
今夜、英語を話してみる⑥
田那珂は、朝の通勤客でにぎわう駅前を会社に向かって歩いていた。
「おはようございます。」
後ろから聞き慣れた声がして振り返ると、佐都宇さんが軽く手を挙げながら近づいてきた。
「あっ、おはようございます。」
二人は自然と歩調を合わせながら、並んで歩き始めた。
「そういえば、昨日は仕事が終わったあと、英会話カフェに行ってきたんですよ。」
田那珂は何気ない調子で切り出した。
「へぇ、英会話カフェですか。」
佐都宇さんが興味を示した。
「はい。前回のミーティングで、山茂戸さんが少し触れていた外国人のお客さんと英語で会話できるカフェです。」
「何か面白いことはありましたか。」
田那珂は、微笑みながらうなずいた。
「アメリカ人の男性と話しているうちに、たい焼きは頭から食べる派か、尻尾から食べる派かという話になったんです。」
「たい焼きですか…。」
田那珂は苦笑まじりに続けた。
「たい焼きを頭から食べるか、尻尾から食べるかなんて、日本人同士ならただの雑談ですが、外国人から見ると、魚の形をしたお菓子という発想そのものが珍しくて、食べる順番まで話題にすることが面白いみたいです。」
「言われてみれば、確かにそうですね。」
佐都宇さんは、少し考えるように前を見ながら言った。
「私たちが素通りしてしまうようなことでも、見る人が変われば受け取り方も変わるんだなって思いました。」
田那珂が自分の考えを整理するように言うと、佐都宇さんは何か思い出したように、前を見つめながら口を開いた。
「そういえば、前回のミーティングで、日本の食材を海外へどう紹介するかを話し合ったとき、外国の食文化への理解が大切だという意見がありましたよね。私もその考えには賛成だったんですが、今思うと、それと同じくらい、外国人がどんなことに興味を持つのかを知ることも大切なんじゃないかと思うんです。」
「たしかに。日本人が良いと思っているところと、外国人が魅力を感じるところが必ずしも一致するとは限りませんからね。」
田那珂はゆっくりうなずいた。
「次回のミーティングでは、外国人が日本の食文化のどこに興味を持つのかという視点で、掘り下げてみるのも面白いんじゃないかと思います。」
佐都宇さんは期待を込めるように言った。
「外国人の目を通して日本を見るってことですね。」
田那珂は、胸の中で何かが腑に落ちたようにうなずいた。
すると、佐都宇さんは少し間を置いてから、静かに話し始めた。
「実は、私がよく行くクラフトビールのお店のオーナーも、日本の食材や食文化に興味を持っているんですよ。」
「外国人ですか?」
「えぇ、ドイツ出身の方なんですが、日本に来て以来、コンビニのおにぎりが気になっているそうなんです。」
「コンビニのおにぎりにですか…。おもしろいですね。」
田那珂は次の言葉を待ちながら、佐都宇さんを見た。
「最初は手軽な食べ物という程度の認識だったそうですが、具材のバリエーションや地域ごとの違いに気づいて、次第に興味を持つようになったそうです。」
佐都宇さんは笑いながら続けた。
「おにぎり一つをとっても、鮭や梅といった定番に加えて、季節限定の商品や新しい味が次々と登場しますよね。オーナーのハンスさんは、それを見て『日本人は日常の食べ物を絶えず工夫し続けるのが上手い』と言っていました。」
「なるほど。私たちには見慣れたものでも、外国人には新しい発見の連続なんですね。」
話しながら歩いているうちに、二人はいつの間にか会社が入るオフィスビルの前まで来ていた。
通勤中の人たちが、次々とビルの中へ入っていく。
「話していると、本当にあっという間ですね。」
佐都宇さんが時計に目をやりながら言った。
田那珂は足を止め、佐都宇さんに向き直った。
「今日はいろいろ話せてよかったです。次回のミーティングの日程が決まったら、ご連絡します。」
「ありがとうございます。それでは、また。」
二人は短く言葉を交わすと、軽く会釈をして、それぞれの仕事へと向かった。
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午前中の業務をひと区切り終えた田那珂は、パソコンの画面右下に表示されている時刻をちらっと見た。
昼休みまで、あと十分ほどだった。
(忘れないうちに送っておこう…。)
そして、朝の佐都宇さんとのやり取りを思い出しながら、キーボードに手を置き、文字をタイプし始めた。
佐都宇さん、山茂戸さん、
お疲れ様です。開発部の田那珂です。
先日は、食材交流プロジェクトのキックオフミーティングにご参加いただき、ありがとうございました。
次回のミーティングでは、外国人が日本の食文化のどのような点に興味を持つのかという視点を中心に、意見を出し合えればと思います。
外国人の目線から見た日本ならではの食文化や、その背景についても話し合えればと考えています。
次回のミーティングの日程候補です。
・○月✕日(金)午前11時~
・○月△日(月)午後2時~
・○月□日(火)午前10時~
ご連絡お待ちしています。
田那珂
田那珂は、文章を一通り読み返して、内容に間違いがないことを確認すると、送信ボタンを押した。
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火曜日の午前10時。
田那珂は少し早めに会議室に入り、ミーティング用の資料をテーブルに並べたあと、プロジェクターの接続を確認した。
(これで準備万端だ!)
そのとき、会議室のドアをノックする音が聞こえた。
「おはようございます。」
先に姿を見せたのは佐都宇さんだった。
少し遅れて、山茂戸さんも姿を見せた。
田那珂は笑顔で二人を迎えた。
「おはようございます。お忙しい中、集まっていただきありがとうございます。」
佐都宇さんと山茂戸さんは「よろしくお願いします」と軽く頭を下げると、それぞれ資料が置かれた席に腰を下ろした。
「それでは、時間になりましたので、ミーティングを始めます。」
田那珂はそう言うと、プロジェクターに資料を映し出した。

「前回のミーティングでは、日本の食材を海外へどのように紹介していくかについて話し合いました。その中で、外国の食文化への理解が大切ではないかという意見が出ましたよね。」
田那珂はひと呼吸置いて、スライドに視線を移した。
「実は先日、英会話カフェでアメリカ人の男性と、たい焼きを頭から食べるか、それとも尻尾から食べるかという話題になったんです。外国人から見ると、魚の形をしたお菓子という発想そのものが珍しくて、食べる順番まで話題にすることが面白いと驚いていました。そのやり取りを通して、日本の食材を、もっと世界に広めるには、まず外国人がどのような点に興味を持つのかを知ることが大切なのではないかと感じたんです。」
田那珂は、佐都宇さんと山茂戸さんの顔を順に見ながら続けた。
「そこで、食材交流プロジェクトも少し方向性を見直したいと思います。海外の食文化をリサーチすることを中心に考えるのではなく、外国人が日本の食文化のどのような点に興味を持つのかという視点で、意見を出し合っていきたいと思います。」
佐都宇さんは、手元の資料からゆっくりと顔を上げると、田那珂を見た。
「仰ること、よく分かります。先週の木曜日、通勤途中に田那珂さんにお話ししましたが、私がよく行くクラフトビールのお店のドイツ人オーナーが、日本のコンビニのおにぎりに感動しているんです。」
佐都宇さんは、穏やかな口調で続けた。
「私たちには当たり前のコンビニのおにぎりも、彼にとっては、具材の種類の豊富さや季節限定の商品、さらに海苔をパリッと保てる包装の工夫まで、一つ一つが驚きだったようです。」
山茂戸さんは、共感するように何度もうなずいた。
「確かに、私たちには何気ない日常の風景でも、外国人にとっては興味を引かれるものがたくさんあるんですよね。以前、海外の友人が日本へ遊びに来たとき、自動販売機が街の至るところに設置されていることに驚いていました。しかも、飲み物だけでなく、ラーメンのような食べ物まで買えることに、日本の便利さを実感していたようでした。」
佐都宇さんは何か思い当たる節があるように、小さくうなずいた。
「海外では防犯上の理由から、自動販売機を屋外にたくさん設置するのが難しい国も少なくないそうですね。それだけでも、日本の治安の良さに驚く外国人は多いと聞きます。」
山茂戸さんは話を聞きながら、少し考えるように間を置いた。
「そう考えると、日本の食文化を支えているのは、優れた商品だけでなく、行き届いたサービスにも表れているんですよね。」
「今の話は、非常に示唆に富んでいると思います。」
田那珂はそう前置きすると、次のスライドを表示した。

「外国人にとっては、日本の“食”そのものだけでなく、その背景にある日常や文化的な考え方にも関心が広がっているということです。つまり、食文化は背景込みで捉えられていると思うんです。」
田那珂は話の流れを整理するように続けた。
「だからこそ、今進めている食材交流プロジェクトも、食材をどう提示するか以上に、どのような視点から興味を持っているのかという前提に立って設計し直す必要があると思います。」
田那珂はスライドを切り替えると、ゆっくりと説明を進めた。

「そのヒントを得るためには、実際に外国の方と接しながら商品づくりを行っている現場から学べれば理想的です。何か心当たりがあれば、ぜひお聞かせいただきたいのですが…。」
すると、山茂戸さんが静かに手を挙げた。
「それでしたら、Maple Window Cafeに協力をお願いしてみてはどうでしょうか?オーナーのケイトさんは、日本の食材を使ったスイーツをいろいろ試作しながら、日本人のお客さんには故郷カナダの食文化の魅力を伝え、外国人のお客さんには日本の食材を生かした新しいカナダスタイルの味づくりに取り組んでいると伺っています。」
「Maple Window Cafeというのは、抹茶ナナイモバーのお店ですか?」
佐都宇さんはノートパソコンの画面をスクロールしながら、以前の打ち合わせの内容を見返していた。
「えぇ、そのお店です。」
山茂戸さんは笑顔でうなずいた。
「先日、私が外国人のお客さんと交流した英会話カフェです。」
田那珂が補足すると、佐都宇さんは「あぁ、あのカフェか!」と合点がいったように小さくうなずいた。
「今度、英会話カフェに行ったときに、ケイトさんに直接お話ししてみます。今回の食材交流プロジェクトのことをご説明して、ご協力いただけるようでしたら、新しいメニューを考案する際に、お客様の声や反応をどのように商品づくりへ生かしているのか、お話を伺いたいと思います。」
田那珂の提案に、山茂戸さんは賛同するように穏やかな笑みを浮かべた。
「ぜひ、お願いします。私もケイトさんと親しくさせていただいているので、何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく仰ってください。」
佐都宇さんはノートパソコンでメモを入力しながら、声を弾ませて言った。
「資料だけでは分からないリアルな反応を直接伺えるのは、とても楽しみです。」
田那珂は二人の反応を確かめるように見てから、スクリーンのスライド表示を終了させた。
「それでは、Maple Window Cafeへの取材を進めていきます。進捗状況は次回のミーティングで共有し、その内容をもとにプロジェクトの方向性をさらに検討していければと思います。」
こうして、食材交流プロジェクトはMaple Window Cafeに協力を求め、現場での声を取り入れながら、外国人の視点から日本の食文化を探る取り組みが本格的に動き出した。
会議室を出る準備をしていると、ノートパソコンを片手に抱えた佐都宇さんが田那珂に声をかけた。
「次の英会話カフェはいつなんですか?」
田那珂は手帳を確認することもなく、すぐに答えた。
「毎週水曜日なので、ちょうど明日ですね。」
「明日か…。」
佐都宇さんは興味を引かれたように、田那珂の顔を見た。
「せっかくの機会なので、一度参加してみようかな。」
その言葉を聞いて、田那珂はどこかうれしそうな表情を浮かべた。
「ぜひ来てください。英語を話すだけでなく、いろいろな国の方と気軽に交流できますし、ケイトさんともお話しできますよ。」
「それは楽しみですね。実際に足を運ぶことで、お店の雰囲気やお客さんの反応も直接知ることができそうですね。」
二人は話しながら会議室を後にした。