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義務や定型文でも、心温まる私は変? #130

    風邪を引いたときの、
    「大丈夫?」

    お祝いの後の内祝い。

    世の中には、そんなふうに、
    義務で贈るプレゼントや、
    定型文のような気遣いの言葉が、
    溢れていると思う。

    それを渡す側は、きっと、
    “やるべきだから”やっている。

    実際、私が渡す側のときも、そうだと思う。

    それでも、受け取る側になったとき、
    私は少なからず、温かい気持ちになる。

    そんな自分のことを、
    ずっと“変”だと思ってきた。


    なぜ変だと思うのかを考えたとき、
    きっと、渡す側と受け取る側で、
    感じている温度が違うからなんだと思った。

    渡す側は、
    私が受け取っているほどの温度を、
    乗せてはいないかもしれない。

    それなのに、受け取る私は、
    そこに確かに温度を感じてしまう。

    そのズレに、違和感があった。

    じゃあ、
    相手が渡していないはずの温度は、
    どこから来ているのか。


    考えてみると、義務や定型文の中にも、
    ほんの少しだけ、温度は乗っているのだと思う。

    風邪を引いている人に
    「大丈夫?」と声をかけるときも、
    それがどれだけありふれた言葉でも、
    まったく心配していない、
    ということの方が少ないと思う。

    その、ほんの少しの温度を、
    私は受け取っているのかもしれない。

    でも、全く何も感じない時もある。
    そんな時は、全く温度が乗っていないだけ。
    もちろん、それが悪いとは全く思わない。

    多くの人は、
    きっとそこまで気に留めない。

    だから私は、
    それをあまり口にしてこなかった。

    本当は、
    ほんの少しの温度だけでも、
    ちゃんと温まっているなんて。


    でもそれって、変なことでも、
    恥ずかしいことでもないのかもしれない。

    最近はむしろ、
    ほんの少しの温もりで温まれる私は、
    少しだけ得をしているのかもしれない、
    と思う。

    自分の中のこういう感性を、
    隠している自分は、やっぱりズルいとも思う。

    でもきっと、変なんかじゃない。

    ただ、少しだけ、感じ方が違うだけ。

    持っている武器が、周りの人と、
    少し違うだけなのかもしれない。


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    敏感な心で生きる、INFJの28歳、専業主婦。 8歳と5歳の娘の母です。 日々の小さな心の揺れや、 その奥にある気持ちを言葉にしています。 慌ただしい毎日の中で、ふと深呼吸できて、 少しだけ自分を取り戻せる場所になりますように。

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