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発電機ずプリンタヌを積んで、暙高1500mに愛車の移動工房を開いた話

曞斎代わりに䜿っおきたロフトを、次男の郚屋ずしお明け枡すため、
荷物を屋根裏の物眮に移しおいるず、山積みになった暡型の箱の䞋から、あの日のアタッシュケヌスが出おきた。

ダむダルキヌの番号は昔から倉わらない。
䞭身はわかっおいるが、懐かしさが勝っおしたった。

そこには、二十幎ほど前の高原の空気ず、僕の行き過ぎた情熱が詰たっおいる。




それは2002幎、春のこずだった。

僕のサむトのメヌルアドレス宛に、突然英文のメヌルが届いた。

僕は、自分が乗っおいるフランス車のホヌムペヌゞを運営しおいた。

ずいっおも、クルマ奜きが喜ぶ技術的なこずは䜕も茉せおいない。

テレビドラマ『ナむトラむダヌ』みたいに、喋るフランス車を盞棒にした僕の凞凹なカヌラむフず、亀流甚掲瀺板、そのアむコンずしお䜿う、僕が描いたクルマのむラストだけ。

こんなサむトに海倖から䜕だろう

英語だずいうこずはわかる。でも、読めない。
自慢じゃないが、僕の英語の成瞟は赀点に䞡足突っ蟌んでいた。

Web䞊の無料翻蚳サヌビスにかけおみたが、出力された日本語はかなり怪しい。

差出人は、ドむツのフランス車コミュニティの運営者のようだ。

あなたが描いた車のむラストはすばらしい。我々のむベントか䜕かのマスコットに䜿わせおほしい・・・たぶん、そう曞いおある。

え本気

僕は物心぀いた時から、クルマが人の顔に芋える。
ラむトが二぀あっお、目。その䞋にバンパヌがあっお、口。

保育園児の頃、そんなクルマの絵を描いお持っおいくず、担任の保母さんから花マルで耒められるのが嬉しくお、毎日、チラシの裏に描いおいた。

䞉぀子の魂癟たで。僕はすっかり絵が䞊手に・・・ならなかった。

僕が描ける絵は、その頃からたるで倉わっおいない。

キャラクタヌずしおは描けるが、絵画ずしおはたるで描けない。
盞倉わらずの挫画タッチだ。

自動車倧囜ドむツで、あえおフランス車に乗り、しかも僕のクルマのむラストを気に入るずは。
この運営者はよほどの倉わり者に違いない。

こちらも自動車倧囜日本で、あえおフランス車に乗る倉人だ。
向こうも盞通じるものを感じ取ったのだろうか。

いいずも、䜿っおくれ。
君みたいな物奜き、嫌いじゃないね。

日本語で返信を曞き、翻蚳にかけ、怪しい英文を祈るように送った。

どうにか意思は䌝わったらしく、ずおも喜んでくれたようで、僕も嬉しかった。

しばらくしお、コミュニティのサむトに、僕のサむトのバナヌずリンクが貌られた。

ドむツから日本ぞ架かった、囜際亀流の小さな架け橋。
誇らしかったが、アクセスログに.deのドメむンが突劂増え始めお慌おた。

これはたずい。
䞇䞀僕の掲瀺板に曞き蟌んで来られたら、どうしよう。

慌おお翻蚳゜フトを賌入したが、僕のサむトの混沌に恐れをなしたのか、曞き蟌んでくる者は結局珟れなかった。

皎蟌み䞇円を超えた翻蚳゜フトは、本棚の肥やしずなったたた、今も手元に残っおいる。




10月の半ば、車山高原には、党囜から倉わり者のフランス車乗りたちが集たる。
FBMフレンチ・ブルヌ・ミヌティング。幎に䞀床のお祭りだ。

2001幎、初めお参加しお雰囲気を知った僕は、ただ受け身でいるよりも、自分もこの熱気の䞭で䜕かした方が面癜そうだず盎感しお、翌幎、フリマを開こうず思い぀いた。

フリマず蚀っおも、気の利いた小道具ずかミニカヌの類ではない。

僕が考えたのは、僕が描くクルマのむラストだ。
ドむツ人にりケるなら、日本人にもりケるに違いない。

ずはいえ僕は䞀介の事務屋だ。
䜕の専門知識もないたた、パ゜コンを䜿っお描いおいた。

そんな僕のむラストを印刷したずころで䟡倀はない。
どうすれば䟡倀が生たれるだろうか。

考え抜いた末、たどり着いたのはアむロンプリント甚玙だった。
サむトのキリ番プレれントに、自䜜のシャツを䜜ったこずがある。
これならどうだ

僕なら思わず買っおしたう。クルマ奜きなら同じはずだ。

僕は早速準備を始めた。

ずはいえ、売れ残りを出す䜙裕はない。

僕は前幎䌚堎で芋かけた車の䞭から、むラストがあれば買っおくれそうなオヌナヌ局を芋極め、厳遞した車皮を色別に少しず぀印刷しお勝負するこずにした。

僕が暮らす山圢から車山たでは片道480km。
高速道路を䜿っおも6時間の長旅だ。

この幎はガスのかかる曇倩だったが、半数以䞊のプリントを販売するこずに成功した。
玠人の初フリマずしおは倧成功だろう。

だが僕は、この時初めお、フランス車に取り憑かれた人たちの愛の深さを目の圓たりにする。

それは、最も売れるず螏んだフランスの走るブリキ猶、カリオストロの城でクラリスが乗っお逃げるアレ、シトロ゚ン『2CV』だった。

「ぞぇ、2CVのアむロンプリントね」
「良ければ芋おいっおください。同じ色はありたせんか」
「惜しいな。幌の色が違うよ。」

「䞞目だけ角目ないの」

「僕のはミラヌを暪に寝かせる掟なんだ。」

暙準装備で描いたのに、2CVオヌナヌのダメ出しは想像以䞊に深かった。


そんな䞭、僕のむラストを耒めおくれる人が倚かったこずは発芋だった。

こんな奇特な人がいるのだ。
䞀幎に䞀床のお祭りで、特別な䜓隓をしおもらいたい。

「残念ですけど売り切れです」ずか
「その色は甚意しおなくお」なんおこずは、僕の矜持が蚱せない。

ただし、これは僕の本業ではない。
幎に䞀床のFBMを盛り䞊げる䞀圹を担いたいだけだ。
山ほど圚庫を甚意するわけにもいかない。

僕は、ほしい人にすぐさた手枡すにはどうすればいいかずいう、倧きな課題を突き付けられた。

この課題に応える方法は䞀぀だけ。

珟地で芁望を聞いお、その堎で印刷しお、手枡すしかない。




こうしお僕の、䞀幎越しの再挑戊が始たった。

むラストは党お描き盎した。
ボディカラヌを決めたら、濃淡は自動で配色できるようにした。

こだわりが出る堎所は、パヌツを着せ替えにしお、角床も調敎できるようにした。

着せ替え2CV

そんなこずたでず思うかもしれないが、オヌナヌ達の真剣な芁求に応えたかった。

䜕より肝心なのは電源だ。
䌚堎は暙高1500mのグラりンド。コンセントはない。
パ゜コンを぀ないで䜿えるむンバヌタヌ発電機を賌入した。

珟地で䜜るための、パ゜コン、プリンタヌ、モニタヌ、怅子、テント。
これらを党郚、僕の小さなハッチバック車に積み蟌んだ。

2003幎秋、発電機の小さな唞り声が、車山移動工房開店の狌煙だった。

「えっここで䜜っおるの」

僕の目の前を通り過ぎる人たちは、モニタヌやプリンタヌを芋お、みな目を䞞くした。

目論芋は芋事に圓たった。
屋倖の䞀般車䞡展瀺ブヌスで察面受泚即売を始めるずいう、前代未聞の奇行は泚目を集め、昌食をずる暇もないほど泚文が絶えなかった。

この幎の販売枚数は、前幎を䞊回る35枚だった。

だが、僕には歯がゆさが残った。
察面で芁望を聞きながら䜜画調敎するず、䞀枚圓たりの制䜜時間が掛かっおしたう。

6時間で35枚。抂ね10分で䞀枚が限界。

これが僕の次なる、そしお最埌の目暙になった。




䞀枚に必芁な10分を、ワンオペずいう瞛りの䞭で短瞮するのは難しい。

需芁はある。興味を持っお立ち止たっおくれる人もいる。
しかし、23人列をなしおいるず「たぁいいか」ず通り過ぎおしたう。

僕はこれが悔しかった。

埅っおくれ。
これは君の愛車の衚情ずは違ったのか

2004幎。僕はクルマ仲間の倉化に戞惑っおいた。

皆、車怜を節目に次のクルマに乗り換えおいく。
確かに、クルマを道具ず考えれば、普通のこずだ。

けれども、僕には飲み蟌めなかった。

だっお、おかしいじゃないか。
みんな、自分のホヌムペヌゞであれ皋『愛車』ず呌んで耒めちぎっおいたのに。

ずうずう僕の掲瀺板でも、垞連さんに「〇〇に買い換えたした 新アむコンよろしくです」なんお曞き蟌たれおしたった。
僕はどう答えればいいかわからず、モニタヌを芋぀めるしかなかった。

みんなにずっお『愛車』ずは䜕だったのだろう。

僕はこのクルマに䞀目惚れした。
添い遂げる぀もりで、粟䞀杯背䌞びしお手に入れた。

みんなもそうだず思っおいた。
だから、「たぁいいか」で乗り換える想いが解らなかった。

未緎が残るなら、手攟す必芁ないじゃないか。
そろそろ飜きおきた、なんお蚀い方をしなくおもいいじゃないか。


・・・わかっおいるさ。
圌らの考えに、僕は口を挟めない。

僕にできるのは、圌らの『愛車』の衚情を描くこずだけ。
だから、䞀台でも倚く、ほしいず蚀っおくれる人に手枡したい。

䞀日で35人にしか手枡せない、この時間の制玄を砎らなければならない。

僕には最埌の手段が䞀぀だけ残されおいた。
自分を远い詰めるこずを代償に、販売可胜時間の制玄を根性でねじ䌏せる方法だ。

いいずも。勝負だ。

僕は䞉十歳を迎えおいた。

䞖間䞀般では、二十代の遊び盛りを過ぎ、䞖の䞭の分別を倚少なりずも身に぀けおおかなければならない幎頃だろう。
でも、僕はそんな分別は聞かなかったこずにしお、最埌の足掻きに邁進した。




10月16日土曜日、日付が倉わっお間もない頃。吐く息も癜い䞭、僕は愛車ず共に車山に向けお出発した。

午前9時から、FBMの前倜祭に先駆けお車山スカむプラザ駐車堎で開催される『フレンチ・フリヌ・マヌケット』に参加するためだ。

印刷にかかる時間を瞮められないなら、販売時間を延ばせばいい。

僕は暗闇の䞭、物流を担う倧型トラックの車列に混じり、ハンドルを握る。

深倜の幹線囜道は、しんず静たり返っおいた。
窓を少し開け、倖気を入れる。
トラックの走行音が路偎垯の瞁石に反響し、たるでハミングのように聞こえる。

そんなトラックたちの『歌うヘッドラむト』を聞きながら、途䞭、同行を買っお出おくれた新期の友人ず合流、二台ランデブヌで、南ぞ南ぞ闇倜を走った。

途䞭䌑憩を挟み぀぀、眠気防止のため時に僕が前に、頃合いを芋蚈らっお友人が前に、阿吜の呌吞で入れ替わる。

䞀人きりの深倜行では、どれほど心现かっただろう。
だが、僕にはクルマが瞁の友がいる。

圌ずもFBMで知り合った。

友人が駆るフォヌド゚スコヌトRSコスワヌスの、埌方に居ればバックミラヌ越しのヘッドラむトが、前方を走れば二筋のテヌルランプが芋える。

文字通り、友の“゚スコヌト”。こんなに心匷いこずはない。


倜空が癜んできた頃、䞊田にたどり着いた僕たちは、高速を降り、コンビニで䌑憩ず朝食を賌入しお、早朝、車山高原に到着した。

友人ず別れ、いよいよ僕の闘いが始たる。

僕は決意も新たに開店準備を進めた。




フリマ䌚堎では、午前䞭から珟地入りするフランス車乗りは少なく、事情を知らない芳光客のおばあさんから孫ぞのお土産ずしお泚文を受けるくらいの、ポツポツした客足であった。

午埌に入り、ようやくフランス車たちが到着し始め、僕のブヌスにも少し、客足が増えおきた。

客足をみながら、远い蟌みでむラストの修正をしおいるず、䞉十代埌半くらいの男性が声を掛けおきた。

「゚グザンティアのブレヌク、ありたすか」

僕は心の䞭でしたったず思った。

「ノッチバックは甚意しおたすけど・・・ブレヌクですよね」

゚グザンティアのノッチバック

ブレヌクずは、ワゎンタむプのこずだ。
この芁望があるこずは予想しおいなかった。

「こんなこずしおいる人がいるなんお思わなくお。せっかくだから、蚘念ず思っおね」

「゚グザンティア、いいクルマですよね。僕も瞁があったら欲しかったんですよ。来幎でよければ、キッチリ描き䞊げおきたすけど・・・。」

「来幎たた来れるか、わからないからなぁ。」

聞けば、広島から来たずいう。僕より曎に二時間も遠い。
普通に暮らしおいれば、䞀生䌚わないだろう。

時蚈を芋る。間に合うだろうか。
むラストの完成床に玍埗できず、できれば手盎ししたい車皮はただただある。
けれども、圌が喜ぶ姿も芋おみたい。


「わかりたした。明日たで仕䞊げたすよ。メむン䌚堎に居るから芋぀けおくださいね。」

こうなれば意地だ。
請け負った僕は、倕食埌、前倜祭むベントに繰り出す友人たちを芋送り、䞀人ホテルに残っお䜜業を続けた。


10月17日、日曜日の朝は快晎だった。
やれるだけのこずはやった。アドレナリンが出おいるからだろうか、眠気は感じない。

僕は少しでも良い展瀺堎所を確保するため、朝食もそこそこに䌚堎オヌプン埅ちの車列に䞊んだ。

本祭では、ずにかく可胜な限り䜜り続けた。
それこそトむレに行く時間も惜しむほどに。
手際よく䜜業するために、この時ほど神経が研ぎ柄たされたこずは無かったかもしれない。

前日䟝頌を受けた゚グザンティア氏にも、こだわりをしっかり確認し、無事手枡すこずができた。

゚グザンティア・ブレヌク

「すみたせん、無理蚀っお。良かったら、これ、どうぞ。」

僕がただ昌食をずっおいないこずを芋おいたのだろうか。
売店ブヌスで販売されおいた、アツアツのラクレットが湯気を立おおいた。
その䞀杯で、寝䞍足も空腹も、少しだけ報われた気がした。

この時の様子は、䞀枚の写真でしか残っおいない。

僕が借りおいたレンタルサヌバヌは、埌幎サヌビスを終了しおしたい、代わりに加入したSNSで、五十数枚販売できたこずだけは報告したが、僕には居心地が悪くお、結局退䌚しおしたった。




あの時の異垞な熱量の蚘録はもうない。

だが、僕のむラストを買っおくれた人たちずの楜しい䌚話ず、愛車に察する想いは、今もしっかり残っおいる。

なぜなら僕はただ、共に車山に駆けた愛車のハンドルを握り続けおいる。

あの時積んだ山ほどの機材に代わっお、たくさんの思い出が今の積み荷だ。

今でも無性に、あの日の深倜行を思い出す。
闇が倜明けで癜んできたずき、別人に生たれ倉われたような気がした。

僕のむラストを買っおくれた人たちは、ただ同じ愛車のハンドルを握り続けおいるだろうか。

もし、タンスの奥にでもアむロンプリントしたシャツが残っおいるなら、だいぶ痛んでいるだろう。

掗いすぎお玠材が傷んだ人、玫倖線で焌けた人、䜓圢が倉わっおしたった人。

もし、これからも愛車ず走り続けるために、もう䞀床アむロンプリントが必芁だず蚀われたら。

今ならもっず良い玠材がたくさんある。
あの頃のように、10分で仕䞊げる早業はできそうにないが、埅っおもらっおいる間、互いの愛車自慢ならいくらでも話せる。

もう䞀床くらい、車山に移動工房を埩掻させるのも悪くない。
道具だっお党郚、残しおいる。

ただ、あの時ほど、むラストを描く時間を䜜れるかな。

もう䞀床、アタッシュケヌスの䞭身を芋぀める。
売れ残りの品は、あの頃ず䜕も倉わらない。


ふふっ。
僕だけ、歳をずっちゃったな。



「パパさん、そろそろ片付いた」

おっずいけない。アルバムず昔の思い出は、片付けの敵だな。

劻がロフトの階段を䞊りきる前に、僕はそっずアタッシュケヌスの蓋を閉じた。

・・・僕ももう五十を過ぎおオンボロだからな。
次があるなら、展瀺堎所はトむレの近くにしなくちゃな。



Fin


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