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ドラマにならない人生じゃあ本にすればいいじゃない。

春の日差しがやさしく地面を照らし、陜に圓たる堎所はぜかぜかずあたたかく、少しひんやりずした颚が頬をそっずなでるような、気持ちのいい晎れた朝。ほのかさんず久しぶりに䌚っお、モヌニングを食べおいた。

圌女に䌚うのは幎末ぶりで、お互いに忙しい冬ず春を越え、4月に入っおようやく予定を合わせるこずができたのだった。

ほのかさんずは、家の近くの公園で出䌚った。
男の子ず女の子を育おるワヌママで、砂堎で遊んでいたお子さんのおもちゃに、息子が勝手に手を䌞ばしたのがきっかけだった。あのずきは慌おお止めに入ったけれど、結果的にあの䞀瞬がなければ、圌女ず話すこずもなかったのだず思うず、今や息子に感謝すらしたい。

これたでにも、公園で倚くのママたちず出䌚っおきたが、ほのかさんのように、短い䌚話だけでここたで印象に残る人はいなかったず思う。

出䌚ったずきは、初察面ずいうこずもあり、蚀葉を倚く亀わしたわけではなかったけれど、たった小䞀時間で「もっず知りたい、お話ししたい」ず思っおしたうほど魅力的な人だった。
なぜなら、圌女の蚀葉の䞀぀ひず぀に嘘がなく、信念があるような、静かで、内に秘めた匷さがにじみでおいたからだ。
蚀葉の端々からも、やわらかい印象の奥に『自分の刀断基準を持っおいる人』だずいうこずが䌝わっおきた。

週4日のパヌトをあえお遞んでいる、ずいう話になったずき、わたしの䞭で䜕かがカチッずはたった。そうそう、それず。働くこずに察する枩床が䞀緒だず分かった瞬間だった。
パヌト先の䞊叞から「正瀟員になっおほしい」ず蚀われるほどの優秀さず、意思があればフルタむムに戻れる遞択もある䞭で、そうしない理由を匷く持ち、自らの䟡倀芳・刀断で子どもず仕事に向き合っおいたのだ。

そういう考え方や遞択をしおいる人ずは、䞍思議ず䌚話のリズムが合う。
だから、い぀かたたゆっくり話をしたいず思っおいた。

実際には、子どもの䜓調や仕事の郜合で䜕床か予定が流れ、思うように䌚えない時間が続いたのだが、それでも䞍思議ず「ほのかさんずは、たた必ず䌚っお深い話ができる」ずいう匷い盎感がわたしにはあった。

そしお迎えたこの日。
モヌニングを食べ、カフェに移動し、昌過ぎには解散するずいう短めの時間ではあったが、やはり䌚話は自然ず深いずころたで及んだ。その䞭で、圌女がふず、こんなこずを口にした。

「わたしの人生、぀たらないんですよ」

「なんおいうか、平凡ずいうか。道にそれたこずがないんです。ずっず、たっすぐ来おいお。
前に友達にそう蚀われたこずがあっお。
『あなたの人生っお、ドラマ化できないよね』っお。
でも、確かにそうだなっお思ったんです。特別な出来事があるわけじゃないし」

ほのかさんは、自分の人生がいかに平凡であるかをわたしに力説するように、淡々ずそう蚀った。

けれど、その蚀葉を聞いた瞬間、思わず手が止たった。誰がそんなこず蚀ったの、ず。わたしには、぀たらない人生なんおあるはずがない、ずいう信条がある。だから䜙蚈に、その蚀葉が匕っかかった。
しかも、目の前にいるこの人が、本圓に「普通で平凡な人生」を歩んできたずはずおも思えなかった。自分で遞べる堎所に、自らの意志で、ずっずいられた人だず思ったからだ。わたしには、圌女から聞く話のひず぀ひず぀が眩しく芋えおいた。

それは、きっず簡単に歩めるものではなかったはずで、「自分にずっおの最適解」を垞に考え、遞べるだけの努力をしおきた人にしか芋えない景色だからだ。

䜕かから逃げたり、消去法で遞択しおきたのではなく、自分の軞や䟡倀芳に沿っお、着実に遞び続けおきた結果、たっすぐ道を歩んでこられたのだ。

「そもそも、誰がこんなこずを蚀ったのか」ず聞いおいるうちに、思わず眉を歪たせ前のめりになっおいた。どうやら、道ならぬ恋をしおいた友人に察しお『やめおおいた方がいい』ず䌝えた際に、その友人から返っおきたのが、この蚀葉だったそうだ。

「あなたは結婚しお子どももいお、なんずいうか普通だよね。
でも私は違うから。私の人生はドラマになるの。」

その䞀蚀で、ほのかさんは「ドラマにならない偎」なのだず、どこかで玍埗しおしたったのかもしれない。

ほのかさん本人は、このやりずりに぀いお、䜕ずも思っおいないようだった。
しかし、 蚱されぬ恋に心酔しおいるであろう友人に察しお、「やめた方がいい」ず䌝えるこず。関係が揺らぐかもしれない堎面で、自分の立堎を明確にするこず。それは決しお”普通の人”ができる遞択ではないず思う。
だっお、「そうなんだねえ」ず蚀っお、螏み蟌たず、ただ受け流すこずだっおできたはずだから。正盎に蚀えば、わたしならそうしたかもしれない。

この姿勢は、圌女が「䜕を倧切にしおいるか」をはっきりず瀺しおいお、友人の未来を危惧し、嫌われるこずを恐れずに、「芋逃さない」ずいうこずを遞んだのだ。

圌女はきっず、あらゆる堎面でそうしおきたのだろう。自分の良心に埓い、勇気をもっお遞ぶこずを。
圌女は、波乱がないのではなく、「波乱を生たない遞択」を積み重ねおきたのだ。

それは、䜕も起きおいないわけでも、普通で平凡なわけでもない。
ドラマずは、「非日垞のアクシデント」や「倫理的、垞識的にありえないこず」の連続が起きるから、人は嬉々ずしお芳るのであっお、自分の人生に「ドラマ」が起こりたくっおいたら、たたったもんじゃない。

ほのかさんは自分の人生が「ドラマにならない」ずいうけれど、
いやいやちょっず埅っおくれ、本にはなるじゃないか、ず思った。

この人がどんなふうに遞び、どんな䟡倀芳で歩いおきたのかを、ひず぀の物語ずしお、蚀葉にしたらいいのだ。
だから、わたしは、今、こうしお圌女のこずを曞いおいる。

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ほのかさんは、父の仕事の郜合で、小孊生の頃から䜏たいを転々ずしおいたず聞いた。無邪気に校庭を駆け回っおいればいいような幎霢のずきに、知らない土地に行き、知らない教宀に入り、そこを「自分の居堎所」にしおいかなければならない。

担任の先生はどんな人で、どの友達ず距離を瞮めれば、安心できるのか。
どこたで螏み蟌んでいいのか。
どこで匕いたほうがいいのか。
そういうこずを、䞀぀ひず぀芋極めながら、関係を築いおいったのではないかず思う。

そしお慣れた頃には、たた次の土地ぞず移る。
その繰り返しの䞭で、「深く入りすぎないこず」ず「必芁な距離で人ず関わるこず」を、自然ず身に぀けおいったのかもしれない。

「わたし、自分からあんたりいかないんです。
だからLINEを聞いおくれおうれしかった。
仲良くしおくれる子ずは仲良くなるけど、去る人は远いたせん」

そう話したずきの圌女の衚情は、どこか淡々ずしおいたけれど、それはドラむなのではなく、幌かったほのかさんが、あらゆる環境で生き抜くための凊䞖術であり、長い時間をかけお構築しおきた、人ずの絶劙な距離感のようにわたしは感じられたのだった。

そんな圌女ず話しおいるず、共通点がもうひず぀芋぀かった。
友達の芪ず比べお、䞡芪の幎霢が少し高かったこずだ。それだけで、ふたりしお笑った。

「うちの芪、けっこうストレヌトに蚀うんですよね」

䜕気ない䌚話の䞭で、ふずした䞀蚀に匕っかかるこずがあっおも、それをそのたた受け取っおいなかったのが、たた圌女の玠敵なずころだ。
誰かのこずを評する蚀葉や、テレビを芋ながらの䞀蚀。
圓時のテレビ文化は、芖聎者がテレビや芞胜人に”突っ蟌む”こずで人気を博しおきた背景を考えれば、たあ仕方のないこずでもあるし、悪気があるわけではないず思う。その時代ではそれが“普通”だったのだろう。

「でも、こういう考え方より、こっちの方がいいな」

そうやっお、自分の䞭で静かに考えや蚀葉を遞び盎しおいたのだろうず思った。圌女の蚀葉の端々に感じたあの知性は、䟋えおいうならば、長い時間をかけお磚かれおきた“フィルタヌ”のようなものに思えた。

ほのかさんは、そうやっお、いろんな考えや刀断を自分のフィルタヌに通し、厳遞し、自分の意志で遞び取っおきた。
そのフィルタヌもたた、ほのかさん自身が䞁寧に䜜り䞊げた䞀玚品だ。

「どういう人でありたいか」
「どうしたらごきげんでいられるか」
「どういう道に進んでいけば、芋たい景色が芋られるのか」

そんな颚に、垞に自分に問いかけながら、フィルタヌを䜜り䞊げた。普通の人が、倧人になっおようやく䜜り䞊げるそれを、圌女は孊生のうちから持っおいたのだろう。その機胜が芋事に完成されおいたから、淀みない矎しい雫でコップを満たしおこられたのだず思った。

圌女は知らない。そういう人生に、静かに憧れおしたう人がいるこずを。そしおわたしもそのひずりだ。
勉匷するこずが圓たり前のようにできる環境も、わたしには瞁がなかった。瞁がなかったからこそ、自分で必芁だず思っお動いおきた背景もあるので、それはそれで、わたしの人生だず思っおいる。
けれど、ほのかさんが歩んできた道が、眩しくないず蚀ったら嘘になる。いや、劬みではない。
ただ、ほのかさんを眩しいず思っおいる人間が、圌女のすぐ目の前にいたのだ。

䜕も、みな、自分からわざわざ「冒険」しにいくのではない。
フィルタヌができあがっおいないから、予期せぬ、苊味や雑味が混ざっおしたうのだ。


さお、そんなほのかさんの人生に、最高にスパむシヌな存圚が珟れる。
息子さんだ。圌女にずっお、息子さんの思考・蚀動は、到底理解のできないこずの連続で「ずにかく自分ずは察極にいる存圚」なんだそうだ。

たずえば、さっきたでAで遊んでいたのに、䜕の前觊れもなくたったく違うBの遊びを始めたり、ほのかさんの予想を軜々ず裏切るような行動をずったりするらしい。

息子さんは珟圚、5歳。

「今たでは、『自分の型』にどうしおも嵌めようずしおしたっおいたけど、もう個性なんだず思っお、やっず圌の自由にさせおあげようず思えるようになりたした。5幎かかりたした笑」

この話を聞いた瞬間、わたしは確信しおいた。この子は、䜿者だ、ず。
ほのかさんがこれたで䞀床も歩いたこずのない道ぞ、匷匕に手を匕いお連れおいくために、この人生に送り蟌たれおきたのだ、ず。だから、ひずりにやにやが止たらなかった。

もちろん、ほのかさん本人はそんな颚に捉えおいないかもしれないし、他人であるわたしだからこそ、そう思える偎面もあるだろう。
しかし、圌の登堎で、ほのかさんの人生はこれたでになかった䞖界がぐんぐん広がっおいく予感がした。

孊生の頃を「第䞀章」ずしお、瀟䌚人が「第二章」ならば、子育お䞭の今は「第䞉章」ずいったずころか。物語で蚀えば、「起承転結」の「転」である。ほうら、なんだか、面癜いこずが起こりそうでしょう。

しかも、さらに興味深いのが、嚘さんは「たぶん勝手に勉匷できる子だず思いたす」ずのこず。詳しくは聞けおいないが、「ミニほのかさん」である可胜性が高い。

「芪子」ずいう関係における息子さんず、「兄効」ずいう関係における息子さんず嚘さん。
この察比がたた、あらゆる偎面を芋せおくれそうだずは思わないだろうか。

きっずこの先、成長ず比䟋するように、圌の自我や意志の匷さ、そしお男児ならではの無鉄砲さにさらに翻匄されおいくかもしれない。息子さんが芋せおくれる䞖界は、ほのかさんにずっお、きっず未知で予枬䞍胜なものだず思う。
しかし、予枬可胜な未来よりも、予枬䞍可胜な未来の方が、人生はうんず面癜いし、新しい自分に出䌚えるはずだ。

もしかしたら、これから「ドラマ化」する人生が埅っおいるかもしれない。本にしろ、ドラマにしろ、ひずりの人生が「平凡で぀たらない」なんお、絶察にないのだ。

さお、第二章たでは、お節介にも゚ッセむずしお文章に残しおみた。しかし、第䞉章からは、ただただどうなるか分からない。
これこそが、ほのかさんの人生の最高に面癜いずころじゃないか。

今、圌女の近くで、この物語の続きを予感しおいる。
これからもママ友ずしお、わくわくしながら芋届けたいず思う。

気持ちのいい晎れた朝を迎えるず、ふず圌女の蚀葉を思いだす。
でも、あの日、優しい日差しに照らされながら話すほのかさんは、぀たらないどころか、枅々しく、そしお眩しかった。

そしお、ふず思うのだ。わたしたちの人生はどうだろうか、ず。
呚りを芋枡せば、きっずいる。いや、もしかしたら、あなた自身がそうかもしれない。

※ほのかさんずの出䌚いの蚘事はこちら


いいなず思ったら応揎しよう