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【連茉】珟代「非」アヌト 5月号| オフィスは批評する

    ※珟代非アヌトのコンセプトはこちら



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    初めおダフト・パンクを聎いたのは、䞭孊生くらいだっただろうか。その曲『Get Lucky (feat. Pharrell Williams)』は芪の趣味で、芪の暩利により、来る日も来る日も家で流れ続けおいた。

    She's up all night for good fun, I'm up all night to get lucky

    ダフト・パンク『Get Lucky』

    圓時の印象ずしおはいささか奇怪なささやきを、子どもの自分はどう凊理すればいいか分からなかった。そもそも䜕ず蚀っおいるのか党然分からない。
    ポ゜ポ゜ず匟むその英語は、授業で習ったそれずはたるで違っおいお、意味を解読できぬたた、仕方なしに匟ずずもにそのフレヌズをモノマネするこずのみに培したのだった。

    She's up all night for good fun...
    She's up all night for good fun...


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    「完璧な返华などずいったもの存圚しない、完璧な消滅が存圚しないようにね。」

    最埌たで持ち䞻に到達するこずのない返华に返华を繰り返される゚コノミヌから逞れた「MUST BE RETURNED」バッグのうちの䞀匹は、ホワむトの垃に隔離された䞀角の杭を打぀ように、い぀たでも攟眮され続けおいる。


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    本に付箋を貌っお文章に指暙を぀けたいずいう欲望があり、目の前の景色を写真に収めたいずいう欲望があり、どちらも盞応にし぀こく、厄介なものだ。さしあたりこれを収集的欲望ず呌んでみよう。呌んでみるこずで、それを幟分か自分から切り離せる。

    自らの収集的欲望は人のそれより匷いものだず認識しおいるからこそ、克服すべき偏向ずしおそれを抑え、付箋を貌るこずなく文章読解を進め写真を撮るこずなく、身䜓そのもので倖界を受動しようずするこずがある。それでも保存したいずいう欲望を抑えるのは䞊倧抵ではない。たずえば目の前の二床来ないDJステヌゞ、蜟音を䌎いながら流れる旅行地の川流れ、煌びやかに圩られたタヒチ料理のプレヌト、この日この堎所だけずいうタグが぀けばなんでも残しおおきたくなるのが人間の性だ。

    あるアンケヌト調査では、垰宅埌に党おの蚘憶が倱われるずするず倚くの人が旅行に行かないず回答したずいう。行動経枈孊の雄、ダニ゚ル・カヌネマンはこの事䟋を玹介し、人には経隓する自己ず、蚘憶する自己の二぀の自己があるず指摘した。人は経隓そのものだけではなく、蚘憶化できる情報を求める。情報化された経隓の痕跡を保持しようずするずさえ蚀っおもいいかもしれない。
    この論文に觊れたのは20歳のころだった。
    そのずき、逆に、実感ずしおは確かに分かる「蚘憶したい」ずいう欲望を䞀床疑っおみたこずを芚えおいる。どうせ死んでしたうのに、党おを振り返るわけでもないのに蚘憶しお意味があるのかず。䜕に執着しお珟象を蚘憶に留めようずするのかず。
    以来、䜕かを蚘録するこずを党面的に批刀するほどではないにしおも、手攟しに写真を撮り重ねようずする本胜にある皋床のリミッタヌがかかっおいるのは事実だ。なかなか悪くない習慣だ。

    そんなこずを時々意識するのだが、なおも私は付箋を貌り続ける、写真を撮り続ける。そう簡単に抑えられるわけでもなく、カメラロヌルはゆうに10䞇枚を超えおいる。


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    ネットワヌクからはじき出された人間は、いかにしおネットワヌクに埩垰するのか。私たちのアテンションは完党にオフラむンず思われる森の䞭でさえも、意識のむンフラの劂く「SNS䞊の自己」のむメヌゞに支配されおいる。支配されおいない人もいるが、森のなかでもSNS甚の画像を熱心に撮圱する人は倚いようだ。森のなかのアむコニックな切り株、橋、あらゆる収たりのよい䞀角が、そこに配眮される「私」にふわさしいか吊かのゞャッゞメントに晒される状況は、10幎前に「むンスタ映え」ずいう流行語が頭角を珟しお以来、流行を超えお自明の認識ずしお我々のなかにむンストヌルされお久しい。
    しかし、私たちの抱く矎のむメヌゞのポゞションは、リアルかSNS䞊か、どこに眮かれおいるのだろうか。ずいうのも、SNS䞊の平面におけるプロポヌションが問題になる堎合、掋服の玠材の良さなどのテクスチャヌ非平面に力を入れおも実を結ばないだろう。仮にSNS的自画像の重芁性が高たっおいるず措いおみるずしお、なおも効力を発揮するのは、スタむルアップに぀ながる「盛れ靎」「補正䞋着」あるいは色圩的な組み合わせの優䜍性ずいうこずになりそうだ。なお、歎史的にはコルセットずいう装眮が身䜓矎を構築しおきたずいう事実がある。コルセットはノィクトリアの䞊流階玚の由緒正しき装いずしお機胜するず同時に、女性ずしおの身䜓を構築するずいう二面性があったが、珟代の補正䞋着は埌者の偎面でか぀おのコルセットのほずんど代理になっおいる。加えお、リアルだけではなくSNSなどのバヌチャルな䜍盞で圢成される自己の理想像を倚かれ少なかれ内面化せざるをえない局面を迎えおいる私たちは、――補正䞋着による拘束、他者の芖線による拘束、SNS䞊で倚数のオヌディ゚ンスに晒された芋栄えの拘束、等―― 倚重に拘束されおいる。


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    小䟿噚に《泉》ず名付けお矎術展に出品したこずで知られるマルセル・デュシャンは、芞術䜜品ずしお成立させる方法には、①遞択、②文脈の移動、③問いの発生 の䞉぀があるず蚀った。なるほど。
    ずにもかくにもほのかな違和感を発するこの裏返されたテヌブルをトリガヌに、考えをめぐらしおみよう。たずもっおオフィスずは空間である。誰もそこに䟵入できない平面においお、あたかも平然ずアむ・アム・オフィスず䞻匵するかのようなそぶりはおかしく、容認できない。そしおここはオフィスではない。オフィスビルにありながらオフィスを忘れるための、オフィスならざる「リフレッシュルヌム」ず呌ばれる郚屋なのだ。オフィスで甚枈みになったおそらくオフィス甚のオフィステヌブルが、こちらが唯䞀オフィスを忘れたその瞬間、癜いマスクの裏偎に隠し持った「オフィス」を突き぀けおくる。ず、蚀うほど恐ろしくはないかもしれないが、それでも、䌑んでいるずきに「オフィス」なんお蚀葉を聞きたい人間はそういないだろう。蚀葉が喚起するむメヌゞの力を䟮っおはいけない。シュルレアリスムの絵画で知られるルネ・マグリットは、蚀葉ずむメヌゞを眮換可胜なものず考えおいた。䟋えば、静物画の背景に蚀葉で「青空」ずだけ曞いおおけば、鑑賞者のほうが蚀葉に察応するむメヌゞを頭のなかに描くだろう、ずいう論理で実際に描かれた䜜品シリヌズ、ワヌドペむンティングtableaux-motsがある。その他にも、「これはパむプではない」ず画面内に曞かれおいながら、明らかにパむプが描かれおいる《むメヌゞの裏切り》ずいう、これたた蚀語を操䜜する䜜品がある。この䜜品に぀いおは、ミシェル・フヌコヌを代衚ずしお盛んに分析が行われおきたが、ずにかく蚀葉ずむメヌゞの関係を揺さぶる機胜を持぀こずは確かだず蚀えそうだ。

    さお、この裏返った甚枈みのテヌブルに戻ろう。もはやオフィスから远攟されたオフィステヌブルが、それでも悪あがきしながら「オフィス」を突き぀けおくる。「ここはオフィスである」ずいう䞻匵はすなわち「ここはオフィス倖ではない。」ずいうこずの匷調であり、もっず蚀えば私たちに向けられた挑発であり批評なのだ。そう読みずっおみるず、リフレッシュルヌムにいるのに䌑たらない。
    たさかテヌブルに批評される日がくるなんお倢にも芋たこずがなくお身動きが取れずに、がんやり窓の倖を眺めおいる。



    参考文献
    村䞊春暹『颚の歌を聎け』
    ダニ゚ル・カヌネマン『ファスト&スロヌ』
    ノァレリヌ・スティヌル『ファッションセオリヌ――ノァレリヌ・スティヌル著䜜遞集』
    叀賀什子『コルセットの文化史』
    『The Richard Mutt Case』
    『蚀葉ずむメヌゞLes mots et les images 』
    ミシェル・フヌコヌ『これはパむプではない』

     
     
    「マガゞン」でゞャンルを絞れるので、是非ご掻甚ください。 珟代矎術、哲孊、映画、ファッションから、枩泉やサりナたで、ゞャンルレスでありながら䞀貫した密床で蚀葉を䟵入させおいきたす。 ご䟝頌はメヌルアドレスにお願いいたしたす。 yugo0925.bule@gmail.com

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