく いい製品を作ったんだ。俺に任せろって 作ってやるよ。このインクを世界中に広めてやるよ。」と言った。
第九十六話 奇妙な連帯感
2月15日(火)午後1時 東京工場 品質管理課の会議室 UVカラーインクの関係者等は 呼び出されていた。
生産管理課 木下課長 大塚係長 製造課 原田課長 木村さん 製造技術課 緒方係長 技術部 川緑は 席について待っていた。
ほどなく 会議室の戸が開き 製造部 園田部長が入ってきた。
中背 ふっくら体型 丸顔を赤くした部長は 全員を見渡し 開口一番 「勝手なことをするな!」と強い口調で怒鳴った。
彼の怒りは 新タイプのインクの試験製造に原因があった。
彼の言う 「勝手なこと」とは 休日に 製造課の木村さんと川緑が試験製造を行い 部長に そのことが報告されていなかったことだった。
彼は 10分間程 会議室を歩き回りながら 苦言を言い続けた。
お叱りを受けながら 川緑は 周りを見回すと 誰も弁解することなく みんな下を向いて神妙な表情をしていた。
これまでに何度も 新規事業部の責任者等やユーザーから怒られたが 今回は 怒られていても それほど悪い気はしなかった。
それは 各課の課長は 木村さんと川緑の行動を黙認していて みんなでお叱りを受けていると感じたからだった。
きっと みんなそうするしかないと考たと思うと 奇妙な連帯感を感じた。
事業部長が退室し 関係者らは 次々に口を開き始めた。
お叱りを受けたことが 逆に バネになったかのように 新タイプのインクの試験製造の日程調整に勢いがついた。
彼等は なんとか 新タイプのインクの試験製造を進めようと アイデアを提案した。
第九十七話 工場長の指示
2月25日(金)午後1時 東京工場 品質管理課の会議室 新タイプUVカラーインク関係者等が集まった。
この日 インクの製造移管の合否を決める会議が開かれた。
工場サイドから 村上工場長をはじめ製造課 品質管理課 工務課 生産管理課 及び製造技術課のメンバーが参加した。
松頭産業社 菊川課長が参加し 技術部 米村部長と川緑が参加した。
製造技術課 小寺課長の司会で会議が始まり 彼は 川緑に 新タイプのインクの概要の説明を求めた。
川緑は 資料を配布し インクの設計の背景 特徴 作り方について 現行のインクと比較して説明した。
次に 指名されたのは 松頭産業社の菊川課長だった。
彼は インクの受注状況と 電線メーカー各社の需要予測を報告した。
メーカー各社は 光ファイバーの製造仕様をフィックスしていた。
課長は 「電線メーカーさんの多くは 東西ペイント社のインクを本採用しました。彼等は 御社のインクを高く評価しています。」と言った。
彼は 首都電力社とJTT社から 電線メーカー各社への光ファイバーの発注量を基に 推測されるインクの使用量を示した。
東京工場は 2年前に インクの生産設備を増設し 電線メーカー各社からの注文に対応してきていた。
しかし 今回示されたインクの需要予測は 現状の生産設備の能力をはるかに超えるものだった。
課長の報告が終わり 2つの課題について 今後の対応が議論された。
1つ目は 現行インクの注文増への対応について 2つ目は 新タイプのインクの製造移管についてだった。
現行インクの対応については 前向きな意見が多く出された一方 新タイプのインクの製造移管については 賛否両論あった。
UVカラーインクの商品化以来 工場への製造移管時やスケールアップ時には 必ず それまでに経験したことのないトラブルが発生していた。
それらのトラブルは 主に インクの品質低下によるもので 製造時のインクの劣化や 経時での品質の低下だった。
品質低下を引き起こす要因には インクにかかる熱 製造設備による力学的な力 腐食等の化学反応 また空気中の酸素の影響等があった。
新タイプのインクの製造移管に反対する声の背景には そのようなトラブルがあった。
意見が出そろい 進捗を見守っていた村上工場長は 口を開いた。
60歳頃 小柄 白髪の工場長は 「東京工場は 新タイプのインクを含め需要に対応する!これを新しい事業にする!」と言った。
彼は メンバーを見渡しながら 「インクの製造は やると決めたら必ずやらんといかん!」と言った。
その発言を受けて 製造技術課 小寺課長は 川緑に 「新タイプのインク製造の件は 暫くの間 工場をサポートしてもらいたい。」と言った。
川緑は 「分りました。こちらにおじゃまします。よろしくお願いします。」と答えた。
第九十八話 次の研究
1994年3月2日(水)午後1時 新規事業部 技術部の会議室 川緑の担当業務について 来年度の方針打ち合わせが行われた。
松頭産業社 野崎部長 菊川課長が訪れ 新規事業部営業部 新任の松浦課長が参加し 技術部 米村部長 吉永課長 川緑が対応した。
中肉中背 面長 黒縁の眼鏡を掛けた松浦課長は 前任の北野係長に代わり 営業を担当していた。
課長は 「ほな 始めまひょか。菊川さん 電線メーカー各社さんの状況報告を頼んますわ。」と言った。
菊川課長は 資料を配布し 電線メーカー各社の光ファイバーの生産計画について 説明を始めた。
話の最後に 「UVカラーインクの受注量は 今後 更に増加する見込みです。東京工場さんは これに対応するとのことです。」と言った。
松浦課長は 「そうでっか。インク開発の件は そのミッションを終了したわけでんな。」と念を押すように言った。
続けて 「実は 4月1日付けで 吉永課長は 東京工場に異動になりますねん。」と言った。
驚いた菊川課長は 「川緑さん一人になったら ユーザー対応は無理ですよ。」と言った。
川緑は 「今は 新タイプのインクの量産立ち上げ中です。吉永課長が抜けると困ります。」と言った。
そう言ったものの 人事のことは 一担当者がどうこう言ってもどうにもならないと思った。
会議の議題は 今後の業務に移った。
川緑は 「今 うちには 共同研究で得た 独自の硬化の理論があります。」と言った。
「これを基に 新しい技術基盤を構築すれば きっと 次の新規事業の創出に役に立つはずです。」と言った。
その提案は 硬化の理論と硬化物の物性を紐付けする理論を構築し それを基盤とする開発システムを構築することだった。
米村部長は 「おまえは どうして いつも話を 難しい方へ難しい方へと持っていくのかいな。」と言った。
それには答えず 「この研究には 微小なエリアの機械的強度を測定する研究装置が必要です。」と言った。
米村部長は 「あかん あかん!それは技術部の仕事や無い。そんな装置買えるわけないやろ!」と言った。
第九十九話 できない仕事
1994年3月2日(水)午後3時頃 技術部の会議室 来年度の業務打ち合わせ会議が終わった。
会議室を出た川緑は 研究本部 合成研究所へ行き 島崎課長を訪ねた。
島崎課長は 以前 人工衛星アンテナ用塗料に用いたベース樹脂の開発者だった。
彼は 「君の仕事で 俺にできることがあったら言ってくれ。」と言ったのを思い出していた。
川緑は 「島崎課長 研究装置のことで ご相談があるんですが。」と言った。
技術部では 購入できない装置を 研究所で購入してもらえないかと持ちかけた。
課長は 「それは 君の仕事に必要な装置なんだな。わかった。研究所で その装置を購入できるかどうか 皆に聞いてみるよ。」と言った。
3月9日(水)午後2時頃 研究棟の渡り廊下を歩いていると 島崎課長に呼び止められた。
「おい 川緑君 この前の研究装置の件ね。あれ 関係部署に当たってみたけど だめだったよ。」と言った。
川緑は 「そうですか。 お手数をお掛けしました。ありがとうございました。」と言って頭を下げた。
課長は 「君は 平田部長を怒らせたのか。装置購入の件は 彼に反対されたんだよ。」と言った。
「彼には気をつけろよ。もし何かあったら 俺のところに相談に来いよ。」と言った。
また 部長のお叱りを受けると思いながらも 果たして 自分は 間違ったことをしているのかと自問した。
これまで 独自の考えとアプローチで 競合他社との開発競争に勝って 会社の経営に貢献していた。
そこで得たものは 他社にない理論だった。
その理論を基に 新しい研究に取組めば きっと 自社の技術力を高めるものになると思った。
そんな取り組みを進めることは 決して間違っていないと思い直した。
以前 東京駅地下街の居酒屋で 菊川課長の言った言葉 「腕の良い技術者達が 自分のやりたい仕事が出来ずにいましてな。」を思い出した。
彼等は 思い通りの仕事ができたら 会社の技術力を飛躍させるのだろうと思った。
同時に 現実は どこの会社にも 思い通りに仕事が出来ない技術者が多くいるのだろうと思った。
第百話 電気メーカー案件
4月13日(水)午前11時20分 羽田発のJAL359便に乗った川緑は 福岡空港に到着した。
タクシーを拾い 15分程で 目的地の九州杉下電気社へ着いた。
九州杉下電気社は 電気製品の製造販売を生業とする会社で 九州の各県に事業所を構えていた。
正門横の守衛所で記帳し 材料部品研究所の場所を尋ねると 守衛さんは 「正面にある本館の裏手にあります。」と答えた。
4階建て 横幅のある本館を迂回すると その後ろに5階建ての技術棟があり 2階に材料部品研究があった。
階段を上り 研究所の入り口に設置されたインターフォンを取り 研究員の井芹氏に到着を伝えた。
暫くして 入り口の戸を開けた井芹氏は 「どうも お待ちしてました。」と言い 川緑を会議室へと案内した。
20歳代後半 小柄で丸顔の井芹氏は 人懐っこい感じの表情をしていた。
彼は 数年前まで 兵庫県伊丹市にある日菱電線工業社で勤めていて そこで光ファイバーの開発を行っていた時に 川緑と面識があった。
その後 九州杉下電気社に転職して 今の職場で 光学デバイスの開発に従事していた。
昔の伝で デバイスに必要な樹脂材料の開発を 川緑に持ちかけていた。
彼は 「最終の製品については 今は言えないんですが。」と前置きして 懸案のデバイスについて ノートにイメージ図を書きながら説明した。
それは 数cm角サイズのガラス板上に設けられた光回路だった。
彼は 「光回路開発のポイントは 樹脂表面の屈折率のコントロールです。」と言い これを作るのに必要な特性の樹脂の開発を依頼した。
樹脂表面の屈折率は 樹脂組成だけでなく その硬化状態や物性により変化することが予想された。
今回の案件は 彼の硬化の理論と物性との紐付けの研究が活かされる仕事だと判った。
この仕事は 事業に繋がるものかは分らなかったが それは 技術的に経験しておくべきものと感じた。
川緑は 「面白そうな仕事ですね。ぜひ 検討させてください。」と答えた。
井芹氏は 笑顔で頷き 「また 川緑さんと一緒に仕事ができますね。」と言った。
第百一話 思わぬ展開
4月27日(水)午後4時頃 東京駅 銀の鈴 川緑は 別件で上京していた 九州杉下電気社 井芹氏と合流した。
「井芹さん お疲れ様です。連絡してましたように これから 松頭産業社の菊川課長に会って頂きます。」と言った。
二人は 新横浜へ向かった。
川緑は 依頼の光回路開発に 菊川課長の協力を得ようと考えていた。
松頭産業社の会議室に入り 川緑は 菊川課長に井芹氏を紹介し 二人は互いに名刺を交換した。
川緑は 「井芹さん 本件を進めるには 菊川課長の協力が必要です。可能な範囲で 情報をください。」と言った。
午後8時頃 打ち合わせが終わり 3人は 会社近くの飲食店へ入り 夕食をとることにした。
飲食しながらとなると 会議室での話に比べて 更に詳しい話が聞けた。
仕事の話に区切りが付き 井芹氏は 「話は変わりますが 九州杉下電気社の社員は 90%以上が九州出身で 僕も福岡です。」と言った。
菊川課長と川緑は それぞれ鹿児島県と熊本県の出身で 九州という言葉の響きには 何か特別なものを感じた。
井芹氏は 「社員の3分の1は中途採用者です。うちの会社は 中途採用者でもっている会社です。」と言った。
続けて 「川緑さんも 採用試験を受けてみませんか。」と言った。
思わぬ展開に 川緑は 「それは 本気で言ってるんですか?」と聞き返した。
彼は 無言で頷いた。
午後11時頃 菊川課長は 支払いを済ませ 店を出て行った。
二人になると 井芹氏は 所属部署や会社の待遇等の詳しい話をした。
「川緑さんに 中途採用試験を受けて頂くということで 話を進めていいですか?」と聞いた。
やりたい仕事ができず 悶々としていた時に 投げかけられた採用試験の話しは 目の前に 新しい道が現れたように感じさせた。
ここでアクションをとらないと 将来 きっと後悔すると思った。
川緑は 「はい そうしてください。よろしくお願いします。」と答えた。
川緑は 期待感と 不安感に包まれた。
第百二話 潮時
4月28日(水)午前0時頃 新横浜から帰りの電車の中 川緑は ボックス席の窓側に座り 考え込んでいた。
この日 九州杉下電気社の井芹氏に 同社の採用試験を受けるように勧められ その申し出に応じていた。
急な話で 十分に考える間もなく合意したが それは 期待と共に 不安も感じさせるものだった。
不安に感じた理由を考えた。
13年前 東西ペイント社で技術職として入社し 多くのユーザーと関わり 新商品の開発に携わってきた。
一度 新商品の開発が始まると 競合他社との開発競争になり 時間に追われる日々を過ごすことになった。
開発が終わり 採用されるのは 参戦した中の1社か2社の開発品だけだった。
その他の会社は 開発投資が無駄に終わることになった。
厳しい開発競争の中 川緑の仕事は 先輩技術者達の築いてきた多くの技術により助けられた。
それらは 樹脂の合成技術 試験分析技術 顔料分散技術 設計技術 製造技術 検査技術等だった。
転職すると それらの技術から切り離されることになり それが 自分を不安にさせているのだと思った。
逆に 転職に期待する理由を考えた。
UVカラーインク開発の案件では 独自の理論を構築し それを基にインクを設計する戦略をとった。
その取組みは 功を奏し 開発品の採用に繋がった。
そして この戦略を進める中で 次に追求すべき技術も見えてきた。
その技術は 開発を進める際に 試行錯誤の無駄な実験を省くことができ 開発品の完成度を高めるものと確信していた。
今の会社にいたら その考えや取り組みを実行できる可能性は 100%無いと思った。
次の会社へ行けば その可能性もあるかもしれないと思った。
「ふー!」と息を吐いて 「これ以上 今の会社にいても仕方が無い 今が潮時だ。」と思った。
第百三話 中途採用試験
8月12日(金)午後3時40分頃 川緑は 九州杉下電気社 材料部品研究所を訪れた。
この日 研究員の井芹氏との仕事の打ち合わせと 研究所所長との面談が予定されていた。
打ち合わせを終え 井芹氏は 「直に 所長が来ますので ここでお待ちください。」と言って応接室を出た。
暫くして 入り口の戸が開き 50歳台後半 小柄で細身 白髪交じりの頭に 笑うと顔中がしわになる 人懐っこい感じの男性が入って来た。
川緑は 「お世話になります。」と言い名刺を交換した。
受け取った名刺には 材料部品研究所 所長 柏木 とあった。
応接室のテーブル席に向かい合って座り 所長は 「フランクに話をしましょう。」と言った。
その言葉に促されるように 川緑は 持参した履歴書を手渡し それに沿って業務経歴について話を始めた。
話が終わり 所長は 「日本の将来のためには 異業種間の交流が もっと自由に行われなければいけない。」と言った。
続けて 「うちの会社には 君のような人材が必要です。」と言った。
「日本の将来のために」という言葉に 川緑は 柏木所長の志の高さを感じ 九州杉下電気社のすごさを感じた。
最後に 所長は 川緑に入社の意思を問うた。
「御社の新商品開発に 材料技術面で お役にたちたいと考えています。ぜひ 採用して頂きたいと思います。」と告げた。
9月12日(月)午前8時30分頃 川緑は 有給休暇を取り 九州杉下電気社を訪れた。
正門横の受け付けで記帳し 守衛さんに採用試験を受けにきたと伝えた。
守衛さんの指示に従い 厚生棟の2階の試験会場に入ると 十数名の受験生が教壇側を向いて座っていた。
教壇には 「人事課 人材開発部 課長 牛島」と書かれた名札を胸に付けた男性が立っていた。
40歳代 中背細身 穏やかな表情の割りに 視線が強い牛島課長は 受験者を見渡し 「では 本日のスケジュールを説明します。」と言った。
午前9時に 採用試験は始まり 一般常識テストと適性検査が行われた。
社員食堂での昼食を挟み 受験生等は 個別に応接室に案内され 人事面接を受けた。
順番になり 応接室に入ると 二人の面接官が 並んで座っていた。
双方 太めで スポーツマンタイプ まったく同じ暗い紺色のスーツと黒っぽいネクタイをしていた。
川緑は 「宜しくお願いします。」と言って頭を下げた。
促され 席に付き 面接官の一人は 「ご自身をPRしてください。」と言った。
その問いかけは 全く想定して無く ぎこちない答弁になった。
何とか これまでの業務と成果について述べ 自分の技術が役に立つとアピールした。
受験生全員の人事面接が終わり 控室に待機していると 牛島課長が入室してきた。
課長は 「お疲れ様でした。もし採用ということになりましたら 後日 ご自宅へ通知が届きます。」と言った。
「その日から2週間以内に 当社に転職されるかどうかの連絡をください。」 と言った。
午後3時頃 試験会場を出で 外の空気を吸うと ほっとしたのと同時に 頭の芯が熱を持っているような妙な疲れを感じた。
希望して受けた採用試験だったが 「やれることはやった」という気分にはなれなかった。
第百四話 立つ鳥 跡を濁さず
9月14日(水)午前10時頃 定例の部長会議の後 米村部長は 技術部の居室に戻って来た。
部長は 川緑の横を通る時 「今週中に 各自の机と実験台を片付けといてね。頼んます。」と言った。
川緑の机は 新規事業部内で 最も散らかっていた。
机の上には 本 文献 実験ノート 報告書 サンプル台帳等の書類や 筆記具等が散乱し 机の下には ダンボール箱が積み上げられていた。
これまでの上司等は 川緑の机を見ても これを片付けるようにと言うことはなかった。
米村部長は 「もうちょっと なんとかならんかいな。」と言ったが 片づけを強いることはなかった。
先日 平田副本部長は 川緑の座っている机の横に来て 技術部のメンバーに向かって言った。
「私は ここへきて以来ずっと 机を片付けるように言っている。」と大きな声で言っていた。
今日の 米村部長の号令は 部長会議での平田部長の指示を伝えたものだった。
川緑は 仕事を後回しにして 身の回りを徹底的に片付けることにした。
中途採用試験を受けて以来 出社しても 中途半端な立ち位置で もやもやしていた。
この際 身の回りを片付けながら 自身の気持ちも整理しようと思った。
大きな段ボール箱を持ってきて 机の周りにある要るものと要らなくなるものを分けて入れた。
不要なものを処分し 要るものは 机の中にしまい 机の上と下は 何もない状態になった。
片づけが終わり 雑巾で 机の上を拭いているところへ 米村部長が様子を見に来た。
部長は 「ええなあ。この状態をキープせなあかん。」と言った。
川緑は 「はい そうします。」と言いながら 「立つ鳥 跡を濁さず」の言葉を思い出した。
9月24日(土)午前11時頃 社宅の郵便受けに 九州杉下電気社 人事課 牛島課長から封書が届いた。
封を切ると 中に3枚の書類があり 1枚は採用通知書 1枚は採用に当たっての待遇と記された書類 残りの1枚は入社承諾書だった。
待遇の書類には 勤務地と所属部署と業務内容に関する記載があり 給与や転居のための手当てについて書かれていた。
書類を何度か読み直した後に 入社承諾書に署名と捺印した。
第百五話 退職意思を伝える
9月27日(火)午後7時30分頃 仕事を終えた川緑は 会社に隣接する単身赴任寮へ行き 上司の松浦課長を訪ねた。
今年度より 松浦課長は 営業担当課長から技術担当課長となり 単身赴任寮に移って来ていた。
単身赴任寮は 木造二階建て 10室の作りで 松浦課長は 2階中央の1室に入居していた。
入り口のドアをノックし 出てきた課長に 「お邪魔してもいいですか?」 と言った。
課長は 「どうぞ どうぞ。」と言い 畳の間に座らせ グラスを用意し 氷とウイスキーを出した。
「頂きます。」と言ってグラスを手にし 「言いにくいんですが 実は 会社を辞めることを決めています。」と切り出した。
課長は 右手でこぶしを作り 左手のひらを ぽんと叩いて 「そう言われたんは 川緑さん あんたで6人目や!」と言った。
課長は 東西ペイント社に中途入社していて 彼の経験からか 「そう決めたんなら 理由も聞かないし 引き留めもせんよ。」と言った。
課長は 自身の中途入社の経験について 話し始めた。
9月28日(水)午前10時頃 吉永課長と川緑は 都内の水天宮にあるロイヤルパークホテルに来ていた。
この日 UVランプメーカー ケラリー・ジャパン社主催の技術セミナーが開かれ 二人は 同社からの招待状を持って来ていた。
技術セミナーには 同社の顧客や関連の企業の技術者等 100名程が参加していた。
セミナーでは 開発UVランプの特徴の説明や それを用いた露光実験の報告が行われた。
セミナー会場からの帰りの電車の中 川緑は 「吉永さん 実は 会社を辞めることにしています。」と言った。
特に驚いた様子もなく 課長は 「そうですか。僕も 会社を辞めたくなってきた。」と言った。
その言葉に 川緑は 彼もまた 辞めることを考えたのだろうと思った。
9月29日(木)午前8時頃 川緑は 自転車通勤途中に 郵便ポストの前に止まり 封書を投函した。
それは 九州杉下電気社 人材開発部の牛島課長に宛てた 採用承諾書だった。
投函の作業は 造作もないことだったが その簡単な作業は 自分や家族の人生を変えてしまうものだと思った。
将来 そのことが どういう選択だったのかを振り返ることがあるかもしれないと思った。
「それでも この封筒を投函しなければ 必ず後悔する。」と思った。
第百六話 退職手続き
10月28日(金)午前10時頃 川緑は 部課長会議から戻って来た 松浦課長をつかまえた。
「退職願いの件は どうなってますか?」と尋ねた。
退職の意思を伝えて1か月以上過ぎたが まだ退職日は決まっていなかった。
彼は 川緑を居室の外へ誘導し 「実はでんな 営業の城山部長から あんさんの退職日を 遅らせてくれと言われとりますんや。」と言った。
課長の話では その理由の1つは 川緑の技術を引き継ぐ相手が見つかっていないことだった。
また理由の1つは 時間が経てば 川緑の気持ちに変化が生じるかもしれないとの期待からだった。
11月7日(月)午前8時30分頃 川緑は 米村部長に呼ばれ 彼の後について会議室へ入った。
室の奥に 椅子に掛けた城山部長がいた。
川緑の方を振り向き 優しい表情で 「どうだね 気持ちは変わらないかね。」と言った。
以前 研究装置購入の件で 部長に助けてもらったのを思い出し 少し申し訳ない気持ちになったが 「はい。」と答えた。
部長は 一つ頷き 「君の気持ちが変わらないことが分かったよ。今後のことは 労務の方と話を進めてくれ。」と言った。
居室に戻り 労務課の石本課長に電話を掛けて 「私の退職のことについて ご相談があります。」と言った。
課長は 万事承知していたようで 「よければ これからそのことについてお話ししましょう。こちらへ来てもらえますか。」と言った。
労務課へ行き 窓口の女性に 「石本課長は どちらですか。」と聞いていると 奥から課長が出てきた。
中肉中背 無表情 眼鏡を掛けた課長は 「こちらへどうぞ。」と言い 会議室へ案内した。
席に付き 「お世話になります。」と言うと 課長は 前置きなく 退職の段取りについて説明を始めた。
流れるような説明に 課長は この対応に慣れていると感じた。
多くの人達が 同じように 会社を辞めていったのだろうと思った。
第百七話 業務引き継ぎ
1994年11月25日(金)午前9時30分頃 川緑は 労務課へ行き 石本課長を訪ねた。
「お世話になりました。」と言って退職願を手渡した。
課長は 無言で頷き それを受け取った。
居室に戻り 吉永課長のところへ行き 「引き継ぎ 宜しくお願いします。」と言った。
退職の意を伝えて 2か月が過ぎても業務の後任は決まらず 結局 川緑の元上司の吉永課長に 仮引継ぎすることになった。
課長は 「川緑さんの仕事が 僕に分るかな。」と言った。
「私の仕事を一番理解してくれたのは吉永さんです。よろしくお願いします。」と言った。
二人は 応接テーブルにつき 川緑は 3つの引継資料を並べた。
資料の1つ目は UVカラーインク等のサンプル台帳だった。
台帳を開き 記載内容を説明し 「午後に サンプルの作製 梱包 発送と 控えサンプルの保管のやり方を見てもらいます。」と言った。
資料の2つ目は ユーザーとの折衝履歴のまとめだった。
資料には ユーザー毎に 依頼内容と開発内容やトラブル対策等の経緯を記載していた。
資料の3つ目は 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」をまとめたものだった。
キングファイル一冊にまとめた資料を開いて 目次の項を示し これまでの研究の概要を説明した。
吉永課長は ファイルを受け取り 「これは 内容が濃いね。理解するのに時間がかかりそうだから 少しずつ読ませてもらうよ。」と言った。
資料の説明を終え 「吉永さん うちの会社で この研究を続けられそうですか?」と聞いたが 課長は 首を傾げた。
1995年1月16日(月)午後4時頃の労務課 川緑は 石本課長から鍵を受け取り 会社に隣接する独身寮へ向かった。
昨年末 東西ペイント社の社宅から 福岡県の新居に引越していて この日 退職の手続きのために戻っていた。
独身寮に荷物を置き 技術部の居室へ行くと 吉永課長が待ち受けていた。
課長は 「引継ぎ資料について 幾つか聞きたいことがあるんだけど。時間ある?」と言った。
「ええ 勿論 何でしょうか。」と言って 川緑は テーブルについた。
課長の質問に答えていると 松浦課長が来て 「川緑さんに 最後のお願いがありますんや。」言った。
彼は 明日 新規事業部のメンバーを対象に 退職記念講演を開くように依頼した。
「川緑さんの頭の中にあるんを 全部 話してくれまへんか。」と言った。
「いまさら 何を言うのですか。」と思ったが 彼等の中には 川緑の仕事に興味を示した者もいたので 参考になればと思い承諾した。
講演用の資料を準備していると 以前 教育実習を担当した浜崎さんがやって来た。
彼は 自動車補修塗料部に所属していて 川緑に 仕事の助言を求めて来ていた。
「補修用のUV塗料を開発中なんですが いろいろ問題があって アドバイスをお願いしたくて来ました。」と言った。
彼は A4紙に 十数個の質問事項を箇条書きにしたものを差し出した。
「浜崎さん 仕事がんばってるね。了解。退職日までに 回答を用意します。」言った。
第百八話 退職記念講演 課題
1月17日(火)午前9時頃 技術部の居室 川緑は 退職記念講演用の資料を作成していた。
急に 居室内がざわつき始め 周りを見ると 技術部のメンバー等の声が飛び交っていた。
メンバーの数人は 関西にある業者との連絡が取れないと言い 神戸で大きな地震があったと言った。
彼等は 関西方面の関連部署へ連絡しようとしていたが 電話は繋がらず 先方からの連絡を待つしかなかった。
午後4時頃 松浦課長がやって来て 「川緑さん そろそろ 退職記念講演をお願いしまっせ。」と言った。
本館の講堂に入ると 数十名の事業部のメンバーが集まっていた。
演台に立ち 「皆さん お世話になりました。講演の依頼がありましたので 私なりに 仕事を通じて考えてきたことを お話します。」と言った。
「テーマは 渉外技術部門での開発における課題と対策です。」と言った。
話のポイントを 黒板に チョークで書き示しながら話を進めた。
「技術部の技術者は ユーザーと直接折衝するので 要望を詳しく聞くことができ それを開発に反映できます。」
「一方で ユーザー対応に時間が取られ 肝心の開発がおろそかになり 技術力を向上させることが出来ない傾向にあります。」
「技術を磨いて行かなければ 競合他社との開発競争に勝ち残ることはできません。」
「競争に負けると 開発投資が無駄になり 事業部にとって大きな損失になります。」
「社内の他の事業部も同じ状況であれば 会社全体では 大きな機会損失に繋がり 業績を低迷させてしまうでしょう。」
「何より 技術者にとって 新しいことに取り組めない状態が続くことは 夢が無く 将来に希望が持てない状況に落とし込んでしまいます。」
「では ユーザー対応で最も多くの時間を費やすのは何でしょうか。 それは ユーザーで発生するトラブルです。」
「トラブルには 色違いや 仕上がり不良や 性能不良や 経時での品質劣化等があります。」
「トラブルが発生すると 対応に多くの時間を費やすることになり 複数のトラブルが同時に発生すると とんでもないことになります。」
「私の経験では トラブルの内の6割は 樹脂材料の硬化状態に起因していました。」
「もちろん 開発品をユーザーへ提供する時は 硬化条件等の仕様を添付しますが それは特定の条件下のもので ユーザーでの使用条件と一致したものではありません。」
「また 彼等は 製品の生産性を上げるために 樹脂材料の硬化時間をできるだけ短くしようとする傾向があります。」
「このような背景から 樹脂材料の硬化不良が原因で発生するトラブルが多くなります。」
「硬化性に影響する要因は数多くあり トラブルに対して それらの要因を加味して再現試験を行うのは 膨大な量の作業になります。」
「渉外担当技術者は このような作業を 納期に追われながら進めているのが実態です。」
「これでは 肝心の開発に注力するのは難しく 競合他社との開発競争に勝ち残ることは出来ないでしょう。」
「渉外技術を担当している皆さんは 仕事が忙しい割には 技術力を身につけられないと感じてはいませんか?」
「私は そう感じていました。」
「1988年に 私は 光ファイバー用UVカラーインクの開発を担当することになりました。」
「このインクには 高速硬化性が求められました。」
「そこで この際 開発を効率的に進めるために 硬化の本質を見極めようと 『硬化性の研究』を始めました。」
「この取り組みは 事業部の方針に反し 一見 遠回りのようでしたが これを進めないと競合他社に勝てないと思いました。」
「この取り組みは 開発品の完成度を高めことができると考えました。」
「皆さんは このような考えを どの様に思いますか?」
「では 次に 独自に進めてきました 『硬化性の研究』について お話します。」
第百九話 退職記念講演 対策/【テクニカル レポート】No.6
「『硬化性の研究』を始めるに当り 過去の研究について 文献を調査しました。」
「しかし イメージしていた文献は 見つかりませんでした。」
「そこで UVカラーインクを題材にして 独自に 『硬化性の研究』を始めることにしました。」
「過去に事例の無い研究を進めるには 分りやすい目標を定めることが大事です。」
「私は 硬化性を評価する指標として 「硬化度」を定義し 硬化性の実験結果を 「硬化度」として数値計算できることを目標としました。」
「次に 研究の具体的な取り組みについて説明します。」
「まず 硬化性に影響する要因を調べて その一つ一つを切り出して研究の対象にしました。」
「それらは インクの組成と光の吸収特性 塗布厚み 硬化時の雰囲気 UV光源の特性等でした。」
「私は 3名の実習生の助けを借りて それぞれの要因について モデル化した実験を行いました。」
「実験は それぞれの要因の影響を観測しやすく工夫したもので 実験結果から それぞれの要因の効き具合を 定式化しました。」
「そして 要因ごとに得られた式を一つにまとめて 『硬化の式』を得ました。」
「得られた 『硬化の式』は 実際の実験結果を再現するものでした。」
「その頃 商社の松頭産業社さんから UVランプメーカーのケイトウ電機社さんとの共同研究の提案がありました。」
「これは 『硬化性の研究』の成果を証明するために 格好の取り組みになりました。」
「しかし その取り組みを進めるのは とても難航しました。」
「本来業務に時間が取られ 研究は進まず 上からは 研究を中断させようとする動きもありました。」
「それでも 開発競争に勝つためには この取り組みを進めるしかないと考えました。」
「そこで 無理を承知で 社外発表に応募することで研究を進めるという背水の陣を敷きました。」
「そのような経緯があって ご存知の様に 開発品は電線メーカー各社に採用されました。」
「その後 『硬化の式』の意味することを考察して 『硬化の理論』を組み立てました。」
「この理論にご興味がありましたら 資料を 吉永課長に渡してますので ご覧ください。」
「最後に 今の仕事を続けていたなら 今後 取り組もうとしていたことについて お話します。」
「その1つは 『硬化の理論』を基にした新商品開発です。」
「『硬化の理論』は いろいろな開発案件に適用することができると思います。」
「今回 光ファイバーの生産性の向上や 光源とインクのマッチングに適用できたことは 類似の用途に適用できるものと考えます。」
「光硬化タイプ樹脂材料の開発や それを用いたデバイスの開発に役立つことでしょう。」
「以前に行った光電気化学実験と 『硬化の理論』を組み合わせれば 効率の良い光電池ができるかもしれません。」
「同様にして 植物工場での 植物の成長に応じた光源の最適化もできるかもしれません。」
「また 取り組みの1つとして考えていたのは 硬化性と物性とを紐付けする理論の研究です。」
「硬化性の樹脂材料は その硬化の過程で 液体から固体へと変化します。」
「一般に 液体と固体の物性は それぞれの測定方法を用いて求められます。」
「それらは 粘性 流動性 固さ 強度 粘弾性等ですが いずれも 樹脂の硬化状態により変わるものです。」
「私は 樹脂の物性は 液体から固体へと変化する時に その硬化状態により 一義的に決まり それは数値化できるものだと考えています。」
「そうであれは 硬化性と物性を紐付けする理論があるはずです。」
「この理論を構築することができれば きっと 最先端の樹脂材料やデバイスの開発に役立ち 将来の新規事業に繋がるものと考えています。」
「どなたか チャレンジしてみてはいかがですか。後は 皆様にお任せします。」
最後に 川緑は 「私からお伝えしたい話は 以上です。何か ご質問がありましたらどうぞ。」と言った。
傍聴席からの反応は 見らなかった。
川緑は 一礼して 演台を降りた。
**********************************<備考>
川緑の「硬化の理論」に ご興味を持たれた方は 「川緑 清の【テクニカル レポート】No.6」をご参照ください。
第百十話 会社を後にする
1月20日(金)午前8時30分頃 出社した川緑は 私服で技術部の居室に入った。
米村部長 吉永課長 福永係長 その他のメンバーは いっせいに 川緑の方を振り向いた。
この日 東西ペイント社に勤務する最終日だった。
長年使ってきた机を見ると 忙しく仕事をしてきた記憶が蘇り それが遠い過去のことに思えた。
倉庫へ行き ダンボール箱を持って来て 荷造りを始めた。
机にしまっていた 筆記用具 事務用品 専門書 名刺ファイル等を段ボールに詰めた。
ダンボール箱に送品伝票を貼り 宅配便置き場へ運んだ。
その足で 本館にある自動車補修塗料部の居室へ行き 元実習生の浜崎さんを訪ねた。
川緑に気付いて 駆け寄ってきた彼に 「宿題の回答を持ってきたよ。」と言った。
それは 頼まれていた件 「自動車補修へのUV樹脂の適用について」への回答で A4紙8枚に手書きしたものだった。
浜崎さんは 「ありがとうございます。大変お世話になりました。」と言った。
「がんばってね。」と声を掛けて 川緑は 労務課へ向かった。
本館の廊下を歩いていると 技術研究所の島崎課長が声を掛けてきた。
彼は 「おい 君 会社を辞めるんだってな。まあ いいことだよ。元気でな。」と言った。
本館を出て 労務課へ行き 窓口の女性に 「健康保険証と社員章を返却にきました。」と言った。
彼女は それらを受け取り 用意してあった川緑の年金手帳と被保険者証を取り出した。
それらを封筒に入れて渡し 「これは 後々必要になりますので 大事に保管してください。」と言った。
午前11時30分頃 関連部署への挨拶回りを終えた。
技術部の居室に戻り 職場のメンバーに 「そろそろ退社します。皆さん たいへんお世話になりました。」と言った。
彼等は 川緑を取り囲むように集まり 口々に 別れの言葉を送った。
川緑は 一礼して 居室を出た。
正門横の守衛所へ行き 中にいた堀川さんに 「長い間 お世話になりました。」と言った。
彼は 「なんだい。いなくなっちゃうのかい。さびしくなるよ。」と言った。
川緑は 正門を出て 東西ペイント社を後にした。
- 完 -
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