「キャリアを捨てました」|公園で出会ったママのひと言と、わたしの静かな決意。
遡ること4ヶ月前。
世間は年末に差し掛かろうとしていた。
家の近くの商店街を歩けば、黒っぽい、面積の広い衣服に包まれた人々が、ジリジリと歩きづらそうに右へ左へ前へ後ろへと歩いている。
その光景は、さながら初詣へ向かう参道のようで、年末の空気に街全体が包まれているように思えた。
モフモフとしたマフラーのせいで、街も視界もなんだか狭く感じる。
この日は、主人と毎年楽しみにしているM-1の日でもあった。
昨年同様、息子のスケジュールをどう調整すればM-1を最速で観られるか(寝かしつけ時間は丸かぶりなのでリアタイはどう考えても無理)、という議論を昨晩から繰り広げていた。
あれほど主人と打ち合わせして、
「じゃあ明日は6時半に起きよう!」なんて息巻いていたのに、家族全員がいつも通りの時間に起きてしまい、その時点で昨晩の打ち合わせが頓挫した。
まあ、早起きの決意なんて、得てしてそんなものである。
こうなったら息子とたくさんあそんで体力を削り、なるべく早く寝られるようにしよう!と言うことで、パパに大掃除をお願いしている間、わたしが息子を連れて近くの公園に行くことになった。
両親ともにA型で、修学旅行では最後まで眠れないタイプの2人から生まれた息子は、とても繊細で、0歳の頃から寝つくまでにとても時間がかかる。
ストレスなくスムースに息子が寝てくれることは、息子にとっても、我が家にとっても、最大かつ最善のミッションなのだ。
マンションから徒歩50秒で着く公園は、近くの保育園児たちが軽めのドッヂボールができるくらいの広場と、その奥側にうんていと滑り台が合わさった、一般的なサイズのアスレチックと砂場があるだけのシンプルな造りだ。
あとはベンチがいくつかあって、公園を緑と木がぐるっと囲っている。
息子を公園の入り口に放つと、着地とほぼ同時に歩き出し、彼の視界には砂場しか入っていないかのように吸い込まれていったのだが、そこには先客がいた。
男の子(5歳)と女の子(3歳)が、砂を詰めてひっくり返すと顔になるアンパンマンの型抜きや、目にも鮮やかな可愛いお砂場セット、砂を運べるトラックのおもちゃと、水を汲んだバケツを広げてあそんでいた。
息子の目は釘付け。
おもちゃを凝視したと思ったら、さも自分のものかのように手に取り、あまりにも自然にあそびはじめた。
この間わずか3秒。
慌てて「こらこら!お友達のものだよ!」と駆け寄ると、すぐ近くに穏やかに微笑むその子たちのママ(以下、ほのか(仮名)さん)がいて、
「いいよいいよ、一緒にあそぼ〜。これ使っていいよ。これもあるよ。車は好きかな?」
と、あれよあれよとおもちゃを差し出してくれた。
ほのかさんがたくさんおもちゃを提供してくれた中、手ぶらで来てしまった自分が申し訳なさすぎて、バイキンマンの型抜きだけお借りて、息子と遊ばせてもらった。
そのうち子どもたちはいつからか、なんとなく一緒にその場にいて、あそんでいるというと誇大表現だけど、砂場での空間(とおもちゃ)を共有していた。
ほのかさんは、2人のことを付かず離れず絶妙な距離感で見守り、声かけをしていて、
「これが2児ママの貫禄か。」
なんて思いながら、他愛もない話をしていた。
「お子さん何歳ですか?」
「この公園はよく来るんですか?」
「この時間はいかに体力を削るかですよね(笑)」
「保育園とか通ってるんですか?」
「この辺のお住まいならあそこの小学校が学区になりますね」
と、こんな具合だ。
その話の流れから、ほのかさんのお子さんは幼稚園に通っており、この春に時短勤務で仕事復帰をしたとのことだった。
ちなみにわたしも同じ年の夏に復帰したので、共通点が見つかり、そこからワーママの苦悩や大変さの話に展開していき、急激に話が盛り上がっていった。
復帰してからというもの、最初の数ヶ月は本当に大変だった。
だから、ほのかさんとの会話は、
「もう……ね、毎日大変ですよね……」というこの一言だけで、お互いのことをわかり合えた気がした。
と同時に、わたしたちは同じ戦士であるという意識が芽生えていて、さっき会ったばかりの他人ではもうなくなっていた。
とはいえ、5分前まで見ず知らずの2人。
大人同士の節度もあって、互いに踏み込みすぎないよう、質問を最小限に抑えた静かなラリーが続いていた。
けれど、その少ない言葉の端々からこぼれ落ちる本音に、いちいち「わたしも、そうなんです!」と共感してしまい、前のめりではいられない。
これまで多くの人生に触れてきたので、目の前の彼女の「核」に触れたいという気持ちを抑えきれなくなっていた。
新卒から現在まで長く人材業界にいる者だからというのもあるが、そもそもわたしは人に興味があるので、相手のキャリアヒストリーやこれまでの判断軸、人生について聞くのが好きだ。
ただプライべートでは、相手への配慮だったり自分の熱(苦し)すぎる性格を悟られないように、極力踏み込んで聞かないようにしているが、話の流れから伺うこととなり、ほのかさんは教員だということが分かった。
「今はパートとして、非常勤講師をしているんです。
娘は幼稚園に通ってるので14時とかまでですし、フルタイムの人に比べたら全然なんですけど、それでも大変で。
主人も手伝えないわけじゃないけど、やっぱり結局はわたしが中心になるので。
今の職場の上司からは『いつでも正社員になっていいよ』と言われるんですけど、この子たちがいるのにそれは無理なんで、もう今は割り切って仕事しています。」
ほのかさんの話は、丸々自分のことでもあった。
わたしは現在9:30-16:30、週4日パートで働き、同じように職場の上司から、正社員になりませんか、とありがたいことに言ってもらえる。
わたしなんぞ息子ただ1人なのに、週5じゃないのに、正社員でもないのに、もうこれ以上はとても無理なのだ。
というか、これ以上、仕事にリソース(あるいは時間)を分配する自分に罪悪感を覚えてしまいそうだし、
仕事は仕事で好きだから、リソースを増やすと今度は、
「本当はもっとやりたいのに。やれるのに。」と、のめり込んでしまいそうで、それをセーブするためのパートでもあるのだ。
そんな話を返したら、「わたしもそうなんです!」と強く同意してくれ、その後に放たれたのがこのひと言だったのだ。
「だからわたしは、キャリアを捨てたんです。」
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
