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今夜、英語を話してみる④

    昼休みのチャイムが鳴ると、田那珂たなかは席を立った。


    エレベーターのボタンを押そうとした時、後ろから「あ、田那珂たなかさん」と声を掛けられた。


    振り返ると、バッグを肩に掛けた山茂戸やまもとさんが立っていた。


    「こんにちは。これからお昼ですか?」


    「はい、Maple Window Cafeに行こうと思ってるんです。」


    「あぁ、英会話の…。」


    山茂戸やまもとさんはうなずいた。


    「えぇ、店員さんと英語で話せるので気に入ってるんです。」


    「昼間でもですか?」


    田那珂たなかは思わず聞き返した。


    「そうなんですよ。」


    山茂戸やまもとさんが笑いながら言うと、田那珂たなかはそこで初めて合点がいった。


    「前に一度、夜の英会話カフェに参加したことがあるんですが、英語を話すのは夜だけだと思ってました。」


    「そうなんですね。確かに夜の方が英語を話す機会は多いですが、外国人のスタッフさんがいるので、注文の時なんかは英語を使うこともありますよ。」


    田那珂たなかは少し興味を引かれた。


    「なるほど。」


    昼間は普通のカフェだと思い込んでいたので、少し意外だった。


    「そうなんです。気軽に話せるので、いい練習になりますよ。」


    ちょうどその時、エレベーターが到着して、二人は並んで乗り込んだ。


    扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと下降を始める。


    「そういえば、田那珂たなかさんはお昼どこに行くんですか?」


    山茂戸やまもとさんが尋ねた。


    「まだ決めてないんです。コンビニにでも行こうかなと思っていて…。」


    田那珂たなかは苦笑した。


    「昼間のMaple Window Cafeもなかなかいいですよ。サンドイッチがおいしいんです。」


    山茂戸やまもとさんが常連らしい口ぶりで言った。


    「せっかくだから、行ってみようかな。」


    田那珂たなかは独り言のようにつぶやいた。


    英語で注文する機会など、普段はほとんどない。


    緊張しそうだが、試してみたい気持ちもあった。


    「決まりですね。」


    山茂戸やまもとさんは満足そうにうなずいた。


    ロビーを抜けて外へ出ると、歩道には昼食を求める会社員たちの姿が行き交い、近くの飲食店の前には短い列ができていた。


    田那珂たなかは周囲を見渡しながら歩いた。


    通りをしばらく進み、二つ目の角を左に曲がると、レンガ造りの建物が見えてきた。


    山茂戸やまもとさんが慣れた様子で店のドアを開けると、店内はランチタイムらしい活気にあふれていた。


    カウンターの奥からは淹れたてのコーヒーの香りが漂い、ガラスケースにはおいしそうなサンドイッチが並べられていた。


    カウンターの向こうにいたケイトがすぐに気づいた。


    二人の姿を見つけると、カウンターの向こうにいたケイトが親しげに手を振った。


    “Hi, Kaori! Hi, Tanaka-san! Good to see you again.” 
    (こんにちは、香織!田那珂たなかさん!また来てくれたんですね。)


    “Hi, Kate!” 
    (こんにちは、ケイト!)


    山茂戸やまもとさんも笑顔で手を振った。


    田那珂たなかは一瞬ためらったが、「英語であいさつを返すくらいなら難しくない」と自分に言い聞かせると、意を決して口を開いた。


    “Hi, Kate-san…”
    (こんにちは、ケイトさん。)

    ケイトが明るい声で応じた。


    “How are you today?”
    (調子はいかがですか?)


    田那珂たなかはどう答えるべきか、緊張しながら、頭の中で習った英語を慌てて思い返した。


    “I-I’m fine, thank you.”
    (げ、元気です。ありがとうございます。)


    なんとか覚えていた教科書どおりのフレーズを口にした。


    “I'm glad to hear that.”
    (それはよかったです。)


    ケイトが笑顔でうなずくのを見て、田那珂たなかは会話が成立したようでホッとした。


    “I'm doing great, thanks. Busy today?”
    (元気です、ありがとう。今日は忙しいですか?)


    山茂戸やまもとさんは慣れた様子で答えた。


    “A bit… we’re getting busy now.” 
    (少し… ちょうど忙しくなってきました。)


    ケイトはそう言いながら、ストローやナプキンを補充していた。


    “So, what can I get for you today?”
    (今日は何にしますか?)


    山茂戸やまもとさんはメニューをチラッと見たあと、すぐに注文した。


    “I’ll have the chicken sandwich and an iced coffee, please.”
    (チキンサンドイッチとアイスコーヒーをお願いします。)

    ケイトがうなずいた。


    “Great! Anything else?”
    (いいですね!他にご注文はありますか?)


    “No, that’s all.”
    (いいえ、それだけです。)


    For here or to go?” 
    (店内でお召し上がりですか、それともお持ち帰りですか?)


    “To go today.” 
    (今日は持ち帰りで。)


    “Sure.” 
    (かしこまりました。)


    ケイトは山茂戸やまもとさんが注文し終えると、田那珂たなかを見た。


    (いよいよ自分の番だ…。)


    田那珂たなかはガラスケースに並んでいるサンドイッチを眺めていた。


    “And what about you, Tanaka-san?”
    (田那珂たなかさんはいかがですか?)


    どれもおいしそうで、なかなか決められない。


    英語で注文するだけでも緊張するのに、おすすめを聞くなんて、自分には少しハードルが高い気がしたが、せっかくの機会なのでやってみようと思った。


    “Umm... what do you… recommend?”
    (ええと… おすすめは何ですか?)


    “Let me see…”
    (そうですね…。)


    ケイトはガラスケースへ目をやり、少し考え込んだ。


    “I recommend the roast beef sandwich. It's one of our most popular sandwiches.”
    (ローストビーフサンドがおすすめです。当店でも人気のサンドイッチの一つなんですよ。)


    それから、少し間を置いて、補足するように続けた。


    “The soup set is good, too. A lot of customers order them together.”
    (スープセットもおすすめですよ。一緒に注文されるお客さまが多いんです。)


    田那珂たなかはローストビーフサンドを見た。


    厚切りのローストビーフと新鮮な野菜が挟まれていて、とてもおいしそうだった。


    (よし、これにしよう!)


    食べたいものは決まった。


    しかし、いざ注文するとなると、何と言えばいいのか分からない。


    「こういうときって、どう言えばいいんですか?」


    田那珂たなかは山茂戸やまもとさんに小声で尋ねた。


    「I'll have the roast beef sandwich, pleaseでいいと思いますよ。」


    (アイル ハブ ザ ローストビーフサンドイッチ……。)


    田那珂たなかが教わったフレーズを忘れないよう、心の中で何度も唱えていると、ケイトがタイミングを見計らったように声をかけた。


    “Are you ready?”
    (お決まりですか?)


    「アイル ハブ… ローストビーフサンドイッチ…」


    田那珂たなかは思い切って注文を口にした。


    (ちゃんと通じただろうか…。)


    ケイトは小さくうなずき、笑顔を見せた。


    “Certainly.”
    (かしこまりました。)


    そして、続けて尋ねた。


    “Would you like something to drink?”


    予想していなかった質問に田那珂たなかは一瞬固まった。


    (えっ…。)


    田那珂たなかは助けを求めるように山茂戸やまもとさんを見た。

    「飲み物はいかがですか?って聞かれてますよ。」


    「あ、そういうことですか。」


    (せっかくの機会だ。もう少し英語で話してみよう。)


    田那珂たなかは、少し考えてから口を開いた。


    “Uh… what do you… recommend?”
    (えぇ… おすすめは何ですか?)


    ケイトは笑顔で言った。


    “Yes, I recommend the matcha maple latte.”
    (はい、抹茶メープルラテがおすすめです。)


    田那珂たなかはかろうじて"抹茶メープルラテ"という言葉だけ聞き取ることができた。


    そして、頭の中で英文を確かめると、口に出してみた。


    "Matcha maple latte, please."


    “Sure.” 
    (かしこまりました。)


    ケイトはうなずいた。

    そして、間を置かずに続けた。


    “Would you like yours to go as well?” 


    田那珂たなかはどう答えればいいのか分からず、山茂戸やまもとさんを見た。


    「田那珂たなかさんも持ち帰りにしますか?って聞かれてますよ。」


    「あ、そういうことですか。」


    田那珂たなかはホッとした。


    “Yes...”


    しかし、そのまま言葉に詰まった。


    (持ち帰りって英語で何と言うのかな…?)


    一瞬考えてから、ためらいがちに続けた。


    “Yes, please...”


    それを聞いて、ケイトはにっこりと微笑んだ。


    “Sure. We'll have that ready for you shortly.”
    (かしこまりました。すぐに用意いたしますね。)


    聞き取れたのは"ready"くらいだったが、口調や表情から何となく意味は伝わった。


    “Thank you.”
    (ありがとうございます。)


    “You’re welcome.”
    (どういたしまして。)


    ケイトはそう言うと、カウンターの奥へ向かった。


    注文のやり取りを見ていた山茂戸やまもとさんが田那珂たなかに声をかけた。


    「うまく通じましたね。」


    田那珂たなかは少し照れくさそうに笑った。


    「全部は聞き取れなかったんですけど、何とかなりました。」


    「完璧に理解できなくても意外と何とかなるものです。」


    山茂戸やまもとさんは穏やかな表情で言った。


    「大事なのは、通じるかどうかを気にしすぎないことですよ。少しくらい間違えても、案外相手は分かってくれますから。」


    田那珂たなかはその言葉に励まされた。


    注文をするだけの短いやり取りだったが、自分の英語が通じたことがうれしかった。


    「そうですね。少し自信がつきました。」


    英語を話すことへの不安がほんの少し薄らいだ気がした。


    **********


    会社に戻った田那珂たなかは、自分の席で、カフェで購入したローストビーフサンドイッチと抹茶メープルラテを机の上に並べた。


    そして、スマホを取り出し、まず全体の印象が分かるように一枚撮影した。


    続いて、サンドイッチを少し傾けて、ローストビーフや野菜の断面が見える角度から何枚か撮った。


    抹茶メープルラテは蓋を外し、淡い緑色が見えるように真上からも写真に収めた。


    田那珂《たなか》は、写真を撮り終えると、机の引き出しから手帳を取り出した。


    ローストビーフサンドイッチを口に運びながら、気づいた点を手帳に記していく。


    ローストビーフのうま味を野菜のさっぱりした味わいがうまく支えていて、全体のバランスが良い。食べ応えがありながらも重たさを感じさせず、日本産の野菜や調味料を組み合わせることで、さらに個性を引き出せる可能性がある。



    続いて、抹茶メープルラテのカップを手に取った。


    抹茶のほろ苦さのあとに、やさしい甘さが広がる。日本の抹茶とカナダのメープルシロップという異なる食文化の素材が、違和感なく一つの味わいにまとまっている点が興味深い。


    感想を書き終えた田那珂たなかは、ひと息つくと、残りのローストビーフサンドイッチに手を伸ばした。


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    Masami

     
     
    TESOL保有 | リーディングを原点に、英語の語順をロジカルに読み解き、感覚的に捉えるためのソリューションを提案。あわせて、noteでは英語の音や文化にも目を向け、言語の魅力を多角的に探求します。

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