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今夜、英語を話してみる⑤

    午後の休憩時間。


    田那珂たなかが社内の自動販売機でコーヒーを買おうとしていると、ちょうど部長もやって来た。


    「こんにちは、田那珂たなかさん。例の食材交流プロジェクトはどうですか?」


    田那珂たなかは取り出し口から缶コーヒーを手に取りながら答えた。


    「はい、少しずつですが、進んでいます。先日、初めて英会話カフェに行きました。カナダ出身のオーナーがやっているお店なんです。」


    「それは面白そうですね。どんな人たちが集まるんですか?」


    部長は興味深そうに田那珂たなかを見た。


    「Maple Window Cafeというお店で、昼は注文のときに外国人スタッフと英語でやり取りできて、夜は英会話カフェで外国人のお客さんと交流できるんです。」


    「外国の方から、日本の食材について何か興味深い話は聞けましたか?」


    「先日、お昼にMaple Window Cafeで、サンドイッチと抹茶ラテをテイクアウトしたんですが、日本産の野菜や調味料を組み合わせることで、メニューの可能性が広がるように感じました。ラテも、抹茶のほろ苦さのあとに広がるカナダ産のメープルシロップの優しい甘さに違和感がなかったので、異なる国の食材を組み合わせる面白さを改めて実感しました。」


    部長は静かにうなずいた。


    「なるほど。実際に味わってみると、新しい発見がありますね。」


    「はい。前回の英会話カフェでは、抹茶ナナイモバーをいただきました。」


    「抹茶ナナイモバーですか…?」


    部長は聞き慣れない名前に首をかしげた。


    「ナナイモバーはカナダのお菓子だそうですが、そこに抹茶が使われていて、どこか親しみのある味わいになっていました。」


    「日本では当たり前の食材でも、異なる食文化の中で思いがけない魅力を発揮することに気づかれたのは、このプロジェクトにとって大きな収穫ですね。」


    部長は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


    「実は、前回の英会話カフェで印象に残ったやり取りがありまして。」


    部長は話の続きを聞きたそうに顔を上げた。


    「どんなお話だったんですか?」


    「自分の国の好きな食べ物というテーマで、日本人男性がカレーの話をしたんです。ところが、同じテーブルのカナダ人女性には、カレーはあまり馴染みがないようでした。そのやり取りを聞いて、日本人には身近な料理でも、外国人には意外なものとして映ることがあると感じました。自分にとっての『当たり前』が、必ずしも相手にとっての『当たり前』にならないのが異文化交流の面白さだと思ったんです。」


    「確かにそうかもしれませんね。」


    部長は田那珂たなかの言葉に耳を傾けながら、小さくうなずいた。


    「外国の方と話していると、日本の食材や料理の見え方が少し変わってくるように感じるんです。」


    部長は感慨深そうに田那珂たなかを見た。


    「それこそ、プロジェクトが目指している視点ですね。新しい食材を発掘することだけでなく、すでに身近な食材や料理を異なる文化の視点から見つめ直して、その可能性を再発見することにも大きな意味がありますね。」


    部長の言葉で、英会話カフェで感じていたことが整理されていったような気がした。


    抹茶ナナイモバーの話もそうだった。


    日本ではお馴染みの抹茶が、カナダのお菓子に取り入れられていて、異なる文化の中に違和感なく溶け込んでいた。


    田那珂たなかは、食材もまた人と同じように国や文化の間を行き来しているのだと感じた。


    「確かに、いままで外国の食文化を知ろうとすることばかり考えていました。でも、外国の方の反応を見ていると、日本の食材や料理にも意外な発見があることに気づかされます。」


    田那珂たなかが少し照れたように笑うと、部長は満足そうにうなずいた。


    「その視点は大切ですね。国際交流は、海外の文化を知ることにとどまらず、自分たちの身近なものの見え方を変えるきっかけにもなります。引き続き、プロジェクト、頑張ってください。」


    「はい、ありがとうございます。」


    田那珂たなかは姿勢を正し、軽く頭を下げた。


    部長は自動販売機の前で足を止めると、フルーツフレーバーの紅茶を選んだ。


    ガタン。


    取り出し口に落ちたペットボトルを手に取ると、部長は「お先に」と軽く会釈して、落ち着いた足取りで廊下を歩いていった。


    田那珂たなかは自動販売機の前で、部長の姿を見送りながら、プロジェクトの今後について考えた。


    日本の食材を外国の料理に生かしてもらうには、まず外国の人たちが日本の食材や料理をどのように受け止めているのかを知る必要があるだろう。


    自分たちには当たり前のものでも、外国の人たちには意外に映ることがある。


    逆に、日本では気づかれにくい特徴が評価されることもあるかもしれない。


    英会話カフェでの何気ない会話の中にも、そんな発見のきっかけが隠れているような気がした。


    どんな食材に興味を持つのか。


    どんな料理が記憶に残るのか。


    何気ないやり取りの中に、日本の食材や料理の新しい可能性を見つけるヒントが隠れているのかもしれない。


    そう考えると、次の英会話カフェが今まで以上に楽しみに思えてきた。


    **********


    仕事を終えた田那珂たなかが、Maple Window Cafeへ向かって歩いていると、前方から見覚えのある外国人男性が歩いてくるのが見えた。


    (あれ?)


    相手も気づいたらしく、笑顔で手を振った。


    "Hi, Soichi!"


    "Daniel-san!"


    前々回の英会話カフェで同じテーブルになったアメリカ人のダニエルだった。


    "Nice to see you again. Are you going to the cafe?"
    (また会えてうれしいです。Maple Window Cafe
    に行くんですか?)


    "Yes. You, too?"
    (はい。ダニエルさんもですか?)


    "Yes, I finished work a little early today." 
    (はい、今日は少し早く仕事が終わったんです。)


    二人は並んで歩き始めた。


    "By the way, I tried a Japanese sweet last weekend." 
    (そういえば、先週末、日本のお菓子を食べたんです。)


    "Really?"
    (本当ですか?)


    "What was the name...? "
    (何という名前だったかな…?)


    ダニエルは首をかしげながら考え込んだ。


    "The one shaped like a fish..."
    (魚の形をしたやつです…。)


    "Oh, Taiyaki?"
    (あぁ、たい焼き?)


    田那珂たなかはすぐに思い当たった。


    "Yes! Taiyaki!"
    (そうです!たい焼きです!)


    ダニエルはうれしそうにうなずいた。


    "It was good, but it felt unusual to me." 
    (おいしかったですが、私には珍しい感じがしました。)


    "Why?"
    (どうしてですか?)


    "In my country, fish and sweets don't go together."
    (私の国では、魚とお菓子は結びつかないので。)


    田那珂たなかは「なるほど」と言うようにうなずいた。


    確かに、初めて見た人ならそう思うかもしれない。


    "And... head first or tail first?" 
    (それで… 頭からですか? 尻尾からですか?)


    "What?"
    (えっ?)


    ダニエルは面食らったように田那珂たなかを見た。


    "I mean… when you eat taiyaki. Head first or tail first?"
    (つまり… たい焼きを食べるときです。頭からですか? 尻尾からですか?)


    田那珂たなかは少し考えながら補足した。


    "Japanese people talk about that?"
    (日本人はそんなことを話題にするんですか?)


    ダニエルは驚きを隠せない様子で言った。


    "Sometimes…"
    (時々…。)


    田那珂たなかは苦笑しながら言った。


    "Really?"
    (本当に?)


    "Yes, some people ask."
    (はい、そういうことを聞く人もいます。)


    "You mean, do you start with the head or the tail?" 
    (つまり、頭から食べるか尻尾から食べるかってことですか?)


    That's right.
    (その通りです。)


    ダニエルは「信じられない」と言いたげな表情で首を振った。


    "Interesting… So, which side do you start with?"
    (面白いですね…。それで、田那珂たなかさんはどちらから食べるんですか?)


    田那珂たなかは少し考えてから答えた。


    "Tail."
    (尻尾です。)


    "Tail first?"
    (尻尾からですか?)


    ダニエルはすぐに聞き返した。


    "Yes, I like sweet part last."
    (はい、甘いところを最後に食べるのが好きなんです。)


    "Ah… saving the best for last."
    (あぁ… 一番いいところを最後に残すんですね。)


    "Yes, like that."
    (はい、そんな感じです。)


    田那珂たなかが少し照れくさそうに笑うと、ダニエルは軽く肩をすくめ、少し困ったように言った。


    "I think next time it will be harder to eat."
    (次は食べるのがちょっと難しくなりそうです。)


    二人がそんな会話を続けているうちに、通りの先にMaple Window Cafeの看板が見えてきた。


    "Ah, here we are."
    (あ、着きましたね。)


    窓から店内の明かりがこぼれ、店内にはすでに数人の客の姿があった。


    入口の前で二人は立ち止まると、ダニエルがドアへ手をかけた。


    "Shall we?"
    (入りましょうか。)


    "Okay."


    田那珂たなかは小さくうなずいた。


    お店のドアを開けると、コーヒーのいい香りが漂ってきた。


    "Welcome!"
    (いらっしゃいませ!)


    カウンターの奥からケイトが顔を上げて微笑むと、ダニエルは軽く手を挙げて挨拶した。


    "Hi, Kate."
    (こんにちは、ケイト。)


    田那珂たなかは少し遅れて会釈した。


    "Hello…"
    (こんにちは…。)


    ケイトは二人を見てうれしそうに目を細めた。


    "You made it. Good to see you both."
    (来てくれたんですね。二人に会えてうれしいです。)


    ダニエルは店内を見渡しながら言った。


    "It’s getting busy."
    (賑にぎやかになってきましたね。)


    ケイトはカウンターの上にある黒板に視線を向けた。


    "Yes, tonight’s topic is all about places."
    (えぇ、今夜のテーマは“場所”です。)


    "That should be fun."
    (面白そうですね。)


    ダニエルが声を弾ませて言うと、ケイトは両手をカウンターの上に置いて、二人に視線を戻した。


    "So, what would you like to drink?"
    (飲み物は何にしますか?)


    "I'll have a coffee and a glazed donut." 
    (コーヒーとドーナツをお願いします。)


    ダニエルが先に注文した。


    田那珂たなかは壁のメニューボードをしばらく眺めたあと、ガラスケースに並ぶクッキーへ視線を移した。


    "I'll have a cafe latte and a maple cookie."
    (カフェラテとメープルクッキーをお願いします。)


    ケイトは注文を聞いて表情を明るくした。


    "Great choice! Our Maple cookie goes really well with the cafe latte!" 
    (かしこまりました!うちのメープルクッキーはカフェラテによく合うんです!)


    "Your drinks will be brought to your table. Please sit anywhere you like."
    (ご注文は席までお持ちします。好きな席にお座りください。)


    そう言って、ケイトは店内の奥へ軽く視線を向けた。


    "Enjoy your time here."
    (ゆっくりどうぞ。)


    ダニエルは店内の中央を指差し、田那珂たなかに声をかけた。


    "How about that table?"
    (あの席はどうですか?)


    確認すると、ソファ席だった。


    "Okay."
    (いいですね。)


    そのまま二人は移動し、向かい合わせに座った。


    席に落ち着くと、ダニエルは一人掛けのソファに身を預け、店内をゆっくり見渡してから、静かに息をついた。


    "It’s a nice place to relax." 
    (落ち着ける場所ですね。)


    そのとき、ケイトが飲み物を持ってテーブルへやって来た。


    "Here you are." 
    (どうぞ。)


    ケイトが二人が注文したものを丁寧にテーブルに置いていく。


    "Thanks." 
    (ありがとう。)


    ダニエルは軽く手を上げてお礼を言った。


    "Thank you." 
    (ありがとうございます。)


    田那珂たなかも続けて小さく会釈をしながら、感謝の言葉を口にした。


    "You're welcome." 
    (どういたしまして。)


    ケイトはそう言うと、田那珂たなかの前に置かれたメープルクッキーへ目を向けた。


    "That cookie is one of our most popular items." 
    (そのクッキーはうちの人気商品の一つなんですよ。)


    "It looks delicious."
    (おいしそうですね。)


    田那珂たなかは目の前のクッキーをじっと見た。


    "We use maple syrup imported from Canada."
    (カナダ産のメープルシロップを使っているんです。)


    "That's nice." 
    (それはいいですね。)


    すると、ケイトは意味ありげに微笑んだ。


    "Actually, that's also part of the reason this cafe is called Maple Window Cafe."
    (実は、それはこのカフェが Maple Window Cafe と呼ばれている理由の一つでもあるんです。)


    "Really?"
    (そうなんですか?)


    田那珂たなかは思わず聞き返した。


    "The maple comes from Canada, where I grew up."
    (メープルは、私が育ったカナダを表しています。)


    ケイトはそう言って、ゆっくりと窓の方へ顔を向けた。


    "And the window means a window to the world."(そして“Window”には、世界へつながる窓という意味があるんです。)


    "I like that."
    (いいですね。)


    ダニエルが興味深そうにうなずくと、ケイトは小さく笑って続けた。


    "I wanted this cafe to be a place where people could discover new cultures, meet new people, and find a wider world from a single cup of coffee. So Maple Window Cafe means a place where a new world opens through a window."
    (このカフェを、一杯のコーヒーから新しい文化や人々と出会い、より広い世界へつながる場所にしたかったんです。だから Maple Window Cafe には、“窓の向こうに新しい世界が広がる場所”という思いが込められているんですよ。)


    "That's a wonderful meaning."
    (とても素敵な意味ですね。)


    ダニエルがゆっくりと店内を見回しながら言った。


    コーヒーの香りが漂う中、英語と日本語が飛び交っている。


    言葉は違っても、お客さんたちは同じ時間を共有することを楽しんでいるようだった。


    田那珂たなかは、初めてこのカフェを訪れたときに見た一枚の写真を思い出していた。


    外国人と日本人が笑顔で語り合う写真の下に添えられていた “Different languages, same smile (言葉が違っても笑顔は同じ)” という言葉が、今の店内の様子に重なった。


    英語を話せるようになることだけが大切なのではない。

    言葉を通して人とつながり、これまで知らなかった世界に触れることこそが、自分が求めていたものなのかもしれない。


    田那珂たなかはメープルクッキーを一口食べた。


    メープルシロップはカナダの名産品という印象が強いが、ケイトさんにとっては故郷を思い出させてくれる特別な存在だ。


    だからこそ、カナダ産のメープルシロップをクッキーに使い、故郷への思いを Maple Window Cafeという名前に込めたのだろう。


    自分にとって当たり前のものでも、見方を変えれば特別なものになる。

    田那珂たなかは、そんな当たり前の奥にある思いに気づかされた気がした。


    窓の向こう側には、まだ知らない世界が広がっている。


    そして、窓のこちら側には、異なる文化の視点を通して、自分の当たり前を見つめ直す新しい可能性が広がっている。



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    Masami

     
     
    TESOL保有 | リーディングを原点に、英語の語順をロジカルに読み解き、感覚的に捉えるためのソリューションを提案。あわせて、noteでは英語の音や文化にも目を向け、言語の魅力を多角的に探求します。

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